1899(明治32) 年1月11日


 一月十一日 晴(逗子)
 此日朝少シク富士ヲ描ク 午後年始状ノ返シトシテ端書六十八枚名札一枚ヲ出ス
  東京―須貝 八田裕二郎 春山 宮永某 フーク 小柳善 早崎稉吉 井上宣 井上良雄 吉田太郎 村瀬春雄 堀井 竹越 戸所 福岡 橋本 杉田 森篤次郎 大橋新 川崎幸平 大橋又 土肥 小柴 田中克 小山正 巖谷 大熊 松岡常 寺山  京都―堀江 森知道 横山剣舟 日野 吉川 松尾紹美 和田 小山 橋本正徳  大阪―中川小十郎  新潟―田中本吉  鹿児島―溝口 折田一郎  熊本―米谷  長崎―平田泰輔  三重―橋村正璟 十一日出ス  愛知―久保田米斎 村瀬義徳  台湾―横山壮 白尾 加藤重任 大迫重威  北海―北村格  宮崎―平田之芳  富山―黒田清二  福岡―安松某  箱館―夏井  横浜―宮川香山 岩本  奈良―元橋  岩手―中島  神戸―山口年六 中井  姫路―曾我  横須賀―松井甚  呉―中村市  水戸―鵜木  釜山―古川栄造  丹波―高橋某
 雲多ク風強シ 海ノ色濁リタリ 午後鎌倉へ行ク 東京ヨリ持チ来リタル父上ヘノ書状名札等ヲ持参シタルナリ