この作品の特徴は、緑色、青色の顔料がまったく使われていないことである。鶏の黒目の周囲(07)および地面の一部に薄緑色を確認することができ、この材料として緑色染料が用いられているが、緑色の顔料はまったく見出されない。また、青色部分はほとんど認識することができず、青色については顔料、染料ともに使われていない。『動植綵絵』30幅の中で、緑色の顔料が使われていない作品はこの作品と24「貝甲図」の2幅あるが、緑色、青色の顔料がともに使われていない作品はこの作品だけである。

白色の材料としてはCaを主成分とする胡粉が使われている(15)。雄鶏の鶏冠(13)や羽根の一部に見られる赤色(20,21)にはHg系赤色顔料(辰砂)が使われている。『動植綵絵』の他の作品では、鶏冠の赤色の濃淡は赤色染料をぼかすことで表現していることが多いが、この作品では赤色染料を使わず、Hg系赤色顔料の塗りの厚みを変えることで濃淡を表現している。ただし、鶏冠の中に描かれている濃赤色の点や黒目周囲の赤色には有機染料が使われている。鶏の足(01)やくちばし(14)に黄色が、そして羽根に茶色(12)や薄茶色(04)が使われているが、これらの箇所からはCa、Feが検出されただけである。黄色、茶色の濃淡によってFe検出量に差があるが、Feを主成分とする黄土あるいは代赭などによる着色が行われていると考えられる。鶏の黒目(08)からはFeが比較的多く検出されており、黒漆が使われている可能性がある。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

大鶏雌雄図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 黒鶏の足 98.1 7.8
02 黒鶏の身体 薄白 73.6 0.3
03 黒鶏の身体 72.9
04 黒鶏の羽根 薄茶 65.9 0.2
05 黒鶏の顔 23.7 27.5
06 黒鶏の目の周囲 薄赤 36.7 0.2 10.3
07 黒鶏の目の周囲 32.5 0.2 10.5
08 黒鶏の目 53.3 25.2
09 黒鶏の目の周囲 70.8 41.0
10 黒鶏の目の周囲 69.6 37.7
11 黒鶏のくちばしの付け根 104.9 0.2
12 大鶏の羽根 54.0 27.3
13 大鶏の鶏冠 160.5
14 大鶏のくちばし 84.7 8.2
15 大鶏の顔 101.6
16 大鶏の目の周囲 79.5 49.6
17 大鶏の目の周囲 40.6 1.7 7.6
18 大鶏の足 赤茶 42.0 68.8
19 大鶏の羽根 黄茶 52.6 15.2 0.2
20 大鶏の羽根の輪郭 42.2 21.7 2.3
21 大鶏の羽根の輪郭 36.4 30.8 0.2
22 落款 角印 37.9 13.5
23 落款 丸印 42.1 0.3 9.2
24 紙の地 薄茶 48.2 0.1

 

裏面

大鶏雌雄図裏面分析ポイント

宮内庁三の丸尚蔵館(当時)提供

蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 大鶏の顔 121.4
02 地面 薄緑 4.5
03 大鶏の輪郭線 15.5 14.7
04 大鶏の羽根 64.4
05 大鶏の羽根 赤茶 20.4 23.5 5.7
06 薄茶 3.0