文部省主催近代美術巡回展ひらく

1948年06月

文部省、東京美術学校などにある政府所蔵の近代美術作品により、近代美術展が文部省と地方教育委員会の共催で六月の岩手県を最初に開催された。八月新潟県、九月福井県と順次巡回して地方に鑑賞普及の便をはかつた。

フラナガン神父像アメリカへ

1948年06月

世界の少年福祉事業に尽力した故フラナガン神父の肖像画が平和協会婦人子供福祉部からアメリカの少年の町へ寄贈された。昨年フラナガン神父来日の際光風会々員笹鹿彪によつて画かれ、上野駅正面入口内側に掲げられていたもので七日贈呈の会が開かれた。

総司令部美術顧問更迭

1948年05月

シヤーマン・リー総司令部民間情報教育局宗教文化資源課美術顧問はシヤトル美術博物館副館長に就任のため六日帰国した。後任としては考古学者・探検家・美術史家として著名なジエームス・マーシヤル・プラマー元ミシガン大学教授が来日、就任した。

法隆寺聖霊院修理完成

1948年05月

解体修理をしていた法隆寺聖霊院の復元工事が完成し、一五日落成供養が行われた。

百万塔の上部盗まる

1948年05月

二一日銀座松坂屋で開催中の木製品展覧会から重要美術品の法隆寺百万塔の上部と経文が盗まれた。

現代中日版画展開催

1948年05月

現代中日版画展が朝日新聞社主催によつて一日から一五日まで日本橋高島屋において開催され、両国現代版画の主要作品が陳列された。

第四回日展方針決定

1948年05月

日本芸術院では一一日第一部会を開いて第四回日展開催の根本方針を決定した。休止案もあつたが展覧会は存続することになり、文部省主催をやめて芸術院主催とし、第四回日展とする。今年から書道を参加させる。審査員は芸術院会員と芸術院会員によつて選衡された作家で行い無鑑査出品は芸術院会員、その年の審査員と前年度の特選者、芸術院会員の選衡した作家とする。特選は審査を受けたものだけを対象とするが前年度の特選者にも特選審査を受ける資格を与える。作品の大きさの制限は除く。

国吉康雄作品展ひらく

1948年04月

一九〇六年渡米してアメリカに在住している二科会員国吉康雄の作品展が知名物故作家の回想展ばかりを開くニユーヨークのホイツトニー美術館で開催された。最初の生存作家個展で、好評を受けた。

合成樹脂ガラスの彫刻

1948年04月

彫刻の新材料として透明な合成樹脂ガラスへの浮彫が試みられ、作品の一部が完成した。モーター・ドリルを使用し東京美術学校助教授菅原安男によつてヴイナスの誕生が制作された。

芸術院賞受賞者決定

1948年05月

昭和一八年度以来途絶えていた日本芸術院賞を復活することになり、昭和二二年度受賞者が一日決定した。第一部美術は日本画の伊東深水「鏡」で授賞式は八月二二日に行われた。

出雲で弥生式土器発見

1948年04月

島根県大社町の荒木村原山荒神社の境内から弥生式土器の最古形式文様の土器破片が多数発見された。これらは北九州遠賀河遺跡、大和唐古遺跡と同時代のもので、出雲にも大和と同一文化を営む民族がいたのではないかと今後の研究が期待された。

静岡有東遺跡発掘

1948年04月

登呂から一キロの地域にある静岡市有東遺跡の発掘が二二日から日本考古学協会委員後藤守一らによつて行われた。古代井戸の跡、木製臼、杵、土器などが発見され、二三日一たん打切つた。

安部博物館長辞意表明

1948年04月

国立博物館長安部能成は学習院長に専念するために五日正式に辞意を表明した。同時に副館長谷川徹三も辞表を提出した。六月五日発令になり、文部省社会教育局長柴沼直が事務取扱となつた。

日本美術史総合展開催

1948年04月

国立博物館主催朝日新聞社後援によつて日本美術史上の主要作品を網羅した日本美術史総合展覧会が一日から五月三一日まで国立博物館で開催された。高野山の赤不動図、御物聖徳太子像など珍しい作品が多数陳列され、五月二六日には両陛下も行幸啓になつた。

北斎百年祭記念展開催

1948年04月

葛飾北斎の歿後百年を記念して一日から三〇日まで北斎百年祭記念浮世絵展覧会が、国立博物館主催、朝日新聞社後援によつて博物館表慶館で開かれた。このほか鎌倉、酒田、新津、京都、大阪、神戸、福岡など各地の博物館、美術館で一斉に北斎を中心とする浮世絵展観が開かれ世界的に影響をあたえた北斎の偉業を顕彰した。

新重要美術品認定

1948年04月

新重要美術品として応挙の七難図画稿、西方寺の阿弥陀如来坐像など絵画二〇件、彫刻一二件文書典籍四五件、刀剣一三件、刀剣附属鐔小道具五件、工芸及び考古学資料九件計一〇四件が五日認定になつた。

第二回泰西名画展開催

1948年02月

読売新聞社主催の第二回泰西名画展が二五日から三月一五日まで東京都美術館において開催され、さらに同一七日から二六日まで国立博物館表慶館において続開された。

ガラス粉による絵画誕生

1948年03月

フランスの画集にヒントを得て、ガラス板に色ガラスの破片を接着剤でつけて画く新しい画材があらわれ美術界の話題となつた。変色せず耐久力が強い等の利点があるが製造費や制作日数に難点があつた。

「美の国」復刊

1948年01月

美術雑誌「美之国」の復刊第二巻第一号が発行された。大正一四年創刊されて以来美術雑誌として著実な地歩を占めて来たが、昭和一九年「日本美術」と改題、さらに休刊に至り、二一年一二月復刊第一号を出したが続かず、こんど復刊第二巻第一号を出した。

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