米国で鉄斎展開催

1957年04月

ニューヨーク、メトロポリタン美術館では、四日から五週間富岡鉄斎展を開催し、兵庫県宝塚清荒神清澄寺の所蔵品より選んだ作品五三点を出陳した。会場には同寺坂本法主が連日作品説明にあたり、ボストン・ワシントン等米国各地を巡回した。

ユネスコの発掘国際原則

1957年04月

「考古学上の発掘に際しては外国の学者も国内の学者も同じ立場で発掘できるように国際的な原則を立てよう」というユネスコからの勧告が近く加盟国に出されるというので、日本考古学協会では六日第一九回総会において、日本の態度をきめる為の討論を行つたが意見が対立して結論は出なかつた。

四天王寺発掘調査終了

1957年04月

三〇年夏以来継続して行われた大阪四天王寺の発掘は、一〇日から五月一七日までの第三回発掘を以て一応終ることになつた。創建以来七回も建てかえられている為創建当時の模様を明かにすることは困難とされたが、地表から土層を区切る焦土や灰の線を辿つて、各時代の構造を発掘、礎石、柱あとなどから創建当時の規模を推定するに至り、建築史に資する大きな成果をあげた。

第一一回トリエンナーレで受賞

1957年04月

三年毎にイタリヤのミラノで開かれる国際的なデザインコンクールで、日本デザイン研究所の荒木繁が七部門のうち織物図案で最高賞(賞金二五万リラ)を受領した。

米国に開催の日本水彩画展

1957年04月

ニューヨークのナショナル・アカデミー・ギャラリーでは四日から二一日まで米国務省と日本近代美術館の後援で日本水彩画展が開催された。同展は米国水彩画協会の第九〇回年次展覧会の行事の一つとして開かれたもので、石井柏亭猪熊弦一郎他五〇数点の作品が出品された。

芸術選奨決定

1957年03月

昭和三一年度(第七回)芸術選奨文部大臣賞の受賞が決定し、二七日文部省から九名、一団体が発表された。これはその年間における最もすぐれた業績と新分野を開いたものに受与されるもので、美術部門は左の通り。 福沢一郎 第一線の画家として独自の幻想的画風をもつて、多年にわたりわが美術界の  発展に大きな役割を果したばかりでなく、ことに最近メキシコ、南米を巡り帰朝後、その総決算として開いた大規模な作品展はまれにみる迫力にとんだものとして画壇に新風を送つた功績に対して。 吉阪隆正 ベニス・ビエンナーレ展覧会日本館の建築に当り、幾多の障害を克服してよ  く短期間のうちにすぐれた作品を完成し、日本建築技術の粋を世界に紹介した功績に対して。 なお一三日文部大臣室で授賞式が行われ、灘尾文相から各賞状と賞金が授与された。

富岡八幡の壁画第一号完成

1957年03月

江東区深川の富岡八幡宮では、昨秋新社殿が完成したが、これを飾る壁画九枚を石井柏亭伊東深水松林桂月堅山南風野田九浦服部有恒福田浩湖川崎小虎等に依頼した。その第一号である石井柏亭作の「ごうのいけ」が完成し、二六日運びこまれた。同作は鹿島宮の神池の風致を、四尺×六尺の桐板に油絵で日本画風にまとめたものである。

第四次重要無形文化財指定

1957年03月

文化財保護委員会では第四次重要無形文化財に久留米絣を総合指定し、また記録保存三〇件も併せ指定し、二七日発表した。

国宝重要文化財新指定

1957年03月

文化財保護委員会では二九日美術品国宝二件、重文六四件、三〇日建造物国宝三件、重文一二件の指定を発表した。重文は一件の他国立博物館保管のものであつた。これまでの合計、国宝七一三件、重文六二三一件。

鳳凰堂落慶供養

1957年03月

平等院鳳凰堂の修理が完成して一九日落慶供養を行つた。昭和二八年五月以来修理の専門委員会のもとに、前後一三回にわたる慎重な審議が行われ、一二項目に及ぶ現状変更を経て、鳳凰堂は全く面目を新にした古様にかえつた。

ステパノフソ連文化省対外文化局長来日

1957年03月

日ソ文化交流のための具体的諸問題をきめるため、ソ連のステパノフ対外文化局長が二六日来日した。同局長は二九日外務省を訪問し、日本側からカブキ、文楽のほか日本工芸美術品と図書展の開催を、また工芸品は展覧会後モスクワ博物館で買い入れたい旨を希望し、ソ連側からはバレー団、ピアニストのギルレス、バイオリニストのオイストラッフ二世など代表的な芸術家を派遣したい等具体案を示し、外務省の援助を求めた。なお同局長は日本に三週間滞在し、各方面の関係者と具体的交渉をすすめた。

イラクイラン遺跡調査団第二期発掘開始

1957年03月

東京大学イラク・イラン遺跡調査団の遺跡発掘は、一、二月の雨期を西アジアの一般調査で過したが、三月よりテル・サラサートで第二期発掘が再開され順調に仕事が進められている。

池大雅展

1957年03月

大雅没後一八〇年を記念し中央公論社では五日から一七日まで、日本橋三越に於て一一五点の作品を陳列公開した。この中には従来未発表の作品も多数含まれた。なお同社では同時に約三〇巻の池大雅画譜の記念出版を企画し刊行中である。

石田茂作奈良国立博物館長就任

1957年03月

東京国立博物館学芸部長石田茂作は、九日付で奈良国立博物館長に就任した。昭和一六年「飛鳥時代寺院趾の研究」で文学博士となり、上代美術史及考古学研究に著述論文が多い。

武蔵野美術学校に短期大学を併設

1957年02月

武蔵野美術学校では、最近急激に需要のふえてきた工業デザイナーを養成するため、武蔵野美術短期大学を開設した。二カ年の過程で、従来の同校に併設する。

恩賜賞日本芸術院賞

1957年02月

昭和三一年度(第一三回)恩賜賞並びに日本芸術院賞が決定し、二七日発表された。美術部門は左の通りである。なお授賞式は五月二二日学士院講堂に於て、天皇陛下臨席のもとに挙行された。 日本芸術院賞 第一部(美術部門) 日本画 杉山寧 第一二回日展出品作「孔雀」に対し。 洋画 鈴木千久馬 第一二回日展出品作「てつせん」に対し。 装飾美術 東郷青児 壁画「創生の歌」に対し。 彫塑 雨宮治郎 第一二回日展出品作「健人」に対し。 工芸 宮之原謙 第一二回日展出品作陶製花瓶「空」に対し。 建築 堀口拾巳 現在迄の業績に対し。 書 鈴木翠軒 第一二回日展出品作「禅牀夢美人」に対し。

ハワイで日本古美術展

1957年02月

第一回日本絵画展に引続き、一九日から三月二四日までホノルル・アカデミィ博物館で第二回日本古美術展が開催された。今回は工芸と彫刻から、前史時代より一九世紀に至る二〇九点が出品された。

当麻寺解体修理

1957年02月

奈良県当麻寺の本堂(曼荼羅堂)は荒れ果てていたが、三五年五月完成の予定で解体修理を行うこととなりこの程着工した。桁行七間、梁間六面、単層、寄棟造の大きな堂で前面二間が礼堂になつている。

加賀百万石国宝展

1957年01月

前田育徳会及び毎日新聞社の主催により、二九日から二月一〇日まで日本橋三越において、前田家伝世の美術品の展観が行われた。国宝重文等二〇〇点のうち、特に古筆書跡がすぐれ、又古代裂が反物で出品される等、観る者を感嘆せしめた。

日独文化協定調印

1957年02月

日本と西独との間の文化交流の増進をはかるための日独文化協定は、このほど両国間の意見一致をみたので、一四日外務省で日本側から岸首相、ドイツ連邦共和国側からハルシュタイン外務次官が出席して、正式に署名調印が行われた。同協定は日本がフランス、ブラジル、イタリヤ、メキシコ、タイ、インドについで締結した七番目のもので本文一三条からなり、日独両国間の刊行物の交換、美術、音楽、演劇、映画等の交流、学者、留学生の交換など両国間の文化学術関係の強化促進を成文化したものである。なお、同協定の批准書はボンで交換され、一カ月後に発効し、一応五年間有効とされている。

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