研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


カンボジア・タネイ遺跡での第4回建築測量研修

写真測量標定点のTS計測
ソフトウェアを用いた3Dモデルの作成

 1月17日から24日までのおよそ1週間にわたり、カンボジア・アンコール遺跡群内のタネイ遺跡を対象とした第4回の建築測量研修を実施しました。昨年度から始めた本研修は、今回で最終回となり、アプサラ機構、プレア・ヴィヒア機構、及びJASA(日本国政府アンコール遺跡救済チームJSAとアプサラ機構との合同チーム)から、建築学・考古学を専門とする若手スタッフが計9名、研修生として参加しました。
 今回のテーマは、境内の主要樹木の計測、及び写真測量であり、第1回からの研修を通して作成してきた遺跡平面図の完成と同時に、今後のリスクマップ作成や保存管理計画策定に向けた準備として、遺跡を構成する様々な要素の記録と管理のための新たな手法を学びました。トータルステーションと写真測量専用のソフトウェアを用いて、彫刻を伴う壁面や散乱石材の3次元記録を行うとともに、これらを今後、どのように遺跡管理に応用していくかという課題を全員で議論しました。最終日には各人がそれぞれの成果を発表し、2年間にわたる研修の修了証が手渡され、研修生たちに笑顔が溢れました。
 数あるアンコールの遺跡群内の中で、タネイ遺跡は、これまでほぼ手つかずの状態で残されてきた貴重な場所であると同時に、その保存管理のためには、多くの課題が未だ残されています。本研修は、カンボジア人遺跡管理スタッフに基本的な測量技術を移転すると同時に、彼ら自身の手で、遺跡を後世に護り伝えていくことを支援するための、最初のステップと位置付けています。建築測量研修はこれで終了となりますが、さらに今後も技術的支援・研究交流を継続していく予定です。

『シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:ウズベキスタン共和国における人材育成ワークショップと最終会議』

写真測量をもとに3Dイメージを作成する研修生

 2014年度のシルクロード関連遺跡の世界遺産登録を目指し、中央アジア5カ国と中国は、様々な活動を行なってきました。この活動を支援するため、文化遺産国際協力センターは、2011年度より3年間にわたりユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に参加し、中央アジア各国でさまざまな人材育成ワークショップを実施してきました。
 今回、最後の人材育成ワークショップをウズベキスタン共和国タシケントのユネスコ・タシケント事務所で12月1日から12月3日にかけて行ってきました。今回は、「文化遺産の写真測量」をテーマに研修を行いました。研修には、14名の若手専門家が参加しました。
 また、人材育成ワークショップ終了後に、12月4日、5日と同じくタシケントで開催された「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業の最終会議」に参加しました。この会議では、東京文化財研究所やロンドン大学が中央アジア各国で実施してきた人材育成事業のレビューが行われました。各国からは、今後も継続した研修を行ってほしいとの声があがり、とくに「歴史的建造物の測量」、「遺跡の保存」、「文化遺産のマネージメント」に関する研修を行ってほしいとの要望が寄せられました。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

和紙を用いた補修方法についてのデモンストレーション

 ICCROMのLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、当研究所、ICCROM、INAH(国立人類学歴史学研究所、メキシコ)の3者協同で国際研修を開催しました。研修はINAHを会場として11月6日から11月22日にかけて行われ、アルゼンチン、ウルグアイ、エクアドル、スペイン、ブラジル、プエルトリコ、ペルー、メキシコの8カ国から、文化財修復の専門家9名の参加がありました。
 本研修では、日本の伝統的な紙、接着剤、道具についての基本的な知識を得るとともに、実際にそれらを使用して補強や補修、裏打ちの実習を行うことで、日本の装潢修理技術への理解を深めることを目的としています。研修の前半は、装潢修理技術に用いる材料、道具、技術をテーマに、日本人講師が講義、実習を行いました。研修後半では、装潢修理技術の研修経験のあるメキシコ、スペイン、アルゼンチンの講師によって、日本の材料、道具、技術が欧米の文化財修復に実際にどのように活用されているかが紹介され、実習を行いました。日本の装潢修理技術が、各国の文化遺産の保存修復に応用されることを期待して、今後も同様の研修を継続してゆく予定です。

ユネスコ/日本信託基金プロジェクト「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」―タジキスタン共和国における人材育成―

文化遺産(フルブック遺跡)での測量実習の様子
CADを使ったドキュメンテーション講習の様子

 文化遺産国際協力センターは中央アジアのシルクロード沿い世界遺産登録に向けた支援を目的にUNESCOの受託を受け、2012年度より中央アジア・タジキスタン共和国において、文化遺産のドキュメンテーションをテーマに一連の人材育成ワークショップを実施しています。
 2012年度に引き続き、今年度も11月7日から11月14日までの8日間、タジキスタン共和国文化情報省と共同で第2回目の人材育成ワークショップを実施しました。今回の研修では世界遺産にノミネートしている中世の都城址「フルブック遺跡」を対象に実習を行いました。実習の内容として、講師として日本から専門家を招聘し、機材(トータルステーション)を使用した測量、CADを使ったドキュメンテーション、GPSとGISを用いた分析に関する研修を行っています。
 今回のワークショップには国立古代博物館から2名、歴史・考古・民族学研究所から2名、歴史文化遺産保護活用局から1名、現地フルブック博物館から3名、クローブ博物館から1名、計9名の若手専門家が研修生として参加しました。参加者は約1週間にわたる集中講義・実習を経て、ドキュメンテーションのための測量計画と実施、その分析に関わる専門的プロセスを学習し、また、本事業に伴って寄贈された測量機材やGPS機材などの使い方を習得することが出来ました。研修修了者はこの経験と提供機材を当該国における文化財の調査や保護、そのドキュメンテーションに役立てることになります。文化遺産国際協力センターは今後も引き続き、中央アジアの文化遺産の保護を目的とした様々な人材育成ワークショップを実施していく予定です。

第28回ICCROM総会

総会での審議の様子

 2013年11月27日から29日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第28回総会に本研究所より所長の亀井伸雄、川野邊渉、境野の3名が参加しました。ICCROMは、1956年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、1959年以降ローマに本部を置いている政府間組織です。ICCROMは動産、不動産を問わず、広く文化遺産の保存に取り組んでいますが、本研究所では特に紙や漆の保存修復の研修を通じてその活動に貢献してきました。
 総会は2年に1度開催されており、今回の総会では、13名の理事が任期満了に伴い、改選されました。その結果、任期が継続する12カ国(アラブ首長国連邦、アルジェリア、カナダ、韓国、ギリシア、グアテマラ、スウェーデン、中国、チュニジア、日本、ブラジル、フランス)に加え、アメリカ、インド、エジプト、スイス、スーダン、スペイン、タンザニア、チリ、ドイツ、バーレーン、フィリピン、ベルギー、メキシコから新たな理事が選出されました。また、総会ではICCROMの財政状況を改善させる必要があるとの認識が加盟国間で改めて共有されました。日本はアメリカに次ぐ額の拠出金を負担しており、この問題を深刻に受け止めています。今後もICCROMの活動を継続できるよう、新しい理事会を中心に具体的な検討がなされることを期待しています。

タジキスタン共和国出土初期イスラームの壁画の保存修復

壁画断片の接合部の形状確認作業(タジキスタン、フルブック遺跡出土)

 9月19日から10月14日まで、タジキスタン国立古代博物館においてフルブック遺跡出土の壁画断片の保存修復作業を実施しました。この壁画断片は、初期イスラーム時代に製作されたと推定されており、類例が少ないため、同国の歴史に関わる貴重な学術資料のひとつです。当研究所では、2010年度よりこの壁画断片の本格的な保存修復を実施しています。
  壁画は断片化した状態で発掘されており、処置の開始時には彩色層および下塗りの石膏層が著しく脆弱化した状態でした。昨年度までに、彩色表面の強化、細かく割れた小断片の接合、裏打ちなどの処置を行いました。今年度は、よりいっそうの断片の構造的な安定化を目指し、壁画断片の背面に土壁を模した擬似土を接着しました。また、この処置によりこれまで不均一であった断片の厚さをほぼ一定にすることができ、表面の高さを合わせることが可能になりました。さらに、断片の欠損個所や接合箇所には充填を行い、全体のバランスを見ながら充填箇所の色合わせを行うことにより、図像が見やすくなりました。今後は、タジキスタン国立古代博物館において安全に展示する方法を検討していく予定です。
 なお、本修復事業の一部は、住友財団「海外の文化財維持・修復事業」の助成により実施しています。

ミャンマーの文化遺産保護に関する現地調査

パゴタ No.1205
気象観測装置の設置

 東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際協力拠点交流事業」の一環として、10月23日から11月1日にかけて、ミャンマー連邦共和国にてミャンマーの文化遺産保護に関する調査を行いました。今回のミッションでは、ミャンマーの美術工芸品のうち、寺院の壁画と漆製品に関する調査を行い、ミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員や、大学職員の方々に同行・対応をいただきました。
 バガンで行った寺院の壁画の調査では、日本とミャンマーとで調査修復を行う予定である仏教遺跡パゴダ、No.1205で堂内の壁画の撮影や損傷状態の調査を行いました。また、壁画の劣化に影響を及ぼす気象条件を知るための環境モニタリングとして、パゴダNo.1205の堂内外に温度湿度データロガーを、ミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局バガン支局敷地内に気象観測装置を設置しました。今後、同支局員らと協力しながらデータの回収と解析を行い壁画の修復方針を検討してゆく予定です。
 マンダレーで行った漆製品に関する調査では、現在ミャンマーで製作されている漆製品の技法や材料についての見学や聞き取りを行うために、カマワザ、ガラスモザイク、乾漆や鉄鉢などの工房を訪問しました。また、バガンでは竹工芸材料の原材料調査と漆芸技術大学の付属博物館に収蔵されている古い漆製品の悉皆調査を行いました。今後も同様の調査を継続してゆく予定です。

シンポジウム「シリア復興と文化遺産」

発表を行うユーセフ・カンジョ博士

 「アラブの春」に端を発した中近東諸国における民主化運動はアラブ世界に大きな変化をもたらしました。シリアにおいても2011年4月に大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では事実上の内戦状態となっています。シリア国内の死者はすでに10万人を超え、多くの国民が難民となることを余儀なくされ、隣国に逃れる中、対立は激しさを増しており、いまだに出口が見えない状況です。
 内戦が繰り広げられる中で、文化遺産の破壊もまた世界的なニュースとして大きく取り上げられています。とくに、風光明媚な古都として知られているシリア第2の都市アレッポでは激しい戦闘が行われ、世界遺産に登録されている歴史的なスークが炎上し、アレッポ城が損壊を受けるなど、文化遺産が重大な危機に曝されています。これを受けて、ユネスコ世界遺産委員会は、2013年6月20日、内戦が続いているシリア国内にある6つの世界遺産のすべてを「危機遺産」に登録しました。
 このような状況を踏まえ、東京文化財研究所は、日本西アジア考古学会の後援を受け、さる10月31日にシンポジウム「シリア復興と文化遺産」を主催しました。
 シンポジウムでは、現アレッポ博物館館長であるユーセフ・カンジョ博士を含む9名の専門家が、「シリア内戦の現状と行方」、「シリアの歴史と文化遺産」、「シリア内戦による文化遺産の破壊状況」、「文化遺産の復興と国の復興」に関して発表を行い、その後、パネル・デスカッションにおいて、「現在そして今後、シリアの文化遺産復興に関して何をなすべきなのか」を活発に議論しました。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

GIS研修における基準点の確認
植民地期建築実測図の一例
成果報告シンポジウム

 ベトナム・ハノイの世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象に、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となって2010年度から実施してきた本事業も、本年末をもって終了となります。ここでは昨年度後半以降の現地での活動内容をまとめてご紹介します。
1)GISに関する研修ワークショップ(2012年12月27-28日、2013年5月15-18日、9月10日)
 タンロン遺産保存センターの担当スタッフを対象に、遺跡管理のためのGIS(地理情報システム)構築に向けた実習等を日越双方の講師により行いました。文化遺産管理へのGIS活用の基礎から、遺跡内の測量基準点を用いたベースマップの補正、データベースの作成法等を扱い、スタッフが自ら基本的作業をこなせる段階まで到達することができました。
2)考古遺物に関する第2回ワークショップの開催(2013年1月23-24日)
 タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに開催しました。今回は本遺跡から出土した屋根瓦と日本古代の出土瓦の比較による瓦葺技法の検討を中心に、寺院遺跡の発掘現場や陶磁器窯跡の合同見学等も行い、日越の専門家が知識と意見を交換しました。
3)社会学ワークショップの開催(2013年3月4日)
 タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学ベトナム学開発科学院と共催で、タンロン遺跡の社会経済的価値評価をテーマとしました。アンケート調査の結果や関係者への聞き取りに基づく日越専門家の発表および討議を行い、本遺跡の今後の活用のあり方について活発な議論が交わされました。
4)植民地期建造物群の実測調査(2013年5月20-24日)
 本遺跡内に残るフランス植民地期の軍事関係建物を越側と共同で実測調査しました。遺産管理の基礎資料として、文化財的価値を有するこれらの建物の正確な現状記録を作成することを目的に、新規と補測を合わせて7棟を調査しました。既調査分10棟を含む作成図面を実測図集として刊行するほか、データ一式を越側に提供する予定です。
5)遺構保存に関する調査(2013年8月8-9日)
 遺構が存在する土中の水分移動を計測するため発掘区内に設置してきたセンサーからデータを回収するとともに、保存処理した煉瓦の暴露試験体も結果分析のため回収しました。また、事業終了後も同様の計測ができるよう、機材の扱い方やデータ分析の方法等について越側へのレクチャーを行いました。
6)成果報告シンポジウムの開催(2013年9月11-12日)
 本事業の各分野を担当した専門家と関係者が一堂に会し、これまでの成果を総括するとともに、今後に向けた課題等について意見を交換する場として、シンポジウムを開催しました。2日間にわたって9本の発表があり、日越両国とユネスコ・ハノイ事務所から約60名が参加しました。日越友好年の本年、その記念事業の一つにも位置づけられたこのシンポを通じて、様々な側面から見た本遺跡の重要性を再確認するとともに、適切な保存措置に関する研究や、遺産管理のための計画づくり、保存管理体制の整備に向けた技術移転・人材育成など、多岐にわたる本事業の成果を改めて実感することができました。目下、年末の最終報告書刊行に向けて、日越双方で作業を進めているところです。

国際研修「紙の保存と修復」

裏打ちのデモンストレーション

 8月26日から9月13日まで、ICCROMとの共催で国際研修「紙の保存と修復」を行いました。今年は世界各国から文化財関係に従事する60名程の応募があり、その中から選抜されたアメリカ、アラブ首長国連邦、ドイツ、カナダ、オーストラリア、イギリス、マレーシア、スイス、ボリビア、グアテマラの所属機関から10名が参加しました。この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。実習では、欠損部の補修、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、和綴じ冊子の作製も学びました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学しました。また、日本における紙の保存修復のための環境について学ぶため伝統的な表装工房や道具・材料店も訪れました。この研修での技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることが期待されます。

大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力―染織品研修の実施―

染色実習の様子

 国際協力機構(JICA)が行う大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトへの協力の一環として、GEM-CCのエジプト人スタッフ8名を対象とした染織品研修を当研究所で実施しました。研修員は、染織品など有機遺物の保存修復士5名と収蔵庫管理者1名、および機器分析を担当する科学者2名で構成され、染織品保存修復士である石井美恵客員研究員を総括講師として9月2日〜13日までの2週間行われました。
 研修では、東京都立産業技術研究センターの朝倉守氏のご協力を得、合成染料の染色機構や光による退色、耐光堅牢度試験について講義していただきました。また、当研究所で保存科学を専門とする藤澤明アソシエイトフェローの指導により、材料試験法についても実習を交え学びました。加えて染色や展示品のマウント作製実習のほか、博物館収蔵庫や修復現場の視察なども実施しました。
 研修を通して、保存修復士や収蔵庫管理者、科学者といった異なる立場の者が互いに協力して作業にあたり、分析や評価、意見交換を行うことの重要性についても理解を促しました。研修員は短い期間の中で多くのことを吸収していました。
 本プロジェクトでは、研修内容をGEM-CC内により広く浸透させ、全体の底上げを図るためにも、研修員が学んだ知識や経験を自らが指導者となって同僚に教え伝えていくことで、スタッフ間の協力体制を構築、強化していくことを目指しています。

文化遺産国際協力コンソーシアム第13回研究会「文化遺産保護の新たな担い手―多様化するニーズへの挑戦」の開催

パネルディスカッション風景

 2013年9月5日(木)に、東京文化財研究所セミナー室にて標記研究会を開催しました。文化遺産保護の分野で民間団体の活動を目にすることは増えてはいるものの、その活動の理念や達成すべき目標について話を聞き議論する機会は多くありません。こうした状況を受け、文化遺産国際協力コンソーシアムにおいても、学術分野の活動の把握に留まらず、より多様な民間分野との連携を検討する場が不可欠だと考え、この度研究会を開催しました。
 まず、公益社団法人企業メセナ協議会事務局長の荻原康子氏より「企業による芸術文化支援、その多様な広がりと現状」として、法人メンバーを中心としたメセナ活動を振り返りつつ、現状を分析し、最近の変化と今後のメセナ活動の発展の可能性についてご発表いただきました。
 続いては、メリルリンチ日本証券株式会社CSR推進責任者の平尾佳淑氏より「バンクオブアメリカ・メリルリンチの文化財保護プロジェクト」として、具体例に東京国立博物館と協力して行っている文化財保護プロジェクトを挙げながら、企業の行うCSR(企業の社会的責任)活動の意義と目的、またそこで達成すべきパートナーシップの構築による事業の波及効果についてご報告いただきました。
 次の講演では、公益財団法人住友財団常務理事の蓑康久氏より「公益財団法人住友財団の文化財維持・修復事業助成について」として、財団の設立経緯背景とその特徴、及び過去20年に亘って文化遺産保護への助成をなさって行ってきたご経験についてお話しいただきました。
 パネルディスカッションでは、司会にジャーナリストの嶌信彦氏をお迎えし、すべての講演者に加えて、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団専務理事の小宮浩氏にご登壇いただきました。事業の継続性の困難さと重要性、経済状況と支援の在り方、事業関係者同士のパートナーシップの構築、事業運営に必要なリーダーシップ等、多岐に亘る内容について議論いただき、今後の文化遺産保護の担い手を考える機会となりました。

カンボジア・タネイ遺跡での第3回建築測量研修

遺跡内地形測量の様子
等高線図と建築遺構実測図とを統合

 7月22日から8月2日までの2週間にわたり、カンボジア・アンコール遺跡群内のタネイ遺跡において第3回の建築測量研修を実施しました。本研修は、カンボジア国内で遺跡管理を担うアプサラ機構、プレア・ヴィヒア機構、及びJASA(日本国政府アンコール遺跡救済チームJSAとアプサラ機構との合同チーム)の建築・考古を専門とする若手スタッフを対象として、昨年度より全4回のコースで実施しているものであり、今回は新規1名を含む9名の研修生が参加しました。
 前回までの研修で第1及び第2周壁内の伽藍配置を計測し終えており、今回は第3周壁内の遺構及び地形を実測するためのトラバース測量から始めて、これらの基準点を用いて第3楼門及び周壁と第2周壁を囲む環濠を含む地形測量を行いました。研修生たちは2班に分かれて実測作業を行い、最終的に全員がこのデータを用いて第3周壁内の等高線図及び3次元モデル図を作成できるようになりました。第1回から参加している研修生たちは既に遺構実測と図化作業の基本的な手順をほぼ習得しており、分からないことがあっても研修生たちの間で互いに教え合い、学び合いながら、意欲的に取り組む姿が印象的でした。また最終日には、遺構測量と図面作成の技術をテーマに、全員が自らの遺跡保存業務と今後の展望等について発表し、意見交換を行いました。
 本研修を通して、遺跡測量に関する日本からカンボジアへの技術移転だけでなく、カンボジア人研修生同士の人的交流も着実に前進しているように思います。同国の遺跡の将来を担う若い人材がこのような活動によって育成されることを願い、さらに協力事業を続けていく所存です。

ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

版築試験体からのコア抜き作業
ユタ・ゴンパ寺院での職人への聞き取り調査

 文化庁の委託による本事業では、ブータンの伝統的建造物、なかでも版築造の民家及び寺院を対象に、伝統的な工法の理解と耐震性・安全性の評価、向上という課題について、同国の内務文化省文化局遺産保存課をカウンターパートとして昨年度より取り組んでいます。建築技術や構造、材料に関する調査、実験を現地側スタッフと共同で行うことにより、研究交流と人材育成に寄与しようとするものです。
 本年度第1回目の現地調査を6月21日から7月3日までの日程で実施し、合計9名の専門家を派遣しました。ティンプー、ウォンデュ・ポダン、パロの各県において、伝統的工法による版築試験体の作製とそれを用いた材料強度試験、寺院・民家及びその廃墟を対象とした実測調査や工法調査、常時微動計測等を行ったほか、一昨年の地震で被災した版築造寺院の修復現場や、版築造住宅の新築現場を訪れ、職人への聞き取りと併せて、文化財保存修復や建築技術の現状に関する情報を収集しました。
 近年、特に首都ティンプーでは、このような伝統的建造物が急速に失われつつありますが、その一方で、祖先から受け継いできた技術を何とか後世に残し伝えたいと願う人々の思いも、今回の調査を通して感じられました。それらを文化遺産として位置付け、適切に保存継承していくために、これからも技術的支援と人的交流を継続していきたいと思います。

ワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存修復」の開催

基礎編における書の実習
応用編における屏風作製

 本ワークショップは在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として毎年開催しています。本年度は7月3~5日の期間で基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」を、8~12日の期間で応用編「Restoration of Japanese Folding Screen」をベルリン博物館群アジア美術館で行いました。
 基礎編では、制作-表具-展示-鑑賞という、文化財が制作されてから私たちの目に触れるまでの過程に倣い、原材料としての紙・糊・膠・絵具、日本の書画の制作技法、表具文化、取扱いまでの講義、デモンストレーション、実習を行いました。
 応用編では装潢修理技術による屏風の修復に関して、実習を中心にワークショップを行いました。受講者は、何層もの紙から成る屏風の下地や和紙の蝶番を実際に作製し、それらの構造と役割を理解し、屏風修復に要する知識・技術の深さを体感しました。
 本ワークショップを通して、一人でも多くの海外の修復技術者に本場の材料と技術を理解する機会を提供することで、海外にある日本の有形文化財、絵画、書跡と和紙作りや装潢修理技術といった無形文化財の理解を広めていきたいと考えています。

アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

保存修復処置の様子
保存修復方針についての意見交換

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成25年6月11日から6月22日までの10日間、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復に関する人材育成ワークショップを開催しました。今事業は3年目に入り、国内ワークショップの開催は、4回目となります。
 今回は考古金属資料の保存修復上級者コースのため、これまで参加し続けたメンバーの中からアルメニア側が専門家を選抜し、アルメニア歴史博物館およびアルメニア国内の他機関から合計4名が参加しました。これまでの2年間で培ってきた知識と技術をもとに、アルメニア人専門家と日本人専門家が共同で保存修復作業を行いました。写真撮影、自然科学的調査を含む状態調査、展示・修復計画立案ののち、クリーニング等を行い、保存修復作業を完了しました。この作業を通し、アルメニア人専門家の知識と技術のさらなる向上に貢献しました。
 次回は、展示と保管のための予防保存をテーマとし、来年度のアルメニア歴史博物館内での展示に向けた準備を行う予定です。

文化遺産国際協力コンソーシアム平成24年度総会および第12回研究会「文化遺産保護の国際動向」の開催

基調講演発表風景

 2012年3月15日(金)に標記総会および研究会を開催しました。総会では、例年通り、コンソーシアムの平成24年度事業報告と次年度事業計画を事務局長より報告しました。続いて行った研究会では、シンガポール文化・社会・青年省記念物保護部長ジーン・ウィー氏による「ASEAN諸国の文化遺産保護のための国際協力」と題する基調講演ののち、文化遺産保護に関する最新の国際動向について、昨年の主だった国際会議を中心に、4名の方からご報告いただきました。
 企画情報部室長の二神葉子には、世界遺産条約に関して、登録をめぐる審議の傾向や、昨年話題となったパレスチナの世界遺産の登録を中心にお話しいただきました。続いて外務省特命全権大使(文化交流担当)西林万寿夫氏から、昨年京都で開催された世界遺産条約採択40周年最終会合報告とその成果である「京都ビジョン」についてご報告頂きました。また、文化庁文化財部記念物課世界文化遺産室文化財調査官の西和彦氏より、最終会合に関連して富山、姫路で開かれた会合の概略と提言についてご報告頂きました。最後に、無形文化遺産部長の宮田繁幸より、ユネスコ無形文化遺産保護条に関して、記載をめぐる審議の傾向と、問題視されていた記載の地域間格差に関する是正の方向、会議の運営に関するご発表がありました。
 文化遺産保護の国際動向は研究会で例年取り上げているテーマですが、毎回50名を越える参加者があり、最新動向に関する情報が強く求められていることを感じます。コンソーシアムでは今後も、研究会等を通じた情報共有に取り組んでいきたいと思います。

キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業

金属製品のクリーニングを行なう研修生

 文化遺産国際協力センターは、中央アジアの文化遺産保護を目的に、文化庁の受託を受け、2011年度より、中央アジア、キルギス共和国において「ドキュメンテーション」、「発掘」、「保存修復」、「史跡整備」をテーマに一連の人材育成ワークショップを実施しています。
 今回は、2月8日から14日にかけて、キルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所と共同で、第4回ワークショップ「考古遺物の保存修復処置と出土遺物のドキュメンテーションの人材育成ワークショップ」を実施しました。今回の研修には、キルギス共和国の若手専門家8名が参加しました。
 今回の研修では、夏の第3回ワークショップの際にアク・ベシム遺跡から出土した遺物を用い、研修生がそれぞれ「土器の復元」と「金属製品の保存修復処置」また「土器の実測」を行う実習形式で行いました。
 文化遺産国際協力センターは、今後もひき続き、中央アジアの文化遺産の保護を目的とした様々な人材育成ワークショップを実施していく予定です。

フィリピンにおける文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

フィリピン国立文化芸術委員会とのインタビュー
世界文化遺産サン・オウガスチン教会内部
ルソン島北部カラオ洞穴

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月14日から25日まで、フィリピンを対象とする協力相手国調査を行いました。同国における文化遺産保護の現況と今後の国際協力の展開を探るため、現地を訪問し、フィリピン側の協力要望事項等を明らかにすることが調査の主な目的です。代表的文化遺産であるスペイン植民地期の教会や民家、先史時代の貝塚や岩絵などの遺跡、各地の博物館や図書館などを訪れ、担当者との面談も含めて、情報収集や意見交換を行いました。
 その結果、人々の認識の向上により、保護が進む歴史的建造物や考古遺跡が多いことがわかりました。一方で、 文化遺産保護に対する教育部門が立ち遅れており、人材育成が急務であることが明らかになりました。また、保護の枠組みとしては、地方行政との連携が文化遺産の保護の鍵となっており、執行は地方の政治状況に依存していることも明らかになりました。
 現地からは、文化遺産への認識の向上とアジア地域間の連携を視野にいれた、学術協力及び人材育成分野への貢献を期待する声が上がりました。日本がアジア諸国において蓄積してきた協力実績を活かし、他アジア諸国との連携を視野に入れつつ支援を行うことが、フィリピンの文化遺産保護を検討する上で不可欠と感じました。 
 2013年は日本・ASEAN交流40周年であり、日本がASEAN地域においてより一層の協力が求められることが予想されます。今後の日本からの文化遺産分野における協力の在り方を探るため、今後情報収集を続け、関係諸機関と協議しながら、どのような支援ができるのか検討していく予定です。

アメリカにおける動産文化財の保護についての調査

アメリカの文化財保護関係機関の資料
フリーア美術館

 文化遺産国際協力センターでは各国の文化財保護制度に関する調査・研究を行っています。現在、そのプロジェクトの一環として、アメリカにおける動産文化財の保護状況について調査しています。アメリカには多くの博物館・美術館があり、世界中の動産文化財が数多く所蔵されていますが、文化財の保護と管理を専門とする省庁は存在しません。動産文化財の管理は所有者に委ねられており、大規模な自然災害などの緊急時を除くと連邦レベルの管理・規制はあまり強くありません。アメリカでは動産文化財の管理・修復・展示に関しては、各博物館・美術館の運営方針や所有者の意向に沿って、個別に対応しているというのが実情です。
 日本とアメリカでは文化財の考え方も大きく異なりますが、一方で日本美術のコレクションを保有する美術館も数多く存在しています。また当研究所で平成3年から行っている在外日本古美術品保存修復協力事業では、全米で24館の美術館の250点を超える作品について修復を行っており、当研究所とアメリカの美術館とは浅からぬ関係があります。そこでアメリカの動産文化財の保護状況について体系的に把握するため、2013年1月26日~2月3日にかけて、江村知子と境野飛鳥の2名でワシントンD.C.にて調査を行いました。今回はアメリカ国土安全保障省の連邦緊急事態管理庁(FEMA)、内務省の国立公園局、アメリカ議会図書館、アメリカ文化財保存修復学会(AIC/FAIC)、アメリカ博物館協会(AAM)、NPO組織であるHeritage Preservation等、文化財保護のために包括的な活動を行っている主要な組織を中心に聞き取り調査を実施しました。また、博物館・美術館における所蔵品の管理状況についても調査しました。特に、1923年に開館したアメリカ最古の国立美術館で、日本をはじめ、東洋の美術品を多数所有するフリーア美術館では、同館の所蔵品管理規則や収蔵品の修復状況についてお話を伺いました。
 今回の調査を通じて、厳しい規制のない中でアメリカの動産文化財が適切に保護されている背景には、各組織や担当者の連携やボトムアップ式の意思決定が有効に機能していることが一因であることが窺えました。今後はアメリカの各地域で中核的な役割を果たしている博物館や、日本の美術品を所蔵する博物館を対象として、より実践的な調査研究を進めていく予定です。

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