ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

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概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

示とは異なり、一次資料をそのまま留めていることに決定的な意義がある。しかし、修復で構造体や内外装に手を加える際には、凍結的な状態のままに留めることができない場合も往々にしてある。修復の際にいったん移動させたり、今後の維持を考えて手を加えたりしなければならない事態も生ずるからである。これも、その場の状況をよく考慮のうえで具体的な方針と手法を選択していくことになろう。4耐震対策(構造体への補強)社寺、民家などでは、経験則に頼った補強が修復の際にほどこされてきたが、平成7年(1995)の阪神・淡路大震災以降、伝統建築・近代建築のいずれを問わず耐震対策を本格的に実施するところとなった9。近代建築・近代化遺産では、同震災以前から、煉瓦造や石造など比較的修復の経験が浅い構造体で大規模な物件においては、手順にしたがい耐震診断から耐震補強が採られていたが、震災を機に構造体や規模に関わらず、すべてにおいて確実な耐震診断がおこなわれ、保存の方針に応じた補強がほどこされるに至った。近代建築・近代化遺産の場合、不特定多数の利用に供する積極的な活用をともなう場合が多く、修復では、より安全で充実した耐震対策が求められる。そのために構造体の構造耐力性能を十分に把握する必要に迫られ、文化財の修復にとってこれまでにない調査や診断の技術が不可欠となった。その結果として採用される補強は、煉瓦造、石造、鉄筋コンクリート造などにおける壁面補強については、最小限で有効かつ保存に適する手だてを選択しようとするなか、見え隠れのみならず内外面に明確に露出する方法も出現するに至った。それは、耐震レベルの検討や本体との関わりを抑えようとする工夫のみならず、目に見えて本体に追加されるものとして、補強にもデザイン性が問われることを意味する。ここでも方法の選択や具体的な納まりの判断の過程に、技術的問題以前からの段階で文化財保存の理念にもとづく基本的な考え方の検討が必要となっているのである。5活用(用途、部分改修、設備の充実、附属施設)これも表1で紹介したとおり、社寺や民家など伝統建築と近代建築・近代化遺産とを比較してみると、後者では本体の修復の工事種目の量のみならず、新たに活用にともなう設備工事や附属施設の新設などが項目として現われる。ここでは、活用を近代建築・近代化遺産の修復の特性のひとつの大きな要素として取り上げることにする。近代建築の初期の修復の時点では、活用の用途が一般公開や資料館であって、そこでは新たな設備はほとんど設けられていない10。多くの例に見るように、常時、人の詰める管理室においてさえ、エアコンなどは設置せず、夏は窓を開けて扇風機、冬は小型の石油ストーブでしのぎ、補助照明も無く、テレビや電話も建物の部材に穴を穿ってまで配線・配管して設けることはしていない。新たな便所設備なども、本体には一切設けない場合もある。新たに手を加えるのは防災設備の設置に限られ、安全対策以外には建物に手を触れない修復が一般的であった。しかし、やがて積極的な活用が導入されるようになると、エアコンの設置はむろんのこと、補助照明やコンセントの新設、給排水設備の導入、一部間仕切りの改修、斜路やエレベータなどのバリアフリー設備や附属施設の新築なども見られるようになる。活用のために何らかの手を加える状況に至っ44