研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


研究会「東南アジアの遺跡保存をめぐる技術的課題と展望」の開催

総合討議の様子

 東南アジア5カ国より考古・建築遺産の保存修復に携わる専門家をお招きして、11月13日に東文研セミナー室にて標記研究会を開催しました。各国における遺跡保存をめぐる様々な技術的課題について発表いただくとともに、新たな協力の可能性をめぐって意見交換を行いました。これまでに遺跡整備の実践例を多数有するインドネシアとタイ、また特に近年、新技術の導入が目覚ましいカンボジア、ベトナム、ミャンマーからの具体的事例紹介をもとに、考古遺跡や歴史的建造物、博物館等における文化遺産保護状況を広く俯瞰する機会となりました。
 インドネシアからはHubertus Sadirin 氏(ジャカルタ首都特別州文化財諮問専門委員会技術指導官)、タイからはVasu Poshyanandana 氏(文化省芸術局建造物課主任建築家・ICOMOSタイ事務局長)、カンボジアからはAn Sopheap氏(APSARA機構アンコール公園内遺跡保存予防考古学局・考古室長)、ベトナムからはLe Thi Lien女史 (ベトナム社会科学院考古学研究所・上席研究員)、ミャンマーからはThein Lwin氏(文化省考古・国立博物館局・副局長)にお越しいただきました。
 総合討議においては、出土遺構の保存方法、修復における新旧材の整合性、建造物の耐震対策、有形的価値と無形的価値との保存のバランス、管理体制・人材育成の問題等について活発な議論が行われました。これらの国々は、いずれも熱帯あるいは亜熱帯地域に属するという気候環境的な類似性にとどまらず、材料の劣化要因や対策面でも共通する課題を抱えています。域内外でのさらなる連携を視野に入れて情報共有、協力を継続していくことを確認しあう機会となりました。今後も各国との対話を深めながら支援のニーズを見定め、より有効な協力のあり方を考えていきたいと思います。

/

国際研修2015「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

和紙の裏打ち実習における実演

 2015年11月4日から11月20日にかけて、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、INAH(国立人類学歴史機構、メキシコ)、ICCROM、当研究所の3者で国際研修を共催しました。本研修は、INAHを会場にして、今年で4回目の開催です。
 研修前半は当研究所が担当し、ポルトガル、ベリーズ、チリ、コロンビア、キューバ、メキシコ、ウルグアイ、ベネズエラの8カ国から、9名の文化財修復の専門家が参加しました。本研修では、日本の紙文化財の保存修復技術を海外の文化財へ応用することを目的に、日本の文化財保護制度の紹介から始まり、修復に関連する和紙や接着剤等の材料、国の選定保存技術のひとつである装こう修理技術の基本的な知識等を講義した上で、実習を行いました。実習は、プログラムの一環で当研究所において数ヶ月間装こう修理技術を学んだINAH職員が共に遂行しました。日本人講師の実演を踏まえて、糊炊き、作品のクリーニング、補修、裏打ち、張り込み等の和紙の特性を活かした装こう修理技術の基礎を体験してもらいました。研修後半は、メキシコとスペイン、アルゼンチンの文化財修復の専門家によって、欧米の保存修復における和紙の応用等についての研修が行われました。この様な技術交流を経て、日本の保存修復技術への理解の深化と海外の文化財保護への貢献ができるよう、同様の研修を継続する予定です。

第29回ICCROM総会

会場概観
審議の様子

 2015年11月18日から20日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第29回総会に参加しました。ICCROMは、1956年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、1959年以降ローマに本部を置いている政府間組織です。ICCROMは世界遺産委員会の諮問機関としても知られていますが、動産、不動産を問わず、広く文化遺産の保存に取り組んでいます。当研究所では特に紙や漆を用いた文化財の保存修復研修を通じてその活動に貢献してきました。
 総会は2年に1度開催されており、例年通り、約半数の理事の任期が満了するのに伴い選挙が行われました。選挙の結果、当研究所の川野邊渉が理事に再任されました。そのほか、UAE、フランスの理事も再任され、アイルランド、アルゼンチン、イラン、オランダ、カナダ、韓国、チュニジア、ノルウェー、ヨルダンからは新たな理事が選出されました。
 また、今年の総会からテーマ別討論が行われることになり、「Climate Change and Natural Disasters: Culture cannot wait!」というテーマの下、各国の災害対策や復興事例が紹介されました。その中で、今年3月に仙台で開催された第3回国連防災世界会議で「仙台防災枠組2015-2030」及び「仙台宣言」が採択されたことも大きく取り上げられ、各国の日本に対する期待の高さを実感しました。
 当研究所では、今後もこうした国際会議に参加し、文化財保護に関する国際的動向について情報を収集するとともに、日本の活動について広く発信していきたいと考えています。

シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:キルギス共和国における専門家育成のためのワークショップ

小型UAVを操縦する研修生

 文化遺産国際協力センターはユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に2011年より参画しています。この事業は中央アジア5か国が目指すシルクロード関連遺産の世界遺産一括登録への支援を目的とし、日本及び英国の複数の研究機関が共同で実施しています。2014年、カザフスタン及びキルギスが中国と共同申請した「長安・天山回廊」はシルクロードとして世界遺産に登録されましたが、ウズベキスタンとタジキスタンによる共同申請、トルクメニスタンによる単独申請が今後も予定されています。また、5か国間の緊密な協力による持続的な文化遺産マネジメント体制の構築が今後の課題として残されています。このため、ユネスコは2014年から2017年にかけて同事業の第2期を実施することとし、継続して支援を行うことを決定しています。
 キルギスを対象とした支援を担当することとなった文化遺産国際協力センターでは、10月2日から10日にかけて考古・建築遺産を対象とした文化遺産ドキュメンテーション技術の向上と遺産のマネジメントプラン作成に向けたワークショップをキルギス南部のウズゲン市で開催しました。まず、GNSS(衛星測位システム)受信機とGIS(地理情報システム)ソフトウェアを用いた遺跡分布図の作成手法及び小型UAV(無人航空機)による航空写真と3次元モデル生成ソフトウェアを用いた考古遺跡の地形測量や建築遺産の高精細3次元モデル作成に関する講義とフィールド実習を実施しました。その後、文化遺産マネジメントプラン作成の模擬演習をグループワーク形式で行いました。
 文化遺産国際協力センターの本事業への参画は今年度で終了となりますが、今回のワークショップで利用したGNSS受信機や小型UAV等の機材はユネスコからキルギス側に供与されています。これらの最新機材を活用した文化遺産ドキュメンテーションが、今後キルギスで進展することが期待されます。

ICOMOS年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムへの参加

 2015年10月26日から29日にかけて福岡で開催されたICOMOSの年次総会・諮問委員会・学術シンポジウムに参加しました。ICOMOS(International Council on Monuments and Sites)は、1964年に記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(ヴェニス憲章)が採択されたことを受け、文化遺産の保護と保全に尽力する国際的なNGOとして1965年に設立されました。以後、ICOMOSは、建築家、歴史家、考古学者、美術史家、人類学者など、さまざまな分野の専門家が交流する場として機能してきました。近年では、UNESCOの諮問機関として世界遺産の推薦書の審査にあたっていることでも知られています。
 これまでICOMOSの総会は3年に一度開催されていましたが、昨年イタリアのフィレンツェで開催された総会においてICOMOSの規約が改正されたことに伴い、今年からは諮問委員会にあわせて年次総会が開催されることになりました。今回の年次総会では、ICOMOSのこれまでの活動が報告され、よりよい組織のあり方について意見が交わされ、ICOMOSが専門家集団としてより適切に機能する方策が模索されました。また、「RISKS TO IDENTITY: Loss of Traditions and Collective Memory」というテーマで学術シンポジウムが実施され、有形の文化遺産だけでなく、その無形の価値の保存と継承に関して、多くの事例が紹介され、議論されました。
 本研究所では、今後もこうした国際会議に参加し、文化遺産保護に関する国際的な動向の把握に努めたいと考えています。

国際研修「紙の保存と修復」2015の開催

修復実習風景

 8月31日から9月18日の日程で、国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は1992年から現在まで20年以上にわたり東京文化財研究所とイクロムとの共催で行われてきました。この研修では、日本の紙文化財の保存と修復に関する技術や知識を伝え、各国の文化財保存に役立てていただくことを目的としています。今年は世界各国より87名の応募があり、その中からオーストラリア、ベルギー、ルーマニア、ブラジル、スリランカ、オーストリア、アイルランド、ロシア、オランダ、アメリカから1名ずつ計10名の文化財修復関係者を招きました。
 講義では、日本の文化財修復の概要、修復材料の基礎科学、美術史的観点から見た紙文化財、道具の製造と取扱いに関する内容を取り上げました。また実習では、紙文化財の修復から巻子の仕立てまでを実施し、和綴じ冊子の作製も行いました。さらに日本の文化財の代表的な形態である屏風と掛軸の構造について学び、その取扱い方法の実習を行いました。所外の研修では、台風の影響により一部予定の変更はありましたが、主たる研修地である美濃市および京都市での研修は無事実施することができました。美濃市では手漉き和紙の製作工程、原料、歴史的背景などについて学び、京都では伝統的な修復工房や道具・材料店等を訪問しました。最終日には研修の総括としてディスカッションを行い、各国における和紙の利用状況等に関する情報交換が交わされました。
 この研修を通して、日本の技術や考え方が海外の文化財修復現場において一助となることが期待されます。

ネパールにおける文化遺産被災状況調査

考古局との打ち合わせ
調査風景
ブンガドヤジャトラ祭の様子

 2015年4月25日、ネパール中部を震源とするマグニチュード7.8の地震が発生し、首都カトマンズを含む広範な地域で文化遺産にも大きな被害が生じました。
 東京文化財研究所は文化庁より「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の委託を受け、9月14日から28日にかけて、第1回の現地派遣調査を実施しました。
 本調査では、文化省やUNESCOカトマンズ事務所など歴史遺産の保護に関わる主要な機関との打ち合わせを行うとともに、世界遺産の構成資産であるカトマンズ、パタン、バクタプルの旧王宮や、同暫定リストに記載されている郊外の集落であるサンクー、キルティプル、コカナ等を調査し、今後の本格調査のための対象物件・地域や調査手法等を検討しました。また、生き神「クマリ」が山車に乗って巡行するカトマンズ最大の祭礼、インドラジャトラ祭や、震災で中断されていた12年に1度の祭りであるブンガドヤジャトラ祭を見る機会を得、祭りが復興のなかで人々の絆を取り戻す原動力となっていることを感じました。
 この事業では、日本の他機関・他大学とも協力し、「伝統的建築技法」「構造計画」「都市計画」「無形文化遺産」といった多面的な調査を通じて、被災した文化遺産の適切な修復・保全方法を検討します。その上で、今後急速に進められることが予想される復興プロセスの中で文化遺産としての価値が失われないように、ネパールの関係当局への技術的な支援を行なっていく予定です。

選定保存技術の調査—漆搔き・漆掻き用具製作

漆掻き
漆鉋(うるしかんな)製作

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行い、日本の文化財を守り支える伝統的技術として海外に情報発信する取り組みを行っています。2015年9月には漆掻きと漆掻き用具製作の調査を行いました。
 かつて漆は日本全国で栽培・採取されていましたが、比較的安価な外国産の漆が増え、現在日本国内に流通している漆のうち、国産漆は数パーセントしかありません。国産漆の主要な産地は岩手県二戸市浄法寺町およびその周辺地域で、毎年入梅頃から秋まで、約20人の漆掻き職人によって、漆が採取されています。日本うるし搔き技術保存会が中心となって、技術の保存・継承・活用が推進されています。
 漆掻きには、独特の形状をした鎌・鉋(かんな)・篦(へら)などが使われ、その道具の主要部は金属製で、専用に作られています。漆掻き用具製作の選定保存技術保持者である中畑文利氏は、漆掻き職人1人1人の技術の特徴に応じて、1本ずつ微調整して作られます。日本産漆の生産、利用を行うためには、漆掻き用具製作技術の継承が必要不可欠となっています。
この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作する予定です。

「西スマトラ・パダン歴史地区の再生に関するワークショップ」開催

ワークショップの様子
リノベーション工事中の歴史的建造物

 東京文化財研究所では、2009年9月に発生したスマトラ島沖地震の直後に被災状況調査をユネスコ及びインドネシア政府の要請に基づいて実施して以来、パダン市の歴史的街区における復興を、都市計画や建築学、社会学といった各分野での学術的な調査や現地ワークショップの開催等を通じて、継続的に支援してきました。
 本年度は、8月26日に、西スマトラ州観光・創造経済局主催による「西スマトラ・パダン歴史地区の再生に関するワークショップ」をインドネシア政府文化教育省、パダン市政府、ブンハッタ大学他と共催しました。今回は、インドネシアと日本の専門家に加えて、マレーシアのペナン市ジョージタウンにおいて歴史的街区の世界遺産登録・保全運動を推進してきた地元建築家とNGO関係者にも参加してもらい、住民参加による文化遺産を活かしたまちづくりの進め方について考えることを主なテーマとしました。パダン市内のホテルで行われた本ワークショップには、国・州・市の各レベルの関係当局代表だけでなく、歴史地区内に居住する住民の代表も含めて50名以上が参加して会場に収まりきらないほどの盛況となり、質疑の中では制度的な枠組みや地元コミュニティの参画及び行政や大学との連携のあり方などに、特に高い関心が示されました。
 パダン市政府では、歴史地区再生の担当部局とまちづくり協議組織の立ち上げに向けて目下準備が進められています。今後もこのような地元主導による活動の推移を見守りつつ、必要な支援を行っていきたいと考えています。

歴史的木造建造物保存に関するミャンマー文化省職員招聘研修

大工道具の違いについての意見交換(竹中大工道具館)
檜皮葺体験の様子(京都市建造物保存技術研修センター)

 文化庁委託「ミャンマーの文化遺産保護に関する拠点交流事業」の一環として、7月29日から8月6日までの日程で、ミャンマー文化省考古・国立博物館局より4名の専門家を本邦に招聘し、歴史的木造建造物保存に関する研修を実施しました。このプログラムは、一昨年度よりミャンマー国内において継続中の現地研修と一連をなすもので、わが国における文化財建造物保存修理の実践を具に理解してもらうことを目的としています。保存修理制度の歴史や調査記録の手法、虫害対策、耐震対策、大工道具といったテーマの座学に加え、修理工事現場における見学や痕跡調査等の実習、修理技術者との意見交換等を通じて、木造建造物保存修理に関する知見を広めてもらうとともに、ミャンマーでも応用可能な手法等についても共に検討する機会となりました。
 短い滞在期間中に、幾つもの修理工事現場に加えて、博物館や史跡公園、伝建地区といった文化遺産を訪問し、最終日には一人ひとりに成果発表を行ってもらうというハードなスケジュールでしたが、研修生たちは熱心に学び、多くのことを吸収していました。両国の気候風土や建築文化の違いを感じつつも、通底する文化の共通性を意識させられる場面も多かったようです。自国の文化遺産保護の今後に活かすべく、それぞれの現場で様々な疑問・質問を熱心に投げかけていたことは、日本側の技術者・専門家にも強い印象を与えたようでした。最後に、今回の研修にご協力いただいた、(公財)文化財建造物保存技術協会、京都府教育庁文化財保護課、竹中大工道具館ほか、各機関・関係者の皆様に、この場を借りて心からお礼申し上げます。

/

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(1)

修復材料調整の実習風景(No.1205寺院)

 煉瓦造遺跡の壁画保存に関する研修および調査 6月14日から6月23日の日程で、昨年より継続している壁画の保存修復に関する研修とバガン遺跡群内No.1205寺院の堂内環境調査、屋根損傷状態調査、壁画の崩落個所応急処置を行いました。研修は、ミャンマー文化省考古・国立博物館局(DoA)のバガン支局およびマンダレー支局の壁画修復の専門職員3名を対象に行いました。過去にバガン遺跡群内の寺院壁画に対して行われた修復事例を視察しながら、壁画の損傷の原因やその対処方法について討論を行った後、No.1205寺院において実際に壁画修復時の調査記録方法、修復材料の調整方法等についての実習を行いました。また、平成26年度の調査時に指摘されていた鳥獣や虫による汚損や破壊に対する対策として、シロアリの忌避剤や寺院入口の扉について指導し、DoA職員らと共に設置を行いました。研修生からは、今回の研修内容を他の修復事業にも役立てていきたいとの意見も聞かれ、今後の活用が期待されます。

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(2)

バガヤ僧院での研修風景

 第4回木造建造物保存研修の実施
 6月30日から7月11日まで、インワ・バガヤ僧院およびミャンマー考古・国立博物館局(DoA)マンダレー支局にて、第4回の木造建造物保存研修を実施しました。DoA職員10名と技術大学マンダレー校卒業生1名(オブザーバー)が参加した今回研修では、本堂の床組及び外壁周りの破損部位と取替材に関する調査に続いて、内陣周囲の高欄を対象として彫刻も含む総合的観察記録の演習などを行いました。従来と同様に数名ごとのグループで行う調査から、個人単位で行う作業の比重を徐々に高めていき、最終の発表も一人ずつに行ってもらいましたが、かなり高い水準の調査報告がなされるようになり、研修成果が着実に彼らの身についてきたことを実感させられました。

ワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存修復」の開催

基礎編における書の実習
応用編における屏風作製

 本ワークショップは、海外にある日本の書画等の有形文化財と装こう修理技術といった無形文化財と、そしてそれらを修復・保存する文化への理解を広げる事業の一環として毎年開催しています。本年度は7月8~10日の期間で基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」を、13~17日の期間で応用編「Restoration of Japanese Folding Screen」をベルリン博物館群アジア美術館で行いました。
 基礎編では、文化財の制作から活用・保存に関する講義・実習を行い、20名が受講しました。講義では原材料として紙・糊や膠等の接着剤・日本画の絵の具、また日本の文化財保護や表具文化について取り上げ、それらを踏まえた上で、書画の制作や表具、掛け軸の取り扱い等の実習を行いました。
 応用編には10名が受講し、装こう修理技術に基づく屏風の修復を念頭に、屏風作製実習と講義、応急修理の実演を行いました。実習では、受講生各自が下張りから本紙の貼り付けまでを行って屏風を作製し、その構造と各部位の機能や、その為の道具と装こう技術について理解を深めました。
 基礎・応用編ともに、ヨーロッパ各地及びアジア・オセアニアの修理技術者、学芸員、学生が受講し、様々な質疑応答が交わされ、改めて日本の紙本・絹本文化財の保存修復が注目されていることを感じました。今後とも、一人でも多くの技術者にその知識・技術の深さを体感していただき、在外の日本文化財の保存に貢献できるよう、本ワークショップを企画していきたいと考えます。

選定保存技術の調査-邦楽器原糸・檜皮葺・昭和村からむし

邦楽器原糸製造
檜皮葺
からむしの収穫

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行い、日本の文化財を守り支える伝統的技術として海外に情報発信する取り組みを行っています。2015年7月には邦楽器原糸・檜皮葺・昭和村からむしの調査を行いました。
 三味線、箏などは伝統的な邦楽器であるとともに、文楽や歌舞伎の上演に必要不可欠な楽器です。これらの楽器の絃は、現在ではナイロンなどの合成繊維なども用いられていますが、絹糸製のものが最良とされ、その演奏と音色を支えていると言っても過言ではありません。滋賀県木之本町邦楽器原糸製造保存会にご協力頂き、座繰り(繭から糸を取る作業)の工程について聞き取り調査と写真撮影を行いました。近年では国内の養蚕業の衰退が進行しており、伝統的な技術の継承が課題となっています。
 檜の立木から採取した樹皮を整えて屋根の材料として葺いていく檜皮葺は、伝統的な寺社建築などに用いられており、定期的に造替する必要があるため、良質な材料の確保と技術の伝承が重要です。昨年10月の檜皮採取の調査に引き続き、今回は公益社団法人・全国社寺等屋根工事技術保存会所属の株式会社友井社寺にご協力を頂き、奈良県生駒市の寳山寺聖天堂において屋根葺替工事の調査撮影をさせて頂きました。
 重要無形文化財に指定されている越後上布・小千谷縮は、福島県大沼郡昭和村で栽培・加工される苧麻(からむし)を原料として作られます。昭和村からむし生産技術保存協会および会員の方々のご協力のもと、2メートル以上に成長したからむしの収穫、皮剝、苧引きの各工程について調査させて頂きた。他の伝統工芸産業と同様に、従事者の高齢化が進んでおり、後継者育成と技術の伝承が喫緊の課題となっています。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作する予定です。

カンボジア、タネイ遺跡における三次元写真測量

デジタルカメラのWifi機能とiPadを使用した遠隔シャッター操作による高所撮影
オープンソースのソフトウェアを用いたデータ処理

 国際的な支援により様々な手法での修復活動が進むアンコール遺跡群の中で、タネイ遺跡は、過去に一度も本格的な修復の手を加えられることなく、鬱蒼とした森の中で静かに往時の姿をとどめています。東京文化財研究所は、この遺跡の価値を損なわず、かつ観光を含む活用面にも配慮した適切な保護を図るため、アプサラ機構による保存整備事業計画策定への技術的支援を継続しています。
 昨年より着手した同遺跡でのSfMを用いた三次元写真測量は、できるだけ安価かつ簡便に現地スタッフが実行可能な遺跡の現状記録手法の確立を目指して試行してきたものです。5月27日から6月2日までの日程で実施した今次ミッションでは、同機構スタッフとともに、内回廊内の全ての遺構の写真撮影と標定点のトータルステーション測量を行い、これらをオープンソースのソフトウェア(Visual_SfMSfM georefMeshlab)を用いて処理することで、内回廊内をカバーする遺跡の三次元モデルを作成しました。現在、モデルの精度を検証中ですが、この手法が確立されれば、特別の機材や予算を必要としない記録方法として、アンコール遺跡群だけでなく、他の途上国においても応用可能なものとなることが期待されます。
 なお、同作業の概要と進捗状況については、6月4、5両日にアプサラ機構本部にて開催されたアンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)第24回技術会合において報告を行いました。遺跡全域のモデル作成を含む基礎データ収集は、本年度中に完了する予定です。

/

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト―「保存修復材料としての和紙研修」の実施―

物性試験の様子

 国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトの一環として、GEM-CCでパピルス等の有機遺物の保存修復を担当している2名を対象に、6月8日~17日まで「保存修復材料としての和紙研修(第4期)」を実施しました。
 本研修は、日本の伝統的な修復技術である装こう技術をパピルス等の保存修復へ応用するため、4回シリーズで開催してきた研修の最終回です。研修員はこれまでに当研究所および京都の修復工房で8週間、日本の文化財保存修復の概要や、裏打ち等の基礎的な装こう技術を学んできました。そして今回はパピルスサンプルを用いて「引張り試験」や「こわさ試験」といった様々な物性試験方法を学び、データ整理や分析方法についても理解を深めました。また、研修員より要望の高かった、天然染料を用いた和紙の染色方法についても講義・実習を行いました。彼らは非常に高い関心を持って研修に臨んでおり、講師に積極的に質問し意見交換を行うなど、多くのことを吸収していました。
 GEM-CCプロジェクトでは、研修内容をGEM-CC内により広く浸透させ、全体の底上げを図るためにも、研修員が学んだ知識や経験を自らが指導者となって同僚に教え伝えていくことで、スタッフ間の協力体制を構築、強化していくことを目指しています。こうした水平展開の後には、将来的に実際の日常業務に活用・応用していくためのアクションプランを作成する予定です。

ユネスコ日本信託基金事業「バガン建築遺産保存のための技術支援」に係る保存状態調査

Phya-sa-shwe-gu寺院外観
内視鏡を用いた構造亀裂内部の調査
基礎構造確認のための発掘調査

 本事業は、ミャンマー・バガン遺跡群を構成する歴史的建造物の保存管理体制強化に資することを目的として、遺跡インベントリーの更新および構造物保存状態評価手法の確立に向けた支援を行うとともに、保存管理を担当する同国文化省考古・国立博物館局(DoA)の人材育成にも貢献しようとするもので、昨年からの2ヶ年事業として実施中です。
 東京文化財研究所では、ユネスコの委託により、主に構造物保存状態評価に関する事業項目に参加しています。ここまでは、遺跡内にあるバガン時代建立の建造物全てを対象として保存状態の概要を短期間で効率的に把握するための簡易状態評価シートの作成に注力してきましたが、次の作業段階として、この簡易評価を通じて構造的問題が認められた建造物を対象に行う詳細状態評価の方法論の検討に入ったところです。同じバガン遺跡といっても、個々の歴史的建造物は規模や構造形式だけでなく、立地環境や破損状態にも相当のバリエーションがあります。このため、詳細状態評価のプロセスは簡易状態評価のように標準化することは困難ですが、基本的な問題点や作業フローはある程度のパターン化が可能と考えられるため、なるべく一般的な規模と形式を持ち、本格的な修理の手が未だ加わっていない建造物として、Phya-sa-shwe-gu寺院(No.1249)を選定し、詳細状態評価のパイロット・ケーススタディを行うこととしました。
 6月11日~19日にかけての現地調査では、イタリア人構造専門家、ミャンマー人技術者およびDoAスタッフとともに、クラック分布の詳細記録、シュミットハンマーや超音波測定器による非破壊強度試験、微小削孔と内視鏡による壁体内部調査、基礎構造確認のための発掘調査等を実施しました。また最終日には、ヤンゴンの研究施設にて、上記寺院から採取した煉瓦試料の室内強度試験について協議しました。
 同寺院の建物は、構造的劣化がかなり進行しており、回廊側背面の外壁は特に危険な状態にあります。今回得られた情報やデータの分析を通じて、破損要因およびメカニズムを解明するとともに、適切な診断フローの提示に向けた検討を引き続き行っていく予定です。

選定保存技術の調査—鬼瓦・宮古苧麻績み・琉球藍・宇陀紙

鬼瓦製作
宮古苧麻績み(繊維取り)
琉球藍製造
宇陀紙の原料となる楮の芽かき

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行い、日本の文化財を守り支える伝統的技術として海外に情報発信する取り組みを行っています。2015年6月には鬼瓦・宮古苧麻績み・琉球藍・吉野宇陀紙の調査を行いました。
 寺院建築などの本瓦葺きの屋根には数十種類の瓦が用いられており、伝統的かつ用途に応じた高度な技術・技法の継承が必要不可欠です。奈良県生駒郡の山本瓦工業株式会社にご協力頂き、鬼瓦などの製作工程を調査しました。
 宮古苧麻績みは、苧麻の茎の表皮から繊維を取り、手績みして糸を製作する技術です。重要無形文化財・宮古上布等の沖縄の染織技術の保存・伝承に重要なものですが、技術者の高齢化、後継者の育成が急務の課題となっています。
 宮古上布にも用いられる琉球藍は、本州の藍とは別種の藍による染料で、現在その主要な生産地は沖縄本島の本部町伊豆味に限られており、貴重な存在となっています。
 また奈良県吉野郡の福西和紙本舗にて、自家栽培の楮を用いた伝統的な手漉き和紙の製作工程についての聞き取り調査・撮影を行いました。この吉野宇陀紙は、主に掛軸の裏打紙として用いられ、書画などの文化財の保存修復で世界的に評価され、使用されています。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作する予定です。

英国文化財保存修復学会(ICON, The Institute of Conservation)での発表

講演風景
ポストワークショップ風景

 2015年4月8日から10日に、The Institute of Conservation(英国保存修復学会。通称ICON)のBook and Paper Groupにより学会「Adapt & Evolve: East Asian Materials and Techniques in Western Conservation(適合と発展: 西洋の文化財修復における東アジアの材料と技術)」が、ロンドン大学ブルネイギャラリーを主会場として開催されました。
 学会は、ロンドン市内にある関係諸機関の視察、会議(発表およびパネル質疑)、各種ワークショップからなる充実したものでした。増田勝彦名誉研究員(現、昭和女子大学教授)、早川典子主任研究員、加藤雅人国際情報研究室長が、国際研修「紙の保存と修復」(JPC)、在外日本古美術品保存修復協力事業、文化財修復材料の適用に関する調査研究などのプロジェクト成果に関連して報告を行いました。また、翌日に行われたポストワークショップでは、早川典子主任研究員と楠京子アソシエイトフェローが、日本の修復分野における伝統的な接着材について解説し、特にデンプン糊に関しては製法の実演と実技指導を行いました。
 主催者によれば世界各国から300名ほどの参加者があったとのことですが、質疑応答中の座長から会場への質問で30名以上がJPC修了者であることが判明し、さらにその他にも当研究所主催のワークショップ修了者も確認できたことから、当該分野における当研究所が担ってきた役割の大きさが伺えました。また、今後も日本から情報発信を続けるよう、多くの参加者から要望がありました。

選定保存技術の調査—錺金具・金襴・杼

錺金具の製作
金襴の製作
杼の製作

 文化遺産国際協力センターでは、選定保存技術に関する調査を行っています。選定保存技術保持者の方々から実際の作業工程やお仕事を取り巻く状況や社会的環境などについてお話を伺い、作業風景や作業に用いる道具などについて、企画情報部専門職員・城野誠治による撮影を行っています。2015年4月には京都で錺(かざり)金具、金襴、杼(ひ)製作の調査を行いました。
 森本錺金具製作所では四代目森本安之助氏より社寺建造物の錺金具や荘厳具などの製作についてのお話を伺い、銅板を型取りし、文様を彫り、鍍金(金メッキ)し、仕上げていくという錺金具の一連の製作工程を調査させて頂きました。
 表具用古代裂(金欄等)を製作している廣信織物では、廣瀬賢治氏より西陣織の現状についてお話を伺い、金糸を緯糸に織り込んでいく金襴の製作を取材させて頂きました。またこうした製織に必要不可欠な杼(織物の経糸の間に緯糸を通す木製の道具)を製作されている長谷川淳一氏より、さまざまな種類・用途の杼についてご説明頂き、実際の作業工程について調査させて頂きました。
 文化財はそのものを守るだけではなく、文化財を形作っている材料や技術も保存していく必要があります。この調査で得られた成果は、報告書にまとめるほか、海外向けのカレンダーを制作し、日本の文化財のありかた、文化財をつくり、守る材料、技術として発信していく予定です。

to page top