この作品の特徴は表面に確認できる色と、裏彩色として塗られている色が全く異なる箇所がいくつか見出される点である。例えば、画面中央上方には向日葵の中心部に暗橙色を確認することができるが(03,04,05)、この部分を表面から分析するとCaとともに大量のCuおよび少量のAsが検出された。修理過程において、裏面を確認すると、この部分には緑色の裏彩色が施されており、CuとAsを含む緑色材料であることが確認された。また、画面左上方には紫色の小さな花びらが描かれた朝顔(21)が確認できるが、表面からの分析ではこの部分からは大量のCuが検出された。Asは全く検出されなかった。裏面を確認すると、この部分には青色の裏彩色が施されており、Cuを主成分とする群青による彩色であることが確認された。このように、裏彩色を施した箇所に表面から別の色の染料などを少量用いて着色し、裏彩色の色とは全く異なる色調を描き出す技法が使われていることが確認できた。この作品の中で、鶏の羽根や朝顔の花びら(08)に使われている白色は、他の作品と同様、Caを主成分とする胡粉である。赤色は2種類が確認でき、一つは鶏冠(10)に使われているHgを主成分とする辰砂、もう一つは黒目周囲(13)や首部の羽根の一部(16,17)などに使われている赤色の染料である。黄色材料としても2種類が確認でき、一つは鶏の黒目周囲(12)や足(26)などに使われているFeを主成分とした黄土、もう一つは向日葵の花びら(02)や蘂(22)に使われている黄色染料である。染料が使われている箇所からはCaだけしか検出されない。鶏の羽根などにみられる茶色部分(14,18)からもFeが比較的多く検出されている。代赭などの材料が使われていると思われる。明緑色部分は向日葵の花芯(03,19)、葉脈(07)などに見られ、これらの部分からはすべてCuとともに少量のAsが検出された。一方、朝顔の葉(06,20)などには多くの箇所で深緑色が使われているが、これらの箇所からはCuやAsはまったく検出されない。緑色染料が使われていることがわかる。朝顔の花びらに見られる青色箇所(01)からはCuが大量に検出され、群青が使われていることがわかる。鶏の黒目(11)からは少量ではあるがFeが検出された。(早川泰弘)

分析装置:セイコーインスツルメンツ(株)SEA200、X線管球:Ph(ロジウム)、管電圧・管電流:50kV・100μA、X線照射径:φ2mm、測定時間:1ポイント100秒、装置先端から資料までの距離:約10mm

表面

向日葵雄鶏図表面分析ポイント
蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 朝顔 34.2 23.4 454.8
02 向日葵の花びら 147.6 0.1
03 向日葵の花芯 45.7 5.6 191.7 3.4
04 向日葵の花芯 105.0 2.7 99.1 0.2
05 向日葵の花芯の地 40.0 6.5 219.4 3.1
06 朝顔の葉 深緑 52.3 0.2
07 朝顔の葉の葉脈 27.8 9.7 382.4 5.6
08 朝顔の花 143.5 0.1
09 朝顔の葉の先 薄赤 46.5 5.2 0.1
10 鶏の鶏冠 3.5 195.8
11 鶏の黒目 64.7 17.4
12 鶏の目 67.8 18.8
13 鶏の目の中 64.5 16.3
14 鶏の首の羽 薄茶 124.6 49.1
15 鶏の首の羽 黒/茶 59.6 34.4
16 鶏の首の羽 薄赤 140.3 28.4
17 鶏の首の羽 薄赤 169.4 13.3
18 鶏の首の羽 濃茶 66.3 36.1
19 向日葵の花芯 37.1 8.0 287.0 4.2
20 朝顔の葉 深緑 62.0 0.2
21 朝顔の花びら 46.3 17.2 312.4
22 向日葵の花芯 199.2 0.2 1.7
23 朝顔の葉 65.5 0.3
24 46.8 4.4 124.9
25 落款 45.6 0.2 24.8
26 鶏の左足の爪 88.2 8.6
27 朝顔の蔓 59.9 0.2

 

裏面

向日葵雄鶏図裏面分析ポイント

宮内庁三の丸尚蔵館(当時)提供

蛍光X線強度(cps)
No. 測定箇所 カルシウム
Ca-Kα

Fe-Kα

Cu-Kα
亜鉛
Zn-Kα
ヒ素
As-Kα

Au-Lβ
水銀
Hg-Lβ

Pb-Lβ
01 鶏の尾羽 81.3 9.0
02 鶏の尾羽 薄茶 4.8 11.7
03 鶏の尾羽 濃茶 11.4 12.9
04 向日葵の花びら 78.2
05 向日葵の花芯 38.0 5.1 264.6 4.6
06 朝顔の花びら 46.0 9.9 248.1