雪の白色(17)、雁の羽根の白色などはCaを主成分とする胡粉によって描かれている。赤色材料としては、2種類の材料が使われている。一つは、Hgのみ検出される材料、もう一つはHgとともにPbが検出される材料である。後者の材料について、HgとPbの検出量を比較するとPbのほうが多く、『動植綵絵』の中でも特徴的な材料の一つである。Hgのみが検出される赤色材料は、葦の枝の中心部(08)に見られる赤色部に使われている。一方、PbとHgが検出される材料は雁のくちばし(11)などに見られる赤色部で使われている。この作品中に赤色染料は見出されない。黄色は雁の黒目周囲(14)に見られる程度しか使われていない。この部分からはCaとともにFeが比較的多く検出されており、Feを主成分とする黄土が使われている。茶色部分は雁の羽根(09)や葦の枝(19)など多くの部分に使われているが、検出されている元素は黄色部分と同様、CaとFeだけである。Fe検出量は茶色部分のほうが黄色部分より少ないが、茶色の色調が濃いほどFe検出量は多い傾向にある。緑色は葦の枝(07)などに認めることができるが、これらの箇所からは主成分のCuとともにAs、Znが検出された。雁の黒目周囲(15)にも緑色を認めることができ、ここからもCuとともにAs、Znが検出されている。鳥の黒目周囲に緑色を認めることができる作品は、02「梅花小禽図」、07「大鶏雌雄図」、09「老松孔雀図」など、他にもいくつかあるが、これらの作品では黒目周囲の緑色には緑色染料が用いられている。『動植綵絵』最終期に見られる特徴の一つかもしれない。また、この作品中に青色を認めることはできない。雁の黒目部分からはCaとともにFeが比較的多く検出されている。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

芦雁図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 29.3 11.1 99.2 1.8
02 葦の葉 51.2 11.5
03 落款 丸印 41.8 0.4
04 落款 角印 46.0 0.3
05 紙の地 薄茶 46.7 0.2
06 雁の羽根 71.8
07 葦の枝 32.2 18.5 31.4 0.2 0.2
08 葦の枝 中心線 33.7 7.9 2.5
09 雁の羽根 37.6 23.6
10 雁の頭 濃茶 42.0 15.4
11 雁のくちばし 48.3 11.0 25.7
12 雁のくちばし 赤線 46.8 0.3 26.9
13 雁の目 45.7 22.9
14 雁の目の周囲 49.4 24.1 0.3
15 雁の目の周囲 36.8 4.9 70.8 0.2 0.2
16 雁のくちばしの付け根 67.9
17 98.9
18 雁のくちばし 下あご 薄赤 50.8 3.4 11.7
19 葦の枝 薄赤茶 36.0 12.9 0.2

 

裏面

芦雁図裏面分析ポイント

宮内庁三の丸尚蔵館(当時)提供

蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 雁の目 26.4 30.5
02 雁の目の周囲 25.6 29.3 0.2
03 雁の目の周囲 6.2 4.8 85.6 12.7 3.1
04 雁のくちばし 下顎 薄赤 6.8 0.2
05 雁のくちばし 下顎輪郭 20.2 3.1 15.3
06 雁のくちばし 20.6 12.1 30.1
07 雁のくちばし 赤線 22.5 10.5 30.6
08 葦の雪 78.8
09 薄茶 4.0