ブックタイトル未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

ページ
44/62

このページは 未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念 の電子ブックに掲載されている44ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

未来につなぐ人類の技16 近代文化遺産の保存理念と修復理念

まざまな痕跡が留められており、このような実物のモノが現在も生きて残る状態の積み重ねられた歴史が、広く社会的意義につながるものとして重視されるようになったと思われる。とくに修復の経験の浅い近代化遺産では、一件ごとの価値を、研究者による研究や専門家による調査にもとづいて明らかにし、市民による活用をふまえた魅力をも考慮したうえでの保存の方策が広く検討される必要がある。この、修復過程からその後の段階となる市民の関わりまでを含めた流れをどのように構築するかが大きな課題として挙げられよう。2本体の修理(経年による劣化・破損)1.で述べてきたように、近代建築・近代化遺産に至ると工事種目が多岐にわたり、それまでにない、煉瓦造、石造、鉄筋コンクリート造、鉄骨造などの構造体や、内外装をしつらえる新たな材料や工法・仕様による新建材の類などが出現し、建築を構成するこのようなさまざまな要素が修理の対象となってくる。また、その多くには工業製品が用いられている。これらの構造体や新建材には、伝統建築の修復で培ってきた技術や知識で応じることができるのであろうか。まず、これまでの修復において専門家のあいだで鉄則ともいえるほどに取り扱われてきた、「部材を遺す」という修復のコンセプト7について、木造建築の部材を例に、基本的な考え方を確認したい。「部材を遺す」は、部材を将来にわたって本物・真実を伝えるものであり、同じものを生み出すことができず、そこには、以下のような情報が宿ると考える。・製材にあたり手工具または製材機の挽痕・仕上げの加工痕とその精度・建築の基準となる尺度、寸法や規格・ほぞ穴や釘穴から知る部材の組み方や柱間装置の痕跡・伐採された木材の産地、製材所、木材の流通・選択された樹種、材質、等級・釘や金物の使用にみる工業力直接的に考えられる情報はこのような点であるが、さらに重要なことは、現在の時点では計り知ることのできない将来に託される未知のことがらが含まれていることであり、これを忘れてはならない。このように見ると、建築は建築史や建築技術史研究によって明らかとなる建築に関わる学術的な知見ばかりでなく、広くは建築生産力、職人の感性と技量、施主の思想など、当時の社会の一面を伝える役割ももっている。一つの建築は、産業と技術の総合成果として時代の精神を語るものであり、先人の文化を今に伝える証として、その構成の要素である部材を遺すことは、わが国の文化を継承することにつながると考えられるのである。次に、以上のような状況をふまえ、修理を前提とした際の、近代に至り導入された工業製品のもつ保存の対策の課題を挙げてみる。たとえば、建具の板ガラスについて見ると、近代初期の建物には窓が少なく、一枚の大きさも小さいが、やがて多く広く窓が穿たれるようになると、寸法が規格化され、同時に大判ガラスが用いられるようになる。建材としての板ガラスは、ガラス自体とその利用方法において、工業力の発展を如実に語るものとなっているが、一方では半ば消耗品的な存在でもあり、長い年月を経るなかで破損して新たな製品に取り替えられる率は低くない。無論、創建時のまま残されたものも貴重であるが、現在までの長い年月の中で各時代に取り替えられて今日に残るものもまた歴史を語り、価値として認められる。42