芸術院新会則内定

1950年05月

三〇日の日本芸術院総会第二日は文部省機構改革以来空白となつていた芸術院会則草案を審議内定した。

第四回連合展開催

1950年05月

毎日主催の第四回美術団体連合展が一四日より開かれた。両陛下が一五日にはおそろいで御覧になつた。

サロンドプランタン展開催

1950年05月

駐日ベルギー代表シユヴアレリ夫人を中心に連合国夫人達により発足した美術展サロン・ド・プランタン第二回展が六日開かれた。

法隆寺壁画抜取はじまる

1950年05月

法隆寺再建に一時期を劃する壁画抜取作業は東大浜田、桜井両博士立会いの下に一二日四号小壁から着手された。

イサムノグチ来日

1950年05月

日系米人前衛彫刻家として有名なイサム・ノグチは二日空路訪日、一九年ぶりに日本の土を踏んだ。二ケ月の滞在中講演や我国美術家との交歓などをする。

文化財保護法成立

1950年04月

二四年二月法隆寺火災に関する参議院文部委員会の議に発した文化財保護法は大小六〇数回の会議を経、第七国会において可決成立し、八月二九日から実施されることになつた。

日米子供美術展

1950年04月

アメリカの子供が描いた絵四〇〇点が日赤を通じて日本の子供たちに送られて来たので日赤と都教育庁では全国から子供の作品千点を募集、日米交換子供美術展を二八日より都美術館で開催した。

第二回装幀美術賞決定

1950年04月

装幀相談所主催による一九四九年度出版物の装幀美術展が一二日より三越本店で開催され受賞が決定した。

イタリヤ名画複製展開催

1950年04月

朝日新聞社提供、国立博物館主催の下にイタリヤ政府から送られたルネツサンス期名作複製の数々が六日より三〇日まで国立博物館表慶館に展観された。

名古屋城美術展開催

1950年04月

我国城郭建築の代表的遺構であり、また代表的な桃山障壁画の遺品をもつことで美術史上にも知られている名古屋城は戦災で焼失したが、取りはずしの出来る襖絵の類はほゞ災厄をまぬがれたので、それらの遺品を一日より一ケ月間国立博物館で公開した。

六窓会結成

1950年03月

昭和六年東美卒の洋、日、彫・工・建の作家一四名が六窓会を結成、団体意識を離れて友情で結ぶ第一回展を四月日本橋高島屋に開く。

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