ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

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概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

現在、それらの補足修理は、大きくは二通りの例を見る。これまで修理を重ねてきた状態を尊重し、補足分を現代の製品で補う場合と、かつての状態風にしつらえようとして輸入品や転用財にてすべてを歪んだ板ガラスに入れ替える方法である。板ガラスそのものの価値をどこに置くかによって選択が必要であろうが、すでに現在は一般に生産されていない製品を修理においてはどのように扱うべきかが、このような工業製品では検討が必要である。おそらく、一律に手法を定めることは難しく、物件一つひとつ、状況一か所一か所、あるべき保存の考え方とそれにもとづく修理手法を見出していく取り組みが必要であろう。建具金物も進化してきた工業製品の典型例で、同様の課題を負っている。古い金物の取り替えが必要な際には、手作りで当時の形状と機能に合わせて製作するか、現代の既製品を採用するか、あるいは場合によっては当時の金物を付けたまま別の場所に現代の製品を加えて機能をそれに移すなど、いくつかの手法が試みられている。とくに錠前の箱錠の場合、扉に仕込む深さとピッチ(軸穴と鍵穴の間隔)がオリジナルの寸法と合わないまま現代の既製品セットを取り付ければ、扉を再加工のうえ、外見もまったく異なる取手と鍵穴に替わってしまうこともある。修復の初期にはこの例が多い。工業製品としての材料は、代表例としてペンキ塗料が挙げられる。この場合、在来塗膜の保存対策と、修復において塗り直す塗装の仕様との二つの問題がある。修復の初期には、一般建築の塗り替えと同様に、在来塗膜をすべて剥がすことに腐心していたが、それら塗膜の調査研究が進み8、塗装の歴史を語るものとしてその価値が明らかにされてくるにしたがい、修復は活性塗膜を留めて塗り重ねる方法に変化し、ほぼ確立をみた。この間、数十年を費やしている。しかし一方では、本来はオイル系であった塗料が、ある時期から樹脂系に生産が移行し、オイル系は衰退して入手が容易でない状況が生まれた。このような事情から、基本的に在来塗装に倣うとしながらも、樹脂系の塗料の採用が増えているが、実際にはこの双方は、取り扱い方も仕上げの見た目も性状も異なる。事態の混乱を避けるためには性能の実態の把握と文化財保存の理念にもとづく議論によって方向性を見出す必要があるであろう。なお、鉄筋コンクリートや鉄骨などの構造体については、直接そのものの存続に関わることから、内外装に比べて問題はより深刻である。それらについては多くの場で紹介され検討されているので、ここでは省略する。いずれにあっても、単なる手先の技術ではなく、調査研究にもとづいた学術資料としての価値を十分に把握し、保存する意味を理念として検討・評価したうえでの修理手法の選択がおこなわれるべきである。3歴史あるたたずまい・空間の維持とくに近代化遺産のなかでも産業遺産となると、先に紹介したように、将来にわたる保存の方針を、稼働中あるいは操業を停止した時点の状態とする場合が少なくない。すなわち、施設が機能していた日々の状態を保つことが求められ、内部であれば、その空間を維持することが具体的に求められることとなる。そこには機械設備、備品、その他生産に関わる品々と共に、労働の営みの痕跡ともいえる、汚れ、傷、落書きなどが、床、壁、天井のいたるところに留められており、修復においてこの状態をいかに保存できるかが大きな課題となる。それらの遺産は、博物館のレプリカによる展近代洋風建築・近代遺産の現状・課題-修復(調査・設計・施工・監理)の取組から見る-43