白色の雄鶏の羽根(20)はCaを主成分とした胡粉によるものである。この白い羽根の部分には金(金茶)色が透けるように見えるが、他の作品と同様、この部分からAuは一切検出されない。検出されるのはCaと少量のFeだけである。黄土あるいは代赭などの裏彩色と、表面での胡粉の線描や薄塗りを用いて、このような美しい表現を描き出している。この作品中にAuはまったく使われていない。黄色としては2種類の材料が使われている。一つはFeを含む黄土で、鶏の黒目周囲(12)、くちばし(23)、足などに使われている。一方、画面左上方の棕櫚の幹に見える黄色部(05)からはFeはまったく検出されなかった。胡粉が塗られた上に、黄色染料による着色が施されている。赤色としても2種類が認められる。一つは鶏冠(10)に使われている赤色で、Hgを主成分とした辰砂である。もう一つは黒い羽根の雄鶏の黒目周囲に使われている赤色(13)で、この部分からHgはまったく検出されず、赤色染料が使われている。この作品の最大の特徴は緑色の使い方である。棕櫚の葉には明緑色の葉脈が描かれており、どの葉についても必ずCuとAsが検出されるが、葉によってCuとAsの含有量が異なっていることが明らかになった。隣り合う葉であっても、Cu>Asの葉(01)とCu<Asの葉(02)があるなど、微妙な色調の違いを描き出していたことがわかる。現在、目視でその違いを確認することは大変難しいが、若冲のこだわりを強く感じさせる作品の一つである。棕櫚の葉の葉脈は1本の線のように見えるが、細かな点を斜めに配置して遠目には1本の線に見えるように描いている部分がある。意図的にしてもあまりに精緻すぎ、すさまじいまでのこだわりが感じられる。棕櫚の葉の暗緑色部分(06)からはCuが検出されず、Asが比較的多く検出された。他の作品では、葉を描くのに使われる暗緑色は染料のみであることが多いが、この作品については描き方がやや異なっているようである。また、鶏の黒目周囲(14)や地面(22)などには緑色染料が使われている。緑色に関して、Cu、Asの含有量を変化させて色調の違いを描き出している作品は『動植綵絵』の中に2幅あり、この作品と10「芙蓉双鶏図」である。本作品中に青色の絵具は見いだされない。黒い羽根部分(19)からCaは検出されるが、Feはほとんど検出されない。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

棕櫚雄鶏図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 棕櫚の葉 葉脈 明緑 49.7 23.5 6.6
02 棕櫚の葉 葉脈 明緑 39.9 12.8 24.8
03 棕櫚の葉 葉脈 明緑 46.7 2.8 52.5 4.3
04 棕櫚の葉の中心 明緑 32.6 2.9 4.2 57.7
05 棕櫚の幹 黄土 111.3
06 棕櫚の葉 暗緑 41.6 3.1 36.0
07 棕櫚の葉の先端 薄緑 57.4 5.6
08 土坡 薄緑 57.4
09 明緑 46.3 2.7 43.4 1.8
10 鶏の鶏冠 4.0 140.4
11 鶏の目 72.9 15.1
12 鶏の目 70.7 14.8
13 鶏の目 72.5 19.2
14 鶏の目 57.2 6.7
15 鶏の目の周囲 薄赤 17.0 56.2
16 鶏の鶏冠の後部 159.3
17 鶏の目の周囲 薄赤 30.6 29.9
18 鶏の首 薄赤 42.8 20.3
19 鶏の羽 75.0 1.5
20 白い鶏の尾羽 185.7
21 白い鶏の尾羽 黄土 94.0 6.4
22 土坡の苔 56.5 1.6
23 白い鶏のくちばし 145.6 5.3
24 薄緑 53.7 2.5
25 落款 38.2 1.6 17.2

 

裏面

棕櫚雄鶏図裏面分析ポイント

宮内庁三の丸尚蔵館(当時)提供

蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 棕櫚の葉 葉脈 4.9 2.6 211.3 4.8
02 棕櫚の葉 葉脈 5.5 1.8 92.8 17.2
03 棕櫚の葉 葉脈 4.9 3.7 175.7 10.8
04 棕櫚の幹 43.1
05 鶏の尾羽 28.8
06 鶏の尾羽 濃灰 21.2
07 鶏の背 89.9
08 鶏の背 濃灰 95.4
09 鶏の尾羽 101.5