伴大納言絵詞(上巻)の模写終る

1964年12月

38年6月に着手し、39年3月には完成する予定であった、この模写事業は、画家森村宜永が健康を害したために再度の中断という事態となって遅延していたが、本月下旬に無事完了した。 

法隆寺金剛力士像の修理完了

1964年12月

去る37年1月より着手し、アイソトープ、グラスファイバー等の近代科学をとりいれ修理を進めていた、日本でも極少ない大塑像である法隆寺の「金剛力士像」の修理はこのほど好結果をもって完了した。

夢違観音の模造完成

1964年12月

文化財保護委員会は、鋳銅名品の模造の第2作として(第1作は奈良県長谷寺の銅板法華説想図)法隆寺の金銅観音菩薩立像(夢違観音)の模造制作に8月よりとりかかっていたが、本月26日にその完成をみた。

日本芸術院新会員内定

1964年11月

日本芸術院は28日、東京・上野の同院で会員補充選挙の開票をした結果、新会員に5名をきめた。そのうち第一部(美術・工芸・建築)では日本画の東山魁夷、彫塑の清水多嘉示の2名が内定した。12月3日までに全会員の承認を受け、来年1月15日正式に任命されることになった。

日本漫画家協会を結成

1964年12月

日本中の漫画家が500人近く結集して漫画以前の生活のために「日本漫画家協会」をつくつた。15日東京・帝国ホテルで200余人の新聞、出版、放送関係者を招き、創立総会を開いて披露、発足した。役員として理事長に近藤日出造、常務理事に秋玲二、西川辰美、理事に加藤芳郎、塩田英二郎、根本進ら22人、監事に小川哲夫、清浦ちずこ、評議員に横山隆一、長崎抜天、長谷川町子ら18人、さらに名誉会員に小野寺秋風ら10人を選出、漫画家の初めての職能団体として権利擁護や相互援助活動をする一方、対外折衝の窓口ともなる予定。事務局長に萩原忠三、事務所は中央区銀座西2の5、有楽ビル2階、電話(561)3834。

宇治上神社本殿扉絵の模写完成

1964年12月

文化財保護委員会は京都市宇治市宇治上神社本殿の扉絵の模写に11月より着手していたが、本月21日無事終了した。

仏教七祖師像が完成

1964年11月

わが国の仏教興隆を願つて、多摩丘陵にある読売ランドの聖地公園にかねて建立中の仏教七宗派の祖師、7体の銅像がこのほどすべて完成、15日除幕式が行なわれた。七祖師像それぞれの担当彫刻家は次の通りである。 天台宗・伝教大師座像=松原松造 真言宗・弘法大師座像=田中太郎 浄土宗・法然上人立像=宮本重良 臨済宗・栄西禅師座像=関 長造 真宗・親鸞聖人立像=村田徳次郎 曹洞宗・道元禅師座像=小柳津三郎 日蓮宗・日蓮聖人立像=ソーマバーラ

丹下健三にIOCから授賞

1964年10月

IOC(国際オリンピック委員会)のブランデージ会長は、東京オリンピックの代々木総合体育館の設計者丹下健三に「オリンピック・デイプロマ・メリット」(功績者証)を贈ると19日発表した。なお東京都に「オリンピック・カップ」、日本オリンピック委員会に「ボナコツサ伯トロフィー」を同時に贈ると発表し、異例の同時三賞を贈るに価いした本大会の準備、運営面の功績をたたえると共に、とくに芸術展示の成功を激賞した。

文化勲章並びに文化功労年金受領者決定

1964年10月

昭和39年度第23回文化勲章並びに第13回文化功労年金受領者10名が27日の閣議で正式に決定、発表された。尚伝達式は例年通り11月3日文化の日に皇居で行われ、文化功労者5名の顕彰式は勲章授賞者5名と共に、翌4日東京・虎ノ門の国立教育会館で行われた。美術関係では、文化勲章を建築の吉田五十八、文化功労年金を洋画の有島生馬がそれぞれ受領した。

江の島湘南港に弁財天像完成

1964年10月

藤沢市では、江の島のオリンピック、ヨット競技開催を記念しての観光資源として、かねて芸術院会員加藤顕清に「弁財天と世界女性群像噴水池」の銅像制作を依嘱していたが、このほど完成、8日除幕式が行われた。主題を幻想の弁財天とし、円形の噴水池の中央に冥想する弁財天を置き、周囲に5体の古典的東西の女性像のイメージを配した群像。作者はオリンピックを機会に東西文化の歴史的交流の意味を象徴し、表現したつもりと語つている。

日光二荒山神社壁画「山霊感応」完成

1964年10月

日光二荒山神社の宝物を飾る前田青邨の力作「山霊感応」が完成。縦1.90米横3.03米。8人の弟子を伴う勝道上人が霊峰二荒山(男体山)に向い祈りをささげており、背景の中空に右手を上げ、その腕からヘビが上人の行く手に勢いよくとび出そうとしている激しい気魄に満ちた深沙大将が描かれている。この完成を記念して、発掘宝物とともに、13日より18日まで日本橋三越で公開された。

霊友会本尊弥勒菩薩像成る

1964年10月

芸術院会員沢田政広は数年来制作にうちこんできた弥勒菩薩2丈余の大作を完成。霊友会伊豆遠笠山山頂の本殿に11月安置される運びとなり、それに先立ち15日より20日まで自宅アトリエで公開披露した。なお同時に菩薩像完成記念写真集「弥勒」が刊行された。

第18回オリンピック東京大会の美術部門

1964年10月

オリンピック東京大会(10日~24日)の運動競技に対して芸術展示も憲章に基づき正規のプログラムに編入されたので、東京国立博物館では、古代から江戸時代に至る「日本古美術展」(1日~11月10日)を、国立近代美術館では、明治以降現在に至る「近代日本の名作展」(1日~11月8日)を開催した。前者では、考古・彫刻・工芸・建築・絵画書跡の5部門にわたるわが古美術の代表作877点を集めた画期的な展観をなし、後者では、近代日本の美術において、重要な役割を果した作家の、最高の作品をよりすぐつて、日本画・油絵・彫刻・工芸の各ジャンルから合計146作家191点を展示した。 なお、この期間に毎日新聞社や日本経済新聞社が協賛して、各百貨店を会場に次のような大美術展を華々しく開催した。 △肉筆浮世絵名作家=室町後期の風俗図屏風から幕末までの各代表作家の代表作100余点(新宿・伊勢丹、6日-18日) △浮世絵版画平木コレクション=リッカーミシン社長平木信二のコレクションで重要文化財指定作品200点、その他。(東京・松坂屋、13日-25日) △加藤唐九郎陶芸展=障壁画の大作から古瀬戸・織部・黄瀬戸・志野・茶器・花器・酒器・食器など200余点。(新宿・伊勢丹、21日-11月3日) △浮世絵・風俗画名作展=ロンドン大英博物館、シカゴ美術館、ボストン美術館など海外からの協力出品を得て浮世絵327点、風俗画8点。(日本橋・白木屋、9日-21日、日本浮世絵協会・日本経済新聞社主催) △東洋古美術展=サールナートの「初転法輪仏坐像」など中国、インド、パキスタンなどの古美術70余点の展示。(日本橋・高島屋、20日-11月1日)

井之頭自然文化園彫刻館を一般公開

1964年10月

芸術院会員北村西望は、昭和33年以来武蔵野市の井之頭自然文化園に寄贈作品を展示、彫刻苑として公開してきたが、今回更に長崎の平和祈念像制作記念としてその原型を含む350余点の作品とアトリエを東京都に寄贈した。都ではこの機会に陳列館を増設して一般公開することになり、2日完成披露を挙行、翌3日より公開の運びとなつた。なお11月8日まで在京彫刻家有志出品により同園内に野外彫刻展を開催した。

額田廃寺の発掘調査

1964年08月

三重県桑名市の額田廃寺の発掘調査がこの春と夏の2回行われ、その結果、創建は法隆寺よりも早いものと考えられるに至つた。この地にたまたま分譲住宅がつくられることになったために、地元の三重大学、桑名市文化財調査会、及び奈良国立文化財研究所が、世論に訴えて工事を延期させ、この度の発掘調査となったもの。

主体美術協会結成

1964年09月

さきに自由美術家協会を退会した麻生三郎糸園和三郎を除く86名の作家がこの月、主体美術協会を新たに結成、10月7日新宿・厚生年金会館で結成の披露をした。

法隆寺宝物館公開さる

1964年10月

去る37年に完成された東京国立博物館内法隆寺宝物館は本月1日より週1回の一般公開を開始した。館内は常に気温20度、湿度60%に保たれ、収蔵庫と、展覧場を兼ねそなえた最新の設備をほこつている。

自由美術家協会から集団脱退

1964年08月

自由美術協会の麻生三郎糸園和三郎末松正樹寺田政明森芳雄吉井忠といった古参中心会員を含む38名が、「自由美術家協会もここ数年の間に、戦後果して来た使命を終了してしまい、ここではさらに可能性を高めることは期待できない」という声明書を5日発表、連盟脱退した。なお以後続いて約50名の同調退会者があつた。

風返稲荷山古墳の発掘

1964年08月

日本大学考古学教室は、1日より茨城県新治郡出島村志士庫にある古墳の石室発掘調査を行い、17日までに石棺4個はじめ、金の首飾り、馬具などをはじめとする豊富な出土品をみた。

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