滋賀県潮音寺の木造薬師如来像売りに出る

1960年09月

滋賀県の潮音寺では同寺の重要文化財、薬師如来坐像の売却申請書を文化財保護委員会に提出していたが、13日許可が下り、85万円で売りに出された。同像は昭和25年重文に指定されたもので寄木造り、藤原時代の作である。

文化勲章受賞者選考委員決定

1960年09月

政府は6日の閣議で今年度の(35年度)文化勲章受賞者選考委員、文化功労者選考審査委員として次の10名を決定した。 大浜信泉(早大総長) 桂寿一(東大文学部長) 兼重寛九郎(東大名誉教授) 河原春作(大妻女子大学長) 黒川利雄(東北大学長) 小林秀雄(日本芸術院会員) 田辺尚雄(音楽評論家) 富永惣一(国立西洋美術館長) 中村研一(日本芸術院会員) 山内恭彦(東大理学部長)

藤田嗣治展

1960年09月

秋田の平野政吉コレクションによる藤田嗣治展が毎日新聞社主催で新宿伊勢丹で13日から開かれた。平野コレクション展に隣接して、藤田の近作その他多数を展観しめずらしい藤田回顧展となつた。

国際美術教育会議に倉田三郎出席

1960年08月

第3回国際美術教育会議が26日から9月までマニラで開かれるが、日本からは、日本美術教育連合理事長の役職をもつ春陽会会員の倉田三郎が出席する。倉田三郎は“普通の美術教育と効果的な美術教育”のセミナーのリーダーとして推されている。

シエル美術賞決定

1960年08月

第4回シエル美術賞は、日本美術家連盟と神奈川県立近代美術館運営委員会の合同協議によつて選考され、別記の如く応募作品1649点の中から1,2,3等佳作など8名の受賞者を決定、27日発表した。なお、今年度から版画は独立した部門となり、シエル版画賞その他が追加された。

広隆寺蔵弥勒菩薩像の右手の指折る

1960年08月

京都市広隆寺霊宝殿にある国宝弥勒菩薩像の右手薬指が第一関節あたりから折れ、破片になつているのを18日案内人が発見した。直ちに修理が行われ、9月10日復元されたが、事故は学生のいたずらによるものであつた。

芋銭回顧展開く

1960年08月

日本経済新聞社の主催で23日から28日迄日木橋三越で「芋銭名作展」が開かれた。芋銭の遺作60余点を集めて展観、戦後最も充実した芋銭の回顧であつた。

彫刻家のグループ「集団現代彫刻」結成

1960年08月

前衛彫刻家が集つて互に横の連絡を保ち、はげましあつて、新しい彫刻を生みだすために強力な作品発表の場をつくろうというのが目的で「集団現代彫刻」というグループを結成した。メンバーは小野忠弘建畠覚造、中島快彦、木村賢太郎、毛利武四郎、広井力、向井良吉、野崎一良、昆野恒、篠井欽治、朝倉響子ら38人で、各会に所属のまま新しいグループ活動を推進する。第1回展は9月17日から26日迄東京西部デパートで開催される。

瀬戸飴釉永仁銘瓶子の指定取消要求でる

1960年08月

一般に“永仁の壷”と云われている重要文化財の“瀬戸飴釉永仁銘瓶子”について、瀬戸市の古陶研究家滝本知二から、文化財保護委員会に重要文化財の指定を取り消すようとの要望書が正式に提出された。委員会では12日報告をきくとともに専門家の間で検討をつづけることになつた。

現代メキシコ版画展開催

1960年07月

鎌倉の神奈川県立近代美術館では7月16日から8月14日までメキシコの現代版画展を行つた。この版画展は、神奈川県立近代美術館が、メキシコの国立近代美術館開設の際に現代日本美術展を組織して同館に送つたことに対する返礼の交換展である。シケイロス、オロスコ、タマヨをはじめ、それにつづく現代作家の作品126点が送られてきている。

逸伝画家室町水墨画展

1960年07月

19日から28日まで東京、伊勢丹でひらかれた。伝記不祥の画家の水墨画約40点が出品された。

北斎生誕200年記念展

1960年08月

本年は北斎の生誕200年に当り、外国に於ても北斎を中心に記念浮世絵展を開いているが、我国でも、1月27日から2月7日まで福岡市博多大丸で、また、5月3日から31日まで大阪市立美術館で大展覧会を催した。東京では8月6日から11日迄、毎日新聞社主催、東京国立博物館後援のもとに白木屋で開催した。

原始美術の展観

1960年06月

国立近代美術館では、“現代の眼―日本美術から”,“第2回現代の眼―アジアの美術史から”につづく第3回目の企画として―原始美術から―をとりあげ11日から7月17日迄展観した。ニューギニヤ、スマトラ、ボルネオ、西アフリカその他未開地の偶像彫刻、楯、仮面、生活用具などが出品された。

東京丸の内煉瓦街の取壊し始まる

1960年07月

明治27年、ジョサイア・コンドルの設計になる旧三菱1号館(現東9号館)を基本として、明治中期から大正初年へかけて丸の内に造られた赤煉瓦のビルは、明治建築の歩みをとどめる貴重な史的価値をもつものであるが、より能率的な近代ビル建設のため、いよいよ2日から少しづつ取壊しになることになつた。なお旧三菱1号館は、文化財保護委員会で何等かの方法で保存を実現したいと考慮している。

中国現代版画芸術展開催

1960年06月

中国対外文化協会の提供、日本中国文化交流協会と日本中国友好協会が主催、朝日新聞社後援で現代中国版画を紹介する展覧会が6月7日から12日まで日本橋白木屋で開かれ、132点が出品された。

東京オリンピックの五輪マーク決定

1960年06月

1964年オリンピック東京大会のマークが10日決定、組織委員会から発表された。オリンピックでは五輪マークの他に毎回特別なマークをつくることになつているが、東京大会でも日本独自のマークを創案するため勝見勝を中心に研究し、6人のデザイナーによる約40点のうちから亀倉雄策のデザインが選ばれた。赤い日の丸を上部に、下に金色で五輪マークとTOKYO1964の文字を入れたもの。なお、カラーテレビや色刷の場合は五輪マークに五色を用いてもいいことをきめた。

彦根城の天守修理工事完成

1960年05月

今回の修理は建物を解体した根本的な大修理で、昭和32年2月1日着工、総工費3千3百34万1千円をもつて本年5月竣工したものである。この工事では、いくつかの現状変更が行われ、創建当時の旧規に復されている。

小田原城天主閣が復旧

1960年05月

小田原城の天守閣復興工事が完成25日完成式が行われた。三層四階の天守閣は鉄筋コンクリート、耐火耐震建築で総工費7千5百万円。内部に郷土博物館、ギャラリーなどを設けている。

日米女流美術交換展開催

1960年05月

日米修好通商条約100年記念に当る機会に、日本女流画家協会が、米国女流芸術家協会の会員70余名の作品を招待して国際女流親善展を計画したもので、米国側73点、日本側26点を陳列した。毎日新聞社の後援で25日から6月6日まで東京都美術館で行われた。

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