学士院新会員決定

1982年12月

日本学士院(有沢広已院長)は13日の総会で会員の補充選挙を行ない、12人の新会員を決定した。美術関係では第1部(人文科学部門)に吉川逸治が選ばれた。今回の補充により日本学士院会員は第1部61人、第2部(自然科学部門)74人、計135人となった。 

平野コレクションから崋山15点

1982年11月

先頃、広重のデビュー作品が見つかった秋田の平野コレクションから、今度は渡辺崋山の描いた「鷹見泉石像」下絵や「松前牧士曲馬図巻」などのスケッチや画巻15点が確認された。これは戦前崋山の孫渡辺崋石から購入したもので、この時一緒に購入した椿椿山の写生帳も合わせて確認された。

美術館連絡協議会発足

1982年12月

近年、地方公共団体による美術館開設が相次いでいるが、これらの美術館相互の連絡を密にし、館運営の向上を図るべく、全国から35の公立美術館長が集まり、9日美術館連絡協議会を発足した。同協議会は美術館の今後を左右するのは学芸員職員等の人的力であるとし、館相互の協力により交換展、共同企画展、巡回展等を活発にすると共に、学芸員の海外研修を実施して、国内にとどまらず、より広い情報を求めようとするものである。理事長には河北倫明が互選された。地方文化の向上と、地方間文化交流の活性化という点で注目される。

江戸東京博物館基本構想決定

1982年11月

東京都の依頼を受けてアメリカ、スミソニアン博物館に匹敵する「江戸東京博物館」を設置すべく検討していた都江戸東京博物館建設懇談会(暉峻康隆座長)は30日、基本構想をまとめ、鈴木知事に報告した。それによると、同博物館は江戸幕府開設から現代までを対象とし、江戸・東京に関する学術研究活動、有形、無形の文化財収集、保存、展示を行ない、東京のシンボルとしての役割を目指す。開設地は、交通の便、用地取得可能性、災害等に対する安全性を考慮し、目下検討中である。

版画、仏像贋作次々

1982年11月

フランス人画家アンドレ・ブラジリエの石版画作品が、国内に大量に出回っていることが明らかとなる一方、今夏からニセのガンダーラ古美術品数十点も出回っていることが明らかとなり、真贋問題に甘いとされる日本の実情が浮き彫りにされる形となった。

サントリー学芸賞決定

1982年11月

サントリー文化財団により贈られるサントリー学芸賞の57年度受賞者が発表され、美術関係では芸術・文学部門で辻佐保子『古典世界からキリスト教世界へ』(岩波書店)、樋口忠彦『日本の景観』(春秋社)、思想・歴史部門で中村良夫『風景学入門』(中央公論社)が選ばれた。

街並、建造物保護地決定

1982年11月

文化財保護審議会(小林行雄会長)は、国の建造物関係の重要文化財として福島県いわき市の飯野八幡宮本殿を含む社寺4件、滋賀県近江八幡市旧西川家主屋、土蔵の1件2棟、洋風建築としては旧奈良県物産陳列所を新たに指定。また、街並を保存する重要伝統的建造物群保存地区に江戸時代の港町として栄え、町人の築いた文化的町の景観が保存されている広島県竹原市竹原町が指定された。これにより、建造物重要文化財は1956件3150棟(うち国宝は207件249棟)、街並保存地区は19地区となった。

高橋由一展

1982年11月

日本近代洋画の開拓者、高橋由一の画業を肖像、静物、風景とモチーフ別に分けて展観する試みが、西宮市大谷記念美術館で行なわれた(4日―12月5日)。新発見の伝由一作「鮭」6点を含む油彩画85点、晩年の東北新道を描いた版画、下絵全点が展示され、由一の作品について再考する好機となった。なお、関西における高橋由一の回顧展はこれが初めて。

ベルギー象徴派展

1982年11月

19世紀末にフランス、ベルギーを中心に起こった象徴主義の画家のうち、フェルナン・クノップフ、フェリシアン・ロップスら19作家の油彩、素描、版画等121点を集めた「神秘と幻想のイマージュ―ベルギー象徴派展」が東京国立近代美術館で開かれた(12日―58年1月23日)。近年ますますさかんになった世紀末芸術再評価と、多様な海外美術紹介の一端を担ったものと言える。同展はこの後、兵庫県立近代美術館、北海道立近代美術館を巡回した。

相次ぐ地方美術館開設

1982年11月

3日の文化の日にあわせて3つの美術館がオープンした。埼玉県立近代美術館(浦和市北浦和公園)、岐阜県美術館(岐阜市宇佐)、神戸市立博物館がそれである。各館とも土地柄を生かした活動をしていく方針で、埼玉は県ゆかりの作家斎藤与里ら近代洋画人の作品とそれにかかわる印象派の作品を、岐阜は山本芳翠、川合玉堂らの郷土作家を中心とした近代洋画、日本画を、神戸は神戸市立南蛮美術館を発展的に吸収したもので、港を通じての国際文化交渉史料を主に収集、展観する。埼玉に県立美術館ができたことにより、関東では全都県が美術館を持つこととなり、今後の相互連関した活動が期待される。開館記念展はそれぞれ「印象派からエコール・ド・パリへ」(12月12日まで)、「明治15年・パリ」(12月19日まで)、「海のシルク・ロード展」(12月19日まで)で、各館の特色を強調した力のこもったものとなった。また、13日にはこれまで画家の旧アトリエで作品を展示してきた棟方版画館に新たな展示施設として棟方版画美術館が加わり、各時代の代表作を含む版画600点他、油絵80点、版木のほとんどが年4回位に分けて展示されることとなった。

ボストン美術館東洋館オープン

1982年11月

アメリカ有数の総合美術館であるボストン美術館は、フェノロサ、岡倉天心による収集に始まる充実した東洋美術コレクションを持つ。1876年の開館後100年を経過した同館では4年数カ月をかけて東洋館を改築してきたが、この3日新館がオープンした。記念展は「重要無形文化財保持者(人間国宝)米国展」で、物故者を含む人間国宝全個人、全団体の代表作160点を集めて日本の伝統工芸を紹介しようとするもの。国内に於ても全員の作品が揃った前例はなく、世界的にも注目された。また、改築を機に正力基金も設立され、今後の日米文化交流発展のための明るい材料となった。

文化勲章文化功労者

1982年10月

学術・芸術の分野で大きな功績のあった人に贈られる昭和57年度の文化勲章受章者・文化功労者が、22日の閣議で決定した。美術界関係では、文化勲章に日本画の高山辰雄、文化功労者に洋画の牛島憲之、彫塑の円鍔勝三、書の手島右卿がそれぞれ選ばれた。文化勲章の伝達式は11月3日皇居で、文化功労者の顕彰式は11月4日霞ヶ関の国立教育会館で行なわれた。

大阪に2つの東洋美術館開始

1982年10月

25日、大阪府和泉市に和泉市久保惣記念美術館が、11月6日には大阪市北区に大阪市立東洋陶磁美術館が開館した。前者は久保惣コレクション、後者は安宅コレクションという優れた個人コレクションの寄贈によって、昨今ではむずかしくなった東洋古美術のまとまった収集を実現したもの。双方とも常設展示を中心とし、質の高い作品をゆったり鑑賞できるようになっている。

久米美術館誕生

1982年10月

黒田清輝とともに、近代洋画壇の指導的立場にあった久米桂一郎の油彩画約50点他水彩、素描多数、また周辺の作家の作品を所蔵、公開する久米美術館が品川区上大崎、久米ビル8階に21日誕生した。フランス留学から帰国後、画家としてよりも美術教育者として活躍した久米の作品をまとまった形で見ることができ意義深い。

第13回中原悌二郎賞決定

1982年10月

旭川市が昭和45年、郷土出身の近代彫刻家中原悌二郎にちなんで創設した中原悌二郎賞は今年で13回目を迎え、千野茂「皐月(さつき)」が選考委員5氏全員一致で受賞、同優秀賞には朝倉響子「ニケ/NIKE」が選ばれた。

高橋誠一郎浮世絵コレクション、慶応大学へ

1982年10月

前日本芸術院長、日本浮世絵協会会長の高橋誠一郎は、去る2月9日に亡くなったが、氏の収集になる良質の幅広い浮世絵コレクション600点がこのほど、氏にゆかりのある慶応義塾大学図書館へ一括収蔵されることと なった。保管、公開については故人の一回忌を目度に検討される。

安田靫彦展

1982年10月

歴史画に新境地を開き昭和53年94歳で歿した近代日本画壇の重鎮、安田靫彦の初めての大規模な遺作展が山種美術館で2期に分けて開かれた。前期(2日―31日)50点、後期(11月3日―28日)59点をあわせ、この巨匠の健やかな歩みが回顧される展観となった。

中国の絵画展

1982年10月

ボストン美術館、フリア・ギャラリーと並びアメリカでの東洋美術部の充実を誇るクリーブランド美術館、ネルソン・ギャラリーから、それぞれ183件、98件の作品を借りて東京国立博物館で催された「中国絵画展」(5日―11月7日)は周代から清代までの中国絵画の流れを概観させ、殊に宋代以降の展観は日中の絵画評価の違いを暗示し、見ごたえのあるものとなった。

笠岡市立竹喬美術館誕生

1982年10月

大正7年、土田麦僊らと共に国画創作協会を創立して文展と袂を分かち、自然との素直な交感を描いて清新な画業を積んだ小野竹喬をたたえ、1日、画家の故郷岡山県笠岡市に笠岡市立竹喬美術館が開館した。笠岡青年会議所による昭和52年からの設立運動が実を結んだもので、この完成を見ずに52年5月他界した画家の遺族から寄贈された日本画32点、スケッチ192点を含む計233点を所蔵、公開する。

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