孔雀の羽根(29)、花びらの白色などすべての白色はCaを主成分とする胡粉が使われている。孔雀の羽根で金(金茶)色が透けるように見える部分(10)からAuは一切検出されず、Caと少量のFeが検出されただけである。Feを主成分とする黄土あるいは代赭などを絹の裏面に裏彩色として塗り、表面にはCa系白色顔料を薄くあるいは線描きすることで、絹を通して裏面の黄(茶)色を透けて見せ、絹の光沢感を利用して金色として認識させるという高度な描写が行われている。ただし、この作品の中にはAuが検出される箇所がある。孔雀の尾羽先端のハート形部分(13,14)は金泥による彩色である。『動植綵絵』30幅の中で、Auが検出される作品は本作品と12「老松鸚鵡図」の2幅だけである。ただし、鳥の羽根の金(金茶)色が透けるように見える部分からAuが検出される作品は一つもない。赤色は2種類の材料が使われている。一つは画面下方の赤い花びら(20)などに見られるもので、Hgを主成分とした顔料(辰砂)による彩色である。もう一つは、孔雀の舌(02)、尾羽の骨(30)、あるいは画面下方の白い花びらの輪郭部(18)に見られる赤色で、これらにはすべて染料が使われている。黄色材料としては3種類が見出された。一つはFeを主成分とした黄土であり、孔雀の黒目周囲の黄色部分(04)に使われている。もう一つは、花の蘂に見られる明黄色(17,19,22)であり、これらの箇所からはAsが大量に検出される。石黄などのAs系顔料が使われている。そしてもう一つは孔雀の顔に塗られている黄色(01)で、これは染料による着色であり、前二者との色調の違いを認めることができる。茶色部分(26)からはCaとFeが検出されただけであり、代赭などFeを主成分とした材料による彩色が行われている。緑色についても3種類の材料が確認された。一つは松の幹の苔(25)、孔雀の白い羽根にわずかに見える緑色部分(09)に使われているものであり、Cuだけが検出される緑青である。一方、孔雀の尾羽先端のハート型内部の明緑色(12)、あるいは画面中央付近の岩肌に見られる明緑色(15)からはCuとともに少量のAsが検出される材料が使われている。そしてもう一つは、孔雀の黒目周囲の緑色(05)や松葉の深緑色(27)に使われている材料であり、これらの箇所からはCaだけしか検出されなかった。緑色染料が使われていることがわかる。青色は孔雀の尾羽(11)、あるいは岩肌(16)などに見られ、これらの箇所では群青が使われている。青色材料として確認できたのは、この1種類だけである。孔雀の黒目(03)ではFeが比較的多く検出されるが、松葉の黒色部(28)からはCaだけしか検出されない。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

老松孔雀図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 孔雀の顔 63.9
02 孔雀の舌 薄赤 48.1
03 孔雀の目 43.1 42.9
04 孔雀の目の周囲 49.2 47.3
05 孔雀の目の周囲 42.7
06 孔雀のくちばしの付け根 128.7
07 紙の地 薄茶 52.4
08 孔雀の胸の青点 15.8 29.3 545.4
09 孔雀の胸の緑点 53.5 6.8 116.3
10 孔雀の羽根 金茶 72.0 7.5
11 孔雀の羽根 11.5 29.2 650.2
12 孔雀の羽根 0.2 3.3 804.3 13.2
13 孔雀の羽根 金茶 57.6 9.8 7.5
14 孔雀の羽根 金茶 25.2 2.2 38.0
15 岩の苔 明緑 18.9 2.8 292.5 5.2
16 岩肌 28.0 9.1 174.4
17 白い花の花芯 43.7 32.3
18 白い花 花びらの輪郭線 52.7
19 赤い花の花芯 325.9 80.9
20 赤い花 5.4 2.9 81.3
21 赤い蕾 赤橙 15.8 45.6
22 白い花の花芯 明黄 16.1 1.8 248.4
23 落款 角印 33.6 14.0
24 落款 丸印 40.8 0.2 3.1
25 松の幹の苔 29.1 37.7 89.9
26 松の幹 38.9 33.8
27 松葉 深緑 53.9
28 松葉 52.7
29 孔雀の羽根 138.7 0.2
30 孔雀の金羽根 赤線 101.5 2.5 0.3

 

裏面

老松孔雀図裏面分析ポイント

宮内庁三の丸尚蔵館(当時)提供

蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 松の幹 8.9 41.8
02 孔雀の顔 36.0
03 孔雀の首 92.4
04 孔雀の羽根 金茶 72.3 11.0
05 薄茶 3.9 1.5
06 3.6 13.2 362.1 35.3
07 孔雀の羽根 31.7 3.9 778.6 14.0
08 5.6 3.8 193.7 12.3
09 濃緑 4.0 6.3 270.3 16.2
10 岩肌 黄土 13.7 12.5 3.1
11 孔雀の羽根 63.1
12 孔雀の羽根 金茶 46.0 36.0
13 孔雀の羽根 つけ根 薄赤 151.8