研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復と壁画調査

被災した尖塔部分の解体修復
美術史および図像に関する調査風景

 平成30年(2018)1月23日~2月13日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。今回は平成28年(2016)8月24日の地震で被災した尖塔部分の修復処置と、塔頂部に残されたストゥッコ装飾の保存修復を中心に行いました。期間中には、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局からの依頼を受け、若手保存修復士を対象にしたワークショップを開催しました。今回のワークショップでは実際の作業に参加しながら、使用する修復材料の特性やその効果について理解を深めてもらうことを目的とし、その正しい使い方について技術指導を行いました。
 また、ミャンマーにおける壁画技法の変遷や美術史、図像に関する調査を実施しました。最盛期である11~13世紀の壁画調査が前回までに一段落したこともあり、今回は復興期ともいえる17~18世紀の壁画を対象として、バガンのみならずモンユワ近郊のキンムン村やポーウィン山洞窟にも足を運び、多くの情報を得ることができました。
 2月9日にはヤンゴンにあるユネスコミャンマー事務所を訪問し、東京文化財研究所のMe-taw-ya寺院におけるこれまでの研究成果や保存修復活動について報告を行いました。壁画の保存を念頭に置いた一貫性のあるプロジェクトと、地震による被災箇所への早急な対応プロセスを高く評価していただき、今後は情報を共有しながら協力関係を築いていくことで合意しました。
 今回で深刻なダメージが認められた被災箇所に対する処置が終了しました。来年度からは、被災箇所の修復から従来の目的である雨漏り対策を念頭に置いた外壁の保存修復へと徐々に移行していく予定です。今後も現地専門家と意見交換を重ねながら、バガン遺跡群に適した保存修復方針を組み立てていきます。

世界遺産研究協議会「世界遺産推薦書の評価のプロセスと諮問機関の役割」の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年1月18日に、東京文化財研究所のセミナー室において、世界遺産研究協議会「世界遺産推薦書の評価のプロセスと諮問機関の役割」を開催しました。
 本研究協議会は、世界遺産関連の業務に携わる自治体関係者を対象に、世界遺産の制度と最新の動向に関する情報とともに、意見交換の場を提供することを目的としたもので、今回初めて開催しました。今年度は、諮問機関による推薦書の評価のプロセスに焦点を当て、特にICOMOSの活動の実態を様々な視点からご報告いただきました。
 まず、当研究所の境野より2017年7月にポーランドのクラクフで開催された第41回世界遺産委員会に関する報告を行った後、同じく二神より本研究協議会の趣旨説明と併せ、世界遺産の評価のプロセスと、現状の問題点について報告を行いました。また、今年度の世界遺産委員会で審議された「「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」の推薦書作成作業の中核を担い、諮問機関の評価に臨んだ福岡県の岡寺未幾技術主査より、同資産の世界遺産登録までの道のりについてご報告いただきました。また、2006年に諮問機関の専門家の一人として現地調査を担当した筑波大学の黒田乃生教授より専門家の目から見た現地調査の実態を、さらに2017年12月にICOMOSの会長に就任された九州大学の河野俊行教授より組織としての諮問機関の役割をご報告いただきました。
 本研究協議会には、29の都道府県及び市町村の世界遺産業務の担当者の他、内閣官房、文化庁、文化審議会世界文化遺産部会等の関係者合わせて74名の皆様にご参加いただきました。
 今後もこうした研究協議会の開催を通じて、世界遺産についての調査成果を発信するとともに、関係者の情報共有の場を提供したいと考えています。

「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による第四次現地派遣

考古局スタッフによる挙動測定
修復専門家への聞き取り調査

 標記の文化庁委託事業(奈良文化財研究所からの再委託)により、今年度第4回目の現地派遣を実施しました。本所員2名による構造挙動モニタリングおよび伝統建築技法・生産体制に関する調査(11月25日~12月3日)と外部専門家1名による煉瓦の材料試験(12月9日~12月12日)が行われました。
 バガンの煉瓦造歴史的建造物3棟を対象に試行している構造挙動モニタリングでは、4回目の測定となる今回も特に変形が進行している徴候はありませんでした。しかし、建造物の屋外面に設置した樹脂製クラックゲージの多くが鳥獣の加害により脱落していたため、金属製ディスクを用いた計測に切り替えました。これらの作業では、今後自主的な測定ができるように現地の考古局スタッフに対する研修も実施しました。
 文化遺産の修復に長年携わってきた現地専門家への聞き取り調査では、本事業で調査してきた伝統建築技法と生産技術の内容について意見交換するとともに、古い時代に用いられたとされるモルタルの製法や材料の詳細を確認しました。得られた情報をもとにこのモルタルの再現に必要な材料をすべて入手することができたので、既往調査でバガン時代の建造物から採取したモルタルとの比較分析を行っていく予定です。また、煉瓦積み職人には、現在の修復工事の実施体制や伝統建築技法・生産技術に対する意識等について聞き取りを行いました。
 ヤンゴン市内のYangon Technological University施設を借りて行った材料試験では、前回(9月)の派遣時に製作したプリズム(4段積の煉瓦試験体)とモルタル試験体に対する曲げ・せん断・圧縮強度試験を実施しました。
 今後もこのような調査を通じて、バガン地域の文化遺産建造物のより良い保存・修復のために有益なデータを蓄積していきたいと思います。

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アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査 II

検出されたテラス状構造物
支保工の現状調査

 東京文化財研究所は、カンボジアでアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成29(2017)年11月28日から12月8日にかけて、2回目の考古学調査と建造物の危険個所調査を同遺跡にて実施しました。
 今回の発掘調査は、7月の第一次調査で発見した寺院東正面の参道および東バライ貯水池土手上の構造物の遺構確認を主目的として、奈良文化財研究所の協力を得ながら、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。
 まず東門の東方約50mの位置に東西2m×南北5mのトレンチを設定して発掘を実施したところ、現地表下70cmで参道と思われる硬化面が確認されました。この硬化面は、コブシ大の砂岩礫を敷いた上に5mmほどの細かい砂岩礫を撒き、その上を黄色土で覆ったものでした。
 また、この参道の延長線上にあたる東バライ貯水池土手の上面に東西11m×南北1mのトレンチを設定して発掘を実施したところ、現地表下30cmでラテライトの石敷面が確認されました(図1)。周辺の地形や露出しているラテライトの分布などから、この遺構は東西20m×南北15m程度の規模を持つテラス状の構造物の一部と推定されました。
 一方、建造物の危険個所調査(risk mapping)に関しては、既存支保工の更新方法を検討しました。本遺跡では、中心祠堂、東祠堂、内回廊などの主要建造物において、崩壊のおそれなど安全上の懸念がある計16ヵ所に木製の支保工が施されています。しかし、これらの仮設物が遺跡の観賞を妨げており、また設置から20年程経過して木材の腐朽や接合部の緩みなどが進行して更新の時期を迎えています。そこで、支保工の現状を観察記録するとともに、より耐久性のある材質や微調整が可能な設計に変更するなど、改良案の検討を行いました。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その9)

市長フォーラム参加者集合写真
市長フォーラムにおける文化庁熊本文化戦略官の講演

 文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの技術支援を行っています。2017年12月23日〜29日に5名をカトマンズに派遣しました。
 本派遣の主な目的は、「カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する市長フォーラム」への協力です。世界遺産暫定リスト記載の歴史的集落を有するパナウティ市がホストとなり同市役所で開催された本フォーラムには、カトマンズ盆地内とパナウティ市周辺に所在する16市から13市の市長または副市長をはじめ約100名の参加がありました。東京文化財研究所は2016年より、世界遺産および同暫定リスト記載の歴史的街区や集落を所管する各市の専門官(技術者)達に対するワークショップや研修等の支援を続けており、彼らのレベルでは既に市を跨いだ連携が生まれていました。今回のフォーラムでは対象をさらに拡げてカトマンズ盆地全体の歴史的集落を管轄する市のネットワーク(連携協議体)づくりの必要性が市長レベルで共有されました。また、本協力事業の枠組みで実施中のカトマンズ盆地の歴史的集落の調査について東京大学の西村幸夫教授より、日本の伝統的建造物群保存地区制度について文化庁の熊本達哉文化戦略官よりそれぞれ講演いただき、現状における課題点や行政相互の連携のあり方も含めた歴史的集落保全の手法を参加者へ伝えることができました。
 カトマンズ盆地の歴史的集落保全体制を確立するためには様々な関係者による多大な努力が必要ですが、今後は上記ネットワークを通じて私たちの調査成果の反映や技術支援をより広く、効果的に行うことができるようになるものと期待しています。

第19回イコモス総会及び学術シンポジウムにおける参加・発表

総会の様子

 2017年12月11日から15日にかけて、インド・デリーで開催されたICOMOSの第19回総会に参加し、これに合わせて開催された学術シンポジウムで発表を行いました。
 今回の総会では3年に一度の執行委員会選挙が行われ、会長に河野俊行教授(九州大学)が選出されました。ICOMOSが1965年に設立して以降アジアで2人目、日本初の会長となります。河野教授は、無形文化遺産保護条約、奈良ドキュメント20周年記念会議、文化遺産リコンストラクション研究プロジェクトなど、文化遺産が直面している課題を多岐にわたる視点から考える取り組みに携われてきました。今後3年の任期での活躍が期待されます。
 また、本総会ではICOMOS木の国際学術委員会(IIWC)が作成した「Principles for the Conservation of Wooden Built Heritage」が採択されました。この文書は同委員会が1999年に作成した憲章を更新したもので、今回その内容がより具体的になるとともに、木造建築遺産の無形的な要素がより強調されるようになりました。
 さらに、若手専門家作業部会(EPWG)が若手専門家のICOMOSの活動への関与を活性化することを目的として作成した提案書が総会の決議として採択されました。
 一方、総会と同時に開催された学術シンポジウム「Heritage and Democracy」では、文化遺産の保護・管理・活用に関わっている地域コミュニティをはじめとする関係者・組織を保存のプロセスに積極的に参画させることを目指した取り組みについて、各国から紹介されました。日本におけるこのような取り組みの事例として、ヘリテージマネージャー制度について発表を行いました。

第30回ICCROM総会

会場概観
審議の様子

 平成29(2017)年11月29日から12月1日にかけてイタリア・ローマで開催されたICCROM(International Centre for the Study of the Preservation and Restoration of Cultural Properties)の第30回総会に、当研究所の職員が参加しました。ICCROMは、昭和31(1956)年のUNESCO第9回総会で創設が決議され、昭和34(1959)年以降ローマに本部を置いている政府間組織で、動産、不動産を問わず、広く文化遺産を対象としているのが特徴です。世界遺産委員会の諮問機関としても知られていますが、当研究所とは特に紙や漆を用いた文化財の保存修復研修を通じて長年の協力関係にあります。
 ICCROMの総会は2年に1度開催されています。今回の総会では、理事会から推薦された所長候補ウェバー・ンドロ博士が、総会で信任され、平成31(2019)年1月1日から新しい所長を務めることが決まりました。ンドロ博士がアフリカ出身の初めての所長ということもあり、今後6年間の任期中に、ICCROMのアフリカにおける事業が活性化することが期待されています。
 また、例年通り、約半数の理事の任期が満了するのに伴い選挙が行われました。選挙の結果、ベルギー、エジプト、スーダン、スイス、ドイツの理事が再任され、中国、ドミニカ、レバノン、ポーランド、スワジランド、アメリカ、ポルトガル、ロシアからは新たな理事が選出されました。
 その他、テーマ別討論では、「Post-conflict reconstruction – Recovery and Community Involvement」というテーマの下、様々な事例が紹介されました。日本からは九州大学の河野俊行教授より、第二次大戦後日本で行われた建造物の再建について報告されました。
 当研究所では、今後も文化財保護に関する国際的動向について情報を収集するとともに、日本の活動について広く発信していきたいと考えています。

金沢大学における特別講義の実施

特別講義の様子

 11月24日、東京文化財研究所のアソシエイトフェロー3名は、金沢大学国際文化資源学研究センター文化資源学フォーラムにて特別講義を行いました。平成26(2014)年より、東京文化財研究所と金沢大学は文化資源学分野における研究協力協定を締結しており、これまでも当研究所職員により、文化財保護の専門家を育成する金沢大学のリーディング大学院「文化資源マネージャー養成プログラム」の研修や現地調査等への協力をしてきました。
 当日の特別講義の内容はアソシエイトフェローの専門分野や当研究所での活動や関するもので、発表順に「文化財科学入門」(増渕麻里耶)、「地震によって被災したネパール文化遺産の復興へ向けた取り組み」(山田大樹)、「文化財保護法の成り立ちとその特徴」(境野飛鳥)の3講義を行いました。講義への学生の関心は高く、講義後には受講した学生から活発な質問を受けました。
 本講義を通して、文化財保護の専門家を目指す学生の教育プログラムに寄与できたことを嬉しく思うとともに、学生への講義の機会が少ない当研究所職員にとっても貴重な機会となりました。今後も職員個々の専門分野を活かして、金沢大学等の学術機関とのさらなる交流を続けていく予定です。

第21回世界遺産締約国会議および第12回世界遺産委員会特別会合への参加

審議の様子

 平成29(2017)年11月14日から15日にかけて、フランス・パリのUNESCO本部で第21回世界遺産締約国会議および第12回世界遺産委員会特別会合が開催されました。当研究所からは2名の職員を派遣しました。
 世界遺産締約国会議は、2年に一度開催されるUNESCO総会の通常会期の間に開催され、世界遺産委員会の委員国が選出されます。世界遺産条約では、委員国の在任期間を6年と定めていますが、より多くの国に委員国に選出される機会を与えるために、作業指針では自発的に任期を4年に短縮することや、任期後に連続して委員国を務めることを自粛するよう推奨されています。今回の締約国会議では、12カ国が4年間委員国を務めて退任し、会議に参加した締約国による秘密投票の結果、オーストラリア、バーレーン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブラジル、中国、グアテマラ、ハンガリー、キルギス、ノルウェー、セントクリストファー・ネーヴィス、スペイン、ウガンダが新たに選出されました。
 また、通常、世界遺産委員会では世界遺産一覧表が更新されるほか、次回の世界遺産委員会の開催地や開催日が決定されますが、今年ポーランド・クラクフで開催された第41回世界遺産委員会では、来年の世界遺産委員会の招聘を公式に表明した委員国がありませんでした。そこで、第21回世界遺産締約国会議で委員国が改選される際に再度希望を募り、併せて開催地や委員会の議長などを決めるため、第12回世界遺産委員会特別会合を開催することになりました。特別会合での調整の結果、第42回世界遺産委員会は、平成30(2018)年6月24日から7月4日にかけてバーレーン・マナーマで開催されることが決まりました。
 当研究所では、今後も世界遺産の動向についての最新情報を収集し、国内の関係者に広く周知していきたいと考えています。

評価セミナー2017:ワークショップ「漆工芸品の保存と修復」の開催

セミナー終了後、発表者を囲んでの集合写真

 在外の漆工芸品の保存と活用に必要な知識や技術を伝えることを目的として、平成18(2006)年よりワークショップ「漆工芸品の保存と修復」をドイツ、ケルン市のケルン市博物館東洋美術館の協力のもと実施してきました。過去10年間で17カ国延べ179名の学生及び専門家が受講しています。本年はこれまでのワークショップの成果を計るため、平成29(2017)年11月8~9日に東京文化財研究所において評価セミナーを行いました。
 過去の受講生に対して行ったアンケート調査に合わせて発表希望者を募り、4か国(アメリカ、ギリシャ、ドイツ、ベルギー)4名の文化財保存修復技術者や大学教員を招きました。2日間のセミナーのうち、1日目は招待した発表者が本ワークショップ受講後に行った修復プロジェクトや教育活動において、得た知識や技術等を個々の職においてどのように活用しているのか、その実態と課題を共有しました。2日目には当研究所からのアンケート結果に関する発表の後、参加者全員によるディスカッションを行いました。在外の漆工芸品の保存修復に関する問題点やワークショップを提供することでそれらがどのように改善できるのかといったことなど、活発な議論が交わされました。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その8)

現地職員に3Dスキャナーの使用法を指導
変異計測のため建物外壁に設置したターゲット

 文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。10月29日〜11月10日に6名が、11月20日〜26日に2名がそれぞれ現地調査を実施しました。
 まず、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群の現状記録および修復計画作成のための詳細実測作業を6月調査に続いて行い、これと並行して東京大学生産技術研究所を中心とする構造班が3Dスキャンによる測量も行いました。同王宮内には宗教的理由から外国人の立ち入りが禁止されているエリアもあるため、測量機器の使用法を現地考古局職員に指導し、彼らと協力しながら作業を実施しました。立入制限は調査実施上の制約ではありますが、その反面で技術移転を促進する契機ともなっているように感じます。
 次に、既に調査を終えた内壁面仕上げの塗膜を剥がし、下地の煉瓦壁の仕様や状態を確認する作業を開始しました。この調査は煉瓦壁の破損状況を的確に把握するために必要なだけでなく、建物の変遷を解明する上でも大きな手がかりとなります。特に損傷が激しい等の理由から今後の修復の中で解体が想定される箇所については、歴史的証拠を調査記録する最後の機会となるかもしれないため、慎重の上にも慎重な観察が求められます。
 さらに、修復工事の過程で対象範囲に隣接する建物への影響がないかを継続的にモニタリングするため、変位計測用のターゲットおよび壁面傾斜の定点観測用ガラスプレートを各所に設置し、その初期値を計測しました。
 一方、6月に同王宮内シヴァ寺周辺で行った発掘調査で出土した遺物の整理作業も実施し、併せて考古局職員に整理手法について指導助言を行いました。
 文化遺産にも甚大な被害をもたらした震災から2年半が過ぎ、現地では各国チームによる修復事業もようやく活発化しています。私たちも、日本の修復専門家が参加して行われる上記修復事業を、今後も現地職員への技術移転を図りつつ、支援していきたいと思います。

博物館の環境管理に関するイラン人専門家研修

東京文化財研究所で実施した座学の様子

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年3月に、イラン文化遺産手工芸観光庁およびイラン文化遺産観光研究所と趣意書を取りかわし、今後5年間にわたり、イランの文化遺産を保護するため様々な学術分野において協力することを約束しました。
 平成28(2016)年10月に実施した相手国調査の際、イラン人専門家から、現在、首都テヘラン市では大気汚染が深刻な問題となっており、その被害が文化財にもおよび、イラン国立博物館に展示・収蔵されている金属製品の腐食が進行していると相談されました。
 そこで、今回、10月29日から11月5日にかけて、イランにおける博物館の展示・収蔵環境の改善を目指し、イラン国立博物館とイラン文化遺産観光研究所から各1名の専門家を招聘し、研修とスタディー・ツアーを実施しました。
 研究所において、博物館環境と大気汚染に関する座学を実施したほか、東京国立博物館の展示・収蔵環境や鎌倉大仏などの視察を行いました。
 来年度も、イランの博物館の展示・収蔵環境の改善を目指し、協力を実施していく予定です。

「トルコ共和国における壁画の保存管理体制改善に向けた人材育成事業」における研修「壁画保存に向けた課題と問題」の開催

研修参加者との集合写真
Tagar Church (St. Theodore Church)での調査

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成29年(2017)10月30日~11月2日にかけて、研修「壁画保存に向けた課題と問題」を開催しました。Nevşehir Hacı Bektaş Veli Universityを会場に開かれた本コースには、トルコ共和国内10箇所の国立保存修復センターより30名の保存修復士に参加いただきました。
 本研修は、トルコ共和国の壁画を保存していくうえで重要となる応急処置のあり方を見直し、そのプロトコルを確立させていくことを目標にしています。第1回目となる今回の研修では、イントロダクションとして「壁画の技法や劣化の原因」、「保存修復における原則」などをテーマに講義を行いました。それぞれの講義内容について発表者と受講者との間で意見交換の場を設けることで、課題について全員で取り組んでいこうとする姿勢が生まれ、結束力が高まりました。
 また、研修の最終日には来年度より開催を予定している現場実地研修の対象となるタガール教会(聖セオドア教会)を訪れ、前日までの講義内容に順じて教会内部に描かれた壁画の保存状態を観察しました。一般的な保存修復事業とは異なり、壁画を保存・管理していくうえで重要と考えられる応急処置方法とはどうあるべきかを議論し、様々な意見が飛び交いました。
 現時点においてトルコ共和国には、壁画の保存管理システムというものが十分に確立されていません。この事業は、トルコ共和国との歩みを揃えながら進めていくことが重要です。今回も研修事業が始まる直前には、内容の充実に向けた意見交換を目的にトルコ共和国文化観光省ならびにガーズィ大学芸術学部保存修復学科を訪問しました。研修は平成31年度までに計4回の開催を予定しています。その中で文化財の保存活動に従事する専門家が現実的に実施可能な仕組みを参加者全員で作り上げていきたいと思います。

アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」の開催

研修の様子
修了式の様子

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年9月11日~20日の間、アルメニア共和国にて、同国文化省と共同で染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」を開催しました。本研修は、両者が平成26(2014)年に締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づいて実施したものです。
 アルメニア共和国では、遺跡から繊維などの有機物も多く出土する一方、そのような遺物の保存方法などに関するノウハウは十分に有していません。また、世界文化遺産にも登録されているエチミアジン大聖堂には、古来より受け継がれてきた典礼服飾品など、宗教的・歴史的に価値のある品々が多数保管されています。しかし、それらの中には損傷が激しいものもあり、文化遺産を後世に伝えていくためにも、適切な手法で修復を行う必要があります。
 今回の研修は、文化遺産国際協力センター客員研究員の石井美恵氏とNHK文化センターさいたまの横山翠氏を講師として、前半をアルメニア共和国歴史文化遺産科学研究センター、後半をエチミアジン大聖堂付属博物館で行い、博物館など文化遺産を扱っている7機関から13名が研修生として参加しました。第一回目にあたる今年度は、染色文化遺産に関する基礎的な知識や技術の習得を目指しました。最終的には彼ら自身の手で文化遺産の保存修復を手掛けられるよう、今後も協力関係を継続していく予定です。

セミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」の開催

セミナー終了後、シンデ博士を囲んでの集合写真

 東京文化財研究所およびNPO法人南アジア文化遺産センターは、インド・デカン大学学長のヴァサント・シンデ博士をお招きし、9月26日にセミナー「インドにおける文化遺産保護と最新のインダス文明研究」を開催しました。
 ヴァサント・シンデ博士は、インドを代表する考古学者で、インド国内で数多くの発掘調査を行ってきました。現在は、モヘンジョ・ダロ遺跡を凌ぐインダス文明最大の都市遺跡ラキー・ガリー遺跡の発掘調査を行っています。
  今回のセミナーでは、「インドにおける文化遺産保護の現状」と「ラキー・ガリー遺跡の最新の発掘調査成果」に関して、ご報告いただきました。
 また、発表前の時間を利用して、東京文化財研究所を見学していただきました。シンデ博士の所属するデカン大学は文化遺産に特化した大学院大学ですが、来年度、新たに「保存修復」と「文化遺産マネージメント」の学部を新設するとのことです。そのような理由もあり、とくに保存科学研究センターの朽津室長の説明に熱心に耳を傾けていました。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その7)

カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内における壁面仕上げ状態調査
キルティプルで開催された歴史的集落保全ワークショップの様子

 文化庁より受託した標記事業により、引き続きネパールへの派遣を行っています。9月6日〜14日にかけて、当研究所アソシエイトフェロー の山田が現地調査を実施しました。
 今回はおもに、日本の専門技術者の指導のもとでの修復が予定されているカトマンズ・ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物群について、内壁面仕上げの仕様調査および写真記録を行いました。建物の壁面は、建設後も度々塗り重ねられ、その材料も変化してきています。そのため、地震で損傷した塗膜層を作業用メスで一枚一枚丁寧に剥がし、各室内壁仕様の変遷を調査しました。これからの修復に向けては、旧塗装面の保存の要否や塗り直しの仕様等を検討していく必要があります。調査結果はその判断材料となるほか、繰り返し改築されてきた建物の歴史を解明する上でも重要な手がかりを得ることができました。
 一方、9月10日には、世界遺産暫定リストに記載された歴史的集落をもつキルティプル市がホスト役となって開催された、カトマンズ盆地内歴史的集落の保全に関するワークショップに参加し、歴史的集落保全のために緊急的に取り組むべき項目についての提言を行いました。この提言を受けて、同市長や各歴史的集落を管轄する地元行政職員、政府考古局職員など参加者の間で熱心な議論が交わされました。歴史的集落保全のための適切な体制を確立するまでには依然として多くの課題があるものの、その実現に向けて大いに期待を感じさせるワークショップでした。

国際研修「紙の保存と修復」2017の開催

実習の様子

 平成29年(2017)年8月28日~9月15日に国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は1992年より東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で、海外からの参加者へ日本の紙本文化財の保存と修復に関する知識や技術を伝えることにより、外国の文化財の保護へ貢献することを目指しています。本年は38カ国79名の応募の中から9カ国(アルゼンチン、オーストラリア、中国、チェコ、ギリシャ、イスラエル、ラトビア、フィリピン、アメリカ)10名の文化財保存修復の専門家を招きました。
 研修は講義、実習、視察で構成されます。講義では日本における有形および無形の文化財保護制度や和紙の基礎的な知識、伝統的な修復材料や道具について取り上げました。実習は国の選定保存技術「装潢修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙本文化財の洗浄から巻子仕立てまでの修理作業を中心に、和綴じ冊子の作製や屏風と掛軸の取り扱いも行いました。研修中盤には名古屋、美濃、京都を訪問し、歴史的建造物の室内における屏風や襖、国の重要無形文化財である本美濃紙の製造工程、伝統的な修復現場などを視察しました。また、最終日の討論会では紙本文化財の修復材料や保存環境といった各国の現状や課題について活発に議論がなされました。
 参加者が本研修を通じ、日本の修復材料や道具だけでなく、和紙を使用した修復方法や技術についても理解を深め、それらが諸外国の文化財保存修復に応用されることが期待されます。

「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による第三次現地派遣

リスによるクラックゲージの破損とクラックディスクの設置
技法調査
煉瓦試験体の製作
レクチャーの様子
現地職人による煉瓦積み実演

 文化庁より受託した標記事業(奈良文化財研究所からの再委託)の一環として、今年度第3回目(9月17日~10月2日)の現地調査を実施しました。今回は外部専門家3名を含む計6名を派遣し、構造挙動モニタリングや、伝統建築技法と生産技術に関する調査、材料実験等を行いました。
 3回目の測定となる構造挙動モニタリングでは、対象建物3棟ともに変形の進行は特に認められませんでした。ただ、クラックゲージの一部が鳥獣の加害により脱落し、継続的な計測ができなかった測点もありました。このため、クラックゲージの被覆やクラックディスクへの交換など、現場の状況に応じた対策を講じました。
 文化遺産建造物が持つ価値には、外形だけではなく建造に用いられた技術も含まれています。ところが、バガンにおける従来の修復作業では当初技法の保存・再現への意識が乏しく、これに関する既往研究も極めて限られています。そこで、今回の調査では建築構造および保存修理分野の専門家とともに20物件を対象に煉瓦積みの技法を確認し、あわせて現地で修理に携わってきた職人へのインタビューや実演を通じて生産技術に関する情報収集も行いました。
 また、技術支援の一環として9月20日にミャンマー宗教文化省考古国立博物館局バガン支局にて講義を行い、副支局長をはじめ13名の同局スタッフが参加しました。「アジア諸国の組積造文化遺産の地震被害」(東京文化財研究所、友田正彦室長)、「レンガ造文化遺産建造物の構造解析のための調査と事例」(東京大学、腰原幹雄教授)、「シャトーカミヤ旧醸造場施設の保存修理工事」(文化財建造物保存技術協会、中内康雄参事)の3題をオムニバス形式で行い、特に補強に関する材料や工法等については強い関心が示されました。
 一方、ヤンゴンではMyanmar Engineering Society (MES)とYangon Technological University (YTU)の協力を得て9月23日~10月1日に煉瓦単体(14点)の圧縮強度試験を行いました。また、バガンでの生産技術調査から得た情報に基づいて材料と配合比が異なる3種類のモルタルを使ったプリズム(4段積の煉瓦試験体)各9体、円筒のモルタル試験体各3体、正方形のモルタル試験体各3体を作製しました。これらについての強度試験は約2か月後に行う予定です。
 引き続きこのような調査や実験を通じて、バガン地域の文化遺産建造物の保存・修復に有益なデータをさらに蓄積していきたいと思います。

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台北におけるワークショップ「染織品の保存と修復」の開催

モデルを用いた着物構造理解の為の実習
絹織物の補強実習

 平成26年締結の国立台湾師範大学との共同研究の一環として、平成29年8月9日(水)から18日(金)に、ワークショップ「染織品の保存と修復」を、同大学の文物保存維護研究発展センターにおいて共同で開催しました。海外の博物館等に所蔵する日本の染織品の保存活用を目的に、日本及び台湾から染織品に関する研究者や技術者を講師に迎えて、基礎編“Cultural Properties of Textile in Japan”と、応用編 “Conservation of Japanese Textile”とに分けて実施しました。両編で合せて、アメリカ合衆国、韓国、タイ、台湾、シンガポール、セルビア、フィリピン、ラオスから、染織品に関する修復技術者等が参加しました。
 基礎編は8月9 -11日に実施し、参加者10名とオブザーバー2名が受講しました。日本の文化財保護制度を紹介の上、繊維や糸などの材料、織りや染色技法の講義を経て、着物の構造理解の為の実習とその歴史的変遷に関する講義を行いました。応用編は8月14-18日に実施し、参加者6名とオブザーバー3名が受講しました。実習を主として、着物の展示方法や畳み方などの取り扱い、科学的な分析や実験と、劣化した絹織物への補強実習等を行いました。ディスカッションの時間も設け、受講者と各国の修復技術や文化に関する意見を交換しました。
 今後も同様の事業を通して、有形文化財としての染織品に加え、それを支える技法や修復技術等の無形文化財に対する理解促進し、在外の日本の染織品の保護に貢献したいと考えています。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復

震災により崩壊した外壁の修復処置
ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局での会議の様子

 平成29年(2017)7月6日~31日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。昨年度より継続して行ってきた、寺院を構成する各種材料に関する科学分析や物理試験の結果をもとに、課題となっていた現行の修復材料や施工方法を見直しました。そして、昨年に発生した地震による被害が最も大きかった箇所の修復処置を、新旧材料の適合性に配慮しながら無事に終えることができました。
 また、ミャンマー宗教・文化省からの参加要請を受け、7月27日に開かれた「第10回 バガン遺跡の地震被害に関する専門家会議」の場において、これまで行ってきた一連の活動内容について発表を行いました。その結果、緊急性を要する今日のバガン遺跡復興に向けた取り組みに役立つ内容であるとの高い評価をいただき、今後協力関係をより一層深めてもらいたいとの要望を受けました。
 こうした現地の期待に答えるためにも、今後も一貫性を持った保存修復活動を続けていくとともに、現地専門家と意見交換を重ねながらバガン遺跡群に適した保存修復方針を組み立てていく予定です。

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