蛸の足(22)、魚の身体などに見られる白色はすべてCaを主成分とする胡粉である。赤色としては3種類の材料が使われている。一つは画面最上方に描かれている細い魚の身体のえら(04)やひれ(02)などに使われている赤色で、Hgと少量のPbが検出された。『動植綵絵』最終期に使われている特徴的な赤色材料で、Pb系顔料を併用することで微妙な色調を描き出している。この細い魚の身体全体に使われている赤色(01,05)は、Feを主成分とするベンガラである。Hg+Pbの赤色材料は他の魚(20)でも一部で使われているが、ベンガラはこの魚以外には見出されない。さらに画面ほぼ中央に描かれている鯛の身体の赤色部(10)からはCa以外は何も検出されず、赤色染料が使われていることがわかる。黄色については、画面最上方の赤い細い魚の黒目周囲(07)あるいは画面中央左の魚の腹びれの部分(13)からはFeが検出されるが、画面中央左の鯛の背びれの輪郭(11)に使われている黄色からはFeは検出されない。両材料の違いを目視で区別することは難しい。蛸の身体の茶色(16)や赤茶色部分からはFeが検出される。茶色の濃淡によってFe検出量が異なるが、材料としては代赭などが使われている。緑色材料としては、藻(12)からはCuとともに少量のAs、Znが検出された。一方、画面右上方の魚(鯖)の身体(21)に見られる薄緑色には緑色染料が使われている。青色についても染料が使われていると思われる箇所がいくつか見られる。画面中央上方の魚(鰹)の身体(09)の青色部からはCuがまったく検出されず、染料が使われていると思われる。左下の魚の青色(17)からはCuが大量に検出された。画面上の色彩として、青色表現に染料が使われている作品は『動植綵絵』全30幅の中でも数少なく、製作最終期だけにみられる特徴の一つである。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

諸魚図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 赤い魚のからだ 50.5 45.4
02 赤い魚の背びれ 27.6 1.6 13.2 3.5
03 赤い魚 背びれの線 27.9 6.4 15.0 5.8
04 赤い魚 えら 42.6 0.2 12.8 3.7
05 赤い魚 下腹 63.6 17.0
06 赤い魚 黒目 16.5 27.7
07 赤い魚 目の周り 57.4 26.5
08 赤い魚 えら 89.1 0.3
09 鰹の胴 65.1 1.7
10 赤い魚 目の下 95.2 2.3
11 赤い魚 背びれ 166.1 0.1
12 44.1 7.0 137.6 0.2 5.4
13 魚の腹びれ 56.3 17.2
14 魚のえら 81.7 6.6
15 小さい魚 腹びれ 76.6 0.2
16 小蛸 からだ 87.4 15.8
17 左下の魚のからだ 51.7 4.6 143.7
18 丸い落款 39.6 0.2 14.6
19 四角い落款 48.1 1.2 14.3
20 かさごの口 44.6 4.5 5.1 0.2
21 さばの体 薄緑 68.8 1.4
22 蛸の足 107.7 5.1

 

裏面

諸魚図裏面分析ポイント

宮内庁三の丸尚蔵館(当時)提供

蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 鰹の胴 15.3
02 蛸の頭 赤茶 36.8 10.5
03 蛸の胴 赤茶 39.6 10.7
04 蛸の上の魚 口の脇 67.4
05 紙地 蛸の頭の脇 4.8
06 鰹の背 16.9 10.9
07 5.4 34.9 0.2
08 5.5 2.9 69.2 0.2 2.7
09 藻の周りの滲み 薄緑 5.4
10 蛸の目 12.4 14.3