ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

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概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

しか把握することはできない。工場が遺産として価値を持つのは、それが産業としての生産過程を示すからである。生産過程を把握するのに重要なのは、清水慶一氏が指摘したように、工場に運び込まれた原材料が製品となって出てゆくまでの流れ、さらには工業用水や燃料、あるいは動力といった生産に必要な要素の流れを把握することである。原料から製品までの流れの中では、運搬や貯蔵が大きな比重を占める。作業場と貯蔵場の間を原料、半製品、製品が行き来し、最終的に市場に向け出荷される。富岡の繭倉庫2階には操業開始から四半世紀余りを経て、1900年ころに設けられたトタンを貼った乾繭貯蔵用の仕切りが残る(写真1)。それまで、棚に並べて湿度が低い時に窓を開いて乾燥させ、そのまま保存していた繭を、乾燥機で乾かし、仕切られた室内に密閉して保存するようになったことを示している。さらに昭和期には建物全体の気密性を高め、運搬のために仕切りの一部を切り開いた。このように倉庫の中にも生産技術の変化が示されている。また、富岡には、出荷のために荷造り施設が現存する。写真2のように生糸を詰めた段ボールを運ぶため、床にコロが設置されているが、その上方、頭上にレールがある。このレールは組み立てた段ボールを押し送るためのものである。生糸が括られ、段ボールに入って運び出される流れは簡単に想像できるが、箱詰め場所に段ボールを送るラインの存在は、現場で経験者の話を聞くまで想像できなかった。生産の流れを考えるとき、このような副次的な流れも想定しなくてはならない。生産の流れの中で忘れてはならないのは、近代の工業生産には検査工程が必要なことである。富岡製糸場で言えば、受け入れた繭の全量検査である選繭と製品である生糸の点検が工程の中で行われるが、この他に基本的な流れから外れる位置で、繭の試験繰糸や生糸のセリプレーン検査やといったサンプル検査が日常的に行われた。そのような検査を含めた工程を把握しないと、工場の機能やそれが示す技術が十分には理解できない。そして、生産の要素として重要なのは、言うま写真1富岡製糸場西繭倉庫2階のトタン板による仕切り写真2富岡製糸場荷造り場産業技術史の観点から49