研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」の開催

研修の様子
修了式の様子

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年9月11日~20日の間、アルメニア共和国にて、同国文化省と共同で染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」を開催しました。本研修は、両者が平成26(2014)年に締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づいて実施したものです。
 アルメニア共和国では、遺跡から繊維などの有機物も多く出土する一方、そのような遺物の保存方法などに関するノウハウは十分に有していません。また、世界文化遺産にも登録されているエチミアジン大聖堂には、古来より受け継がれてきた典礼服飾品など、宗教的・歴史的に価値のある品々が多数保管されています。しかし、それらの中には損傷が激しいものもあり、文化遺産を後世に伝えていくためにも、適切な手法で修復を行う必要があります。
 今回の研修は、文化遺産国際協力センター客員研究員の石井美恵氏とNHK文化センターさいたまの横山翠氏を講師として、前半をアルメニア共和国歴史文化遺産科学研究センター、後半をエチミアジン大聖堂付属博物館で行い、博物館など文化遺産を扱っている7機関から13名が研修生として参加しました。第一回目にあたる今年度は、染色文化遺産に関する基礎的な知識や技術の習得を目指しました。最終的には彼ら自身の手で文化遺産の保存修復を手掛けられるよう、今後も協力関係を継続していく予定です。

セミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」の開催

セミナー終了後、シンデ博士を囲んでの集合写真

 東京文化財研究所およびNPO法人南アジア文化遺産センターは、インド・デカン大学学長のヴァサント・シンデ博士をお招きし、9月26日にセミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」を開催しました。
 ヴァサント・シンデ博士は、インドを代表する考古学者で、インド国内で数多くの発掘調査を行ってきました。現在は、モヘンジョ・ダロ遺跡を凌ぐインダス文明最大の都市遺跡ラキー・ガリー遺跡の発掘調査を行っています。
  今回のセミナーでは、「インドにおける文化遺産保護の現状」と「ラキー・ガリー遺跡の最新の発掘調査成果」に関して、ご報告いただきました。
 また、発表前の時間を利用して、東京文化財研究所を見学していただきました。シンデ博士の所属するデカン大学は文化遺産に特化した大学院大学ですが、来年度、新たに「保存修復」と「文化遺産マネージメント」の学部を新設するとのことです。そのような理由もあり、とくに保存科学研究センターの朽津室長の説明に熱心に耳を傾けていました。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その7)

カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内における壁面仕上げ状態調査
キルティプルで開催された歴史的集落保全ワークショップの様子

 文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。9月6日〜14日にかけて、当研究所アソシエイトフェロー の山田が現地調査を実施しました。
 今回はおもに、日本の専門技術者の指導のもとでの修復が予定されているカトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群について、内壁面仕上げの仕様調査および写真記録を行いました。建物の壁面は、建設後も度々塗り重ねられ、その材料も変化してきています。そのため、地震で損傷した塗膜層を作業用メスで一枚一枚丁寧に剥がし、各室内壁仕様の変遷を調査しました。これからの修復に向けては、旧塗装面の保存の要否や塗り直しの仕様等を検討していく必要があります。調査結果はその判断材料となるほか、繰り返し改築されてきた建物の歴史を解明する上でも重要な手がかりを得ることができました。
 一方、9月10日には、世界遺産暫定リストに記載された歴史的集落をもつキルティプル市がホスト役となって開催された、カトマンズ盆地内歴史的集落の保全に関するワークショップに参加し、歴史的集落保全のために緊急的に取り組むべき項目についての提言を行いました。この提言を受けて、同市長や各歴史的集落を管轄する地元行政職員、政府考古局職員など参加者の間で熱心な議論が交わされました。歴史的集落保全のための適切な体制を確立するまでには依然として多くの課題があるものの、その実現に向けて大いに期待を感じさせるワークショップでした。

国際研修「紙の保存と修復」2017の開催

実習の様子

 平成29年(2017)年8月28日~9月15日に国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は1992年より東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で、海外からの参加者へ日本の紙本文化財の保存と修復に関する知識や技術を伝えることにより、外国の文化財の保護へ貢献することを目指しています。本年は38カ国79名の応募の中から9カ国(アルゼンチン、オーストラリア、中国、チェコ、ギリシャ、イスラエル、ラトビア、フィリピン、アメリカ)10名の文化財保存修復の専門家を招きました。
 研修は講義、実習、視察で構成されます。講義では日本における有形および無形の文化財保護制度や和紙の基礎的な知識、伝統的な修復材料や道具について取り上げました。実習は国の選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙本文化財の洗浄から巻子仕立てまでの修理作業を中心に、和綴じ冊子の作製や屏風と掛軸の取り扱いも行いました。研修中盤には名古屋、美濃、京都を訪問し、歴史的建造物の室内における屏風や襖、国の重要無形文化財である本美濃紙の製造工程、伝統的な修復現場などを視察しました。また、最終日の討論会では紙本文化財の修復材料や保存環境といった各国の現状や課題について活発に議論がなされました。
 参加者が本研修を通じ、日本の修復材料や道具だけでなく、和紙を使用した修復方法や技術についても理解を深め、それらが諸外国の文化財保存修復に応用されることが期待されます。

ライプツィヒ民族学博物館(ドイツ)での日本絵画作品調査

ライプツィヒ民族学博物館での調査風景

 日本の古美術品は欧米を中心に海外でも数多く所有されていますが、これらの保存修復の専門家は海外には少なく、適切な処置が行えないため公開に支障を来している作品も多くあります。そこで当研究所では作品の適切な保存・活用を目的として、在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。2017年2月28日から3日の日程で、文化遺産国際協力センターの加藤雅人、江村知子、元喜載の3名がライプツィヒ民族学博物館を訪問し、日本絵画作品9件11点の調査を行いました。
 同館にはヨーロッパ以外の世界中の美術工芸品、民俗資料葯20万点が所蔵されており、その中には日本の絵画作品も含まれていました。明治のお雇い外国人として来日していた医師・ショイベの旧蔵品や、1878年の第3回パリ万博に日本から出陳されたという履歴のある絵画作品など、歴史的価値の高い日本絵画作品と言えます。同館の日本絵画作品はその存在があまり知られていませんでしたが、美術史観点から重要な作品も含まれていました。今回の調査で得られた情報を同館の担当者に提供して、作品の保存管理に活用して頂く予定です。そしてこの調査結果をもとに作品の美術史的評価や修復の緊急性などを考慮し、修復の候補作品を選定、協議し、事業を進めていきます。

「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による第三次現地派遣

リスによるクラックゲージの破損とクラックディスクの設置
技法調査
煉瓦試験体の製作
レクチャーの様子
現地職人による煉瓦積み実演

 文化庁より受託した標記事業(奈良文化財研究所からの再委託)の一環として、今年度第3回目(9月17日~10月2日)の現地調査を実施しました。今回は外部専門家3名を含む計6名を派遣し、構造挙動モニタリングや、伝統建築技法と生産技術に関する調査、材料実験等を行いました。
 3回目の測定となる構造挙動モニタリングでは、対象建物3棟ともに変形の進行は特に認められませんでした。ただ、クラックゲージの一部が鳥獣の加害により脱落し、継続的な計測ができなかった測点もありました。このため、クラックゲージの被覆やクラックディスクへの交換など、現場の状況に応じた対策を講じました。
 文化遺産建造物が持つ価値には、外形だけではなく建造に用いられた技術も含まれています。ところが、バガンにおける従来の修復作業では当初技法の保存・再現への意識が乏しく、これに関する既往研究も極めて限られています。そこで、今回の調査では建築構造および保存修理分野の専門家とともに20物件を対象に煉瓦積みの技法を確認し、あわせて現地で修理に携わってきた職人へのインタビューや実演を通じて生産技術に関する情報収集も行いました。
 また、技術支援の一環として9月20日にミャンマー宗教文化省考古国立博物館局バガン支局にて講義を行い、副支局長をはじめ13名の同局スタッフが参加しました。「アジア諸国の組積造文化遺産の地震被害」(東京文化財研究所、友田正彦室長)、「レンガ造文化遺産建造物の構造解析のための調査と事例」(東京大学、腰原幹雄教授)、「シャトーカミヤ旧醸造場施設の保存修理工事」(文化財建造物保存技術協会、中内康雄参事)の3題をオムニバス形式で行い、特に補強に関する材料や工法等については強い関心が示されました。
 一方、ヤンゴンではMyanmar Engineering Society (MES)とYangon Technological University (YTU)の協力を得て9月23日~10月1日に煉瓦単体(14点)の圧縮強度試験を行いました。また、バガンでの生産技術調査から得た情報に基づいて材料と配合比が異なる3種類のモルタルを使ったプリズム(4段積の煉瓦試験体)各9体、円筒のモルタル試験体各3体、正方形のモルタル試験体各3体を作製しました。これらについての強度試験は約2か月後に行う予定です。
 引き続きこのような調査や実験を通じて、バガン地域の文化遺産建造物の保存・修復に有益なデータをさらに蓄積していきたいと思います。

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台北におけるワークショップ「染織品の保存と修復」の開催

モデルを用いた着物構造理解の為の実習
絹織物の補強実習

 平成26年締結の国立台湾師範大学との共同研究の一環として、平成29年8月9日(水)から18日(金)に、ワークショップ「染織品の保存と修復」を、同大学の文物保存維護研究発展センターにおいて共同で開催しました。海外の博物館等に所蔵する日本の染織品の保存活用を目的に、日本及び台湾から染織品に関する研究者や技術者を講師に迎えて、基礎編“Cultural Properties of Textile in Japan”と、応用編 “Conservation of Japanese Textile”とに分けて実施しました。両編で合せて、アメリカ合衆国、韓国、タイ、台湾、シンガポール、セルビア、フィリピン、ラオスから、染織品に関する修復技術者等が参加しました。
 基礎編は8月9 -11日に実施し、参加者10名とオブザーバー2名が受講しました。日本の文化財保護制度を紹介の上、繊維や糸などの材料、織りや染色技法の講義を経て、着物の構造理解の為の実習とその歴史的変遷に関する講義を行いました。応用編は8月14-18日に実施し、参加者6名とオブザーバー3名が受講しました。実習を主として、着物の展示方法や畳み方などの取り扱い、科学的な分析や実験と、劣化した絹織物への補強実習等を行いました。ディスカッションの時間も設け、受講者と各国の修復技術や文化に関する意見を交換しました。
 今後も同様の事業を通して、有形文化財としての染織品に加え、それを支える技法や修復技術等の無形文化財に対する理解促進し、在外の日本の染織品の保護に貢献したいと考えています。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復

震災により崩壊した外壁の修復処置
ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局での会議の様子

 平成29年(2017)7月6日~31日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。昨年度より継続して行ってきた、寺院を構成する各種材料に関する科学分析や物理試験の結果をもとに、課題となっていた現行の修復材料や施工方法を見直しました。そして、昨年に発生した地震による被害が最も大きかった箇所の修復処置を、新旧材料の適合性に配慮しながら無事に終えることができました。
 また、ミャンマー宗教・文化省からの参加要請を受け、7月27日に開かれた「第10回 バガン遺跡の地震被害に関する専門家会議」の場において、これまで行ってきた一連の活動内容について発表を行いました。その結果、緊急性を要する今日のバガン遺跡復興に向けた取り組みに役立つ内容であるとの高い評価をいただき、今後協力関係をより一層深めてもらいたいとの要望を受けました。
 こうした現地の期待に答えるためにも、今後も一貫性を持った保存修復活動を続けていくとともに、現地専門家と意見交換を重ねながらバガン遺跡群に適した保存修復方針を組み立てていく予定です。

ベルリンにおけるワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存と修復」の開催

基礎編における紙の講義
応用編における屏風作製実習

 海外に所在する書画等の日本の文化財の保存活用と理解の促進を目的として、本ワークショップを毎年開催しています。本年度はベルリン博物館群アジア美術館において、平成29(2017)年7月5~7日に基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」、10~14日に応用編「Restoration of Japanese Folding Screens」をベルリン博物館群アジア美術館及びドイツ技術博物館の協力のもと実施しました。
 基礎編には欧州7カ国より11名の修復技術者及び学生が参加しました。参加者は、接着剤、岩絵具、和紙等の紙本・絹本文化財に使用される材料についての基礎講義を受け、絹本絵画や墨画の実技及び掛軸の取り扱い実習等を行いました。
 応用編では選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、6カ国9名の修復技術者に対し屏風の保存と修復についての実習と講義を行いました。実習では、装潢修理技術に基づく屏風の修復のためにはその構造や機能を理解することが必須であるという視点のもと、受講生が下張りから本紙の貼り付けまで各自で行って屏風を作製しました。両編では活発な質疑応答やディスカッションが行われ、日本の修復技術や材料の応用例等の技術的な意見交換も見られました。
 海外の保存修復の専門家に日本の修復材料と技術を伝えることにより、海外所在の日本の紙本・絹本文化財の保存と活用に貢献することを目指し、今後も同様の事業を実施していきたいと考えています。

第41回世界遺産委員会への参加

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に関する審議の様子
世界遺産委員会の開会式が開催されたヴァヴェル城

 第41回世界遺産委員会が、平成29(2017)年7月2日~12日にポーランドのクラクフで開催されました。本研究所も現地に職員を派遣し、世界遺産条約の履行に関する動向について情報収集を行いました。
 世界遺産一覧表への記載に関する審議では、諮問機関の勧告を覆して委員会で記載が決議される事例が目立ちました。今回、世界遺産一覧表には21件の資産が記載されましたが、このうち、諮問機関が記載にふさわしいと評価したのは、日本の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」など13件に過ぎません。このように委員会で諮問機関の勧告が覆されるのは、諮問機関の専門家が関係締約国の提出した文書や情報の内容を十分に理解していないことに起因するとの指摘もあります。一方で、委員国が世界遺産登録のもたらす様々な利益を意識して、政治的判断を重視し、専門家の評価を軽視した結果だと指摘されることもあります。今回の世界遺産委員会の議長は、委員会での議論が政治的であると繰り返し懸念を表明しましたが、議論の傾向が大きく変わることはありませんでした。
 世界遺産条約の締約国は、自国の世界遺産を保護する責務を負っています。保護のための体制が不十分であったり、資産範囲や緩衝地帯が適切に設定されないまま、世界遺産一覧表に記載されてしまうと、こうした責務を果たすのは困難になります。世界遺産委員会の「政治化」は、世界遺産に対する各締約国の関心の高さを反映していると言えます。しかし、このような関心の高さが「贔屓の引き倒し」をもたらさないよう、各締約国は遺産保護のために必要な専門知識に基づき対応していくことが必要だと感じました。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査

図1 危険個所調査
図2 トレンチの発掘と確認された溝状遺構(SfMにより作成)

 東京文化財研究所では、アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成29(2017)年7月16‐30日にかけて、考古発掘調査および建造物の危険個所調査を同遺跡において実施しました(図1)。
 今回の発掘調査は寺院正面である東参道の遺構確認を主目的とし、奈良文化財研究所の協力を得ながら、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。事前に外周壁東門から東方の東バライ貯水池土手にかけての延長100m余の範囲で下草・灌木類を伐採したところ、同土手上面にラテライト造のテラス状構造物が存在することが初めて確認され、ここを起点に東門に至る参道の存在が強く推定されました。
 まず東門の東方約12mの位置に東西2m×南北10mのトレンチを設定し発掘を実施したところ(図2)、現地表下50cmで東西方向に走る溝状の遺構が確認されました。溝状遺構は幅2m程度で、溝内には無数の細かいラテライト粒(直径1cm~5mm)が充填されており、参道の可能性が考えられました。また、溝状遺構の両脇には、こぶし大ほどの砂岩礫が敷き詰められていました。
 また、この溝状遺構の続きを検出することと当初の地表面を確認することを目的に、東門に沿う形で東西2m、南北2.5mのトレンチを設定し掘り下げました。このトレンチでは、現地表下50cmのところで、砂岩礫が敷かれた面が全面に広がり、溝状遺構を確認することはできませんでした。
 東参道のさらに詳しい様相と新たに発見されたテラス状遺構の全容を把握するため、11月にも現地調査を再度行う予定です。
 一方、本遺跡はアンコールの他遺跡に比べて人手が加わっていない廃墟的景観が大きな魅力となっている一方で、これ以上の崩壊を防ぐことが来訪者の安全面からも求められています。このため、伽藍全体の構造学的リスク評価に基づいて支保工等を計画的に設置・更新することが急がれます。SfM1)写真測量技術による立面図の作成と危険個所のチェック作業を中軸線上の主要建物から順に実施することとし、手始めに2棟を対象にその作業手順の確立に努めました。この作業はAPSARA機構のスタッフが引き続き実施中です。
 周辺環境も含めた遺跡の良好な保存を図ると同時に、現地を訪れた人々がその意味と価値をより良く理解できるようにするため、学術的な解明と有効な保存整備の実現に向け、さらに協力を深めていきたいと思います。
註1 SfMとは「Structure from Motion」の略で、地形や遺跡、遺構などをデジタル・カメラで多方向から撮影し3Dモデルを作成する技術のことです。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その5)

考古局での昨年度事業成果報告会
ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物の実測調査

 文化庁より受託した標記事業のもと、引き続きネパール現地への派遣を実施しています。今回(5月29日〜6月27日)は、外部専門家および別予算によるアシスタントも含めて14名の派遣を行ないました。
 現地調査における中心的な作業としては、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺での発掘調査(別項にて報告)、同アガンチェン寺周辺建物の実測調査および写真記録、両寺周辺の地盤構成および地耐力確認のためのボーリング調査、ユネスコ技術職員と共同でレンガ壁試験体の強度実験なども行いました。
 このほか、ネパール考古局およびユネスコ・カトマンズ事務所等の技術スタッフ約20名を対象に昨年度の調査成果報告会を開催し、考古局長に事業報告書を贈呈しました。さらに、カトマンズ盆地内の歴史的集落を管轄する行政官らによる連携協議会を開催し、昨年11月に開催したキックオフ会議の報告書を関係者に配布すると共に今後の歴史的集落の保全と協議会の運営について議論を交わしました。なお、上記報告書(日英語版)は本研究所のウェブサイトにも掲載していますので、どうぞご参照ください。
(昨年度事業報告書http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Nepal_TNRICP_2017_j.pdf
(歴史的集落保全会議報告書[英語版のみ]http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Conference_%20Kathmandu_2016.pdf)

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その6)

出土した下成基壇
出土遺構の記録方法に関する意見交換

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成29(2017)年6月2日~22日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺において発掘調査を実施しました。本調査は、ネパール考古局と東京文化財研究所の共同調査として行われました。
 シヴァ寺は17世紀建立と伝えられる平面規模5メートル四方程度の重層塔で、平成27(2015)年のネパール・ゴルカ地震によって、煉瓦積の基壇を残して上部構造が完全に倒壊しました。本調査は、上部構造の修復にあたって、基壇の基礎がその重量を支えることのできる状態であるかどうかを確認することを主な目的として実施されました。
 調査の結果、基壇の基礎は現地表から深さ約180センチメートルに達する大規模な煉瓦造構造物で、安定した状態を保っていることがわかりました。さらにその周囲の地中からは、現状では埋没している下成基壇の存在が明らかとなるなど、このシヴァ寺が当初想定されていた以上に複雑な変遷を経てきている可能性が出てきました。
 調査時には、発掘だけでなく、遺構の測量や写真撮影の方法についても、日本とネパールの専門家の間で意見交換が行われました。歴史的建造物の本格修復に向けて、学術的調査を継続するとともに、両国間での技術の共有も進めていきたいと考えています。

「壁画の応急処置に関する研修」の開催に向けた現地調査(トルコ共和国)

S.T. Theodore教会の現状
ガーズィ大学での事例発表

 文化遺産国際協力センターでは平成29(2017)年6月12日から24日にかけて、トルコ共和国にて今年の秋以降に開催を予定している「壁画の応急処置に関する研修」に向けた視察調査および関係者との打合せを行いました。今回の視察調査の主な目的は、トルコ国内の壁画保存の現状を把握することや、研修事業の一部に組み込まれる実地研修に相応しいサイトを特定することでした。黒海沿岸に位置するトラブゾンの教会群やカッパドキアのギョレメ地区周辺に点在する岩窟教会群を対象に約15箇所の壁画を調査し、研修事業の内容を充実させるうえでの貴重な情報を得ることができました。
 また、本事業を進めるうえで昨年度よりご協力をいただいているガーズィ大学芸術学部保存修復学科およびネブシェヒル保存修復センターを訪問した際には、トルコにおける壁画の保存修復に関する事例発表をしていただき、研修事業に参加する講師陣とともにその内容に関して有意義な意見交換を行うことができました。
 第1回目となる研修は10月の開催を予定しています。本事業には日ごろよりトルコの文化財保護活動に従事されている専門家の方々が参加されます。これまでの取り組みに加えて、新たな視点から捉えた文化財保護のあり方を考える良い機会にしていただけるよう研修事業を進めていきたいと思います。

「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による現地派遣(その1)-材料試験および構造挙動モニタリング調査の実施

採取した煉瓦試料の加工作業
変形測定のためのターゲット設置作業

 2016年8月24日に発生したチャウ(Chauk)地震(M6.8)により、ミャンマーのバガン遺跡群では主に11~13世紀に建てられた煉瓦造建造物に甚大な被害が生じました。東京文化財研究所では同年9月と10~11月の2次にわたり、歴史的建造物の保存・修復に係る様々な分野の専門家8名を現地に急派して文化遺産の被災状況を把握するとともに破損の要因とメカニズムについて考察し、その結果を2017年3月に「ミャンマー・バガン遺跡群における地震被害に関する調査」事業報告書として刊行しました。
 今年度は、引き続き、被災した文化遺産建造物に対する適切な保存・修復対策を検討すると同時に現地当局が目下実施中の修復事業の質的向上に向けた情報提供や技術的助言を行うことを目的として、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業(奈良文化財研究所からの再委託)を実施しています。その第一回目の現地調査として、2017年5月17日から25日にかけて3名の専門家を派遣し、材料組成や力学的強度等に関する実験を行うための煉瓦試料を採取したほか、構造挙動モニタリング調査を開始しました。
 煉瓦の試料は、建物の種別や建築年代、使用部位、材寸等を考慮しつつ6棟の被災建造物から破損した部材片計24点を採取し、現地で試験体の形状に加工しました。同時にミャンマー国内での材料試験の実施に向けてMyanmar Engineering Society(MES)関係者との協議及び実験施設見学を行いました。
 一方、構造挙動モニタリングに関しては、前年度調査で明らかにした典型的な亀裂と変形のパターンがみられる3棟の建造物(祠堂2棟、仏塔1基)を対象に、クラックゲージや変形の測点となるターゲットを設置し、初期値を計測しました。今後、破損や変形の進行を継続的に把握することで、危険度の判定はもとより、文化遺産建造物の保存・修復に向けた維持管理計画の策定に有益なデータの蓄積が期待されます。

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イタリア中部地震における壁画を有する被災建造物に関する調査

サン・クリストーフォロ教会被災状況(外壁)
サン・クリストーフォロ教会被災状況(内部壁画)

 平成28年(2016)8月24日にイタリア中部のペルージャ県ノルチャ付近を震源として発生したM6.2の地震により、周辺地域では甚大な人的・物的被害が出ました。また、ミャンマー中部においても同日にM6.8の地震が発生し、バガン遺跡群では数多くの仏塔寺院やその中に描かれた壁画に傷みが生じました。当研究所では、バガン遺跡群内にあるMae-taw-yat祠堂(No.1205)を対象に、煉瓦造建造物および壁画に適した保存修復方法の策定と人材育成を目標に据えた事業を実施してきました。しかし、地震による被害が発生したことを受けて対処すべき項目が新たに加わり、一部方針の変更を余儀なくされました。
 そこで、壁画やストゥッコ装飾を有する建造物を複合文化財として捉えた対処法及び保存修復理念に関する意見交換を目的に、平成29年(2017)4月20日から27日にかけてイタリアの被災地域を訪れました。復興活動に携わる現地専門家の話しでは、被害規模が大きかったことから作業は遅れているとのことでしたが、被災状況を把握するうえでの対応の仕方や、保存修復手順の組み立て方など、学ぶべきことの多い視察調査となりました。
 今回の調査は、主に聖書にまつわる宗教壁画を有する教会が中心でしたが、バガン遺跡では仏教壁画の描かれた寺院が対象となっています。制作された時期や目的、使われた技法は異なりますが、被災文化財救済活動を進めるうえでの理念は共通しています。今後も国際ネットワークを活用しながら、複合文化財に関する適切な復興事業のあり方について研究を進めていきます。

イラン文化遺産セミナーの開催ならびにイラン文化遺産手工芸観光庁および文化遺産観光研究所との協力趣意書の締結

協力趣意書の締結

 イラン・イスラム共和国は、アケメネス朝ペルシアの王都ペルセポリスや、その繁栄ぶりから「世界の半分」と称賛されたイスファハーンなど、世界有数の文化遺産を有しています。
 東京文化財研究所ではこのたび、モハンマド・ハッサン・タレビアーン博士(イラン文化遺産手工芸観光庁副長官)およびモハンマド・ベヘシュティ・シラージー博士(イラン文化遺産観光研究所所長)をお招きし、3月29日に「イラン文化遺産セミナー」を開催しました。日本人専門家の講演とあわせて、お二人には同国の歴史文化的背景と文化遺産保護についての興味深いお話をいただきました。
 セミナー終了後、東京文化財研究所、イラン文化遺産手工芸観光庁、イラン文化遺産観光研究所の三者の間で趣意書を取りかわし、今後5年間にわたって、イランの文化遺産を保護するため様々な学術分野において協力することを約束しました。

ブータンの伝統的民家建造物に関する現地調査と研究協力協定書の締結

ティンプーでのMOU調印式
古民家調査の様子(プナカ県ツォサ村)

 東京文化財研究所では、平成23(2011)年度からブータンの版築造伝統的建造物に関する調査研究について、同国内務文化省文化局(DOC)と協力してきました。その契機は2009年と2011年に発生した地震によって伝統的工法で建てられた建物に大きな被害が生じたことで、公共民間を問わず建造物の耐震性能向上による安全性の確保と、現在も住宅建設等に広く用いられている伝統的工法の保護継承とをいかに両立させるかが喫緊の課題としてクローズアップされることとなりました。
 型枠内で土を突き固めて壁体を構築する版築造の建造物を対象に、その構造性能の把握分析と伝統的建築技法の解明という両分野で調査研究を継続してきましたが、民家を文化財として保存するための制度的枠組みも整いつつあることから、2016年度からは版築造の古民家建造物における基本的な形式分類と編年指標の確立を目的とした調査を科学研究費補助金(基盤研究B「ブータンの版築造建造物の類型と編年に関する研究」:研究代表者亀井伸雄所長)により実施しています。
 平成29(2017)年3月4日から16日にかけて行った共同現地調査では、ティンプー県及びプナカ県内で計16棟の古民家について実測調査等を行い、痕跡の観察や住民への聞き取り等とあわせて、当初形式や建築年代、過去の改造履歴等に関する考察のための情報収集に努めました。
 またこの間、本研究所とDOCとの協力関係をさらに強固にするため、両者代表による研究協力協定書への署名も行いました。有形無形の伝統文化を大切に守り続けていきたいというブータンの人々の思いに寄り添いつつ、歴史的建造物の文化的価値の明確化に寄与することができるよう、引き続き調査研究を続けていきたいと思います。

ネパールの歴史的集落保全に関する招聘研修

南砺市五箇山相倉集落における研修
実地研修後のワークショップ

 2015年4月に発生したネパール・ゴルカ地震によって被災したカトマンズ盆地内の歴史的集落の多くで、現在も復興に向けた取り組みが続けられています。しかし、その過程で伝統的な建物が取り壊されて現代的な建物が新築されてしまうなど、必ずしも文化的価値の保全と復興とが両立しているとは言えないのが現状です。その背景には、たとえ住民を含む関係者が望もうとも、そもそも歴史的集落を文化遺産として保全するための体制が十分に整っていないという問題があります。
 保全制度の確立に向けては、ネパール政府の関係当局も決して手をこまぬいている訳ではありませんが、保全を実施するのは最終的には対象の集落を所管する地元行政による部分が大きく、保全のためのガイドラインを作成する主体についても同様です。そこで前報の通り、昨年11月末、カトマンズ盆地内の世界遺産に含まれる歴史的街区や同暫定リスト記載の歴史的集落を管轄する6市に呼びかけて、それぞれの現状と課題を共有するとともに、わが国の保全制度についても情報提供するための会議をネパール現地で共催しました。
 これに続いて今回、3月4日から12日にかけて、上記会議でも中心的な役割を担った各行政の担当者ら8名を日本に招聘し、歴史的集落の保全制度(伝建制度)に関する実地研修を実施しました。輪島市黒島地区や南砺市五箇山相倉集落など北陸・中部地方の重要伝統的建造物群保存地区等を訪問して地元の行政担当者や関係者から説明を受けるとともに、参加者それぞれが所管する歴史的集落または街区が抱える課題や現状と比較しながら活発な意見交換が行われました。
 ネパールの歴史的集落の復興において、本研修の参加者が核となって適切な保全体制を構築していくことを目指しながら、今後も技術的支援を継続していきたいと考えています。

バガン漆芸技術大学における漆工品ワークショップの開催

漆工品の調査実習
クロスセクションサンプルの顕微鏡観察実習

 文化遺産国際協力センターは、ミャンマー連邦共和国における文化遺産保護事業の一環として、バガン漆芸技術大学において漆工品ワークショップを開催しました。バガンは漆工品の一大産地として知られています。同大学はその伝統と技術を継承するため若い技術者の育成に力を入れており、また付属の漆工品博物館を備え、数多くの文化財を所蔵しています。その一方で、文化財の保存修復や材料の科学調査および研究に関する知識と技術を必要としています。
 平成29(2017)年2月6日~8日に実施したワークショップには同大学の教授と付属博物館の学芸員合計12名が参加し、漆工品の保存修復の基礎として不可欠である調査と科学分析について実習と講義を行いました。調査の実習では、各受講者が日本の漆工品3点と付属博物館の所蔵品1点を目視で観察・記録し、それぞれの用途や材料、技法、損傷状態についての意見交換後、講師が解説を行いました。また、科学分析の実習ではクロスセクションのサンプル作製と観察を行いました。実際の作品から剥離した断片を樹脂で封入し、研磨して仕上げたサンプルを顕微鏡で観察することにより、漆塗りの構造について理解することを目的としています。実習の内容を補完するため、講義では保存修復の事例と主な科学分析方法を紹介しました。
 本ワークショップでの経験が、ミャンマーにおける文化財保護の一助となればと考えています。

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