蓮の花(04)に見られる白色はすべてCaを主成分とする胡粉で描かれている。この作品では落款(06)にHgを主成分とする辰砂が使われているが、蓮の花びら(08)や魚の身体(14,16)に見られる赤色部には辰砂は使われておらず、赤色の染料のみが使われている。黄色については、画面上方中央の蓮の蘂(01)や魚のひれ(13)などに見られる黄色部分は染料による着色である。蓮葉の枯れた表現の茶色部分(20,21)からはCaとともにFeが検出される。Fe量の相違によって茶色の色調の違いが描き出されている。緑色については3種類の材料が確認された。一つは蓮の葉の葉脈(02)や魚の身体(15)に見られる緑色で、Cuのみが検出されており、緑青が使われていると思われる。二つ目はこれよりもやや明るい緑色が確認できる画面下方の草(18)などに使われている緑色で、ここからはCuとともに少量のAsが検出された。さらに、蓮の葉や草(19)には粒子感のない深緑色、画面左上方の白い蓮の花(05)には薄緑色が確認できるが、これらの箇所では緑色染料が使われている。青色は中央下に描かれているオイカワの頭部と体部のごく一部にだけ群青が使われている。

本作品では、魚の口先(09,10)やひれ(11,12)の薄黄色から薄赤色に描かれている部分からPbが微量検出された。4「秋塘群雀図」、12「老松鸚鵡図」にみられたPb系橙色顔料(鉛丹)をわずかに刷く表現が行われている。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

蓮池遊魚図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 蓮の蘂 121.0
02 蓮の葉の葉脈 薄緑 32.9 6.3 207.0
03 蓮の葉 45.8 1.8 4.6
04 白い蓮の花びら 149.9
05 白い蓮の花びら 薄緑 81.6
06 落款 26.8 33.9
07 薄緑 53.0 1.5
08 赤い蓮の花びら 75.7
09 鮎のくちばし 白黄 112.2 12.9 3.3
10 鮎のくちばし 白黄 118.8 5.7 1.6
11 鮎の腹 薄赤 60.9 0.1
12 鮎の尾びれ 薄赤 49.2 8.9 0.2
13 山女の腹びれ 87.4 1.7
14 山女の腹 薄赤 65.1 3.1
15 山女の腹 53.9 1.2 92.7
16 山女の背びれ 51.5
17 草の葉 明緑 46.7 3.1 30.9
18 草の葉 明緑 28.5 5.6 200.1 0.2
19 草の葉 深緑 50.9
20 蓮の葉の穴 48.9 5.4
21 蓮の枯葉の穴 明茶 47.0
22 蓮の葉の露 濃茶 44.7 5.2

 

裏面

蓮池遊魚図裏面分析ポイント

宮内庁三の丸尚蔵館(当時)提供

蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 蓮の花びら 薄青 67.6
02 蓮の茎 裏彩色あり 2.8 12.9 261.4 34.3
03 蓮の花びら 薄赤 40.7
04 鮎のくちばし 10.5
05 薄青 4.5