現代の陶芸ヨーロッパと日本

1970年08月

28日から10月11日まで京都国立近代美術館で開催。デンマーク、フィンランド、フランス、イギリス、イタリア、ノルウェー、スウェーデン、スイスの8カ国83名、日本から47名計約250点が展示された。焼物の質感を生かした新しいオブジェ的作品など、既成の陶器の概念を破ったものが多く、北欧ことにフィンランドの活躍が著しかった。

「原爆の図」米国で初公開

1970年07月

25年前、広島に落された原爆の惨状を描いた丸木位里、俊夫妻の作品「原爆の図」が今秋アメリカで初めて展示されることが、このほど(7月下旬)決まった。展示されるのは、「幽霊」「火」「水」「虹」「少年少女」「原子野」「竹やぶ」「救出」の8部作(昭和25年から29年までの執筆分、なお43年までに12部を描き上げた)で、積出しは9月中旬、10月15日からのニューヨークでの展覧会を皮切りに約6カ月間、アメリカの主要都市を移動展示する計画が実現した。この展示はニューヨークにあるニュー・スクール・アート・センターが中心になって行ない、クェーカー教団関係者らの応援もあった。

第14回シェル美術賞

1970年08月

民間企業の美術コンクールのさきがけとして知られている第14回シェル美術賞の受賞者が今月初めに決まった。1昨年からテーマを「墨にさよる表現の新しい可能性を開拓する作品」にしぼり、ことしの審査は、応募者約400人、搬入点数約900点のなかから選ばれた。受賞者は、1等(賞金50万円)が佐々木壮六、2等(10万円)が田所幸一、3等(5万円)が西真、大塚長栄、黒崎彰、その他佳作17人。9月9日から13日まで、東京・霞ケ関ビルのプラザホールで入賞作品展が開かれるのを皮切りに、京都(市美術館)、名古屋(桜画廊)を巡回。

東京芸術大学美術学部本館にサヨナラ

1970年07月

明治43年のもらい火で全焼、翌年12月25日に完成した東京美術学校(現東京芸大美術学部)本館が、老朽のためまもなく、8月にとりこわされるというので、18日午後2時から卒業生、在校生約1200人が本館前に集って、「本館にサヨナラする会」を開いた。石井鶴三芸術院会員の音頭で乾杯、全国各地からはせ参じた老卒業生たちがあちこちで旧交をあたためながら、本館のなごりを惜しみ合った。

第5回ジャパンアートフェスティバル

1970年07月

今年の暮れ、ニューヨークのグッゲンハイム美術館で開かれる第5回ジャパン、アート・フェスティバルの国内展示が11日から26日まで東京国立近代美術館で開かれた。約2600点の応募作品から53点が選ばれ、JAFA大賞は菅木志雄「限界状況(1)」(立体)、優秀賞は今中クミ子、中里斉(平面)、上矢津(版画)、寺田武弘、山田建烈(立体)に決定。

ヘップワース展

1970年06月

ヘンリー・ムーアとともに現代イギリス彫刻界を代表するバーバラ・ヘップワースの大規模な展観が1日より9月15日まで、箱根・彫刻の森美術館で行なわれた。野外、屋内の両展示場を活用、過去10年間の作である大小の彫刻39点、素描7点が理想的に展示され、連日多数の観覧客をあつめ、すぐれた彫刻美を満喫させた。サンケイ新聞社、ブリティッシュカウンシル共催。10月17日~11月22日、京都国立近代美術館でも開催。

首相飛鳥地方を視察

1970年06月

28日佐藤栄作首相、今日出海文化庁長官等一行は遺跡保存が急務であることが叫ばれている飛鳥地方を視察した。

遠山記念館付属美術館が完成

1970年05月

昨年6月から埼玉県比企郡川島村に工費7千万円で建設中だった財団法人遠山記念館付属美術館が完成し、12日から一般公開された。これは日興証券の遠山元一相談役の1万点に上るといわれる美術コレクションの一部を常時陳列するもので、設計は今井兼次早大名誉教授。鉄筋コンクリート高床式2階建320平方米。

第10回日本国際美術展

1970年05月

日本万国博の開催に合わせ1年延期したこの展覧会は、10日~30日・東京都美術館、6月6日~28日・京都市美術館、7月15日~26日・愛知県美術館で開かれた。従来の国別の展示や一切の授賞方式をやめて、1人の総コミッショナーに展覧会の性格や作家の選定などすべてを託すことになり、今回は総コミッショナーを美術評論家中原佑介に依嘱した。「人間と物質」というテーマのもとに、外国作家27名、日本人作家13名を選定。展示は、いわゆるコンセプチュアル・アートと称する傾向が主体をなし、物と人間との関係をさまざまに体験させようと試みた。主催、毎日新聞社、日本国際美術振興会。

「グタイピナコテカ」閉館

1970年04月

大阪・中之島(北区宗是町)に、具体美術協会の吉原治良代表所有の江戸時代の米倉庫だったといい伝えられていた広さ370約平方メートルの木造建物を改造して「グタイ・ピナコテカ」(ピナコテカとは絵画陳列所の意味)と名づけ昭和37年9月オープンしたが、以来前衛美術運動の拠点として国際的な声価を高めたこの美術館も、近年のビル化の波に押されて20日で閉館、とりこわされることになった。閉館を惜しんで、12日から15日まで「現グタイ・ピナコテカ最終展」を開いた。

スペイン美術展

1970年05月

1日より6月28日まで東京国立博物館で、本格的なスペイン美術の紹介、「スペイン美術展」(スペイン文部省美術総局・朝日新聞社主催)が行なわれた。展示されたのは紀元前約1,000年の牛の頭部、紀元前7世紀の石彫、ローマ時代の彫像から19世紀スペイン印象派までの彫刻、油絵、版画143点で、17世紀バロック絵画を中心とする。なお続いて京都市美術館でも7月4日から8月22日まで開催された。

ベンシャーン展

1970年05月

1969年3月に没したベン・シャーンの回顧展が21日より7月5日まで東京国立近代美術館で開かれた。東京新聞社共催。アメリカ大恐慌時代の鋭い社会風刺と巨大な文明の影にひそむ哀愁とを切々と描き続けたこの画家の油彩、テンペラ48点を中心に水彩、版画、素描、ポスターなど総計170点を展示。同展はその後9月まで大阪、札幌を巡回した[h1]。

昭和44年度(第26回)恩賜賞日本芸術院賞決定

1970年04月

日本芸術院は、9日昭和44年度日本芸術院恩賜賞、院賞の受賞者を次の通り決めた。恩賜賞―寺島紫明(本名徳重)(改組第1回日展出品作の日本画「舞妓」に対し)日本芸術院賞―小堀進(改組第1回日展出品作の洋画「初秋」に対し)、森田茂(改組第1回日展出品作の洋画「初秋」に対し)、昼間弘(改組第1回日展出品作の彫塑「穹」に対し)、海野建夫、(改組第1回日展出品作の彫金「雨もよい」に対し)、桑田笹舟(本名明、改組第1回日展出品作の書「母」に対し)。

須磨コレクション、寄贈

1970年04月

須磨コレクションとして知られている須磨弥吉郎元外交官(東京都杉並区南荻窪2の101)蒐集の、スペイン代表作家の作品92点が19日、長崎県と長崎市に贈られることになった。長崎開港400年を記念して同県と長崎市は、この20日まで長崎県立博物館で当コレクションを借受け、「スペイン作家美術展」を開いたが、その出品作品がそっくり寄贈された。寄贈作品は、スペインのゴシック時代から現代まで700年にわたる代表作家の作品で、油絵46点、彫刻17点、板絵類9点など合計92点。「個人で所蔵しているより、スペイン、オランダなどいち早く外国の文化を受けた長崎で、長く保存して頂く方がふさわしい」という蒐蔵家の意向が実ったもの。

万国博美術館

1970年03月

日本万国博覧会が15日から9月13日まで、大阪府吹田市の千里丘陵で開かれたのは周知のことだが、その主な展示館として万国博美術館(富永惣一館長)が開設された。シンボルゾーンの北側に建てられた4階建の施設は延べ4,650平方メートル。展示された東西の美術品は海外40数カ国と国内から732点で、その万端経費は総額400億円にものぼるといわれた。万博テーマの「人類の進歩と調和」にふさわしく、その展示の方法は日本を中心として東洋美術の歴史の流れをタテの軸とし、それに関連する東西美術の調和、対比、融合をヨコにというように、展示内容は時代順に、(1)原始の魂・古代の声―創造のあけぼの。(2)東西の交流―シルクロード、南蛮文化。(3)聖なる造型―信仰への道。(4)自由への歩み―人間・自然・社会。(5)現代の躍動。とテーマを分けて陳列された。因みに、入場料は、大人200円で、入館者は計177万5173人にものぼったという。

万国博記念の特別展

1970年03月

万国博覧会に協賛して各博物館で記念の特別展が約6ケ月間の長期間にわたり開催された。 「京の美術」 京都国立博物館では4月1日より9月27日まで「京の人形」「古清水」「金剛力士」「天球院の障壁画」「高台寺蒔絵」「法然上人絵伝」「京名所風俗図」「京の絵地図」「友禅染」「禅の書」の10のテーマにより順次展覧を行ない。多方面から京の美術の開花を浮彫りにした。 「仏教美術名品展」 奈良国立博物館では4月18日より8月23日まで360余件の多数の仏教美術の優品が展覧された。 「万国博記念大和文華館名品展」 大和文華館では3月4日より9月27日まで同館所蔵の名品を展覧し、同時に「東西の交流」「東洋の美術」「日本の美術」「鉄斎の芸術」のテーマによる特別展を併せて開催した。

“人間国宝”指定

1970年03月

文化財保護審議会(田中義男会長)は、27日44年度の重要無形文化財(人間国宝)と重要文化財の指定を決め、坂田文相に答申した。“人間国宝”としての工芸技術関係では、「備前焼」藤原啓(本名敬二、71才)、「萩焼」三輪休和(本名邦広、74才)、「木工芸」黒田辰秋(65才)、氷見晃堂(本名与三治、63才)の4名が新しく個人指定された。

国宝重要文化財指定

1970年03月

文化財保護審議会は30日、新たに美術工芸品関係として国宝2件、重要文化財58件を指定した。国宝は書跡の古文尚書巻第六、紙背元秘抄一巻(唐、神田喜一郎蔵)、考古の袈裟襷文銅鐸10口・銅鐸1口・流水文銅鐸3口・銅戈7口(弥生式文化、神戸市所有)の2件。重要文化財は絵画では徳川黎明会蔵柳燕図(元時代)のほかに11件でこの中には浅井忠筆「春畝」(明治、東京国立博物館)、竹内栖鳳筆「斑猫図」(大正、山種美術館)が含まれる。彫刻は山形市宝積院蔵木造十一画観音立像以下6件。工芸品は岡山美術館蔵の能装束(桃山時代)や広島県日吉神社蔵の赤糸威鎧(室町時代)などを中心に16件、書跡は畠山記念館蔵の虚堂智愚墨跡(南宋時代)、や徳川黎明会蔵の藤原定家自筆書状(鎌倉時代)を含めた14件、考古は永青文庫蔵の銀胡人像など11件である。

重文の四天王像が盗難

1970年03月

大分県日田市永興寺の重文木造四天王像四体が盗まれたことが22日に判った。 しかし27日、山口県玖珂郡和木村の小瀬川に四体とも発見。相当損傷があり、解体修理を行なうため4月7日、京都の美術院国宝修理所に運ばれた。

鎌倉、瑞泉寺の庭が復元される

1970年03月

鎌倉の瑞泉寺の庭に創立当初に造られた古い庭が発見され昨年末から復元工事が行なわれ、3月中旬にはほゞ原初に近い姿を現わした。従来の庭の姿を一変させる「心」字形の雄大な構想をもち江戸時代の古図と同じであることが判った。瑞泉寺の開山夢想国師の作と言われて来たが、同じく夢想国師作と言われる京都の西芳寺、天竜寺などの庭園に匹敵するもので鎌倉末期の庭園として日本庭園史上甚はだ重要な資料である。夢想国師作の確実な作例となるか詳細な調査報告と今後の検討が期待される。

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