大阪四天王寺壁画開眼法要

1960年03月

昨春再建された大阪四天王寺五重塔の初層を飾る壁画の開眼法要が10日行われ、壁画を寄進した朝日新聞社の代表、壁画の作者山下摩起、信徒代表など約100人が出席した。

沖縄へ文化財調査団

1960年03月

沖縄文化財を復旧保存するため文化財保護委員会では琉球政府の要請にこたえて総合調査団を派遣することになつた。先発隊の、同委員記念物課黒板昌夫、同建造物課修理主査杢正夫両氏は28日羽田を出発、現地調査に赴く。

現代オーストリヤ版画展開催

1960年03月

神奈川県立近代美術館で5日から4月3日迄開かれた。メキシコ、スペイン、ユーゴスラビアなどの現代版画展につづく一連の催の一つで、クービン、ココシュカなど24名、100点ほどの版画が送られ、展観された。この版画展の交換として今年7月から開催されるウイーン・フェスティヴァルに参加、現代日本版画展を同地で開くことになつている。

大和、長谷寺名宝展開催

1960年02月

東京大丸では、毎日新聞社主催のもとに長谷寺の名宝展を26日から3月2日迄ひらいた。列品は、昨年、石田茂作奈良国立博物館長を団長とする同博物館と奈良国立文化財研究所によ る共同調査の結果発見された品で、両界種子曼茶羅図、春日本地曼茶羅図、興教大師画像、地蔵菩薩像、中国明代の浄瓶など名品が多く、注目された。

芸術院賞決定

1960年03月

34年度日本芸術院恩賜賞並びに芸術院賞が3月2日決定発表された。全会員96人からの書面投票を求め、過半数を得た人が受賞者に選ばれたものである。そのうち美術関係者は次の人々である。 恩賜賞 田中親美(書) (受賞対象は、「平家納経33巻複製と古美術複製につくした業績について) 芸術院賞 第一部美術部門 各務鉱三 (第2回日展出品作「クリスタル硝子鉢」に対して 岸本景春 (第2回日展出品作刺繍「湖面の影」に対して) 松本芳翠 (第2回日展出品作「談玄観妙」に対して) 池田遥邨 (第2回日展出品作「波」に対して) 郷倉千靱 (第44回院展出品作「山霧」に対して) 高山辰男 (第2回日展出品作「白翳」に対して) 大久保作次郎 (第2回日展出品作「市場の魚店」ならびに業績に対して) 鈴木信太郎 (昭和34年の個展ならびに一連の風景画に対して)

ボヘミアングラス展開催

1960年02月

東京大丸では、2月26日から3月2日まで、長い伝統と独得の技術を誇るチェコのボヘミアン・グラス展を開いた。原地で選んだ400余種、3500点に及ぶ展観で、本場のグラス工芸の美しさを充分に伝えるものであつた。

長谷川路可、菊池寛賞を受賞

1960年02月

菊池寛賞は戦後になつて受賞対象を文学以外にも拡げたが、今回、イタリヤのチヴィタヴェツキアの寺院の壁画“二十六聖人”を描いた長谷川路可に賞が贈られた。菊池寛賞が画家へ贈られたのははじめてである。

画商主催1960年展

1960年02月

日本洋画商協同組合主催による展覧会で、画商の選んだ画家45名、彫刻家10名の作品展である。昭和32年から毎年1回行い、今年はその第4回展で、12から20日迄東京・白木屋で、又、2月12日から17日まで大阪・そごうで開かれる。

アンドレマルロー来日

1960年02月

2月12日日仏会館新館の開館式にフランス国務相アンドレ・マルローが来日出席し、祝賀講演を行つたが、その中で次の様な日仏文化交流に関する様々な計画を発表した。1. 1896年から1900年にかけてフランスで作られた日本関係のあらゆる映画を日本に寄贈する。2. フランス映画誕生以来のフイルムを上映する映画祭を行う。3. 1850―1940年までの大規模なフランス絵画展と近代フランス工芸美術展をひらく。4. パリでは、劇、能、音楽、彫刻、科学、哲学など各分野にわたつて日本の特質を紹介する大規模な催しをする。又鉄斎から玉堂にいたる“独立派”の絵画展と禅芸術の総合展をひらく。  更に24日文部省に松田文相を訪れ、「仏政府が旅費、滞在費を支給して日本から50人の若い学者を招く。来年中にルーヴル美術館の名品を日本にもつてくる。また、フランスで日本の催しを行い日本文化を大々的に紹介したい故、国宝的な仏像、絵画などの文化財を出品してもらいたい。」など、文化交流についての構想を明にし、松田文相も全面的に同意した。

関野、木下シアトル美術館賞を受賞

1960年02月

2月11日からシアトル美術館で開かれている第31回ノース・ウエスト国際版画展で関野準一郎の「フィレンツェの屋根」と木下富雄の「仮面No2」がシヤトル美術館賞をうけた。同展には日本から25点参加し、12点が入選した。

ザッキン展ひらく

1960年01月

フジカワ画廊招来によるザッキン作品展が朝日新聞社主催のもとに銀座松坂屋で15日から27日まで開かれた。先般の大阪展につづく東京での最初の展観で彫刻50点、グワッシュ素描20点が出陳された。

デザインハウス開設

1960年01月

ジエトロ(日本貿易振興会)では、東京駅八重洲口の国際観光会館内にジャパン・デザイン・ハウスを開設した、ジエトロの選定した優秀なデザイン商品を常設陳列して、我国デザインの優秀性を海外に宣伝するとともに、その向上を計ろうとするためで、初代館長に小池新二を内定した。3月15日開館をめざして整備中。

ベネチアビエンナーレ国際美術展への日本側出品作家きまる

1960年01月

第30回ベネチア・ビエンナーレ国際美術展に出品する作家として山口薫斎藤義重佐藤敬今井俊満浜口陽三柳原義達小野忠弘、豊福知徳の8名が選ばれ14日発表された。作品は、絵画が4名で20数点、版画は浜口一人で20点、彫刻は3人で15点が予定されている。作品選出の特色は、日本代表として参加する富永惣一の構想によるもので、現在活動している第一線作家を推し、仕事そのものが世界美術の潮流に深く根ざしていることが重視されたのだという。今回は日本画の出品はない。

グッゲンハイム美術賞国際審査委員に阿部展也選ばれる

1960年01月

米国のグッゲンハイム財団が設定した国際的な美術賞であるグッゲンハイム美術賞の国際審査委員に、日本から初めて阿部展也(国際造形芸術連盟執行委員)が選ばれた。国際審査委員の構成は、サール(仏)、クーチロス(スイス)と阿部の三人である。なお、日本作家の選考は阿部のほか今泉篤男富永惣一による国内委員によつて決められる。

ルガーノ国際版画展出品作家きまる

1960年01月

来る4月15日から6月まで、スイスのルガーノで開かれる第6回「ルガーノ国際版画展」への日本の出品作家は次の4名に決定した。海老原喜之助(石版)、初山滋稲垣知雄吉田遠志(木版)。この選考は、国際文化振興会が中心となつて行なわれた。ルガーノ国際展の審査員には、パリ在住の浜口陽三が招れたが、日本人が審査員になるのは今回がはじめてである。

赤門の修理始る

1960年01月

東大の赤門は、現在重要文化財に指定されているが破損が甚しいため、昨年10月から文化財保護委員会の直営工事として根本修理に着手していたが、仮設工事を終り、9日修理事務所開所式を挙行し、いよいよ本格的工事に入つた。修理完了は36年3月末の予定。

ビルマに仏像贈る

1960年01月

昨年以来、アジア善隣国民運動中央本部が中心となり、共に仏教国である日本・ビルマ両国親善の一助として、ビルマに仏像を送る計画が進められていたが、このほど香取正彦内藤春治のもとで完成した。仏像はブロンズ製で、純金、メノウ、水晶、白金で仕上げられ、高さ1米、150瓩、製作費は1千万円。1月12日ラングーンで開かれる第4回仏典結集大会の席上贈呈式を行う。

エジプト染織美術展開催

1960年01月

世界的コレクションとして知られる鐘淵紡績所蔵の1000余点のエジプト・コプト織から芸大教授新規矩男が選定し、同コレクションを主体にエジプト染織美術を紹介したもの。コプト織の逸品が数多く陳列された。

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