ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

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概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

例えば、碓氷峠の鉄道遺跡は隣接する鉄道文化村も含め、上手に活用されている産業遺産であるが、例えば遊歩道となっている明治期の煉瓦造の橋やトンネルだけを取り出せば、素人目に鉄道の遺跡とわかりにくい。産業遺産としては、そこを列車が走っていたとわかるものを見えやすく保存し、あるいは痕跡に基づいて復元するのが理想である。以下の節では工場について、この、利用した産業の技術を伝える面を中心に議論するが、この節では、次の第二の面を中心に保存、修復のありかたについて考える。2施設を作った土木・建設産業の技術を示す産業用の施設を作った技術も、土木・建築分野の産業技術である。歴史の長い文化財建造物では、屋根瓦の葺き替えや土壁の塗り直しが重ねられているのが普通であるが、近代文化遺産では、当初の状況をとどめているものがある。鉄筋コンクリート造の場合にはほぼ全体が、部分的な修理が比較的容易な煉瓦造の場合も多くの部分が当初のままである。それゆえ、作られた時点での土木・建築技術を知ることができる。この保存に関しては二つの課題がある。一つは、修復により産業技術を示す当初の工法の痕跡が失われることである。この問題は鉄筋コンクリートで著しい。配筋が節約され、あるいは、セメントに対して骨材が過剰な例は、昭和戦時期を中心にかなり広範に見られる。資材の不足や手抜き工事を物語る。また、配筋のずれから鉄筋を覆うモルタルが薄すぎる、あるいはコンクリートの充填が不十分なことも多い。このような不完全な工事も、その時代の産業技術を示す証拠である。しかし、修復にあたってそれを再現するべきであろうか。安全性や、今後の耐久性を考えれば、一般的には肯定できないであろう。第二に、屋根の葺き方など、修復のために解体してみて初めて分かることが多い。この場合、解体により当初の工法が理解されても、その構造自体は破壊されてしまう。当初の材料を用いて、なるべく当初に近い形に修復しても、遺構にこめられた全ての情報を再現できる可能性は低い。外から伺えない部分の構造が、その時代の産業技術を良く示すものであれば、修復工事で取り外した一部を展示し、あるいは当初の材料を用いて展示品を作ることも重要である。また、破損部分も、取り扱いによってはこの目的に有益である。コンクリートの中に鉄筋をどう配置しているか、とか、骨材の石が多い状況などはある程度表面が剥がれて来てはじめてわかる。現状が、当時の産業技術を伺うに都合が良い状態であれば、それを部分的に残して、腐食の進行をとめる処置をしつつ、構造上の強度は他の部分を適切な工法で作り直して確保する、といった対応が求められるであろう。富岡製糸場の西繭倉庫の天井の漆喰はかなり剥落し、また剥がれているが、木村勉氏は、剥がれかけた部分ではっきりと確認できる工法が、天井への漆喰の塗り方への理解が足りなかった初期に特有な珍しいものであると指摘している。そこで、西繭倉庫では、これを観察できるよう、天井の直下にガラス板を置いて、それを通して来観者が天井を観察できるハウスインハウス方式での修理が計画されている。3.工場の産業遺産の構成工場の産業技術はどのような形で把握すべきであろうか。製造の主要な作業機が重要なことは論を俟たない。それだけであれば、機械を保存すれば良いのだが、それでは機械技術史48