鶏の白い羽根(07)に使われているのはCaを主成分とする胡粉である。鶏の羽根で金(金茶色)が透けるように見える部分(14,15,16,20,21)では、Auは一切検出されず、Caと少量のFeが検出されているだけである。Feを主成分とする黄土あるいは代赭などを絹の裏面に裏彩色として塗り、表面にはCa系白色顔料を薄くあるいは線描きすることで、絹を通して裏面の黄(茶)色を透けて見せ、絹の光沢感を利用して金色として認識させる描写技法である。裏彩色の色調、表面の白色顔料の厚みや線描の間隔などを調整することで、金(金茶)色の濃淡を描き出している。鶏の黄色い足(17)やくちばし(10)から検出された元素もCaとFeだけであるが、これらの部分では白色顔料が塗られた上に黄土などFeを主成分とした黄色顔料が着色されている。本作品中に黄色の染料は確認できない。鶏冠(09)あるいは画面右上に描かれている太陽(01)の赤色はHgを主成分とした辰砂によって描かれている。この作品の赤色部分からPbはまったく検出されない。25「老松白鳳図」には本作品と同じような太陽が描かれているが、その色調には違いがあり、使われている絵具も異なっていることが今回の調査で明らかになった。赤い鶏冠の中に無数に打たれている小点には赤色染料が使われている。樹木に描かれている緑色の苔部分(03,26)からは、主成分Cuとともに少量のAsが検出されている。松葉の深緑色・暗緑色(05,30)に使われている緑色材料は染料である。鶏の黒目(12,24)からはFeが比較的多く検出されており、黒漆が使われている可能性がある。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

老松白鶏図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 太陽 4.0 69.2
02 松の幹 17.1 6.7
03 幹の苔 10.2 10.4 235.6 3.5
04 松の枝 22.1
05 松葉 深緑 30.0
06 鶏の羽根 33.7
07 鶏の羽根 139.6
08 鶏の羽根 黄土 43.4 3.2
09 鶏冠 6.4 61.3
10 くちばし 102.5 7.7
11 くちばし付け根 45.2 2.4
12 32.9 37.9
13 目の周囲 43.8 16.7
14 鶏の羽根 黄土 49.8 0.3
15 鶏の羽根 薄黄 51.4
16 鶏の羽根 黄土 72.2 5.5
17 鶏の足 黄/白 78.4 9.1
18 落款 18.4 22.0
19 絹地 薄緑 32.4
20 鶏の羽根 薄灰 55.5 0.2
21 鶏の羽根 黄土 64.7 7.1
22 鶏冠 17.0 45.5
23 目の周囲 薄赤 23.9 23.9
24 47.4 37.1 9.6
25 目の周囲 29.1 18.5
26 6.1 14.2 419.6 7.4
27 鶏の足 133.1 6.3
28 濃茶 25.5 8.2
29 薄茶 27.0 6.7
30 松葉 深緑 36.8