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十五世紀前半


応永7  140002A  古画備考(土佐広周の項)
一本同[道成寺]縁起二巻、図ハ右之通リナリ、古物ナルモノ、上巻奥書、応永七年〈庚辰〉二月日、於立生庄藤井村書写、下巻奥書、応永七年〈庚辰〉二月日、紀州名草郡於日方村書写畢、

応永7  140003A  考古画譜
日高川双紙(補)上巻巻尾云、応永七年庚辰二月日、於土生庄藤井村書写、/(補)下巻巻尾云、応永七年庚辰二月日、於紀州名草郡日方村書写畢、

応永7  140006A27  二所太神官例文
応永七年〈庚辰〉六月廿七日。内宮一宿仮殿遷宮。〈東宝殿盗人推参。依奉汚御装束等也。〉  同年□外宮遷宮。〈称光院御宇。〉

応永8  1401  善隣国宝記
応永八年/日本准三后某/上書/大明皇帝陛下。日本国開闢以来。無不通聘問於上邦。某幸秉国釣。海内無虞。特遵往古之規法。而使肥富相副祖阿通好献方物。金千両馬十匹。薄様千帖。扇百本。屏風三双。鎧一領。剣十腰。刀一柄。硯筥一合。同文台一箇捜尋海嶋漂寄者幾許人還之焉。某惶誠恐。頓首頓首。謹言。

応永8  140102A30  黄梅院文書
瑞鹿山円覚禅寺黄梅院華厳塔重造釈迦・多宝二尊勧縁小偈〈并叙〉/円覚華厳宝塔、在於瑞鹿峰頂黄梅之院、乃天龍開山夢窓国師塔頭也、今応永八年歳次辛巳春二月晦日、罹欝■之厄、則塔中二尊釈迦、多宝亦燼、烏乎悲哉、越后数月、…国師門派老少僧衆、随分助縁、重新造塔、蓋一時盛事也、…/応永十一年甲申冬  [心翁]中樹菫[謹]識/幹縁比丘中伝

応永8  140102A29  大乗院日記目録
内裏焼失、行幸室町殿

応永8  140105A13  鹿苑略記
応永八年辛巳二月晦日。諸伽藍、悉罹欝■之厄、雖然、当時諸老、或勧府君、或募衆縁、諸伽藍復旧制之事、儼然干古記、

応永8  140105A13  康富記
日本准三后道義書上/大明皇帝陛下、日本国開闢以来、無不通聘問於上邦、道義幸秉国釣、海内無虞、特遵往古之規法、而使肥富、相副祖阿通好献方物…/応永八年五月十三日

応永8  140107A04  椿葉記
ふしみ殿をば准后の山庄になさるべしとて。人もなくいたづらにをかる。さるほどに同六年十一月大内左京大夫入道義弘謀反おこして。天下みだれたるおりふし。ふしみの御所をばかへし申さる。そのしはすにくはんぎよなりぬ。かくて二三年はふしみに御ざあるほどに。同八年七月四日の夜御所回禄しぬ。累代の御記文書楽器ども大略なかば過は焼ぬ。

応永9  1402  善隣国宝記
同九年/日本国王〈臣〉源/表。〈臣〉聞。太陽升天。無幽不燭。時雨霑地。無物不滋。矧大聖人。明並曜英。恩均天沢。万方嚮化。四海帰仁。欽惟大明皇帝陛下。詔尭聖神。邁湯智勇。■定弊乱。甚[コホスヨリモ]於建■整頓乾坤。易於返掌。啓/中興之洪業。当太平之昌期。雖垂旒深居/北闕之尊。而/皇威遠暢東浜之外。是以謹使僧圭密梵雲明空通事徐本元。仰観/清光。伏献方物。生馬貳拾匹。硫■壹万斤。馬腦?脳大小参拾貳塊。計貳百斤。金屏風三副。槍壹千柄。太刀壹佰杷。鎧壹領。匣硯一面。并匣扇壹佰杷。為此謹具。/表/聞〈臣〉源/ 年号 日 日本国王〈臣〉源

応永9  140208A01  如是院年代記
大明国使僧天倫一菴至兵庫

応永9  140211A14  兼宣公記
□御所小後生被立、女院御所立柱□□[上棟カ]也、

応永9  140211A19  兼宣公記
抑今日□土御門新皇居

応永9  140211A19  大乗院日記目録
遷[還]幸土御門殿

応永10  1403  如是院年代記
〈癸未〉十 相国寺大塔炎上。

応永10  140303A04  在先録
六十二、存先、諱希譲、…〈応永十三月四日寂、/塔干霊源菴〉

応永10  1403A0603  兼宣公記
入夜甚雨、雷鳴、雨脚聊休止世時分、相国寺大鐘頻有声之間、乍驚立出寝所、欲相尋子細之処、相国寺大塔炎上〈云々〉、…則参御共、入御相国寺、此時分御塔已倒了、依余勝場[定、下同ジ]院已焼亡、

応永9  140306A03  大乗院日記目録
相国寺炎上

応永11  140404A  翰林葫蘆集
鹿苑院殿百年忌陞座/…同十一年四月、復於北山建七層大塔

応永11  140404A03  大乗院日記目録
北山大塔立柱

応永12  1405  三教図・罕■叟題
…能画者其名曰拙広照師所命取大巧如拙之義也…

応永12  1405  法隆寺大講堂東北飛■隅木墨書
修造応永十二年〈乙酉〉六□

応永12  1405  翊聖国師年譜
十二年乙酉。辞世頌曰。虚空落地。火星乱飛。倒打筋斗。抹過鉄囲。平日所常課者也。円覚。首楞厳。師自謂。我嘗閲首楞厳有失咲之分也。

応永12  140504A05  扶桑五山記
第六、特賜仏智広照浄印翊聖国師、諱中津、号絶海、…応永十二年乙酉四月五日入滅、寿七十、

応永12  140507A16  教言卿記
今夜泉涌寺御塔頭回禄〈云々〉、

応永12  140508A30  教言卿記
絵所[土佐]光益入道来、先日禁裏御八講ヲ屏風之絵可書之旨、御賀殿〈ヨリ〉奉之間、其様事尋来、

応永12  140511A13  教言卿記
□為盛朝臣以絵書、哥道家、号法性寺来、□広橋[兼宣]連々参会之人〈云々〉、薑酒勧之、

応永13  140601A15  教言卿記
日吉〈大宮二宮・十禅師、/々々〉回禄〈云々〉

応永13  140604A03  扶桑五山記
第九、観中■上、諱中諦、…同十三年丙戌四月三日入滅、寿六十三、

応永13  140604A21  教言卿記
墨絵ノ遁世者金阿弥在所一条烏丸〈云々〉

応永13  140608A02  教言卿記
裏松[日野重光]返し、仙人女絵二番[幅]送賜、自愛々々、秘蔵々々

応永13  140608A05  教言卿記
仙女絵金阿ニ尋意見之処、日本近日書タル絵〈云々〉、

応永13  140609A12  大乗院日記目録
清水寺西門炎上

応永13  140609A12  教言卿記
焼亡、清水塔以下[田村]将軍堂・西門、〈丑刻〉

応永13  140610A12  教言卿記
扇地紙二枚金阿ミ許へ遣之、〈一ハ墨絵、/一ハ色ツリ、〉百文下行也、

応永13  140610A29  教言卿記
女中影内々土左[佐]将監[行広]ヲ召寄書之、目出、但面ニ不似〈云々〉、次文車絵様書之、

応永13  140611A13  教言卿記
泰阿ミ子来、少将直垂絵誂之、

応永13  140612A18  教言卿記
教豊直垂[出来]、絵師泰阿子男、七百文領状、乃先日ハ五百文下行了、今日不足分二百文下行了、

応永14  1407  妙法寺記
同極月円覚寺炎上。

応永14  140701A05  常光国師行実
丁亥正月五日地大震。…十六日薄暮師索浴。浄髪更衣跏跌。侍僧以遺偈為請。師揶揄曰。■作何用請勤。乃執筆書曰。…緇白駿奔哀動。朝野門人遵治命。奉全躯。■于仏慈率堵西偏。俗寿八十。坐夏六十二。

応永14  140701A16  扶桑五山記
第三、特賜仏日常光国師、諱明応、号空谷、…応永十四年丁亥正月十六日入滅、世寿八十

応永14  140701A16  教言卿記
国師御入滅、戌刻、辞世頌、/倒騎木馬、踏破虚空、欲■蹤跡、結網繋風、/応永丁亥正月十六日/珍重    明応

応永14  140702A05  教言卿記
自禁裏後光厳院御笙譜事被尋仰下之間、如此申入也、…表帋ハ紅薄様、内ニハ権大納言忠季卿[正親町]陵王ヲ唐絵具ニテ画図之、

応永14  140702A10  教言卿記
宗阿〈右兵衛督許〉[山科教冬]、遁世者、扇墨絵唐松梅画之、神妙也、

応永14  140704A22  教言卿記
扇三本金阿ミ絵誂了、十疋下行、

応永14  140705A03  教言卿記
扇絵事、〈両面土左将監[佐][行広]〉ニ誂之、二本百疋也、骨ハ此方用意、可為十七骨者也、

応永14  140705A11  教言卿記
扇屋六角烏丸[西頬]、善阿弥可尋云々、

応永14  140705A16  教言卿記
五本扇五買、六角善阿ミ也、

応永14  140705A27  教言卿記
[扇屋]三条東洞院[通玄寺]、西頬云々、

応永14  140706A02  教言卿記
一、孝継朝臣妙音天、土左[佐]将監行広可沙汰之由、以資興仰遣之処、先領状、此間違例、絹美乃フシモ無可給<云々>、是ハ西園寺妙音堂本尊<云々>

応永14  140706A06  教言卿記
妙音天本尊事、土佐将監行広ニ申付、

応永14  140706A14  教言卿記
明日ヨリ御修法被行、…安鎮法云々

応永14  140706A17  教言卿記
両面扇二本盛[昌盛]都聞許ヘ下之、■[承■]副寺寮ヘ付也、筆土佐将監行広、

応永14  140706A18  教言卿記
墨絵扇T本金阿誂之、瀟湘八景両面也、銭百文、

応永14  140706A18  教言卿記
両面扇一本行広将監ニ五連ニテ誂之、石墻為遣也、

応永14  140706A19  教言卿記
妙音天絵所行広書整進之、殊勝ゝゝ、

応永14  140706A21  教言卿記
相国寺山門十六羅漢初而有懺法云々、北山殿御成云々、

応永14  140708A18  教言卿記
賀安[山科嗣教]直垂絵、単物等染出、珍重ゝゝ、地ハ張絹、絵師ハ土佐将監行広、松竹鶴等也、単物同風情也、

応永14  140708A30  教言卿記
妙音天〈ヘウホヘ出来〉、珍重ゝゝ、

応永14  140709A02  教言卿記
孝継朝臣来、妙音天拝見、殊勝之由、此本尊絵ハ西園寺妙音堂秘本也、而今出川入道写置之、其ヲ故孝重三位写之本ヲ、孝継朝臣書之間、絵所土佐将監行広写書之、可秘蔵者也

応永14  140711A06  喜連川判鑑
十一月六日。円覚寺炎上。

応永14  140712A02  一庵禅師行状
応永十四年十二月二日午之[マゝ]字。閣筆曰。開一穴於祖塔之後。我将伴祖師於那伽定中。■如遵命。世寿七十九。僧臘六十七。

応永14  140712A02  扶桑五山記
六十七、一菴禾上、諱一麟、…応永十四年丁亥十二月二日寂、寿七十九、

応永15  140801A29  教言卿記
予扇帋〈二枚〉、絵所尭光法師ニ誂之、

応永15  140803A08  翰林葫蘆集
鹿苑院殿百年陞座/…同十五年戊子三月八日、天皇幸北山之第、経十日而還幸

応永15  140803A08  大乗院日記目録
北山殿行幸

応永15  140803A08  教言卿記
行幸北山殿、公卿、…

応永15  140803A08  椿葉記
さてもじゆこうはきた山にさんさうをたてらる。このところは西園寺[実永]の居所にてあるを申うけられて。むかし常盤井の相国[実氏]の造営せられしにも猶たちこえて。玉をみがきこがねをちりばめてつくりたてられて。応永十五年三月行幸を申さる。

応永15  140803A08  北山殿行幸記
このとゝせばかりより。北山の御所にうつりすませ給ひて。将軍右大将殿をば。おほやけの御かため。ちかきまもりにと。都にをき申されたるも。いとどかしこき御をきてとぞおぼえ侍る。さても行幸は応永十五年やよひのはじめの八日なり。

応永15  140805A06  教言卿記
北山殿御円寂、〈五十一才、歳霜也、〉

応永15  140805A06  鹿苑院殿薨葬記
一薨逝等事/応永十五年〈戊子〉五月六日、〈酉刻〉、薨、〈御歳五十一〉、

応永15  140805A06  東院毎日雑々記
今夕、〈戌刻〉、北山殿薨御、

応永15  140805A06  足利家官位記
鹿苑院殿 義満…同五月六日御円寂、〈五十一歳〉、号鹿苑院殿

応永15  140805A06  公卿補任
応永二年〈乙亥〉/源義満〈三十八〉…〈法名道有。後改道義。/応永十五年五月六日薨(五十一才)。〉

応永15  140807A02  教言卿記
予為焼香参詣鹿苑院、此御影ハ土左〈佐〉将監行広奉書、

応永15  140807A02  武家年代記裏書
七二、熊野本宮火、

応永15  140807A02  和漢合符
七月二日、熊野本宮炎上、

応永15  140807A04  教言卿記
還城楽扇、〈土左[佐]将監/行広筆也、〉神妙々々、又採桑老扇誂之、

応永15  140807A13  教言卿記
採桑老扇ニ書之、〈行広/絵師、〉

応永15  140810A15  東寺百合文書
 廿一口方評定引付応永十五年戊子十月十七日 一大師御絵可借出由申間事/御絵実相寺法印、難去一見申度之由、有所望仁、被借渡者可為本望之由、被申之間、披露之処、可然門跡様有所望者、以別儀可借出之、只尋常様之仁於所望者、不可出之、為向後傍例難儀之間、不借進之由可申云々、

応永15  140810A16  教言卿記
栂尾宮[義仁親王]舞絵〈三巻、上/中下〉借給也、■々可写也、

応永15  140811A08  応永古楽図巻模本奧書
応永十五〈戊子〉年十一月八日以秘本写之(花押)[教言]

応永15  140811A08  教言卿記
舞絵写了、季英、神妙々々、

応永16  1409  大乗院日記目録
 月 日、浄花院四条道場炎上

応永16  140902A10  教言卿記
京御所小御所并台屋、北山殿被壊渡云々、

応永16  140903A19  教言卿記
又今夜焼亡正親町ゝ、次浄花院等云々、

応永16  140903A22  東寺王代記
三月廿二日、夜丑剋浄化[花]院回禄、三月廿二日、四条道場廻[回]禄、白中[昼]、

応永16  140906A05  東大寺大湯屋風呂屋形掲額裏面墨書
応永十五年二月十四日加浴室/修理畢 同十六年六月五日/書比宝号焉 沙門惣深(花押)

応永16  140910A26  大乗院日記目録
将軍三条御所遷住

応永16  140910A26  武家年代記
十廿六、移徙三条坊門御所、

応永16  140911A06  教言卿記
新御所下御所[三条坊門第]ニ被新造、京上棟云々、

応永16  140912A08  教言卿記
新御所移徙[金吾御太刀進上也]、

応永17  141001A26  東寺執行日記
同廿六日、辰刻、上酉酉[醍醐]寺青龍[清瀧]宮回禄、

応永17  141001A26  東寺王代記
正月廿六日、巳初刻、上酉酉清龍[瀧]巳や炎上、

応永17  141003A27  毎日雑々記
蔵王堂供養儀無為無事、

応永17  141008A21  法隆寺西院廻廊東北角鬼瓦銘
【ヲ】ウエイ十七[カノエ]子八月廿一日/【ヒ】コ次郎トシ[トライノトシ]三十三/八月一日ノヲウカセノトキ/フキヲトシタルカワラナリ

応永18  141110U11  東寺執行日記
閏十月十一[五]日、興福寺三基塔并東金堂・大湯屋已下炎上、依雷火也、

応永18  141110U15  大乗院日記目録
春日二基塔・東金堂・五重塔・大湯屋・四足等焼失了

応永18  141110U15  東院毎日雑々記
東金堂・塔婆・惣宮・大湯屋・馬場東西御塔為雷火大炎上、

応永18  141110U15  東寺王代記
閏十月十五日、白中[昼]南都興福寺東金堂并塔三基・湯屋、依雷火炎上、

応永18  141110U15  興福寺仏頭台座嵌板墨書
応永十八年〈辛卯〉閏十月十五日未刻。依院御塔之類火東金堂廻禄。一寺一宗周章別者満堂悲歎也。爰諸尊秘仏并文書等悉雖奉取出之。無大阿綱而御本仏不得奉出之事。…

応永18  141112A  二所太神宮例文
応永十八年〈辛卯〉十二月、内宮遷宮、自明徳二年及二十一年、

応永18  141112A  皇太神宮遷宮次第記
応永十八年〈辛卯〉十二月日、内宮正遷宮、自明徳二年至今年二十一年、

応永20  141308A15  扶桑五山記
八十一、仲方禾上、諱円伊、…応永廿年癸巳八月十五日示寂、寿六十、

応永20  141310A10  扶桑五山記
五十、履仲禾上、諱元礼、…〈応永二十癸巳十月十日寂〉、

応永20  141311A24  満済准后日記
金剛輪院護摩堂立柱上棟

応永21  141403A08  満済准后日記
山上清滝宮立柱上棟。〈午時〉。

応永21  141409A11  興福寺東金堂肘木銘
応永廿一年九月十一日

応永21  141412A28  喜連川判鑑
十二月二十八日。建長寺炎上。

応永22  141501A16  寺門事条々聞書
正月十六日東金堂造営始之。/下田鋳師召上。本尊事談合。…/下田鋳師僅鍋釜等学也。不審相残上者。河内丹南鋳師相交有其沙汰者。尤可然之由評定了。丹南鋳師八郎兵衛上洛畢。/三月五日。彼鋳形自今日可作之由申。

応永22  141501A18  満済准后日記
建長寺旧冬廿八日炎上云々

応永22  141504A07  光暁記
今日東金堂諸尊。自食堂奉渡之云々。於本仏者未令出来給云々。

応永22  141504A13  光暁記
東金堂本尊御頭奉鋳之。無為無事。珍重■。

応永22  141504A25  光暁記
今日東金堂本尊御身奉鋳之。大都無為。

応永22  141505A  大乗院日記目録
五月 日、東金堂本尊奉鋳之

応永22  141505A13  光暁記
東金堂本尊金銅像。奉居御頭於御身。今日祝着儀在之。…事訖奉引本尊於食堂細殿。

応永22  141505A13  寺門事条々聞書
  東金堂本尊御身為奉瑩。食堂細徒西隔奉入。

応永22  141504A25  光暁記
東金堂本尊今日奉渡御堂。

応永22  141506A26  寺門事条々聞書
廿六日。東金堂本尊奉入了。

応永22  141508A22  扶桑五山記
九十世、太白禾上、諱真玄、…応永廿二年乙未八月廿二日寂、

応永23  1416  臥雲日件録
文安五年三月十五日条 今日問古邦、開山碑銘、今在何処、古邦曰、在勝定院云々、応永十二年、此銘自大明来、将刻以建之崇寿院祖塔云、々主観中和尚、先命中頴侍者写之、頴因循不果、後鄂隠居鹿苑時、咨于勝定院殿[足利義持]、欲刻之於石、因命如拙[大巧]、行四判[州]求碑石、々難致、勝定相公、問其費、則拙曰、不役万人、則不可得、勝定相公、恐煩国民而止矣、

応永23  141601A09  如是院年代記
戌刻北山大塔雷火。

応永23  141601A09  看聞御記
戌刻雷電防風以外也。此時分赤気耀蒼天。若焼亡歟之由不審之処。北山大塔〈七重〉。為雷火炎上云々。雷三度落懸。僧俗番匠等捨身命雖打消。遂以焼失。併天魔所為勿論也。去応永七年相国寺大塔〈七重〉。為雷火炎上。其後北山ニ被遷之。造営未終功之処又焼失。

応永23  141601A09  満済准后日記
戌刻雷鳴頗消肝畢。亥初刻北山大塔為雷火焼失。一両度落懸云々。初ハ奉行僧打消云々。 <>BR>

応永23  141601A09  大乗院日記目録
夜北山大塔炎上雷火、未述供養

応永23  141603A01  看聞御記
先日順事有茶会。…会所聊被餝之。立屏風絵三幅〈本尊観音。/脇猿。〉懸之。茶■瓶一対〈立花〉。卓二居。伏見院宸筆一巻懸之。

応永23  141603A06  看聞御記
京都有大焼亡。自五条万里小路火出来。数十町焼云々。

応永23  141606A01  如是院年代記
仙洞火。

応永23  141606A13  看聞御記
自椎野絵二巻借賜。一口物語也。以外古物殊勝絵也。後聞。大覚寺殿御絵云々。宝蔵絵部類也。

応永23  141607A01  看聞御記
抑晩景人々告申云。昼程仙洞〈東洞院日野一位禅門私宅也。/御脱履以後被成皇居了。〉焼失云々。

応永23  141607A01  満済准后日記
申初刻焼亡。仙洞焼失畢。院御所御幸此坊。室町殿様御参。内裏無為。珍重々々。

応永23  141608A19  満済准后日記
東大寺大仏薄可被押申云々。仍御祈事被仰出了。

応永23  141609A04  看聞御記
将亦東大寺大仏彩色旧損野間可被修理云々。金数百両薄師ニ賜野。於相国寺金薄ニ打之。僧令奉行云々。

応永23  141611A01  看聞御記
絵書僧在此辺之間。小野道風影〈本頼寿法橋筆云々。〉令写之。脇絵〈山水〉一対同令書。馳筆書之。無相違筆者也。

応永23  141612A30  看聞御記
寺長老参。唐絵一幅。〈栄書記筆梅花。〉鸚鵡盃。椙原十帖持参。御代始御礼進之云々。

応永24  141701A14  看聞御記
近衛局被祇候。御引物唐絵一対。〈雪窓蘭。〉杉原十帖賜之。

応永24  141706A19  看聞御記
今日新仙洞〈東洞院。〉御移徙[徙歟]御幸也。

応永24  141708A  大乗院日記目録
八月大仏御身以黄金奉研之、願主将軍、細川京兆禅門道観御共

応永24  141708A24  大乗院日記目録
九[八]月廿四日、将軍南都下[板輿]向、廿九春日社[■山御成]参、

応永24  141708A24  康富記
今朝卯終剋、室町殿奈良御参詣云々。

応永24  141708A28  康富記
今日室町殿春日御参社云々

応永24  141708A29  満済准后日記
東大寺八幡同御参詣。御帰路大仏御□□*薄押□□反初今□小川殿東大寺執金□□[剛カ]戸被開之。

応永25  141806A27  看聞御記
常御所与廂相合中柱撒之。立三枚障子。此障子者萩原殿御障子也。絵花園院宸筆。又裏辻忠季卿筆等相交。色紙形詩青蓮院尊円法親王御筆。彼是重宝秘蔵之障子也。〈絵鶴鶏鵝鴻等有之。〉但破損了可修理者也。

応永25  141808A18  康富記
清水寺塔下クミ造立記、柱立来廿四日云々、法勝寺五大堂被造営…自去年冬新仏皆被仰付仏師云々

応永25  141809A01  康富記
今日五条西洞院大夫入道〈絵師〉、卒、五十歳云々、中風也

応永25  141809A17  満済准后日記
大塔心柱木引。今度畠山兄弟美業。今日二本被引之。

応永26  141902A01  看聞御記
玄超新造菴一覧。…此間障子画図書之。当世絵師玉阿書之。唐絵山水也。殊勝也。客殿以下奇麗荘厳驚目了。

応永26  141905A26  看聞御記
今夜有焼亡。後聞。六条導場也。仏殿并鎮守社相残。自余皆焼失云々。

応永26  141907A24  扶桑五山記
十七、大周禾上、…応永廿六年己亥七月廿四日入滅、寿七十二、

応永26  141907A26  看聞御記
抑去廿日仙洞有御楽。妙音天被奉新写。〈箏弾絵像。土/佐将監書之。〉

応永26  141912A12  看聞御記
抑聞。北山北之御所宸殿破壊了。南禅寺。建仁寺等御寄進云々。南之御所同破壊。

応永27  142002A09  看聞御記
今日宝幢寺供養也。

応永27  142002A09  大乗院日記目録
法幢寺供養

応永27  142002A09  満済准后日記
今月九日嵯峨宝幢寺供養。

応永27  142010A22  扶桑五山記
九十一、明寂、諱玄晴、…〈応永廿七十月廿二日滅、/塔龍雲菴、龍吟派、〉

応永28  142108A11  看聞御記
又客殿立廻屏風。懸唐絵。〈玉阿筆。〉

応永28  142109A21  扶桑五山記
五十一、謙岩禾上、諱原冲、…〈応永二十八辛丑/九月二十一日寂、〉

応永28  142110A28  看聞御記
抑内野御経結願畢。衆僧三百■三人於清水寺三箇日御経奉読。是御塔造営供養云々。

応永28  142110A29  看聞御記
今日清水寺塔供養有舞童云々。

応永28  142111A  如是院年代記
十一月円覚寺炎上。

応永28  142111A12  喜連川判鑑
円覚寺炎上。

応永29  142204A25  看聞御記
此間清水毎日以三百五十口僧法華経真読。是来廿九日御堂可有上棟云々。去貞和年中廻禄以後造営周備。雖然干今無上棟。仍興行。来秋ハ可有供養之儀云々。

応永29  142206A17  兼宣公記
抑仙洞泉殿御造作事始、可為明日也、

応永29  142206A18  兼宣公記
早旦参室町殿、就今日御事始事、三个度為室町殿御使参院、

応永29  142206A25  看聞御記
月次連歌。・・・天神名号脇絵二幅。<玉阿筆。松梅。>新調懸之。名号妙法院宮御筆也。

応永29  142208A19  看聞御記
抑仙洞御会所泉殿今日立柱云々。自室町殿被造進。

応永29  142208A19  満済准后日記
今日院御所御会所立柱棟上。

応永29  142210A08  南禅寺記
此御製等。皆収蔵帰雲院。毎新住持入寺。視篆証明。応永二十九年壬寅十月八日。院倶火。

応永29  142211A05  扶桑五山記
廿三、西胤禾上、諱俊承、・・・応永廿九年壬寅十一月五日入滅、寿六十五、

応永29  142211A20  看聞御記
抑聞。今日仙洞新造御会所泉殿御移云々。

応永30  142302A05  看聞御記
行豊朝臣相伝手本数巻持参入見参。賢聖障子絵図<中書>。銘行俊卿書之。今在内裏殊勝也。又巨文字<唐書>。等披見養眼。此還礼所持本<伏見院宸筆。三賢等。> 取出令見之。

応永30  142305A  東大寺華嚴海会善知識曼荼羅図裏書
去応永四七暦仲夏上旬之候不慮之外令感得此一鋪、此内第廿八之知識観音菩薩者是年来信仰之如意輪観音尊也、広尋自他之図絵普弁路余之霊像未見此尊在此内、実是機感之純熟宿縁之開発在干此時者或、仍凝謁仰之思増添歸依之味、因茲重令修複訖/応永卅年五月 日  大法師澄賢/東大寺如意輪院

応永30  142307A05  看聞御記
其後蔵光菴ニ行。有絵書僧<大光明寺住長老弟子云々。>書屏風。暫見之殊勝也。

応永30  142307A19  看聞御記
昼大道院ニ参。御所間障子絵頓[長老弟子]書記書之。為一見参。梅花<大木>。四問[間歟]障子ニ書渡。其勢殊勝也。

応永30  142309A14  扶桑五山記
第十、太岳禾上、諱周崇、・・・応永三十年癸卯九月[十]四か日入滅、寿七十九、

応永30  142311A23  李朝実録
奎尚道監司報、回礼使船、同日本国王使臣船十八隻、今月二十日到泊乃而浦

応永30  142311A28  看聞御記
行豊朝臣帰参。阿茶丸絵二幅<大光明寺住僧頓書記筆>。賜之。

応永30  142312A25  李朝実録
世宗五年癸卯十二月壬申 日本国王使臣圭籌梵齢都船主久俊等一百三十五人詣闕献土宜

応永31  142401A20  喜連川判鑑
正月二十日。浄妙寺炎上。

応永31  142401A22  李朝実録
圭籌梵齢等、拘■加賀、訊問、・・・・・・曰者画僧周文者、妄発言曰、・・・

応永31  142401A26  李朝実録
世宗六年甲辰正月癸卯 賜日本国王使送上副官人緜紬各三匹・・・僧鞋禅和子周■周文都船主客緜紬二匹・・・

応永31  142402A03  扶桑五山記
六十四、岐陽禾上、諱方秀、・・・<応永三十一甲辰二月三日寂、>

応永31  142402A03  満済准后日記
絵所寂済入道死去云々。<七十七歳歟。>

応永31  142402A04  李朝実録
日本国王使臣圭籌等発行・・・■干漢江

応永31  142407A17  看聞御記
明盛参。世事語之。牛一枚<板切両方ニ二頭書。>持参。当絵所預秀行筆云々。雨降之時牛ヲ逆ニ釣。然者雨晴云々。其為絵所ニ可令書之由兼仰付了。仍持参神妙也。

応永31  142408A10  看聞御記
抑今夜<丑時。>四条導場炎上云々。

応永31  142408A10  満済准后日記
今夜々半四条道塲悉焼失。一宇不残。頗[二]時衆共自放火云々。

応永31  142411A21  看聞御記
内裏此間御前水御興行云々。仍当所寺庵植木可被召進之由。以持経被仰下。河原者三人為検知被召下。則寺菴ヘ仰之旨申遣。

応永32  142502A18  扶桑五山記
十九、鄂隠禾上、諱恵■、・・・応永卅二年乙巳二月十八日入滅、寿六十五、

応永32  142502A24  喜連川判鑑
二月二十四日夜。極楽寺炎上。

応永32  142502A28  看聞御記
又聞、鹿苑院前住鄂隠和尚今月十八日円寂云々。

応永32  142508A14  看聞御記
抑未剋京有焼亡。一時許焼了。在所不審之処及晩風聞。相国寺鹿苑院以下塔頭々々悉炎上云々。法界門衣服[ヱミ]寺同焼失。・・・後聞。関東武将亭此日焼失云々。信濃善光寺も焼失云々。但巷説不審也。

応永32  142508A14  満済准后日記
未初刻相国寺ノ塔頭乾徳院焼失。其余炎ニ常徳院雲頂院鹿苑院並寺内七堂以下方丈文庫鐘楼一宇モ不残悉焼失。纔塔頭六ヶ所相残計也。崇寿院勝定院大徳院大智院恵林院大幢院等也。

応永32  142508A14  如是院年代記
相国寺炎上。

応永32  142508A28  扶桑五山記
廿五、慶仲禾上、諱周賀、・・・応永三十二乙巳八月二十八日寂、寿六十三、

応永32  142509A14  看聞御記
早旦大道院盗人入。不動一補[ママ]。<瀧湫筆。>花瓶一。<胡銅。> 取之。

応永32  142509A15  看聞御記
用健来臨盗人事不尋出之間。不動紛失無念之由被語。仍崇光院御本尊不動三幅。<瀧湫筆。>大道院ニ可寄進之由進愚状。但預置他所□□□可進之由令申。

応永32  142510A07  満済准后日記
御所様今日渡御相国寺ニ。今暁仏殿等事始云々。

応永32  142510A14  看聞御記
仙洞御持仏堂今日立柱。

応永32  142510A14  満済准后日記
仙洞御会所御立柱。

応永32  142511A03  満済准后日記
相国寺仏殿立柱。

応永32  142511A04  看聞御記
玄忠参。一樽持参。抑真乗寺殿常磐絵二篇賜之。殊勝絵也。詞筆跡白河三位経朝卿云々。行豊見之彼卿筆跡之由申。此絵真乗寺所持云々。

応永33  142601A11  満済准后日記
仍自昼程院御所ニ御室祗候云々。御引物等毎事如年々佳例。御屏風一双。絵福禄寿松竹鶴等也。御練貫五重。以上。

応永33  142601A15  満済准后日記
今日巳半許ヨリ中京焼亡。上ハ自姉小路下至高辻。其間八町歟。西ハ室町ノ東頬。東ハ富小路西頬ニ至テ悉焼失。其中ニ六角堂ノ本堂因幡堂六角家等相残云々。

応永33  142604A26  法隆寺上御堂正面上欄間格子墨書
奉施入法隆寺上御堂大施主重祐大法師夏一応永三十三年<丙午>卯月廿六日之間皆新造也。

応永33  142611A22  満済准后日記
今日相国寺方丈開云々。

応永34  142707A26  満済准后日記
今日相国山門並鹿苑院佛殿立柱云々。

正長1  142801A18  満済准后日記
今日巳半計(歟)。御事切了。御年四十三也。

正長1  142801A23  建内記
勝定院贈太相国御葬礼也、・・・懸御影於龕前、件御影土左守行広俄奉図云々、

正長1  142801A24  満済准后日記
次御影<木像。>事。於被安置等持院御影ハ御俗体可宜歟。又可為御法体歟云々。・・・予申云。是ハ又御法体可宜歟由申了。管領同心。仍此分治定。於即座奈良仏師ニ当院院主申付了。

正長1  142804A05  東福寺誌
(梁銘)上棟、大日本国山城州恵日山東福禅寺法堂 応永三十五戊申年四月初五日  住持(高明)法揚修造 奉行一承、大工肥前守源弘友等敬白、

正長1  142806A26  扶桑五山記
廿二、厳中禾上、諱周■、・・・正長元年戊申六月廿六日入滅、寿七十、

正長1  142810A07  扶桑五山記
十三、在中禾上、諱中淹、・・・正長元年戊申十月七日入滅、寿八十七、

永享1  142901A11  満済准后日記
今朝以使者〈経祐法眼〉。申遣大館入道方。早々可有渡御之由可申沙汰云々。…申初歟渡御。…御引物御屏風一双。〈絵万歳楽地久。〉御練貫十重。盆〈二重。堆紅。〉一枚。香合。〈削紅。文竹観音。〉小高檀紙一束。

永享1  142901A30  喜連川判鑑
正月三十日。浄妙寺炎上。

永享1  142904A17  満済准后日記
今日清滝御遷宮。

永享1  142906A21  建内記
禅師号事有御執 奏、是前住南禅厳中周■和尚去年六月廿六日円寂、而門中出所望之間

永享1  142907A10  建内記
浄華院仏殿棟上也。

永享1  142908A16  満済准后日記
今日室町殿御会所御棟上云々。

永享1  142908A16  建内記
室町殿御造作、立柱上棟也、

永享1  142908A29  椿葉記
さて正長二年八月廿九日本内裏に遷幸なる。

永享1  142908A29  大乗院日記目録
遷[還]幸土御門殿、黒戸御所新造、自余如本

永享1  142908A29  看聞御記
今日本内裏遷幸也。

永享1  142908A29  満済准后日記
自高倉仮内裡。上御門旧内裡へ遷幸。

永享1  142909A24  満済准后日記
次東大寺御巡礼。…次西室へ渡御。於彼所宝蔵。霊宝等拝見。…霊宝内御碁石〈黒二。/赤一。〉以上三被召之。沈二切〈二寸許歟。〉同被召之了。

永享1  142909A25  扶桑五山記
惟忠和尚、諱通恕、・・・永享元年巳酉九月廿五日示寂、寿八十二[一]、

永享1  142911A13  満済准后日記
公方様新造御会所御移徙也。

永享1  142911A21  満済准后日記
今日金剛輪院常御所〈会所相兼〉。立柱上棟。

永享2  1430  古画備考(藤原行秀の項)
系図云、…永享二年、大嘗会悠紀方御屏風、及標、調進之

永享2  1430  古画備考(土左光弘の項)
系図云、…永享二年、画大嘗会主基方御屏風、及標山調進

永享2  143001A11  満済准后日記
御引物恒例儀也。御屏風一双〈絵馬牧体也〉

永享2  143010A  達磨像銘
永享二季庚戌四月奉/征夷大将軍源相公鈞命雕造至/十月終功/左辺眉眼鼻口并両手旧像不壊者也/仏工椿井法眼集慶/綵粧僧 周文/勧縁遠孫比丘祖能謹志

永享3  1431  古画備考(仲安和尚の項)
不動尊像、絹本竪軸、落款云、八十六歳仲安叟図焉、《松屋》画上之賛云、如々不動、処々随縁、一奉持者、出六種纏、永享辛亥夏五、梵師焼香拝賛、〈真蹟〉

永享3  143103A09  満済准后日記
去六日自天王寺発向新開庄。堂塔在家一宇不残之悉放火了。

永享3  143103A23  看聞御記
抑自禁裏絵可尋進之由被仰下。仍勧修寺門跡絵以善首座申出。十二年合戦絵五巻。後三年合戦絵六巻。弥益大領絵三巻〈勧修寺縁起〉。已上四巻借給為悦也。則禁裏備叡覧了。

永享3  143104A07  看聞御記
霊峯和尚参来。用達遺物不動像三幅〈金加羅。勢多/加。仲安筆。〉献之。

永享3  143104A17  看聞御記
自内裏七天狗絵七巻被下云々。

永享3  143105A02  看聞御記
自禁裏長谷寺縁起絵三巻被借下。

永享3  143106A03  看聞御記
摂州勝尾寺縁起絵四巻法安寺持参。彼寺西坊絵云々。内裏為入見参伝借之。

永享3  143106A06  看聞御記
抑障子絵鷺一番絵所ニ令書。定直知人也。安芸守定久〈今入/道也〉。崇光院被召仕被下院宣云々。旧好之間可致奉公之由申。無子細筆也。向後可仰付之由仰之。

永享3  143106A29  看聞御記
禁裏有勅書。絵一合被返下[勝尾寺縁起]。

永享3  143107A01  看聞御記
内裏へ絵四巻〈八幡縁起絵二巻。宝/篋印陀羅尼絵二局。〉進之。

永享3  143108A20  兆殿司傳
永享三年八月二十日寂、世壽八十歳、

永享3  143108A20  画工譜略
兆殿主[後小松院御時] 文和元年壬辰誕生、…永享三年辛亥八月廿日行年八十歳シテ卒、時ニ贈兆公禅師

永享3  143108A20  扶桑画人伝
兆殿司…永享三年八月廿日没ス八十歳

永享3  143108A22  看聞御記
上御所〈室町/旧跡〉。今日事始也。

永享3  143108A22  満済准后日記
早旦辰終上御所辺ヘ先参儲(了)。…予今日御事始儀見物事依時宣也。

永享3  143108A22  大乗院日記目録
将軍御所室町亭新造事始。

永享3  143109A09  聖衆来迎寺蔵十界図 軸木墨書銘
六道之絵像拾五幅叡山横川霊山院之霊宝也/永享三年九月九日於三条富小路修覆之丐/願主欣求浄土沙門忍阿弥敬白/世の中をうき身におくることはりの/さてもむくはぬはてぞかなしき/能阿弥生年三十五才

永享3  143110A13  看聞御記
室町殿立柱上棟也。

永享3  143110A13  満済准后日記
今日巳時上御所立柱上棟同時。

永享3  143110A13  大乗院日記目録
室町殿立柱上棟

永享3  143110A23  看聞御記
辰一点石山参。…一堂ニ弘法大師御影。石山内供淳祐御影等拝見。障子ニ石山縁起図之。殊勝也。

永享3  143111A03  看聞御記
今日相国寺仏殿上棟。法界門立柱云々。

永享3  143111A15  看聞御記
自禁裏正安朝覲行幸絵一巻被下。殊勝画図也。拝見畏悦。

永享3  143112A03  満済准后日記
自今日於将軍新造御所。〈号室町殿。/一条以北。〉鎮宅修法始行之。

永享3  143112A05  看聞御記
抑自内裏小絵一巻被下。洞院前内府入道筆也。禁中公事等十二月之事書之。依勅定書進云々。彼卿筆跡未見之間申出了。

永享3  143112A11  看聞御記
今夜室町殿御移徙也。

永享3  143112A11  満済准后日記
今日亥刻将軍御移新造上御所。

永享3  143112A11  大乗院日記目録
室町殿御移住

永享3  143112A18  看聞御記
自内裏五節絵三巻被下。高倉院承安元年五節絵形。摂政所持絵也。

永享4  143201A11  満済准后日記
今日上御所御造作事始。於寝殿前有其沙汰云々。

永享4  143201A28  看聞御記
自椎野唐絵二幅給之為悦。玉阿筆云々。

永享4  143201A29  看聞御記
禁裏有勅書五節絵返進。

永享4  143202A24  看聞御記
今日室町殿御会所上棟云々。…御会所之外棟共あまた上棟云々。

永享4  143202A24  満済准后日記
上御所御会所并御車宿。随身所。月次壇所等。立柱上棟云々。

永享4  143204A02  看聞御記
六僧坊事執申。或田舎人妙音天絵造一幅進之。

永享4  143204A19  満済准后日記
因幡堂縁起絵三巻。一遍上人絵十二巻。時御前可令一見由被仰出了。銘今度被染御筆云々。

永享4  143204A22  満済准后日記
因幡堂絵并一遍上人絵返上了。

永享4  143204A26  看聞御記
室町殿奥御会所に今日御移徙也。

永享4  143204A26  満済准后日記
新造御会所今夜可有御移徙之儀。先可拝見申旨被仰。御引導間。御座敷一見申了。美麗難尽短筆。驚目外無他。千秋万歳珍重由申了。

永享4  143206A01  看聞御記
御乳人内裏参。先日御絵返献之。唐使図御賀絵両巻入見参。

永享4  143207A06  看聞御記
七夕餝具足住心院僧正屏風一双。〈金瑩付/松四季。〉絵三幅〈本尊観/音。〉借用。法輪院律師〈行資舎/弟。〉屏風一双〈海船/松。〉借請。座席室礼。

永享4  143208A11  看聞御記
持経祇候囲碁双六張行申。懸物等持参。…懸物胡銅香炉一予出之。持経勝取之。…持経持参。茶■呉器一雖非勝負南御方へ進之。

永享4  143209A  古画備考(中橋系図)
伝云、永享四年九月、将軍義教公、於駿河国今川範政亭、望観富士之時、有命景信於御前、使写于士峯、景信日来嗜画、故有此命云、

永享4  143209A  狩野五家譜
伝曰、永享四壬子年九月、将軍義教公東遊之砌、駿河国今川範政亭において、富士山を観玉ふ時、義教公御前において景信に被仰付、富士山の正図を写させ玉ふ、景信日頃画を嗜候故、蒙命と申伝。

永享4  143209A06  看聞御記
抑年中行事絵。自去年内裏申出令書写。于今不終功。今日書出了。承仕清賢有絵骨之間令写了。

永享4  143209A08  看聞御記
年中行事絵内裏返進申。

永享4  143210A15  満済准后日記
室町殿御持仏堂棟上也。

永享4  143210A29  看聞御記
仙洞男女混合不可然之由被申。対屋各別。室山殿可造進之由被申云々。

永享4  143211A10  満済准后日記
真言院立柱上棟。

永享4  143211A10  大乗院日記目録
内野真言院立柱上棟

永享4  143211A10  看聞御記
仙洞対屋〈男祇候/所。〉今日上棟云々。

永享5  1433  観音善財詢礼図識語
仲方和尚嘗有一童子自十齢至十八載周旋于左右不■労役厥進退挙措殆乎仙陀婆也靖退閑居之時殊克服勤竟無憚也奄息之頃自書小簡附以周文公之画■紙而奉于座下盖旌長別之悃恋い者也仍愍彼意致之無一便与薙染俾□僧儀遂重命文公図大悲尊像并善財詢礼之変相於其上而装為幀軸由以前所奉之小簡而乎其背仗此賭之則慈救之切悲愍之深不可測其涯焉余禀 厳命不得去辞猥以蕪穢誌其始卒云/永享五年癸丑冬節後鷲峰愚極礼才焚香拝書

永享5  1433  善隣国宝記
同年  大明書/皇帝勅諭日本国王源義教。(普光院)/…茲遣正使内官雷春。…齎勅往諭。并賜王綵幣等物。以示嘉悦之意。/宣徳八年六月十一日

永享5  143301A20  満済准后日記
今暁南禅寺塔頭炎上[両所]云々。

永享5  143302A15  満済准后日記
予先参御前。御山水向観音殿以下被見了。新造綵色未出来。

永享5  143302A16  看聞御記
聞。室町殿今日泉殿上棟云々。

永享5  143306A02  看聞御記
抑聞。此間祇薗社為塔供養有勧人。

永享5  143306A12  看聞御記
自内裏絵一合被下。弘法大師絵[金剛手院絵也]十巻。智証大師絵[聖護院絵也]五巻拝見。殊勝也。

永享5  143306A14  看聞御記
内裏御絵返上。又一合被下。太神宮法楽寺絵五巻。泊瀬寺縁起三巻。皆殊勝也。

永享5  143306A16  看聞御記
内裏御絵返上。又一合被下。八坂法観寺塔縁起絵三■。聖廟御絵六巻。義湘大師絵四■。青丘大師絵二巻被下為悦。八坂絵殊勝画図也。

永享5  143306A20  看聞御記
自内裏新善光寺絵三巻又被下。

永享5  143307A03  看聞御記
自内裏玄荘三蔵絵且三巻被下。殊勝画図也。

永享5  143307A04  看聞御記
玄荘絵残被下。有十二巻。[南部] 大乗院絵也。殊勝々々絵也。

永享5  143307A14  大乗院日記目録
高野炎上、大塔以東滅亡云々。

永享5  143307A20  満済准后日記
高野事先無為。…高野諸坊過半ハ焼失也。二千坊許ハ焼歟云々。大塔。金堂以下簡要在所無為事。

永享5  143309A03  看聞御記
絵解参。未聞之間召令解。更無感気。甚比興事也。

永享5  143309A16  看聞御記
今夜大地震両度。

永享5  143309A16  満済准后日記
今夜子刻地動。〈小動。〉

永享5  143310A26  看聞御記
抑関東有不思議之恠異。先大地震堂舍顛倒人多死。…去夏秋之間事也。

永享5  143310A30  看聞御記
室町殿前水作事。自廿七日被始云々。

永享5  143311A01  看聞御記
明日室町殿可進之間。大光明寺松召寄五本被進。…海石三〈円鑑和尚被進。/秘蔵之石也。〉被進。地下侍共皆参令普請。

永享5  143311A02  看聞御記
室町殿へ小松五本。海石三被進。

永享5  143311A05  看聞御記
抑聞。■三番歌合〈絵哥一枚ニ/六人書。〉御香宮[赤松]稲田奉納云々。

永享5  143311A24  満済准后日記
早旦出京。室町殿音会所泉殿云々。廿一日御移徙御礼。

永享6  1434  画工譜略
狩野祐盛伯信…後花園御時永享六年に生る、生国は伊豆なり

永享6  143401A11  満済准后日記
御評定始如例式云々。…御引物三献度進之。御屏風一双。〈絵唐/船。〉兼立置御座敷。

永享6  143402A11  如是院年代記
因幡堂万寿寺炎上。

永享6  143402A14  看聞御記
京方有焼亡。未知在所。不審也。自午之末至酉初焼。以外大焼亡也。…其中因幡堂〈本尊ハ不焼。/取出云々。〉万寿寺。〈寺内悉焼失。草創/以来不焼云々。〉六条道場。聖天[河原院]。大内屋形。正七土蔵等也。

永享6  143402A14  満済准后日記
自午末京中炎上。…因幡堂焼失。於本尊者取出云々。十二神少々取出云々。万寿寺焼失。大内宿所等凡其数数千云々。希代事也。

永享6  143402A14  大乗院日記目録
因幡堂万寿寺等焼亡

永享6  143403A11  満済准后日記
土佐将監入道召寄。影像写之了。

永享6  143403A19  満済准后日記
戌半歟六角堂炎上。六角亭焼失。南北七町。東西四町焼失云々。

永享6  143403A19  如是院年代記
六角堂炎上。

永享6  143403A24  看聞御記
又宝蔵絵三巻〈粉河観音絵。書写上/人絵。犬頭糸絵。〉入見参。此絵有子細不出軒外。雖然依召進之。

永享6  143404A20  満済准后日記
土佐将監入道祖師影内。龍智。惠果。尊師図画持参。

永享6  143405A25  看聞御記
自内裏粉河観音縁起絵三■且被下。畏悦殊勝之絵也。自室町殿被進云々。

永享6  143405A26  看聞御記
自内裏御絵之残四■給。粉河縁起七巻有■三段。利生掲焉殊勝也。

永享6  143407A06  看聞御記
七夕餝如例座敷室礼。明盛参。内裏御屏風一双〈旧院御屏風/扇流源氏絵〉申出了。

永享6  143407A18  満済准后日記
九州筥崎社頭炎上。神体同前。…炎上事。去月十六日歟云々。

永享6  143408A21  看聞御記
夜前京焼亡。〈南禅寺塔/頭云々。〉抑去比宇佐宮炎上云々。天下恠異歟。驚入者也。

永享6  143409A12  看聞御記
来十五日伊勢外宮遷宮云々。上卿勧修寺中納言也。

永享6  143410A25  看聞御記
自内裏絵六巻被下[御室被進云々]行幸賀茂祭。検非違使検断等絵也。

永享6  143411A06  看聞御記?
内裏物語御用之由被仰下之間。史漢物語六巻。武蔵坊弁慶物語二巻献之。

永享6  143411A08  看聞御記
内裏御絵五巻被下。先日絵之類也。悪源太絵上下。鎮西追討絵三巻。是御室宝蔵絵也。

永享6  143411A27  満済准后日記
山上清滝拝殿立柱。

永享7  1435  一休和尚年譜
七年乙卯…瑞子絵師像。曲録?牀角靠長剣。以代烏藤。賛有吹毛三尺発動煙塵之句。

永享7  143501A11  太子伝玉林抄
次当時南大門三間也。无二王也。承暦年中堀川院之時。/私云。永享七年正月十一日暁。禅学諍。南大門焼畢。同十一年新造。

永享7  143502A03  大乗院日記目録
延暦寺根本中堂悉皆炎上、本尊薬師三体焼了、希代珍事

永享7  143502A04  満済准后日記
今夜山門惣持院炎上云々。

永享7  143502A05  看聞御記
(頭書)今日山門中堂炎上。

永享7  143502A05  如是院年代記
根本中堂及心持院放火。衆徒等自殺。

永享7  143502A06  満済准后日記
山門根本中堂昨日〈午刻〉。炎上。

永享7  143502A06  看聞御記
抑聞。昨日山門「社頭中堂「大講堂以下為灰燼。…相残「座禅院等」悪党共放火。忽一時山上滅亡云々。

永享7  143505A06  看聞御記
関白被進御所ハ小御所〈大方殿御方。〉也。非寝殿云々。来月可被引渡之由有沙汰。寝殿ニ可被作之由被申云々。毎事未定之由親豊語。

永享7  143505A09  看聞御記
殿大納言被申出之間。源氏絵上下巻供進。為被写云々。

永享7  143506A29  看聞御記
内裏御絵七巻。大嘗会御禊行幸絵被下。以外破損。然而殊勝絵也。甘露寺相伝之絵云々。而禁裏へ沽却申間被召置云々。

永享7  143507A07  看聞御記
早旦座敷錺屏風二双。唐絵廿三幅。…並花所進人々具足等目録。/禁裏唐絵三幅〈文殊人形。/龍眠筆。〉御屏風二双〈扇〉。

永享7  143507A08  看聞御記
内裏八幡縁起御絵〈二■。納筥。詞/旧院御筆。〉申出持参。後小松院在位之時被書云々。殊勝御絵也。

永享7  143507A28  看聞御記
チカヰ棚後障子絵。法性寺之絵所ニ令書出来。唐人京入之体也。

永享7  143508A03  看聞御記
抑今日山門中堂建立事始云々。

永享7  143508A03  如是院年代記
根本中堂事始申刻也。

永享7  143508A07  看聞御記
仙洞御会所ハ鷹司殿[内府]ヘ被進。御持仏堂。 今御所ハ泉涌寺被寄。寝殿。対屋。台所等ハ此御所ヘ可被進之由有沙汰云々。

永享7  143508A15  蔭凉軒日録
当寺僧堂立柱。

永享7  143508A27  蔭凉軒日録
出羽国崇禅寺。以有先例始為十刹列。新命周悟西堂。御判即出矣。

永享7  143508A29  看聞御記
聞。今日関白新造亭室町殿被入申。

永享7  143509A20  蔭凉軒日録
当寺仏殿左右両尊可彫造之故。使院主与周文見建仁寺仏像。蓋択仏工故。

永享7  143510A02  看聞御記
大通院御筆天神名号并啓釈筆唐絵等表ほう?新調出来了。

永享7  143510A26  蔭凉軒日録
当寺山門立柱。

永享7  143511A07  蔭凉軒日録
画師景阿弥。為明年所作之扇。可唐扇。以院主命伺之。可作唐扇之旨被仰出。

永享7  143511A09  蔭凉軒日録
諸老宿諸貴俗。写真冊子四巻。以臆阿被召之。写真一枚以臆阿被預置。

永享7  143511A13  如是院年代記
因幡堂立柱。

永享7  143511A29  看聞御記
牛未之時建仁寺炎上。自風呂出火云々。驚入者也。追聞。塔頭共炎上。寺中仏殿以下無為也。

永享7  143511A29  蔭凉軒日録
建仁寺諸塔頭有火。

永享7  143512A08  看聞御記
御禊行幸絵六巻内裏進之。表補新調畢。

永享7  143512A19  看聞御記
酉刻新亭渡御。

永享8  143601A13  看聞御記
法性寺絵所〈法師〉。参。御剣持参。被下御扇。比絵所父ハ崇光院御代奉公云々。旧好之由申参。

永享8  143603A12  蔭凉軒日録
当寺脇士安置之。…先御成於仏殿。乃安置脇士之故也。

永享8  143605A19  看聞御記
其便路参。絵一合持参[善光寺利生絵二■修験道絵一巻]。聖護院之絵也。先年予詞染筆。其後未一覧之間所望申。仍借給。

永享8  143605A30  看聞御記
保元絵一合〈上五/巻〉重仲持参。件絵銘事申。再三雖令故障。中山宰相執申。就貴所望申之由懇切申之間。心弱領状了。仍絵入見参。殊勝絵也。西塔北谷ニ有之。たくまか筆云々。山上秘蔵絵云々。

永享8  143605U04  看聞御記
保元絵銘染筆遣之。上■先返遣。中山中納言以重仲難去申之間。乍比興書遣。山門秘蔵之絵云々。

永享8  143605U09  看聞御記
仰会所障子八景詩。諸長老達ニ所望申。光侍者為使。不可有子細云々。色紙ハ■書記致奉行了。

永享8  143605U14  看聞御記
住心院二尊利生絵返遣。発心集遣之。

永享8  143606A05  看聞御記
八景詩障子ニ唐紙師参押之。

永享8  143606A14  看聞御記
昼夕立降。雷鳴東寺塔ニ落。水雷之間無殊事。二三重蹴破云々。

永享8  143606A22  看聞御記
自内裏人麿影像一幅被下。御乳人持参。不所持之由被聞食及被下。殊畏悦也。是旧院御絵也。若信実卿筆歟。古本殊勝也。

永享8  143606A25  看聞御記
仰山門足引絵一合〈五巻。納/手筥。〉定直持参。自山門以事書申。第四巻一■之詞可被染御筆之由載事書所望申。定直有所縁執申。件絵新写〈粟田口民/部筆也。〉甚殊勝也。

永享8  143606A26  蔭凉軒日録
当寺開堂。度僧〈并〉梵種喝食。度僧之事伺之。

永享8  143606A27  蔭凉軒日録
為開堂御成。…次開同諷経。

永享8  143606A27  看聞御記
相国寺僧堂開因幡堂ゝゝ六角堂立柱云々。

永享8  143606A27  看聞御記
仰内裏御絵三幅。〈観音。蘆。雁。/牧谿和尚筆。〉永基朝臣持参申出了。咸陽宮御絵返進了。

永享8  143607A04  看聞御記
行豊朝臣狭衣絵五巻入見参。殊勝絵也。為清朝臣進之。是之絵申出之間。高大夫絵等両三巻遣之。

永享8  143607A07  看聞御記
早旦会所室礼。…自内裏御絵三幅。〈牧谿和尚観音。芦雁大/絵。金鑽ヘウホウ。〉卓一〈紫檀。〉屏風一双。比外瓶盆等自南御方被申出。

永享8  143608A27  如是院年代記
中堂立柱。同十月十一日上棟。

永享8  143609A05  看聞御記
足引絵詞書初。

永享8  143609A28  蔭凉軒日録
御会所。御障子画賛可命諸老宿之旨奉之。乃十二員也。

永享8  143610A11  看聞御記
中堂立柱之儀厳重云々。

永享8  143610A11  大乗院日記目録
延暦寺根本中堂立柱

永享8  143610A15  看聞御記
仰伏見殿障子色紙絵召寄。常御所障子五間ニ押之。絵ハ花薗院宸筆。忠季卿[裏辻大納言]筆等也。色紙ハ青蓮院ニ品親王[尊円]御筆。萩原殿御障子色紙秘蔵々々者也。

永享8  143611A02  蔭凉軒日録
御障子諸老賛懸之 御目。能阿父散忌之後。可令能阿糊也。

永享8  143611A19  経覚私要看聞鈔
不動一鋪新写了、絵師吐田筑前房重有書之、代百五十疋云々、随分沙汰出了

永享8  143611A29  如是院年代記
八坂塔雲居寺両所炎上。

永享8  143611A29  看聞御記
夜〈丑時。〉雲狐寺八坂塔双林寺炎上。

永享8  143611A30  蔭凉軒日録
法観寺有災。被尋。…以伊勢上総殿披露其旨矣。

永享8  143611A30  蔭凉軒日録
法観寺有災。被尋。

永享8  143611A30  大乗院日記目録
雲居寺八丈阿弥陀并八坂塔焼失了

永享9  1437  京城万寿禅寺記
同九年丁巳捨播之安田東九条田園。■罪譴籍没之財。而大殿山門丈室新成矣。法堂僧堂庫司浴室溷厠琴台諸寮等。次第備矣。

永享9  1437  扶桑五山記
六十九、惟肖禾上、諱得岩、…〈応永[マゝ]四月/月[衍?]廿日寂、〉

永享9  143701A27  看聞御記
自内裏被召之間。源氏絵二■入見参。

永享9  143701A28  蔭凉軒日録
蓮華王院仏像并天蓋。尽成功之旨被言之。

永享9  143702A25  看聞御記
仰足引絵詞難去申之間染禿筆了。而禁裏被召置。絵有御写。〈勅筆。〉自去年于今被召置之間。自山門切々申。今日指而有所用事云々。仍被出之間今日返遣了。五巻皆被写了。

永享9  143703A25  扶桑五山記
百廿一、古標、諱大秀、〈永享九三月廿五日寂、〉

永享9  143704A19  看聞御記
室町殿新造小御所御移住并御厩新造御祝云々。

永享9  143704A19  看聞御記
相国寺法堂立柱云々。

永享9  143704A20  蔭凉軒日録
当寺法堂立柱。諷経。

永享9  143705A09  看聞御記
仰禁裏へ内裏より御扇十本被進。其絵面ニハ。しゃれ事とも種々書。裏ハ普通之絵結構也。

永享9  143705A15  看聞御記
内裏より融通念仏絵両三■給。〈鞍馬■沙門/勧進融通念/仏絵/也。〉

永享9  143706A08  看聞御記
内裏愚童記御絵。宮御方被申出。詞旧院宸筆也。

永享9  143706A26  看聞御記
持経絵二巻入見参。其形勢殊勝也。定智真筆云々。則欲写。

永享9  143706A27  扶桑五山記
百廿ニ、与可、諱心交、〈永享九六月/廿七日寂〉

永享9  143708A13  看聞御記
法輪てら参雑談。吉祥天女絵綵色事。絵所民部法眼隆光知人之由申間。可被尋試之由申談。

永享9  143708A14  看聞御記
内裏より因果絵五巻被下。殊勝也。詞故行俊卿筆也。

永享9  143708A18  看聞御記
法輪院慈恵大師御絵三巻持参。青蓮院御絵也。自第四詞紛失不被出云々。

永享9  143708A29  看聞御記
自禁裏地藏絵六■給。拝見殊勝也。

永享9  143710A08  看聞御記
絵一■持経朝臣持参。先度入見参定智筆之類也〈関白出/仕絵。〉

永享9  143710A10  蔭凉軒日録
万寿寺仏殿立柱。

永享9  143710A12  看聞御記
典主殿御盃台進之。龍頭鷁首二艘。台ハ池之風情也。南都より造進云々。綵色事民部ニ仰。

永享9  143712A25  蔭凉軒日録
水亭之名。可与鹿苑院主相謀之由。以誉阿被命。

永享9  143712A26  蔭凉軒日録
新亭名奉懸 御目。可重書献之旨有命。

永享9  143712A29  蔭凉軒日録
南殿前新亭扁釣■書文字献之。

永享10  143802A13  看聞御記
仰上長講堂坊主以持経朝臣所望申。十六羅漢像一鋪。〈民部/筆。〉銘天神講式銘等申。雖比興書進。

永享10  143802A27  看聞御記
仰鳴滝殿御絵春日御縁起中諸一合〈廿巻。〉借給。拝見殊勝也。件御絵萩原殿御物也。…此絵正本春日社被奉納。…其中書也〈隆兼同筆。〉萩原殿相伝歟。仍鳴滝被預申也。

永享10  143802A27  看聞御記
自内裏御屏風一双〈絵松/鶴〉被預下。

永享10  143803A02  看聞御記
唐絵屏風一双。或人沽却。玉阿筆云々。不分明。然而神妙之筆也。仍召留了。

永享10  143804A02  看聞御記
相国寺法堂開云々。

永享10  143804A02  蔭凉軒日録
方丈御成。〈煎点。〉蓋為開新法堂也。

永享10  143804A09  看聞御記
周文参。障子絵見之〈比僧筆/也。〉瑛蔵主真■同道参。雖自筆猶無覚束歟。

永享10  143804A12  看聞御記
光侍者参。感得唐絵屏風筆者不審之間令見。是ハ多智筆云々。…多智ハ粟田口民部弟子云々。民部ニ可被見之由申。可相尋也。

永享10  143804A16  看聞御記
仰唐絵屏風粟田口民部ニ令見。多智筆也云々。

永享10  143804A29  看聞御記
内裏御屏風栂尾殿御筆源氏并舞絵[二双]申出拝見。殊勝無極。又舞絵一双〈絵所筆。〉申出。是も殊勝也。則返進。

永享10  143805A13  看聞御記
仰盛賢書写絵採色事。[絵所]土佐将監申試了。

永享10  143805A16  看聞御記
禁裏源氏絵〈オソクツ絵〉民部ニ令書之由被仰下。可相尋之由先申入。

永享10  143805A24  看聞御記
時代不同歌合絵。或人沽却。披見中巻也。上下欠。然而召留了。絵乱次散々也。為校合証本相尋。源中納言。法性寺侍臣為季ニ借用。一巻進之。好本也。校合乱次直之。感得本無上下之間。以此本盛賢ニ令書写。

永享10  143805A26  看聞御記
仰山門足引絵事。先度以宸筆被写置了。為採色今一度可被借召条如何。

永享10  143806A07  看聞御記
仰内裏より地藏験記
絵一合〈六巻。〉給。室町殿御絵云々。…此絵奧書云。…/〈絵所〉散位従四位上藤原朝臣行光/但大進法眼善祐書之云々/貞治〈丁未〉孟秋上澣

永享10  143806A08  看聞御記
地藏御絵返献。又十二神絵[畜類歌合]被下。電覧則返進。又九郎判官義経奥州泰衡等被討代絵十巻給。室町殿被進絵也。殊更殊勝握翫無極。詞参議拾遺行忠卿。絵所従四位藤原朝臣行光筆也。

永享10  143806A10  看聞御記
内裏より又目連尊者絵三■。〈奧書云/筆者長官前大蔵/権小輔従五位下/藤原光益。嘉慶/二年六月日。〉給之。…又和田左衛門尉平義盛絵七■〈浅井三郎義秀幕/府住所門破事。〉同給。是等自室町殿被進云々。

永享10  143806A13  看聞御記
内裏より平家絵十巻給。是も自公方被進云々。

永享10  143806A17  看聞御記
重賢参。法輪院絵四巻進之。〈東大寺絵。二月/堂絵。児方芸絵ニ■。〉則内裏献之。

永享10  143806A18  蔭凉軒日録
重都寺家財石山絵被召置。

永享10  143806A20  看聞御記
時代不同歌合絵書写了。詞行豊朝臣可令書也。写本法性寺侍従為季返遣。

永享10  143806A24  看聞御記
自入江殿法然上人絵〈四巻。〉給。花山院之絵也。禁裏為入見参伝借申。

永享10  143807A22  看聞御記
仰足引絵第二巻採色出来。禁裏より被下。如本殊勝也。民部小輔[蔵人次益父也]以盛採色之。頗不恥絵所能筆。珍重也。

永享10  143808A09  看聞御記
民部源氏絵[上下]書出進之。殊勝也。則内裏へ献之。詞勅筆可被遊云々。

永享10  143808A26  看聞御記
(頭書)山臥綱絵。絵所土佐将監綵色出来。今日進之。殊勝也。絵ハ清賢写了。

永享10  143808A29  看聞御記
多武峯昨日責落云々。…堂舍仏閣為灰燼。本堂。大織冠御影堂無為ニ残云々。

永享10  143808A29  大乗院日記目録
多武峯発向、堂社、坊舍払地炎上、大職[織]冠御影奉入橘寺

永享10  143810A20  看聞御記
足引絵第一綵色出来。

永享10  143811A11  看聞御記
秋夜長物語絵二巻。自内裏被下。一覧。

永享10  143811A13  看聞御記
鳴滝殿御絵〈強力女絵一■。〉巻物六七巻給。ういのせう絵上下巻。香助絵二巻先度給了。〈絵所預/隆兼筆/写之。〉萩原殿御絵共也。名筆之間申預了。

永享10  143811A13  蔭凉軒日録
北堂華経王堂本尊。命大仏師作之。

永享10  143811A14  蔭凉軒日録
経王堂本尊可始彫刻之吉。以来十九日被命。

永享10  143812A03  看聞御記
仰自室町殿御絵二巻給。此詞伏見院宸筆云々。実否御不審定可存知歟。見て可申之由。女中より内々承。清少納言枕双子絵也。[墨絵也]殊勝也。宸筆雖相似不分明。慥御筆とハ不存。源中納言同前申。若萩原殿進子内親王御筆歟。絵も同前歟。其も不分明之間。宸筆とハ慥不拝見之由御返事申。御絵軈返進了。禁裏より御絵一巻給。むくさい房絵也。新写也。是も室町殿被入見参云々。

永享10  143812A11  蔭凉軒日録
牛剋八坂塔立柱諷経。

永享11  1439  本朝画史
藤原広周…永享十一年為絵所

永享11  143904A23  扶桑五山記
七十三、竹菴禾上、諱大縁、…〈永享十一己未四月廿三日寂、〉

永享11  143904A23  扶桑五山記
百十四、竹菴、諱大縁、…〈永享十一四月廿三日寂、〉

永享11  143906A06  蔭凉軒日録
雲狐寺大像面貌於本房客殿始彫刻。仍眼口所在各被着一刀。

永享11  143906A12  建内記
伝聞 雲居寺[先年炎上之後]本尊〈阿弥陀、〉事御衣木、去六日[室町殿]於鹿苑院令刻始給、只被下御小刀許也、其後仏師去九日歟造始之、

永享11  143906A30  扶桑五山記
八十九、大愚、諱性智、…〈永享十一六/月■日寂、〉

永享11  143907A05  蔭凉軒日録
大愚和尚行脚事披露之。

永享11  143908A28  蔭凉軒日録
午刻於当院本房。雲狐寺大像始彫刻也。

永享11  143909A08  蔭凉軒日録
七月十六日。大風起而倒清見寺殿堂之事披露之。

永享11  143910A25  土佐家文書
二品親王庁下 丹波国三ヶ北庄御庄司等/応早以当庄内伍百疋土佐弾正忠広周給分事右以彼人可為給人之状如件、庄家宜承知、敢勿違失、故以下/永享十一年十月廿五日 公文大法師(花押)/別当法橋(花押)

永享11  143912A20  蔭凉軒日録
蔭涼南庭小山水始具御覧。

永享12  1440  善隣国宝記
同十二年 答朝鮮書/日本国源 義教。〈(普広院殿)〉奉復/朝鮮国王殿下。/…菲薄方物。見于別録。聊表謝悃耳。伏希采納。…/龍集庚申春二月十九日/日本国源 義教/彩画扇壹佰把。/金銅装飾大刀者拾把。/大紅漆木車椀大小計■拾事。/大紅漆浅方盆大小計貳拾事。/紅漆黒漆雑色木桶貳箇。/整

永享12  144001A18  蔭凉軒日録
当寺山門造営始于十一日。

永享12  144002A19  蔭凉軒日録
朝鮮官人。為帰国参于殿中而請暇去。於御会所御対面。御返章被遣。書并箱如彼報而被贈戴者。扇子百本。太刀十振。朱椀一具。奈良桶二箇。以僧遣之。

永享12  144004A16  如是院年代記
八坂塔供養

永享12  144004A16  蔭凉軒日録
法観寺塔供養。

永享12  144004A16  基恒日記
八坂塔供養

永享12  144004A16  大乗院日記目録
八坂塔供養

永享12  144004A19  蔭凉軒日録
雲狐寺本尊彫刻。奈良新仏師与周文相共可彫刻之由被仰出。

永享12  144004A23  蔭凉軒日録
鹿苑院殿真前帳伺之。 赤段子三端。青段子二端。ヒワ色段子一段被出。令能阿弥弁之。

永享12  144005A10  蔭凉軒日録
就山門彩色洛中絵師悉可註進也。

永享12  144005A14  蔭凉軒日録
千手観音厨子。脇士馬祖仙人功徳天。可写之由於土蔵命之。

永享12  144005A25  蔭凉軒日録
土蔵。加賀。将監。安芸。此絵師各御扇子一柄献之。土蔵一人可勤山門彩色之由。以伊勢備後守仰出。扇絵為被試其妙不妙。

永享12  144005A30  蔭凉軒日録
山門彩色土蔵其外絵師相共可画之由被仰出。

永享12  144006A11  蔭凉軒日録
雲狐寺本尊御刀始。

永享12  144006A17  如是院年代記
因幡堂成。本尊遷御堂。

永享12  144007A28  蔭凉軒日録
雲狐寺本尊光仏。洛中諸仏師配分而可被作之由伺之。

永享12  144008A28  蔭凉軒日録
仏師弁法橋并絵師土蔵二人。千疋下行之事。於正実坊被仰出。即命之。蓋千手観音厨子也。

永享12  144011A06  蔭凉軒日録
雲狐寺二王周文可造之由被仰出。

永享12  144011A27  蔭凉軒日録
雲狐寺二王御刀始。於等持寺方丈在之。

永享12  144012A05  蔭凉軒日録
山門開方丈御成。

嘉吉1  144104A04  看聞御記
自内裏十二神絵給。室町殿被進云々。

嘉吉1  144104A05  看聞御記
智証大師御絵一合[五■]禁裏被下。

嘉吉1  144104A06  看聞御記
三寺談話絵五巻内裏被下。室町殿被新調絵云々。太殊勝也[くぼ田筆也]。

嘉吉1  144104A14  看聞御記
狂言絵一巻菊弟持参。逸興絵也。欲書写。

嘉吉1  144104A14  蔭凉軒日録
清見寺造営披露之。

嘉吉1  144104A15  看聞御記
絵五巻被下。〈大仏絵上下慈恩院。平家/八嶋絵三■喜多院。〉南都絵也。〈以資任朝臣/被召云々。〉詞持経朝臣読之。狂言絵盛賢写之。

嘉吉1  144104A17  看聞御記
自禁裏玄弉三藏絵一合〈十二/■〉被下。是も南都絵也。殊勝々々。…三蔵絵詞。面々馳筆写之。

嘉吉1  144104A21  看聞御記
玄弉三藏絵返進。詞悉写了。

嘉吉1  144104A26  看聞御記
仰若州松永庄新八幡宮ニ有絵云々。浄喜申之間。社家へ被仰て被借召。今日到来。有四巻。彦火々出見尊絵二巻。吉備大臣絵一巻。伴大納言絵一■金岡筆云々。詞之端破損不見。古弊絵也。然而殊勝也。禁裏為入見参有召上了。

嘉吉1  144104A28  建内記
中山西照中将送使「云」[補入]、何にても絵可進覧、雖狂絵可進之由被仰所々之由也、仍是害房絵、不顧比興左道之物付使送之、

嘉吉1  144105A06  基恒日記
相国寺修造事終也。

嘉吉1  144105A09  看聞御記
持経朝臣六道絵二合〈十一巻〉入見参。片時電覧。則返遣。是西園寺絵也。

嘉吉1  144105A22  建内記
善恵上人絵申出、面々一見了、

嘉吉1  144105A26  看聞御記
内裏粉河縁起絵一合[七■]〈沈金/筥〉被下。殊勝也。公方被進彼御絵歟。

嘉吉1  144105A27  看聞御記
御絵返進。又太神宮法楽寺絵〈五■〉。被下。自室町殿被進云々。…又自内裏貞任宗任討伐絵三巻被下。

嘉吉1  144106A05  看聞御記
狂言絵盛賢今日書写了。

嘉吉1  144106A14  蔭凉軒日録
雲狐寺本尊造畢之由披露之。

嘉吉2  1442  古画備考(霊彩の項)
按嘗閲其所画渡唐天神像、著色清潤淡有古色、画上有嘉吉壬戌孟夏元承之賛詞

嘉吉2  144202A04  東福寺誌
二月四日 東福寺之塔婆材木を美濃より運上す/(東福寺塔婆材木自美濃運送注文)/一、下筏 二百乗 四十綱/一、駄別 六千駄〈陸路/分〉/一、船  百五十艘/一、車三百輌〈已上〉/嘉吉二年二月四日  都聞啓福(華押)

嘉吉2  144206A11  康富記
次向伊勢兵庫助方、折節諏訪将監持参諏訪明神縁起〈絵十二巻、〉読時分也、自六至十二聴聞拝見了。

嘉吉2  144212A03  康富記
諏訪縁起絵〈十二/巻〉可借進之由、自伏見殿被仰諏訪将監之間、其由予令伝仰了、今日持来之間、則同道参伏見殿、件縁起納幸櫃借進上之、…予去夏比、於伊勢兵庫助拝見了

嘉吉2  144212A03  康富記
参伏見殿御読、…文治頼朝幕下被責奥州泰衡御絵十巻有之、被召出、自一至五拝見之、読申詞了、

嘉吉3  144301A12  大乗院日記目録
天王寺炎上、禅額相論事云々

嘉吉3  144301A23  看聞御記
仰去正月十二日天王寺炎上云々。…中方諸堂ニ楯篭自焼。太子堂。御影堂。[鎮守]十五社。廻廊。三昧堂等灰燼。自余堂々無為也。

嘉吉3  144302A16  看聞御記
新三位。和漢婚姻絵詞清書了進之。

嘉吉3  144302A18  看聞御記
和漢婚姻絵入見参。

嘉吉3  144302A18  看聞御記
因果絵〈九巻。/第五欠。〉寂静院進之。聞及之間伝借了。

嘉吉3  144304A01  看聞御記
中山法師絵採色事。窪田ニ仰。照善知人之間申付。絵本返遣。

嘉吉3  144304A08  看聞御記
自或方善光寺。新善光寺絵五■進之。殊勝絵也。

嘉吉3  144304A09  看聞御記
室町殿御絵三合。〈稲荷縁起絵八巻。鹿苑院殿東大寺受戒/絵五■。赤松円心合戦絵十一巻。〉被出。宮御方内々依被申借給。〈上臈申/次。〉為悦。則内裏入見参。山寺法師絵〈二■〉。 採色事。以清賢土佐将監ニ仰。夏中出来之様ニ申付。領状了。

嘉吉3  144304A11  看聞御記
室町殿へ絵一合〈香助絵上下■。鐘撞法師/一■。楚波丞絵上下巻。〉入見参。

嘉吉3  144304A19  看聞御記
太子堂造営。太子ハ未奉作。〈僧周文与仏師相/論。於本尊前取/鬮。仏師鬮ニ下。内裏奏聞。鬮被/開。如然云々。仏師方へ被付。〉

嘉吉3  144304A20  看聞御記
室町殿御絵三合返進。高大夫絵申出。今春被新写之由。奉及之間内々申。二巻給。土佐将監筆。殊勝也。

嘉吉3  144304A23  看聞御記
室町殿絵一合入見参。〈天狗鬼類絵。是容房絵。蝦/蟆蟇上下。狂言絵等五巻。〉

嘉吉3  144305A25  看聞御記
諸家以絵一巻。有俊朝臣持参。中院大納言感得云々。此絵持明院殿宝蔵絵。伏見殿御絵と奧書ニあり。

嘉吉3  144306A09  土佐家文書
絵所預領丹波国大芋社事/早任下知状之旨、可被沙汰付中務丞光弘之由、所被仰下也、仍執達如件、/畠山殿御施行御判/嘉吉三年六月九日   沙弥/細川九郎殿

嘉吉3  144306A17  古画備考(土佐光弘の項)
系図云、…嘉吉三年六月十七日、画所預

嘉吉3  144308A03  看聞御記
鷹絵住心院申出之間遣之。而軈返進。欲書写之処。更不写得。能阿ニ令見。唐絵勿論。筆者不知云々。

嘉吉3  144309A02  看聞御記
仰強力女絵。窪田採色出来。照善執進。神妙ニ採色了自愛。自去年誂之。

嘉吉3  144309A19  看聞御記
照善中山法師絵窪田採色出来持参。不思様之間又返。能々可採色之由仰。

嘉吉3  144309A19  看聞御記
仰中山法師絵採色出来。照善執進。窪田採殊勝之間令自愛。依数奇絵数巻出来。可秘蔵者也。

嘉吉3  144309A22  看聞御記
屏風召寄一覧。源氏絵扇流也。栂尾殿御筆勿論。

嘉吉3  144309A23  看聞御記
夜半許猥雑焼亡云々。…内裏殿々悉炎上。

嘉吉3  144309A23  康富記
今夜子剋内裏焼亡、…紫宸殿、清涼殿、常御所、小御所、泉殿、内侍所已下、至四方門々払地焼畢

嘉吉3  144309A23  基恒日記
内裏炎上、管領并侍所同前

嘉吉3  144309A23  如是院年代記
内裡炎上。

嘉吉3  144309A23  公卿補任
九月廿三日内裏焼亡。十二月十三日造内裏事始。

嘉吉3  144309A24  大乗院日記目録
夜内裏炎上、悪党所為也

嘉吉3  144310A23  看聞御記
内裏へ烏丸殿より御重宝殿被進。目六。…御屏風一双〈松竹/鶴〉

嘉吉3  144311A18  李朝実録
世宗二十五年癸亥十一月己巳 日本国使僧光巖等二十九日来…別幅大刀十把長刀十柄槍十条塗金彩花屏風一双諸色密絹二十段彩花扇一百把塗禁銚子并提子各十箇

嘉吉3  144312A13  看聞御記
仰造内裏記録一合〈閑院富小路内裏/被造部類記。〉内裏献之。…只今造内裏時節之間進之。…今日事始。

嘉吉3  144312A13  康富記
是日造土御門殿事始也。

嘉吉3  144312A13  如是院年代記
内裡立柱。

嘉吉3  144312A22  康富記
或語云、天王寺聖徳太子御尊像一尊〈四十九/御影、〉周文都管終造立之功、如元被安置之間、周文上洛也云々、為彼御影造立、自公方被下遣之僧也、太子十六之御影ハ明春又可造立安置也云々

文安1  144404A13  康富記
是日辰剋許、北野天満宮社頭払地炎上。

文安1  144404A13  大乗院日記目録
北野社悉以回禄、神人篭居故云々

文安1  144404A13  基恒日記
北野宮寺炎上、〈六月廿五日御事始、/肥加布参上〉

文安1  144404A13  如是院年代記
北野神廟四郷住人放火。同九月八日立柱上棟。

文安1  144406U10  康富記
次向伊勢兵庫助亭、法然上人絵四十八巻、知恩院在之、二十巻許在之、予披見了、建武元年九月廿一日八幡行幸、同月十七日賀茂行幸度、等持院贈左大臣殿、于時為参議左兵衛督、令供奉給候、件行幸之絵御屏風被書之、有所望者可令見之由語之、

文安1  144406U11  康富記
昨依約束向伊勢兵庫亭、建武両社行幸之御屏風、自御倉取寄、予具見之、言語道断也美麗之御物也、絵師民部丞書之云々、又鹿苑院殿[大相国]御出家之後、於南都有受戒、有春日御社参、其絵五巻在之、同自御倉被取寄、拝見了、昨日之残法然上人之縁起、今日具又見了、西山上人之分四十七ノ巻ニアタル、彼等之分今日并拝見了、昨日又石山之本地之絵四巻在之、同拝見了、

文安1  144406U23  康富記
但自御室〈仁和/寺宮〉、御宝蔵被召寄後三年絵被御覧云々、被取出、可拝見之由、各被仰之間、其詞処々令転読了、此絵四巻在之、承安元年月日、依院宣、静賢法印其時ハ上座にて、承仰、令絵師明実図也云々、

文安1  144409A03  康富記
参伏見殿候御読書、次安和二年粟田左大臣〈在/衡〉、申沙汰之尚歯会御絵一巻〈四条中納言隆盛卿本/也、被借召歟云々、〉被取出、彼詩可読申之由被仰下、即於御前読之、序者菅三品御作也、

文安2  144501A02  東大寺堂方々年中行事記
正月二日卯刻。戒壇院焼失ス。一堂ヨリ火出テ長老坊ヲ始。三方僧坊□□講堂・戒壇堂・鐘篭・経蔵・南中門・僧堂・浄頭マテ悉焼畢。此内ニ□□□始テ兼照院・坤徳院上坊□刹以下残畢。

文安2  144501A02  東大寺雑集録
文安三年〈丙寅〉正月二日。戒壇院炎上。受戒・講堂・長老坊・僧堂・談議所・廻廊悉焼ク。同暁ヨリ大雪フル。仍火消畢。

文安2  144501A02  大乗院日記目録
東大寺戴内戒壇院悉以回禄、但所残分南門?、同千手堂也

文安2  144505A28  基恒日記
花御所御寝殿以下、被曳移高倉御所[元烏丸家亭也]

文安2  144506A02  大乗院日記目録
大風、薬師寺金堂以下■[顛]倒、在々所々破損

文安3  144604A15  扶桑五山記
一華禾上、諱心林、…文安三年四月十五日寂

文安3  144607A25  如是院年代記
内裏事始。十二月十一日内裡 先清涼殿上棟。

文安3  144608A05  京都五山
百五十四 江西龍派…文安三年八月五日遷寂

文安4  144704A02  康富記
是日申剋南禅寺焼亡、自龍興庵失火出、仏殿并法堂僧堂山門庫裏酒城方丈等同時炎上

文安4  144704A02  大乗院日記目録
南禅寺悉以炎上

文安4  144704A02  如是院年代記
南禅寺炎上

文安4  144704A13  康富記
等持寺僧堂立柱上棟也

文安4  144705A03  経覚私要鈔
三蔵絵召寄、貞兼僧正[松林院]正預置者也、仍面々一見了

文安4  144705A09  康富記
今日予参花山院、自六角堂進入之聖徳太子之絵六幅在之、予披見了

文安4  144706A05  如是院年代記
夜天龍寺炎上

文安4  144706A18  康富記
是日暁〈寅/剋〉、六角堂〈号頂法寺〉、本尊遷座也

文安4  144706A18  如是院年代記
卯刻六角堂本尊遷御堂。

文安4  144707A  西大寺大智律師画像軸裏墨書銘
文安四年〈丁/卯〉七月日。奉修覆之。綱維秀□[如]。

文安4  144707A05  康富記
今夜嵯峨天龍寺焼亡、〈亥剋〉、都聞寮付火也云々、七道皆焼了

文安4  144707A05  大乗院日記目録
天龍寺悉以回禄

文安4  144707A05  建内記
今夜天龍寺回禄云々、…雲居庵之外、不残一宇云々、

文安4  144707A10  臥雲日件録抜尤
天龍季照[中明]来、盖以既前日再住也、因曰、徃時天龍炎上、普明国師[春屋妙葩]、力致再興、…応安五年癸丑九月廿八日夜、又炎上、/尓来七十五年、又逢此厄、…今文庫不全、文書皆焼、而雲居无恙、大抵与庚申厄相同、唯所恨七堂西廊尽燼、可太息哉

文安4  144708A  西大寺礼盤天板裏面墨書
奉修理白毫寺□□/文安四年〈壬寅〉[マゝ]八月日〈奉行/定尊〉/白毫寺常任(別筆)本堂公用也/【ヒ】ヤクカウシ

文安4  144710A21  経覚私要鈔
今日春日上棟也

文安4  144710A21  建内記
春日社立柱上棟日也

文安4  144711A05  建内記
又東南院[珍覚]先日所進詞華囿[九巻]・并東大寺絵「上下」巻被返下之

文安4  144711A16  経覚私要鈔
春日社上遷宮也、

文安4  144711A16  康富記
春日社正遷宮也

文安5  144802A25  康富記
後聞、相模国藤沢道場今日焼亡、依自寺中失火出来、寺内悉炎上云々

文安5  144804A05  如是院年代記
夜六道塔火。

文安5  144807A10  康富記
山門之保元絵〈十五/巻〉自座主〈■沙/門堂〉、被申成綸旨被借寄、近日可被返遣山門也、…予読絵詞了、

宝徳1  144903A11  康富記
是日室町殿有御移徙寝殿、〈寝殿御門等、自/花御所被引之〉

宝徳1  144903A14  康富記
今日室町殿常御所御事始也

宝徳1  144904A10  如是院年代記
自四月十日至六月二十五日大地震。処々築地破。

宝徳1  144904A12  公卿補任
四月十二日大地震。

宝徳1  144904A12  年代記残篇
卯月不断夏中大地震動。洛中大家堂塔築地多倒傾落。是依八幡山裂。

宝徳1  144904A12  康富記
辰剋大地震

宝徳1  144904A12  大乗院日記目録
大地振、■北悉以崩、東寺大門柱破損

宝徳1  144906A22  康富記
今夜及暁東山浄土寺殿焼亡、自護摩堂出火、出慈恵大師御影、々々堂免炎云々、御本坊又無為云々

宝徳1  144907A11  臥雲日件録
中正蔵主来。因曰。公府構一室。命諸老作尽障詩。便出示画本。盖観瀑図也。

宝徳1  144908A09  康富記
多武峯、先年依大和国兵乱焼亡大職[織]冠御廟被造営、此間造了、仍聖廟御影像如元奉遷座

宝徳1  144908A10  大乗院日記目録
多武峯御影遷宮、自橘寺也

宝徳1  144910A26  康富記
[卯剋]室町殿御会所之立柱上棟也

宝徳1  144911A22  康富記
是夜室町殿御会所御移徙也