鶏の羽根(17)や花びらの白色はすべてCaを主成分とする胡粉が使われている。赤色については、鶏冠(18)や画面左上方の小鳥の羽根(01)はHgを主成分とする辰砂による彩色である。花びら(05)あるいは雄鶏の黒目周囲(21)にも赤色が認められるが、これらは赤色染料によるものである。黄色については、鶏の足(23)や黒目周囲(20)からはCaとともにFeが検出され、胡粉の上に黄土などによる彩色が施されていることがわかる。風車の花芯部に円周状に描かれている黄色の点はAsを主成分とする石黄であり、緑色顔料との重なり部分が茶色に変色しているのを確認することができる。風車の白い花びらには黄色線(12)が確認できるが、ここからはFeもAsも検出されず、染料が使われていることがわかる。この作品の最大の特徴は緑色材料の使い方である。風車の中心部には明緑色が認められる(08,09,10,28,29)があるが、その材料はCuとAsを含むものである。ただし、この直径1cmに満たない小さな明緑色部分の花芯の左右で、CuとAsの存在比が明らかに異なっている花びらが存在していることが見出された。現在、目視ではCuとAsの存在量の違いによる緑色の色調の違いをほとんど確認することはできないが、花芯の左側(09)ではCu>Asであるのに、右側(08)ではCuくAsとなるように塗り分けるなど、極めて緻密な彩色が施されていることが明らかになった。目視ではほとんど認識できない小さな領域についてまで、その色彩を考え抜いた若冲のこだわりを強く感じさせる代表的な作品の一つである。このように、As含有量に特徴のある緑色彩色が施された作品は、本作品と16「棕櫚雄鶏図」の2幅がある。植物の葉(13)にも緑色の顔料が使われているが、鶏の黒目周囲(22)や葉の深緑色には緑色の染料が使われている。この作品では青色もいくつかの箇所で使われている。画面左上方の鳥の羽根(02)、あるいは画面右中央付近の岩(25)に見られるが、これらはすべて群青による彩色である。雄鶏の黒目(19)は光沢感があり、Feが大量に検出されており、黒漆が使われている可能性がある。(早川泰弘)
分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm
表面
蛍光X線強度(cps) | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
No. | 測定箇所 | 色 | カルシウム Ca-Kα |
鉄 Fe-Kα |
銅 Cu-Kα |
亜鉛 Zn-Kα |
ヒ素 As-Kα |
金 Au-Lβ |
水銀 Hg-Lβ |
鉛 Pb-Lβ |
01 | 鳥の羽 | 赤 | 6.2 | 6.2 | 83.2 | |||||
02 | 鳥の羽 | 青 | 9.2 | 34.6 | 608.7 | |||||
03 | 鳥の切羽 | 濃青 | 32.1 | 7.4 | 116.0 | |||||
04 | 鳥の尾羽 | 白 | 82.3 | 2.0 | ||||||
05 | 芙蓉の花びら | 赤 | 58.5 | |||||||
06 | 芙蓉の花芯 | 緑 | 89.6 | 4.8 | 180.6 | 3.5 | ||||
07 | 芙蓉の花芯 | 黄 | 65.5 | 6.8 | 245.6 | 5.7 | ||||
08 | 芙蓉の花芯 | 明緑 | 39.3 | 8.2 | 54.5 | 275.6 | ||||
09 | 芙蓉の花芯 08の対称部 | 明緑 | 15.1 | 12.0 | 490.7 | 11.0 | ||||
10 | 芙蓉の花芯の中心 | 濃緑 | 9.5 | 13.7 | 521.0 | 11.6 | ||||
11 | 芙蓉の花芯の周囲 | 濃茶 | 83.4 | 15.1 | ||||||
12 | 白い花びら中心線 | 黄 | 106.5 | |||||||
13 | 葉 | 明緑 | 14.3 | 393.6 | 6.7 | |||||
14 | 鶏の羽 | 黒 | 67.3 | 1.6 | ||||||
15 | 鶏の羽 | 明茶 | 53.9 | 14.8 | ||||||
16 | 鶏の羽の輪郭線 | 明茶 | 54.3 | 13.4 | ||||||
17 | 鶏の羽 | 白 | 151.3 | |||||||
18 | 鶏の鶏冠 | 赤 | 27.4 | 1.4 | 36.6 | |||||
19 | 鶏の目(光沢) | 黒 | 44.6 | 50.2 | ||||||
20 | 鶏の目の周囲 | 黄 | 41.5 | 28.1 | ||||||
21 | 鶏の目の周囲 | 赤 | 55.3 | 28.3 | ||||||
22 | 鶏の目の周囲 | 緑 | 52.6 | 21.2 | ||||||
23 | 鶏の足 | 黄 | 161.1 | 4.4 | ||||||
24 | 落款 | 赤 | 38.9 | 24.3 | ||||||
25 | 岩 | 青 | 25.2 | 12.3 | 280.2 | |||||
26 | 苔 | 緑 | 41.5 | 2.8 | 51.1 | |||||
27 | 地 | 薄茶 | 65.5 | 2.3 | ||||||
28 | 芙蓉の花芯 | 明緑 | 41.4 | 4.6 | 79.7 | 144.6 | ||||
29 | 芙蓉の花芯 28の対称部 | 明緑 | 40.0 | 6.4 | 211.7 | 4.5 | ||||
30 | 草 | 緑 | 61.6 | 1.6 | 24.8 |
裏面
蛍光X線強度(cps) | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
No. | 測定箇所 | 色 | カルシウム Ca-Kα |
鉄 Fe-Kα |
銅 Cu-Kα |
亜鉛 Zn-Kα |
ヒ素 As-Kα |
金 Au-Lβ |
水銀 Hg-Lβ |
鉛 Pb-Lβ |
01 | 芙蓉の花芯 09に対応 | 緑 | 20.2 | 0.1 | 12.9 | 55.1 | ||||
02 | 芙蓉の花芯 08に対応 | 緑 | 25.5 | 7.3 | 368.4 | 9.1 | ||||
03 | 芙蓉の花芯中心 10に対応 | 濃緑 | 28.0 | 8.0 | 376.0 | 7.8 | ||||
04 | 鳥の羽 | 青 | 29.2 | 29.5 | 631.1 | |||||
05 | 鶏の羽 | 灰 | 46.7 | |||||||
06 | 鶏の尾羽 | 薄赤 | 4.9 | 4.6 | ||||||
07 | 鶏の羽 | 茶 | 23.2 | 7.4 | ||||||
08 | 鶏の羽 | 濃茶 | 33.8 | 10.1 | ||||||
09 | 鶏冠 | 赤 | 11.2 | 65.7 | ||||||
10 | 芙蓉の花芯 | 黄 | 39.0 | 6.7 | 316.8 | 6.1 |