アジア連帯文化使節団出発

1956年04月

昨春バンドンで開かれたアジア諸国会議の決定にもとづき、各国にアジア連帯委員会が設けられたが、印度、ソ聯、中国等の招請により日本文化使節団の民間代表二○数名が、二四日羽田を出発した。一行は谷川徹三を団長とし、芸術を通じ相互理解と交流を推進することを目的とし、印度、エジプト、ソ聯、中国、ベトナム、北鮮の各国を訪問した。美術関係団員では、本郷新福田豊四郎加藤唐九郎菊池一雄渡辺義雄今泉篤男がいる。

藤島武二の胸像除幕式

1956年04月

藤島武二の胸像が、門弟、友人等有志により、東京芸術大学内の正木記念館中庭に建立された。製作は新制作協会会員本郷新があたり、二○日関係者参列の下に盛な除幕式が行われた。

来迎美術展

1956年04月

館内の改装修理を終えた奈良国立博物館では、二○日から五月二〇日まで、浄土教美術の中心課題というべき来迎美術展を開催した。出品は絵画に限り、高野山の二五菩薩来迎図以下、来迎美術の代表的作品約一二○点を陳列した。

仁清名作展

1956年04月

根津美術館では八日から五月六日まで、全国に散在する仁清の作品を集めて仁清名作展を開催した。

建築学会七○周年記念事業

1956年04月

日本建築学会は、九日で創立七○周年を迎えたので、当日の記念式典を皮切りに、論文の懸賞募集、写真コンクール作品募集等秋までに各種の記念事業を行つた。

第三次重要無形文化財指定

1956年03月

文化財保護委員会では、第三次重要無形文化財の指定を行い、各個指定、芸能関係五件六名、工芸技術部門六件六名、総合指定工芸技術部門一件六名を三一日決定した。

第六回ユネスコ国際記念物委員会に参加

1956年04月

ユネスコ本部の諮問機関である国際記念物委員会に、日本から初めて建造物の関野克博士が派遣された。四月三日から七日までパリ、ユネスコ本部で開かれた委員会に出席し、各国専門家と遺跡、発掘物の保存、保護及び復旧について研究討議を重ねた。

国宝、重要文化財新指定

1956年03月

文化財保護委員会では二九日、国宝第九回、紫式部日記絵詞、地獄草紙、法隆寺五重塔塑像等四四件、重要文化財第八回、一四九件の新指定を発表した。

法隆寺国宝保存委員会解散

1956年03月

昭和九年以来金堂講堂五重塔等二一棟の修理を行つた法隆寺国宝保存委員会は三一日解散、寺内にあつた保存工事事務所も閉鎖された。

日中文化交流協会発足

1956年03月

日本と中国との文化交流を積極的に推進するため、片山哲、中島健蔵、大野幸一等が中心となり、それに各新聞社が協力して、日中文化交流協会が創立され、二三日創立総会が開かれた。発起人に美術関係では梅原竜三郎が名を連ねている。

グッゲンハイム財団国際美術賞設定

1956年03月

ニュヨークのソロモン・R・グッゲンハイム財団基金により、隔年毎に世界各国から最も優秀と認められる美術品に対し、賞金(一万弗)を贈る国際美術賞及び国内賞、大陸部賞が、国際造型芸術連盟により設定され、二四日日本美術家連盟に通達があつた。

上村松園賞決定

1956年02月

上村松園賞は昨年該当者がなかつたため、今年あらためて第五回受賞者を選考し、新制作協会々員広田多津に決定した。第一九回新制作協会展出品作「大原の女」および今日までの業績に対し授与されたものである。なお本賞は、五名の受賞者が決定し、本年で完了する。

芸術選奨決定

1956年03月

演劇、映画、音楽、文学、美術などの部門で、去年優れた業跡を挙げた者を表彰する第六回芸術選奨文部大臣賞の受賞者が三日文部省から発表された。なお今年から今までの「芸能選奨」の名称が「芸術選奨」と改められた。美術部門受賞者次の通り。 美術(第一) 鳥海青児 永年にわたり日本の自然、風土の色感を基礎とした油絵画法の確立に努力して、わが国油絵界に独自の領域を開拓し、特に昨年は「家並み」「顔をかくす女」等において格段の進境を示した功績に対し。 同(第二) 木村伊兵衛 多年芸術としての写真の領域開拓に貢献し、特に昨年は海外旅行に取材した作品展をこころみ、日本独特の鋭敏で抒情ある作風を示して、国際的にわが国の写真芸術の地位を高めた功績に対し。

第四回「新日本工業デザイン」入賞決定

1956年02月

産業興隆と輸出振興を目的として、毎日新聞社が募集した第四回「新日本工業デザイン」の入賞が決定し、次の通り発表された。 特選一席安川電機全閉カゴ形3相誘導電動機、柴田献一他六名。特選二席東洋高圧ユーライトM製・幼児便器、野口瑠璃他一名。特選三席ナシヨナル携帯用プラスチック・ラジオ、曽根靖史。

東京都文化財指定

1956年02月

東京都教育委員会では二三日、三○年度分の都文化財を指定した。重宝の部門では多摩川流域の蔵王信仰分布を物語る蔵王権現三体など七件が選ばれ、旧跡には喜多川歌麿の墓が加えられた。

恩賜賞日本芸術院賞決定

1956年02月

昭和三○年度(第一二回)恩賜賞並びに芸術院賞が決定し、七日発表された。なほ五月三○日日本学士院に於いて、天皇陛下臨席の下に授賞式が行われた。 恩賜賞 竜村平蔵 染色工芸に与えた攻績に対し。 日本芸術院賞 第一部 美術、工芸 日本画 東山魁夷 第一一回日展「光昏」に対し。 山口華楊 第一一回日展「仔馬」に対し。 洋画 鬼頭鍋三郎 第一一回日展「アトリエにて」に対し。 工芸 清水六兵衛 第一一回日展「玄窯叢花瓶」に対し。 三井義夫 第一一回日展「彫金象篏花器」に対し。

出雲文化総合調査報告会

1956年02月

前年二次にわたり出雲文化の総合調査を行つた地方史研究所では、一八日毎日新聞社講堂に於て中間報告会を開催した。考古学の方面では国分寺の伽藍配置、国衙の位置や条里制の推定にほぼ成功し、美術史部門では平安から鎌倉期にかけての仏像神像が多数発見され、後世まで古色を残していること、また地方色がみられることなどの報告が行われた。

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