ブックタイトル近代テキスタイルの保存と修復

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概要

近代テキスタイルの保存と修復

のため時代を経たテキスタイルを歴史資料と認識し、調査、分類、記録、そして保存と修復を行い、テキスタイルの歴史と保存のあり方について発表した14)。ピエタスは1938年に「テキスタイルユニット」としてスウェーデン国立文化遺産委員会(Swedish National HeritageBoard SNHB)に統合され、1949年に国有化された。戦後、イェイエルは研究者の国際的な連携を呼びかけ、1954年の古代染織学会(CentreInternational d’Etude des Textile Anciens以下、CIETA)の設立に尽力し、副会長も務めている。2008年にテキスタイルユニットを含むスウェーデン国立文化遺産委員会の保存部門がバルト海のゴットランド島に移されるまでの100年間にピエタスが調査や修復のために記録したテキスタイルは7480点を数えた15)。2.現代におけるテキスタイル保存の始まり1960年の国際古代染織学会にて、オランダのデルフト工科大学(Delft University ofTechnology)の繊維科学者であるジェンティナ・リーン(Leene, J. E.)は両面に彩色された絹の旗を、ポリビニルアルコール系合成接着剤(モヴィオールR Mowiol R)で透明なアクリル板に接着するという修復事例を発表した16)。この「化学的な修復方法」は大きな物議をかもし、イェイエルはCIETA会報に「テキスタイルの保存に関する危険な方法」17)と題して批評を投稿した。そして当時すでに知られていたポリビニル系合成樹脂の経年劣化の問題やテキスタイルの歴史資料としての価値を無視した旗の切り取りなどの問題点を指摘し、「化学的処置の必要は認めるが、処置後の染織品への影響を理解することが必要であり、可逆性の無い方法を安易に用いず、処置をやりすぎず、応急的な処置を施すことを人の弱さととらえず、未来のためにオプションを開けておく」と歴史的なテキスタイルを保存修復する上での姿勢を説いた。これに対してリーンは次のCIETA会報に「アグネス・イェイエルへの返答」18)を投稿し、科学者の立場から、「劣化した繊維を補強布に固定するには糸と針だけでは限界があり、繊維劣化に対処するための化学的処置の必要性とその研究をオランダの博物館の学芸員から要請されてきた。今後、化学的処置を行う上での条件を提示する」と返答した。考古学者のイェイエルと科学者のリーンの学会誌上での公開討論は、1961年に開催された第1回国際文化財学会(International Institute forConservation of Historic and Artistic WorksIIC)「近年の保存に関する発達」においてさらに進められた。イェイエルは「染織品の保護」と題する発表の中で、羊毛と亜麻のコプト織物のチュニック(6,7世紀)を洗浄し、セルロース系接着剤(モドコール? Modocoll?)を塗布して亜麻布に糸で補強した化学的処置と物理的処置を併せた修復事例を発表した。そして、1.染織品の歴史的事実を破壊しないよう、不必要に解体しない、2.劣化を促進し、見栄えを悪くする汚れは洗浄で取り除くほうがよい、3.劣化が著しい染織品は化学的に強化する必要性が認められる場合がある、4.分解した染織品を補強するためには縫製か接着による何等かの処置が必要、と保存処置を行う上での方針を示した19,20)。一方リーンは「古代染織品の修復、保存と自然科学」と題する発表の中で、接着剤は縫製で補修できない劣化した繊維を「保護」する修復材料であり、歴史的染織品への使用においては、1.無色透明性、2.接着力、3.繊維染料に影響がない、4.室温で使用可能、5.容易に取り除ける、6.放射性年代測定を妨げない、という条件を挙げた21)。これらの出来事が契機となり、3年後の1964年には第2回国際文化財学会が「テキスタイルの保存」をテーマにオランダのデルフトで開催22