画面左上方の白色のイカ(12)、あるいは魚の腹部などに見られる白色には胡粉が使われている。赤色材料としては、3種類の材料が使われている。画面中央右側に描かれている小さな魚の赤い尾びれ(18,19)にはHgを主成分としPbを少量含む材料が使われている。高精細画像では、赤色粒子と橙色粒子が混在していることをはっきり確認することができる。画面上方中央のエイのひれはやや赤みを帯びた黄色に近い色調で描かれているが、ここでは黄色地にごく少量の橙色粒子(Pb系材料、鉛丹)と赤色粒子(Hg系材料、辰砂)を刷く使い方がされている。このような描き方は、4「秋塘群雀図」、12「老松鸚鵡図」などに見られる橙色粒子によるわずかな着色と同じ手法である。この作品には、Pbを含まず、Hgだけが検出される赤色箇所は見出されなかった。画面中で最も大きく描かれている鯛(01)や、画面右下に描かれている魚の身体(21,22,23)に、濃赤色で描かれている部分にはFe系赤色材料(ベンガラ)が使われている。赤色文様の色調の違いは、Fe系赤色材料の塗りの厚みの違いによるものである。一方、鯛の尾びれ(24)や身体全体に塗られている薄赤色材料は赤色の染料である。画面左上方の赤い小魚(15)にも赤色の染料が使われている。黄色材料としては、鯛や他の魚の黒目周囲に見られる部分(09)には黄土などFeを主成分とする材料が使われている。一方、画面左下に見られる魚(ルリハタ)の頭部から尾びれにかけて見られる黄色部分(06)や、画面中央右側に描かれている小さな魚のひれに見られる黄色部分には黄色染料が使われている。褐色から茶色部分についても、Caとともに少量のFeが検出される。水草(10)には明緑色を認めることができるが、この部分からはCuとともに少量のZnおよびAsを同時に検出した。この作品では他の緑色材料は認められない。青色部分については画面右上方の小魚に明青色を(17)、中央左側の小魚(04,05)や右下の魚の背びれ(16)に暗青色を認めることができる。これらの箇所に使われているのはほぼ同じ粒度・色調の青色粒子であり、Cuが検出されることから群青が使われていることがわかる。それに対し、画面左下の濃青色に描かれている魚(ルリハタ)の身体(02)、ひれ(25,26)からはまったくCuが検出されず、CaとFeがほぼ同量検出される結果であった。この部分に対して可視分光測定および赤外線撮影を試みたところ、群青や藍ではなく、プルシアンブルーが使われていることを示す結果が得られた。『動植綵絵』全30幅の中でもこの魚だけに見出される材料および色調であり、日本の絵画史の中でもプルシアンブルーの最も早い使用例の一つとして位置づけられるものである。今回の調査の特筆すべき成果の一つである。(早川泰弘)
分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm
表面
蛍光X線強度(cps) | ||||||||||
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No. | 測定箇所 | 色 | カルシウム Ca-Kα |
鉄 Fe-Kα |
銅 Cu-Kα |
亜鉛 Zn-Kα |
ヒ素 As-Kα |
金 Au-Lβ |
水銀 Hg-Lβ |
鉛 Pb-Lβ |
01 | 鯛の身体 | 赤 | 82.3 | 19.2 | ||||||
02 | 濃青魚の身体 | 濃青 | 33.4 | 28.2 | ||||||
03 | 紙の地 | 薄茶 | 45.2 | 0.2 | ||||||
04 | 青い小魚の身体 | 青 | 21.5 | 4.0 | 204.9 | |||||
05 | 青い小魚の身体 | 薄青 | 18.8 | 5.3 | 241.8 | |||||
06 | 濃青魚の背 | 黄 | 66.2 | |||||||
07 | 鯛の目 | 黒 | 10.2 | 19.0 | ||||||
08 | ふぐの口 | 薄赤 | 54.7 | 5.1 | ||||||
09 | 鯛の目の周囲 | 黄 | 43.3 | 22.9 | ||||||
10 | 水草 | 明緑 | 28.1 | 4.4 | 95.6 | 16.3 | 3.7 | |||
11 | 水草 | 明緑 | 33.6 | 3.3 | 54.8 | 10.3 | 0.2 | |||
12 | イカの身体 | 白 | 129.9 | |||||||
13 | イカの鰭 | 薄茶 | 59.9 | 5.3 | ||||||
14 | 落款 | 赤 | 43.2 | 0.2 | 8.2 | |||||
15 | 赤い小魚の背 | 薄赤 | 49.3 | 0.2 | ||||||
16 | 赤い魚の背びれ | 青 | 35.3 | 4.5 | 165.2 | |||||
17 | 青白の小魚 | 青 | 48.2 | 0.2 | 81.9 | |||||
18 | 赤白の小魚の尾びれ | 赤 | 17.4 | 14.9 | 8.2 | |||||
19 | 赤白の小魚の尾びれ先端 | 橙 | 24.0 | 9.8 | 5.6 | |||||
20 | 赤白の小魚の尾びれ先端 | 橙 | 29.6 | 8.2 | 4.1 | |||||
21 | 赤い魚 斑点 | 赤 | 54.9 | 45.2 | ||||||
22 | 赤い魚 斑点 | 薄赤 | 45.4 | 24.9 | ||||||
23 | 赤い魚 顔 | 薄赤 | 35.1 | 13.1 | ||||||
24 | 鯛の尾びれ | 赤 | 65.1 | 3.0 | ||||||
25 | 濃青魚の腹びれの帯 | 薄青 | 37.1 | 15.0 | ||||||
26 | 濃青魚の腹びれの帯 | 濃青 | 40.0 | 20.5 |
裏面
蛍光X線強度(cps) | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
No. | 測定箇所 | 色 | カルシウム Ca-Kα |
鉄 Fe-Kα |
銅 Cu-Kα |
亜鉛 Zn-Kα |
ヒ素 As-Kα |
金 Au-Lβ |
水銀 Hg-Lβ |
鉛 Pb-Lβ |
01 | 濃青魚の身体 | 濃青 | 12.4 | 30.1 | 1.9 | |||||
02 | 濃青魚の腹びれ | 濃青 | 13.0 | 22.3 | ||||||
03 | 濃青魚 えらの輪郭 | 薄青 | 25.1 | 19.7 | ||||||
04 | 鯛のえら | 赤 | 52.9 | 22.2 | ||||||
05 | 鯛のえらの輪郭 | 橙 | 16.6 | 4.0 | ||||||
06 | 鯛のえら | 橙/赤 | 18.5 | 13.6 | ||||||
07 | 鯛の下あご | 白 | 57.1 | |||||||
08 | 赤白の小魚 尾びれ | 赤 | 22.7 | 8.6 | 0.3 | |||||
09 | 赤白の小魚 尾びれ輪郭 | 橙 | 7.5 | |||||||
10 | 青白の小魚 背びれの線 | 黄 | 8.3 | |||||||
11 | 赤い魚の身体 | 赤 | 38.0 | 39.9 | ||||||
12 | 地 | 薄茶 | 6.1 | |||||||
13 | 水草 | 緑 | 4.6 | 30.4 | 5.3 | 0.2 |