白色の花びらや羽根(01)などはCaを主成分とする胡粉で描かれている。鶏冠の赤色(22)はHgを主成分とする辰砂によって描かれているが、画面中央右方に描かれている薔薇の花びらの薄赤色部分(20)は赤色染料による着色である。明るい黄色で描かれている紫陽花の萼(04)や画面下方のつつじの蘂(31)には、Asを主成分とする黄色顏料(石黄)が使われている。この黄色材料がCu系の緑色材料や青色材料と重なっている部分は、茶色に変色していることが確認できる。一方、雄鶏の黄色い足(25)には黄土などのFe系材料が使われている。雌鶏の足(26)も黄色で描かれているが、下層に緑色材料の存在を目視で確認することができ、Cuとともに少量のAsが検出された。雌雄の鶏が描かれている他の作品(7「大鶏雌雄図」、10「芙蓉双鶏図」、11「老松白鶏図」)では、このような雌鶏の足の表現は見られず、この作品のみに見られる特徴である。緑色は岩肌の苔(17,33)などで使われており、これらの部分からはCuとともにAsが検出されている。深緑色・暗緑色で描かれている紫陽花の葉(10)や画面左上方の小鳥の羽根(02)には緑色の有機染料が使われている。黒っぽく見える岩肌の部分(18,19,29)を詳細に観察すると、多くの部分に緑色ないしは青色を確認することができ、Cu+Asを主成分とする緑色材料あるいはCuを主成分とする群青による着色が行われている。紫陽花の花びらに見られる青色の濃淡(08,09)は、青色顔料(群青)の厚みの違いによって描き出されている。鶏の羽根に見られる茶色(23)は代赭などFe系茶色材料による着色である。黒色の羽根(15)部分からは少量のCaが検出されたが、それ以外の元素は検出されない。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

紫陽花双鶏図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 小鳥の頭 167.6
02 小鳥の羽根 深緑 71.6
03 白い紫陽花の萼 54.9 325.7 4.0
04 白い紫陽花の萼 21.9 645.1
05 白い紫陽花の萼
緑点の周囲
薄緑 115.1 32.0 0.2
06 青い紫陽花の萼 32.2 8.8 89.3
07 青い紫陽花の萼
緑点の周囲
40.9 4.0 71.7 0.1
08 青い紫陽花
の花びら
5.0 39.1 805.7
09 青い紫陽花
の花びら
薄青 22.6 10.5 188.1
10 深緑 37.0
11 葉脈 明緑 31.8 164.7 2.1
12 47.7 8.0
13 白い紫陽花の萼 41.5 4.5 34.1
14 落款 24.6 21.6
15 雄鶏の尾羽 38.2
16 青い紫陽花の萼 53.4 6.3 99.0 71.9
17 岩肌 苔 明緑 5.9 563.9 15.3
18 岩肌 16.7 313.5 9.5
19 岩肌 黒緑 37.5 47.8 0.2
20 花びら 薄赤 100.2
21 葉の輪郭 明緑 40.3 1.9 7.1 0.1
22 雄鶏の鶏冠 3.3 1.7 133.5
23 雄鶏の羽根の輪郭 71.8 17.1
24 雄鶏の尾羽の骨 88.4
25 雄鶏の足 115.3 7.0
26 雌鶏の足 黄/緑 47.5 3.4 428.7 7.0
27 つつじの蘂 14.2 671.8
28 雌鶏のくちばし
の付け根
42.2 2.4 251.7 4.7
29 岩肌 黒青 35.1 4.6 73.2
30 つつじの枝 151.9 75.9
31 つつじの蘂 29.6 332.8
32 雌鶏の足 黄/緑 85.2 216.3 4.2
33 岩肌の苔 明緑 5.0 8.9 698.6 10.7
34 絹地 薄茶 42.4