研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


修復材料の適用に関する調査研究

厳島神社における試験施工

 保存修復科学センターでは、文化財の修復材料に関する調査研究を行っています。修復材料は、建造物や美術工芸品など多岐にわたる分野で様々なものが必要とされており、それぞれに対応する材料の開発や評価をします。
 厳島神社でも、大鳥居の修復材料について調査研究を継続してきています。厳島神社は、海上にあるため、苛酷な温湿度環境に置かれ、かつ風雨に直接曝され、塩類の影響も勘案しなくてはならないなど、修復材料の選定には厳しい条件が必要となります。また、潮の満ち引きなどもあるため、施工時間も限定されます。修復材料の選定は、実験室における様々な条件の劣化促進試験と、現地における曝露試験との平行で行われています。
 昨年度までの研究調査において、充填材の仕様が確定し、その表面仕上げ材について現在検討中です。10月22日と23日に今までの成果をもとに、一部の材料の試験施工を行いました。今後は、経過観察を行いつつ、適切な材料選択が可能になるよう調査を継続する予定です。

「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」の開催

殺虫処置実習の様子

 表題の研修は、資料保存を担う方々が、そのための基本知識や技術を学ぶことを趣旨として、昭和59年以来毎年、東京文化財研究所で行っているものです。今年度は、7月14日より2週間の日程で行い、全国から31名の資料保存を担う学芸員や文化財行政担当者が参加しました。
 2週間の間に、温湿度や空気環境、生物被害防止といった資料保存環境の重要事項、また、資料の種類ごとの劣化原因と対策、さらに今回は、災害対応として、水損や放射性物質汚染に関する内容を研究所内外の専門家がそれぞれ担当し、講義や実習を行いました。博物館の環境調査を現場で体験する「ケーススタディ」は清瀬市郷土博物館のご厚意により、同館で行いました。参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定したテーマに沿って調査し、後日その結果を発表しました。
 参加者のほとんどは、現場での長い実務経験があり、それぞれに資料保存において解決すべき施設や設備上の問題意識を持っています。本研修は、学術的観点からの資料保存に重きを置いているため、その理想と現実とのギャップに戸惑う参加者も多く、そのために講義ごとに非常に多くの質問や相談が寄せられます。まさに、そのギャップを認識し、博物館の第1の使命である資料保存のために、現状をスタート地点として何をすべきかを考えて頂くことが本意であり、研修後も参加者とのつながりをしっかりと維持して、相談や助言に応じていきたいと考えています。
 例年、本研修の受講者募集と応募は、都道府県教育委員会の担当部署を通じて行っており、次回の開催通知は平成27年2月頃より、配布予定です。

日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究―2014年度研究報告会

2014年度研究報告会(大韓民国・国立文化財研究所)

 保存修復科学センターは大韓民国・国立文化財研究所保存科学研究室と覚書を交わし、「日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」を共同で進めています。詳細には、屋外にある石造文化財を対象にお互いの国のフィールドで共同調査を行うとともに、年1回の研究報告会を相互に開催し、それぞれの成果の共有に努めています。
 今年度は韓国側が担当であったため、5月27日に保存科学センター講堂にて研究報告会が開催され、保存修復科学センターからは岡田、朽津、森井が参加しました。会場が満席になるほど関心を集めたなか、研究報告会では日韓共同研究の担当者および協力関係にある大学教授から石造文化財に関する発表をそれぞれ行い、会場から多くの質問およびコメントをいただくなど、活発な議論が行われました。なお、今年度は横穴墓を対象に、今後共同調査を行う予定です。

東京藝術大学大学院との協力-新学年を迎えて

水浸した紙の取り扱い実習風景

 平成7年4月から東京藝術大学大学院に協力して、文化財保存学専攻にシステム保存学連携講座を開設し、当所研究員6名が保存環境や修復材料に関する授業を行い、大学院教育に従事しています。新学年を迎えて、文化財保存学専攻に修士1年21名、博士1年9名が入学しました。システム保存学講座も新たに修復材料学教室に修士1年生(指導教員:早川典子連携准教授)を1名受け入れ、保存環境学教室に在籍する修士2年生(指導教員:佐野千絵連携教授)1名と合わせて、2名の学生の論文指導を行っています。当所研究員の研究範囲は多岐にわたるため、大学院の既存講座ではカバーできない保存科学の広範囲の研究者を育てることができる点がこの連携大学院の魅力で、他の講座の学生も質問にやってきます。また教員にあたる所員にとっても、学生の疑問や興味を通して未解決な課題を見つける機会となり、更なる研究の発展が期待できます。新しい分野に飛び込んできた学生たちと、充実した1年がまた始まります。

福島県旧警戒区域から救出された文化財の保管環境調査と放射線対策の実施

放射線汚染物質の除塵清掃実験
放射線量計測方法の講習

 福島第一原子力発電所事故により、周辺環境が放射性物質で汚染された双葉郡双葉町・大熊町・富岡町の資料館から救出された文化財は、最終的には福島県文化財センター白河館「まほろん」の仮保管庫内で保管されています。
 保存修復科学センターでは「まほろん」学芸員に協力して、これらの保管環境の整備を目指す調査を継続しています。3月25-26日には温湿度調査に加え、一部の救出文化財について表面汚染密度計測を行い、ほとんどの資料は放射線物質による汚染がないことを確認しました。わずかに高い数値を示す資料については、包装袋の取り換えやミュージアムクリーナーを使用した除塵清掃を実施し、前・後の放射線量の計測結果から、その効果を検証しました。さらに救出文化財の管理にあたる学芸員には表面汚染の計測方法の講習を実施して手順を習得してもらいました。「まほろん」ではこれから順次、すべての救出文化財についての計測記録を行っていく予定です。

文化財の放射線対策に関する研究会

研究会の様子①
研究会の様子②

 平成23年3月東日本大震災に伴って起こった東京電力福島第一原子力発電所事故により多量の放射性物質が排出され、文化財の被災が懸念される事態となりました。文化財保護の観点から、福島県の文化財施設や文化財の放射線被害の現状把握、計測手法の確立、文化財の移動の基準、除染方法等を検討するため、東京文化財研究所は、独立行政法人文化財機構、独立行政法人国立美術館、全国美術館会議、福島県教育庁、福島県内文化施設とともに、平成24~25年度の2か年をかけて「文化財の放射線対策に関する調査研究」を進めました。その総括報告会として2014年2月12日に標記の研究会を開催しました。
 当日は、まず研究リーダーである石崎武志副所長が主旨説明を行い、桧垣正吾先生(東京大学)から放射線に関する講義がありました。続けて伊藤匡氏(福島県立美術館)からは経緯について貴重なお話をうかがうことができました。その後、ワーキンググループの活動報告を当センターの佐野千絵・北野信彦が行いました(外部からの参加者 36名)。
 研究会の配布資料の一部、『博物館美術館等のリスクマネージメント-放射性物質に汚染された塵埃への対応を中心に-(20140210案)』、『文化財の除染に対する基本的考え方(20140210案)』については、ホームページで公開しております。ぜひご覧ください。

「文化財の保存環境に関する研究会」の開催

保存環境研究会

 保存修復科学センターの研究プロジェクト「文化財の保存環境の研究」は3年目をむかえ、平成26年1月27日(月)にこれまでの研究成果をもとに研究会を開催しました。研究会では、「濃度予測と空気環境清浄化技術の評価」をテーマとした文化財収蔵空間で使用可能な材料を選択するための試験法の試案、内装材料における放散ガス試験データを元に実施した濃度予測による空気環境制御の事例、そして博物館の省エネ化で温度設定を上げた時の汚染ガス濃度の上昇と濃度低減のためのさまざまな低減化手法について解説しました。新築・改修・増築、展示台の新造、ディスプレイ材料の選択など、実際の課題や問題意識を持った参加者が多く、換気の方法、材料の選定、具体的な対処方法、汚染ガスの計測方法や汚染源の特定方法などについて、活発な質問が寄せられました。また製品を選定するための規格の設定や、空気清浄化マニュアルの制作に取り組んだらどうか、などの提案もありました(外部からの参加者 93名)。

第18回資料保存地域研修の実施

研修風景1
研修風景2
山梨県立博物館の保存環境管理体制に関する館内見学

 山梨県内の博物館・資料館等において資料保存に携わる方々を対象に、保存の基礎的な知識を伝えることを目的として、山梨県立博物館を会場に研修を実施しました。今回は、12月11、12日の2日間、「ミュージアム甲斐・ネットワーク」との共催による研修会であり、同県内から41名の参加を得ました。
 まず総論として “保存環境概論・佐野千絵・保存科学研究室長”が資料保存の基本理念、最近の動向などを取り上げました。引き続き、各論として “温湿度”、“光と照明”(吉田直人・主任研究員)、“空気環境”(佐野室長)、“生物被害管理”(佐藤嘉則・生物科学研究室研究員)を、さらに “民俗、考古資料の取り扱いに関する実践的な対応方法”(北野信彦・伝統技術研究室長)と題する講義を行いました。これは、今回の研修では、民俗や考古資料を主に所蔵し、決して管理のための設備や体制が十分とは言えない小規模施設からの参加者が多いことを勘案してのものでした。
 すべての講義が終了した後、山梨県立博物館のご厚意により、展示室やバックヤードの見学を行い、同博物館での管理体制等について、沓名貴彦学芸員より詳しく説明頂きました。沓名氏には、本研修の実現にも多大な尽力を頂きました。
 研修後のアンケートでは、有意義だったという回答とともに、施設の実情に沿った対応方法を知りたいというコメントが多く寄せられました。このような声に応えるために、私達は研修後の参加者とのコミュニケーションを大事にしたいと考えております。

日光東照宮陽明門の外壁側板絵画の保存に関する調査

陽明門壁板絵画の現地調査
X線透過写真撮影装置の設置

 保存修復科学センターでは、「文化財における伝統技術及び材料に関する調査研究」プロジェクトの一環として、現在、東照宮陽明門の塗装彩色修理に伴う調査を行っています。陽明門の東西側壁板には、現在、寛政8年(1796)に作成された「大羽目板牡丹浮彫」が取り付けられていますが、文献史料によると、元禄元年(1688)や宝暦3年(1753)など、それより古い年代に「唐油蒔絵」と呼ばれる技法で描かれた絵画が存在していました。昭和46年の塗装彩色修理では、このうちの東側壁が取り外され、宝暦3年(1753)作成と思われる「岩笹梅の立木 錦花鳥三羽」の絵画が見つかり、当時の保存科学部が調査を行いました。また西側壁板の下にも「大和松岩笹 巣籠鶴」の絵画が描かれていたことが当時のX線透過写真撮影でわかりましたが、上の壁板を取り外さなかったため、実物を見ることはできませんでした。今回、上の西側壁板を塗装修理するために取り外したところ、218年ぶりにこの絵画の存在が確認されました。しかし、変色や剥落などの劣化が著しいため、当センターでは日光東照宮と日光社寺文化財保存会に協力して、これを防止するための材質や劣化の調査、さらには絵画史研究者も参加してこの絵の下にあるとされる古い年代の絵画痕跡を確認するためのX線透過写真撮影などを実施しています(写真1,2)。この成果を、寛永13年(1636)の造営以来、日光東照宮陽明門を荘厳してきた塗装彩色の実態の解明や、今後、これらを少しでも良い状態で保守管理するために役立てたいと考えています。

「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」の開催

害虫の脱酸素処理実習の様子

 表題の研修を7月8日より2週間の日程で開催し、全国から30名の学芸員や行政担当者が参加しました。本研修は、講義と実習を通して資料保存に必要な基本知識と方法論を学ぶことを主眼とし、(1)自然科学的基礎に立脚した資料管理と保存環境に関する項目、(2)文化財の種類ごとの劣化要因とその防止対策に関する項目の2つの柱から成るカリキュラム構成で実施しました。
 保存環境実習を実地で応用する「ケーススタディ」は新宿区立新宿歴史博物館のご厚意により、同館で行いました。参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定した展示室、収蔵庫の温湿度分布、外光の影響、また生物被害管理などの実地調査と評価を行い、後日その結果を発表しました。
 また今回は、東京国立博物館保存修復課の協力を得て、文化財施設における省エネ問題をテーマにしたグループディスカッションを行いました。
 昭和59年度に開始した本研修は今回で30回目となり、通算の受講者は700名を超えました。初期に受講され、資料保存の第一線で尽力された方々からの世代交代が進みつつあります。これから次世代に保存の任務が継承されていく中で、東文研が負うべき役割とはということを意識しながら、これからの研修のあり方も見定めていきたいと考えています。

ドイツ及びポーランドの近代文化遺産の保存状態に関する現地調査について

露天掘りで石炭を採掘しながら掘り出した跡を埋めて行くための全長500mを超える長大な鉄構造物。(トランスポーターブリッジF60)
ドイツ軍により爆破されたガス室と焼却施設。爆破当時のままの状態で保存されている。(アウシュビッツ/国立オフィシエンチム博物館)

 近代文化遺産研究室は、5月24日(金)から6月4日(火)まで、ドイツ及びポーランドにおいて近代文化遺産に関係する7カ所の世界遺産及び世界遺産候補を含む地域、鉄道や産業遺産の保存・修復に関する現地調査を実施しました。ドイツでは、世界遺産に登録されているベルリンのモダニズム集合住宅群、登録抹消されたドレスデンとエルベ川渓谷、登録を目指すベルリン・エレクトロポリス(重電産業発祥地)やフライブルグ地方の炭坑と景観、また、長さが500mを超える長大なトランスポーターブリッジ「F60」(石炭の露天掘りに使用)、エルベ川を航行する蒸気外輪船や蒸気機関車を運行している保存鉄道等の調査を行いました。それぞれ特徴があり、工夫を凝らした手法を用いて保存活用されていました。ベルリンの集合住宅は、見た目は地味ですが、居住者と管理者が一体となって文化財である建物を守って行こうとしている事がよく分かりました。ポーランドでは世界遺産であるクラクフの旧市街及びアウシュビッツ強制収容所(国立オフィシエンチム博物館)を調査しました。アウシュビッツは、その歴史的特殊性から博物館として保存する事自体も議論の対象となったようですが、現在では多くの人々が訪れています。公開施設の中で、ドイツ軍が撤退時に爆破して逃げたガス室と焼却施設について、現状のまま保存されていますが、煉瓦造モルタル塗りであり保存手法が問題となっています。これは広島の原爆ドームも似たような状況であり、情報共有する事でお互いにとって有益ではないかと感じました。

日韓共同研究報告会2013の開催

フゴッペ洞窟における共同調査

 保存修復科学センターでは、大韓民国・国立文化財研究所との国際共同研究「文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」として、屋外にある文化財の保存修復について調査研究を進めています。その中で、両国の研究者がより親密に研究交流できるよう、毎年研究報告会を相互で開催しています。 今年度は5月21日(火)、東京文化財研究所地下会議室において研究報告会を開催しました。韓国国立文化財研究所からは金思悳・李鮮明・李泰鐘・全有根の四氏が、東京文化財研究所からは朽津信明・中山俊介・森井順之が発表を行い、屋外にある文化財の保存修復について議論を行いました。また、翌日からは北海道で共同調査を行い、フゴッペ洞窟(余市町)や手宮洞窟(小樽市)で岩刻画の展示・保存に関する現状調査を行いました。現在韓国では、蔚山にある盤亀台岩刻画の保存についての検討が課題となっていますが、韓国側研究者から展示照明や施設管理などに関して多く質問がなされ、我が国における岩刻画の保存事例が参考になったものと思われます。

刊行物のインターネット公開

 保存修復科学センターと文化遺産国際協力センターが発行している研究紀要「保存科学」は第1号からのすべての記事をPDF化し、ホームページ上で公開しています
 (http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/cosery_s/consery_s.html)今回、最新号である第52号掲載の4件の報文22件の報告のアップロードを完了しました。また、生物被害対策に関する1つのパンフレットと3つのポスターも公開しましたので、是非ご活用ください。(http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/publication.html#002)。
 刊行物の多くは、関係機関などへ配布していますが、文化財保存に関わるより多くの方に役立つ情報を提供するため、今後も積極的にインターネットを通じた公開を進めていく考えです。

『保存科学』第52号 発刊

 保存修復科学センター・文化遺産国際協力センターが発行する東京文化財研究所の研究紀要『保存科学』の最新号が、平成25年3月26日に刊行されました。被災文化財保存のための調査研究、キトラ古墳壁画の微生物対策に関する研究成果など、当所で実施している各種プロジェクトで得られた最新の知見が4本の報文と22本の報告として発表されています。東文研WEBページには、『保存科学』第1号からのすべての記事がPDF版で公開されています(http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/cosery_s/consery_s.html)。第52号についても、近日中にアップいたします

“「文化財の保存環境を考慮した博物館の省エネ化」に関する研究会-LED照明導入と省エネ-”の開催

研究会の様子(藤原工氏のご講演)

 近年、白色LED照明技術の発展は目覚ましく、高演色化や色温度のバリエーション化は、色の再現性と様々な演出効果の実現を求める展示照明への導入を検討できるレベルにまで達していると言えます。一方で、文化財施設からは資料への影響や、従来の照明との見え方の違い、導入コストに見合った電力消費削減の実現などに対する不安の声も少なくなく、白色LED開発と展示照明としての現状に関して情報共有を図る必要があると考え、表題の研究会を平成25年2月18日に開催しました。
 本研究会では、技術開発に携わる専門家と、展示照明としての導入を行った美術館の担当者、それぞれ二人ずつをお招きして、それぞれの立場からの報告をして頂きました。技術開発に関しては、株式会社灯工社の藤原工氏から白色LEDの基本原理と最新の技術動向について、また、シーシーエス株式会社の宮下猛氏には、従来の青色励起型に比べて、より自然光に近い発光特性を持つ紫色励起白色LEDの開発と博物館施設への導入についてお話頂きました。また、展示照明として早い時期に白色LEDを導入した山口県立美術館の河野通孝氏からは、色温度のコントロールといったLED光源の特性を最大限に活かした展示演出などの実践に関して、また、国立西洋美術館の高梨光正氏からは、実測に基づく省エネ効果に加えて、特に油彩画の従来照明と比較した見え方の違いといった、常に作品と接しているからこそ感じる白色LEDの特徴について取り上げて頂きました。
 近年、地球温暖化対策として、エネルギー効率の低い白熱電球の生産が段階的に縮小・廃止されています。また、今年10月に国際条約として採択される見込みの「水銀に関する水俣条約」では、水銀を含む製品の2020年以降の生産縮小が決まる見込みで、蛍光灯の使用継続に困難が生じると予想されます。代替光源の導入が文化財施設にとって否応無しの問題となっている現状を反映して、今回は全国から130名の参加者を得ました。質疑応答では紫外線の除去や温度変化といった資料保存、また色温度などや演出に関わる問題まで幅広い質問が出されました。今回の研究会でも明らかになった課題や関係者の期待に応えるためにも、私たちはこれからも白色LEDとさらに次世代光源である有機ELに関する最新の情報収集と保存の観点からの研究・評価を行い、また現場のニーズを開発側に伝える役割を果たしながら、これらの光源が真に展示照明となりうるための一役を担っていきたいと考えています。

第6回伝統的修復材料及び合成樹脂に関する研究会

研究会での発表の様子
研究会での総合討議の様子

 保存修復科学センターでは、1月24日(木)に当研究所セミナー室において、各種伝統的な修復材料のうち「建築文化財における塗装彩色部材の劣化と修理」をテーマとして取り上げた研究会を開催しました。この研究会は、平成21年度に開催した第3 回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理 ―その現状と課題―」、平成23年度に開催した第5 回研究会の「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。建築文化財の外観などに塗装彩色された材料や部材は、日本の気候風土の中では材質劣化や生物劣化が起こる場合が多く、これらに対処する修理が繰り返し行われてきた歴史があります。
 今回の研究会では、これらに関する諸問題について、保存修復科学(塗装彩色材料および生物学)・建造物の修理現場・行政指導それぞれの立場から、最新の情報を提供していただきました。まず伝統技術研究室の北野が塗装彩色の材質劣化について述べ、次に生物科学研究室の木川りか室長が塗装彩色を含む部材の生物劣化として、主に日光社寺文化財の虫害と霧島神宮のカビ被害とその対処事例に関する話題提供を行いました。続いて実際の建造物修理担当者である京都府教育庁指導部文化財保護課の島田豊氏から石清水八幡宮の塗装彩色修理、平等院鳳凰堂の塗装修理に関する事例報告、厳島神社工務所の原島誠氏から厳島神社社殿建造物の塗装修理に関する事例報告をそれぞれしていただきました。最後に文化庁文化財部参事官(建造物担当)の豊城浩行氏から、現在文化庁が塗装彩色部材の修理を行う上での基本的な考え方に関する概要説明をしていただきました。研究会のテーマが塗装彩色の修理に直結した内容であることから関係者の関心が高く、盛会でした。

“第36回文化財の保存および修復に関する国際研究集会 文化財の微生物劣化とその対策:屋外・屋内環境、および被災文化財の微生物劣化とその調査・対策に関する最近のトピック“ 開催報告

イタリアのピエロ・ティアノ博士による基調講演
ポスターセッションの様子

 微生物の繁殖は、屋外・屋内の環境を問わず、文化財にとっての大きな劣化要因となっています。東日本大震災における経験は私たちの記憶に新しいところですが、とくに地震・津波などによって被災した文化財については水濡れの影響から、微生物劣化が短期間のうちにおきやすく、その状況をみきわめるための調査と対策がきわめて重要となっています。そこで、保存修復科学センターでは、当研究所が各部門の持ち回りで毎年開催している“文化財の保存および修復に関する国際研究集会”の第36回目として、2012年12月5日(水)~12月7日(金)に、東京国立博物館・平成館・大講堂にて標記のシンポジウムを担当・実施しました。初日には外国専門家の基調講演に続き、被災文化財の生物劣化についてのセッション、2日目には屋外の石造文化財、木質文化財の生物劣化に関するセッション、そして最終日には屋内環境にある文化財の生物劣化の調査法や劣化の環境要因に関わるセッションを行いました。3日間を通じて合計15件の招待講演のほかに、国内外から23件のポスター発表があり、232名の参加者(のべ参加者数421名)を得て、活発な議論が行われました。今回は、イタリア、フランス、ドイツ、カナダ、中国、韓国など、海外からも多くの専門家が来日参加しました。今回のように、文化財の微生物劣化に特化したテーマでのシンポジウムは国際的にみてもほとんどなく、ヨーロッパ地域からも含めて自費で参加して下さった専門家が多かったものと思われ、まさに国際研究集会と呼ぶのにふさわしい、充実した情報交換ができました。終始、積極的にご協力いただいた発表者、参加者の方々に心より感謝致します。

在外日本古美術品保存修復協力事業における漆工品の保存と修復に関するケルン・ワークショップの開催

日本の伝統的な漆材料と技法の概説(workshop Ⅰ)
木箱を使った接合実習(workshop III)

 文化遺産国際センターでは、在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として、11月2日から11月16日にかけて、ドイツ・ケルン東洋美術館の協力で、漆工品の保存と修復に関するワークショップを同美術館で実施しました。
 このワークショップは学生、研究者、学芸員、保存科学者、修復技術者を対象とし、スウェーデン、ポルトガルやチェコなどのヨーロッパ諸国からだけでなく、アメリカやオーストラリアなど11か国から合計19名が参加しました。
 講義は漆工品の修復概念、材料学、損傷、調査手法や修復事例を取り上げ、実習では養生、クリーニング、漆塗膜の補強や剥落止めなどさまざまな修復技法にかかわる工程を実験的に行い、好評をいただきました。 また、期間中にはケルン東洋美術館シュロンブス館長のご発案により、ロッシュ副館長が館内の常設展示や特別展の見学ツアーを行うなど、美術館側も参加者との交流を深めました。
 漆工品は16世紀から輸出され、現在でも多くの博物館、美術館や宮殿に保管されています。このワークショップを通して習得した知識や保存修復技術によって漆工文化財がより安全に保管され、継承されていくことが期待されます。

第26回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「御料車の保存と修復」開催

図面を使っての発表

 「御料車(ごりょうしゃ)」とは、天皇を始めとする皇族方が乗車する専用の鉄道車両や自動車を指します。明治時代に我が国に鉄道が導入されて以来、多数の鉄道車両が御料車として製作され、その第1号は現在国の重要文化財に指定される等、文化財としての価値が認められているものの、一般にはなかなかその詳しい様子を知る事が出来ませんでした。そこで保存修復科学センターでは、11月30日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室において「御料車の保存と修復」と題する研究会を開催しました。
 「動く美術工芸の粋」とも、「明治時代の文化を凝縮した世界」とも言われる御料車は、皇族方の専用車両というその特殊な性格ゆえに、内装その他も製作された時代の先端をいく特別なものです。現在、展示公開されているものとしては、鉄道博物館に6両、博物館明治村に2両がありますが、いずれもガラス越しの鑑賞であり、内部の細かい装飾や造作までは直接見る事が出来ません。今回は、はじめに御料車の技術的な側面から、日本の鉄道の発展との関わりや技術的な特徴の解説があり、次いで御料車を保存展示している両博物館の担当者からそれぞれの御料車内部の特徴有る装飾や造作を紹介して頂くと共に、日々のメンテナンスや展示方法に関する苦労や工夫をお話し頂きました。また、鉄道博物館で展示されている御料車の修理に携わった2人の技術者からは実際に御料車の修復作業を実施したときの話を伺いました。更に、台湾に残されている日本統治時代に製作された御料車に関する話が台湾の専門家によって紹介された事も今回の特筆すべき内容でした。
 御料車に対して、鉄道車両の保存という技術的な捉え方だけではなく、美術史的・工芸史的な文化財としての価値をも意識した保存が必要だという事を気づかされた研究会でした。当日の参加者は53名を数え、最後に発表者との活発な質疑応答も行われました。

「第17回資料保存地域研修」の開催

佐藤嘉則研究員による「生物被害」講義の様子

 保存修復科学センターでは、様々な研究会や研修会を通じて、博物館・美術館・資料館において資料保存に従事している方々に、そのための知識や技術に関する情報をお伝えしています。「資料保存地域研修」は、私たちが毎年一回、特定の地域にうかがい、その地域の保存担当者の方々を対象に1日の日程で開催する研修会です。今年は岡山県博物館協議会との共催で、10月16日岡山県立美術館を会場にして実施しました。参加者は56名を数えました。当センターからは佐野千絵(保存科学研究室長)、佐藤嘉則(生物科学研究室研究員)、吉田直人(主任研究員)が講師を担当し、「保存環境総論」「温湿度」「空気環境」「光・照明」「生物被害」という内容をお話ししました。この研修は、私たちが毎年東京で実施している2週間の「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」に参加することのできない方々からも、大変に好評を頂いています。ただ、私たちの話はともすれば推奨される保存環境や設備といった内容となりますので、しばしば「そのような設備が無いところではどうするのか?」という質問が出されます。もちろん、それぞれの博物館や美術館には個別の事情がありますので、一つの答えを呈示することは困難です。このような現実を認識し、今後も日常の研究を充実させ、様々なケースにお答えできるようにしていきたいと考えています。

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