研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ボルネオ島サラワク洲における削りかけ状祭具の調査

ブラワンの削りかけ
客人歓迎のための装飾
カヤンの削りかけ
焼畑の際に削って立てる

 6月下旬、ボルネオ島サラワク州において日本の「削りかけ」に酷似した木製具の調査を行ないました。削りかけは、日本では小正月に飾る慣習が広く認められるほか、アイヌ民族における最も重要な祭具(イナウ)でもあります。削りかけに酷似する祭具がボルネオでも見られることはこれまでも知られていましたが、専門家による現地調査や比較研究は従来ほとんど行なわれてきませんでした。そこで今回は、アイヌ文化やイナウ研究を専門とする北海道大学アイヌ・先住民研究センターの先生方と共同で、将来的な比較研究のための予備調査を行ないました。
 現地ではいくつかの民族に話を聞く機会を得たほか、製作も見せていただくことができ、その習俗についておおよその概要を知ることができました。民族により、削りかけ状祭具の名称、用途、形態、素材等は少しずつ異なりますが、例えばイバンではBungaiJaraw(bungaiは花を意味する)などと呼ばれ、現在では客人を歓迎するための単なる装飾と捉えられることが一般的のようでした。しかし、かつては首狩り習俗や伝統的な祭りに際して重要な役割を果たすなど、より象徴的、宗教的な意味合いを持たされていた痕跡も見受けられ、さらに踏み込んだ調査が必要と言えます。
 今後もボルネオをはじめとする国外の削りかけ状祭具の調査を進めることで、日本列島における削りかけ習俗や製作技術についての理解を深め、その文化史的、文化財的な位置づけを究明していきたいと考えています。

韓国文化財研究所との研究交流―仏教儀礼の比較研究―

先祖の供養をする僧侶と信徒
燃灯祭りの出し物

 昨年11月の調印により、韓国文化財研究所との第2次の研究交流が始まりました。初年度は、無形文化財研究室の高桑が、仏教儀礼を対象に5月18日から2週間、調査を行いました。
 日本や韓国では仏教は大きな位置を占めていますが、それぞれ固有に展開したことで宗教儀礼や仏教行事のあり方に相違点が少なくありません。韓国では、釈迦の誕生日にあたる旧暦4月8日は祝日ですし、その1週間前には生誕を祝う大がかりな燃灯祭りを行い、海外からも観光客が集まるなど関心を呼んでいます。禅宗系統の曹渓宗が9割近くを占めるなか、朝昼晩に礼仏を欠かさず行う点は日本と共通していましたが、信徒も泊まり込んで礼仏に参加し、僧侶と一緒に祈祷を行う姿には、日本には見られない熱意が感じられました。
 また、日本では、宗教に関わる儀礼は宗教行為とみなされて重要無形文化財に指定されることはありませんが、韓国では太古宗の儀礼「霊山齋」を世界無形遺産に登録するなど、宗教儀礼に対する措置も大きく異なっています。仏教儀礼の比較調査からは、仏教だけにとどまらない日韓の意識のあり方が如実にうかびあがってきます。

東日本大震災の被災地における無形民俗文化財の調査

津波に流され、被災した「うごく七夕」の山車(長砂組)。家々が流されて更地になった場所に卒塔婆を立て、その前に並べてあった(陸前高田市)
野鍛冶の技術によって作られたアワビ鉤。三陸一帯で使われている。自宅兼工場は津波による被災を免れたが、昨年は多くの漁師が被災したためアワビの口開けがなく、鉤も出荷できなかった(陸前高田市)。

 5月中旬、東北沿岸被災地において、無形民俗文化財の被災・復興状況の調査を行いました。東日本大震災より1年以上たった現在も、有形文化財に比べ、無形民俗文化財に対する調査や復興支援は立ち遅れています。もちろん、関連団体や個人の尽力により、被災情報の収集・発信や、支援者と支援される側を繋ぐ活動などが行われており、大きな力となっていますが、活動全体を繋ぐネットワークがないために、支援のニーズが噛み合わなかったり、支援に大きな偏りが出るなど、種々の問題も浮上しています。
 また特に民俗技術に関しては、震災以前から所在の確認すらなされていなかったケースが多く、未だに被災の全容や必要な支援の情報は掴めていません。樹木や土などの自然素材を原材料とする多くの民俗技術は、津波による物理的被害のみならず、原発事故による材料の汚染や風評被害とも対峙していかなければならない状況にあるはずですが、そうした現状も、把握が困難な状況にあります。
 そうした問題の一方、特に祭りや芸能の場合、鎮魂や供養の意味合いが地域の人々によって強く認識されたり、仮設住宅に入ってバラバラとなった地域を繋ぐ重要な絆として作用するなど、これらの文化が持つ力が改めて見出され、見直される例も多く聞かれます。
 無形文化遺産部では被災地域のこうした状況を注視し、情報収集に努めるとともに、被災地支援のため、また今後起こりうる様々な災害に対応するための、新たなネットワーク作りに着手しています。

『震災復興と無形文化―現地からの報告と提言』の刊行

第6回無形民俗文化財研究協議会

 2011年12月16日に「震災復興と無形文化」をテーマに行った第6回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。協議会では東日本大震災以降の無形文化に関わる現地の状況や課題を、第一線で活動されている方々にご報告・討議いただきました。本報告書は、できるだけ多くの方に現地の状況を知っていただき、情報と課題を共有するために、その全記録をまとめたものです。報告書は協議会参加者全員に配布したほか、全文のPDF版が無形文化遺産部のホームページからダウンロードできるようになっています。
 なお、無形文化遺産部では今年度も引き続き「震災復興と無形文化」をテーマとして、秋頃に研究協議会を開催する予定です。

『無形文化遺産研究報告』の刊行

『無形文化遺産研究報告』第6号

 『無形文化遺産研究報告』第6号が2012年3月に刊行されました。本号には、無形文化遺産に関わる調査・研究に加え、2011年10月22日に開催した無形文化遺産部主催の公開学術講座『東大寺修二会(お水取り)の記録』、そこで企画されていた対談(東大寺長老の橋本聖圓師と東京文化財研究所名誉研究員の佐藤道子氏によるもの)が載録されています。公開講座当日、会場にお出でいただけた方だけではなく、東大寺修二会、ひいては日本の伝統行事・伝統芸能一般に関心を持たれている方にとっても、興味深い対談内容となっています。
 5月中に、全頁のPDF版を前号までと同様にホームページ上で公開する予定です。

/

国際人類学・民族学連合 無形文化遺産委員会 メキシコ合衆国クエルナバカ市

会議の様子

 この委員会は、国際的な学会連合組織である国際人類学・民族学連合に新たに設けられたものです。2012年2月25日、26日にその第1回会合がメキシコのクエルナバカ市にあるCentro Regional de Investigaciones Multidisciplinariasで行われ、日本からは無形文化遺産部の宮田が委員メンバーとして招聘され参加しました。 会議では、専門家の知見を無形文化遺産保護に生かしていくため、どのような貢献ができるかといった観点から、各国参加者による発表及び討議が行われました。日本からは、東京文化財研究所で作成した『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』を紹介するとともに、専門家の立場から無形文化遺産保護のいろいろな事業等へのガイドライン作成での貢献を提言しました。無形文化遺産保護条約の運用面でも、専門家の貢献がますます求められつつある状況で、今後も政府機関とは別個のこうした専門家によるアプローチは重要となっていくことでしょう。無形文化遺産部では、こうした意見交換の場には積極的に参加し、日本の専門家としてその知見を発信していきたいと考えています。

講談『難波戦記』の記録作成

一龍斎貞水師による講談の実演

 講談の記録作成が東京文化財研究所で開始されたのは、2002年度のことです(当時の組織名は東京国立文化財研究所芸能部)。その第1回目から、一龍斎貞水師(現在は重要無形文化財「講談」保持者)には、長編の語り物2席(時代物と世話物)の口演をお願いしてきています。これまでに作成してきた貞水師による講談記録で完結しているのは、時代物の『天明七星談』(2006年6月11日より2005年12月26日まで12回)と『千石騒動』(2006年2月9日より2011年11月22日まで23回)、世話物の『緑林五漢禄』(2006年6月11日より2008年2月13日まで20回)です。2012年2月14日から、時代物としては3演目目となる『難波戦記』が始まりました。豊臣一族が徳川家康によって滅ぼされた大阪冬の陣と夏の陣を題材とする語り物です。
 来年度も引き続き、貞水師にご協力いただき、記録作成を実施する予定です(世話物は『文化白浪』が継続中)。

/

アルメニア共和国における無形文化遺産の調査

家畜や子どもに掛けて「悪魔の眼」から守る木製お守り
様々な形、大きさのスプーン

 2012年1月、アルメニア共和国において無形の文化に関わる調査を行ないました。文化遺産国際協力センターでは、これまでもコーカサスや西アジア諸国において、主に有形の文化遺産に関わる国際協力事業を行なってきましたが、今回は無形文化遺産部の今石がこれらの地域における無形の文化遺産に関する基礎調査を行ない、今後、無形の文化に関わる国際的な研究交流や協力の可能性について探りました。
  滞在中にはアルメニア歴史博物館や国立民族博物館等を訪問し資料調査を行なうと共に、民族学研究者とも懇談し、研究や文化伝承の現状について調査しました。アルメニアでは旧ソ連時代に多くの“伝統的文化”が失われたと認識されていますが、その断片は今日まで伝承されていたり体験として記憶されており、特にキリスト教と融合・併存しながら生き延びてきた土着的な信仰や慣習には興味深いものがあります。食に関する風俗・慣習や民俗技術はそのひとつで、例えば塩には、関連する様々な慣習や、特徴的な塩入れ容器(女性か鳥を象る)が伝承されており、その文化的重要性が窺われます。また食器のひとつである木製スプーンは、日本における箸と同じく個人所有となっており、家族の一人一人を象徴するほか、ここに家の精霊が宿るという考え方もあったと報告されています。主婦権の象徴ともなり、その他、様々な呪術的な用途にも使われたことは、日本におけるシャモジや箸とも共通します。本格的な調査はこれからですが、現地の研究者とも連携を取りながら、どういった形で調査研究や研究交流を進めていくことが可能なのか、これからも模索していく必要があります。

越天楽今様の復原

 「越天楽」、といえば現在ではもっぱら結婚式場で流れる雅楽曲、あるいは民謡の「黒田節」として親しまれていますが、鎌倉時代にも寺院を中心に親しまれていました。雅楽は元来器楽ですが、越天楽のメロディは日本人の琴線にふれるところが多かったのでしょう。さまざまな歌詞をあてて歌われたのです。これを「越天楽今様」、と呼んでいます。
 能は、室町時代のはじめに世阿弥が大成した演劇ですが、能のなかには、他の芸能を取り込んで見せ場とする作品があります。たとえば、雅楽の楽人の妻を主人公とする「梅枝」では、妻が昔を偲んで舞を舞う前に「越天楽今様」の歌詞を挿入しています。現在では謡のメロディが変化して「越天楽」には聞こえませんが、桃山時代のメロディに直すと、「越天楽」のメロディが浮かび上がってきます。観世流の銕仙会では12月の公演で「梅枝」をとりあげましたが、無形文化遺産部の高桑が協力して「越天楽今様」の古いメロディを復原しました。能の古い演出を研究テーマのひとつとする高桑の研究成果を通して、雅楽と能、ジャンルを越えて音楽が交流していたことが実際の舞台で実証されました。

無形民俗文化財研究協議会「震災復興と無形文化」の開催

発表の様子
総合討議

 12月16日、第6回目を迎える無形民俗文化財研究協議会が「震災復興と無形文化――現地からの報告と提言」のテーマで開催されました。
 昨年3月の大震災以降、各地で被災地の文化を守り伝えるべく様々な活動がなされてきました。しかし震災後数か月が経っても、無形文化財とその復興については課題や情報が十分に共有されてきたとは言えない状況にありました。そこで無形文化遺産部では、震災後の無形の文化や文化財について継続的なテーマとして取りあげていくこととし、本年はその一年目として、現地で今何が起こっているのか、何が課題なのか、それを共有し、問題提起と情報発信の場にすることを目指しました。
 会では、震災以前から被災地域で活動してこられた先生方、積極的な後方支援活動や復興活動を展開している先生方5名にご発表をいただき、また、研究と行政の立場からそれぞれ一名ずつのコメンテーターをお願いしました。様々な立場の方々にお話をいただいたことで、多くの問題について、様々な角度から問題提起ができたのではないかと思います。印象深かったのは、テーマが「震災」だったにも関わらず、中心的に話し合われていたのが、実は震災以前からの課題であったことです。例えば民俗文化を保護するとはどういうことか、後継者不足や地域コミュニティの縮小とどう向き合うのか、無形の文化財行政の制度的問題、また、民俗芸能や宗教・信仰など無形の文化の持つ力や本質的意義についてなど。震災という巨大な非日常が、暴力的な形で日常の様々なひずみや、ものの本質を焙り出したといってよいかと思います。特に今回は、原発問題に揺れる福島からも発表者にお越しいただきました。同じ被災地という言葉で括られても、岩手・宮城県と福島県の状況は全く異なります。私たちはいまだに、フクシマの復興について語る言葉をほとんど持っていません。原発という、本来人間の力でコントロールできないものが、地域の文化からまったく切り離された形で抱え込まれていたという現実が、ここに改めて示されたといってよいでしょう。
 無形文化遺産部では、引き続き、震災復興と無形文化をテーマとして取り上げることで、情報発信と共有の役割を担っていきたいと考えています。なお本協議会の内容は、2012年3月に報告書として刊行する予定です。

茨城県日立市十王「ウミウの捕獲技術」の調査 第二弾

15㍍の断崖にあるトヤ(鵜を待つ小屋)と囮の鵜
カギを使って捕獲されたばかりの鵜

 11月上旬、茨城県日立市十王町にて「ウミウの捕獲技術」(日立市無形民俗文化財)の調査を行ないました。春に震災被害の調査を兼ねて同地を訪ねてから、二回目の調査です。今回はちょうど秋の鵜捕りシーズンに当たっており、実際の捕獲の様子も調査・記録することができました。鵜捕りは、囮の鵜を用いて飛来する鵜をおびき寄せ、長いカギで引っ掛けて捕獲するものです。捕獲された鵜は、嘴をハシカケと呼ばれる専用の道具で固定し、竹かごに入れて依頼のあった全国の鵜飼地へ輸送されます。今秋は囮の鵜三羽を含む、一九羽が捕獲されました。
 今回の調査では、たまたま一羽の鵜の捕獲に立ち会うことができましたが、何日待っても一羽も飛んでこない時もあるということで、技術体系としては、鷹の捕獲技術やマブシ猟などと同じ、待ち伏せを基本とする古い狩猟の形態をよく保存しています。質のよい鵜だけを見極めて獲る必要があること、大量の捕獲の必要がないことなどから選択・継承されてきた捕獲方法といえます。しかし逆に、鵜捕りだけでは生業として成り立ちにくいことから、後継者不足もひとつの課題になっています。全国の十二の鵜飼地において用いられる鵜は、ほとんどすべてがこの場所で捕獲されたものであり、鵜飼の伝承を下支えするものとしても重要な意味を持つ民俗技術です。今後、技術の伝承を支えていくための、さらなる保護が必要になってくるものと思われます。

無形文化遺産保護条約第6回政府間委員会

無形文化遺産保護条約第6回政府間委員会

 無形文化遺産保護条約第6回政府間委員会は、去る11月22日から29日の1週間、インドネシアのバリ島ヌサドゥア地区のバリ国際会議センターにおいて開催され、東京文化財研究所からは、無形文化遺産部の宮田繁幸・今石みぎわ、企画情報部の二神葉子の3名が参加しました。今回の会合では、緊急保護一覧表に11件、代表的一覧表に19件の新たな無形文化遺産の記載が、また推奨保護計画として5件の登録が決定されました。日本からは、代表的一覧表への推薦済み案件のうち、6件が審査され、「壬生の花田植」、「佐陀神能」の2件が記載、「本美濃紙」、など4件は情報照会の決議がなされました。この情報照会という手続きは、今回の委員会から運用が始まったもので、補助機関が記載・不記載の勧告をするのに申請書の情報が不足である場合になされる勧告です。今回は初めてということもあり、この情報照会の是非を巡り、個別案件ごとにかなり議論が展開されました。また、1昨年度から問題とされている、申請書処理数の制限、各国申請件数のシーリング、専門家による諮問機関の導入の是非、等に関しては、昨年まで以上に委員国間の意見対立が大きく、いくつかの議題では今までにない多数決投票による決定にまで至りました。本格的な運用開始から3年あまりで、無形文化遺産保護条約は大きな転換点に来ている状況を如実に表したものといえるでしょう。日本国内でも関心が高い問題であり、また無形文化遺産分野での国際交流を進めていく上でも、今後ともこの動向を注視していくことが必要です。

無形文化遺産部公開学術講座「東大寺修二会(お水取り)の記録」

公開学術講座プログラム
対談の様子
展示会場の様子

 第6回無形文化遺産部公開学術講座が10月22日に東京国立博物館平成館大講堂で開催されました。
 今回の講座では、無形文化遺産部が所蔵する無形文化財関連の資料の中から、東大寺修二会(お水取り)の録音記録を取り上げました。1967年から継続的に行われた調査の過程で蓄積されてきた東大寺修二会の現地録音は、10インチのオープンリールだけでも約400本にも上る膨大なものです。1960年代から90年代にかけて修二会に参籠されていた橋本聖圓師(東大寺長老)と、調査で中心的な役割を果たされた佐藤道子氏(東京文化財研究所名誉研究員)との対談の合間に、そうした録音記録の一部を紹介しました。また、平成館小講堂では東大寺修二会に関連する珍しい資料の展示を併催しました。
 一般参加者は200人を超える盛況で、アンケートでは展示ともども大変な好評をいただきました。
 橋本聖圓師と佐藤道子氏の対談では非常に興味深いお話をうかがうことができました。今年度の無形文化遺産部の報告書に、その内容を掲載する予定です。

/

秋田県仙北市における茅葺き技術の調査

作業用の木製足場の組立(A家)
差し茅を行う職人(B家)

 10月中旬、秋田県仙北市で茅葺き技術の調査を行ないました。茅葺きはススキ、ヨシ、カリヤス等の植物材によって葺かれた屋根の総称で、民家や寺社建築の伝統的形態のひとつです。高度経済成長期以降、茅葺き屋根をめぐる技術・景観・文化は急速に失われており、高齢化にともなう職人の減少や茅材料の不足が衰退に拍車をかけています。
 調査では茅葺き職人の後継者育成や技術の記録保存等の事業を行っている「秋田茅葺き文化継承委員会」の案内により、職人への聞き取りと技術の実地調査を行ないました。茅葺き屋根を維持する技術には、大きくわけて「葺き替え」(茅を全面的に葺き替える技法)と「差し茅(さしがや)」(痛んだ茅を差し替える技法)がありますが、秋田を含む東北日本海側の茅屋根はそのほとんどが「差し茅」によって維持されるという点で、全国的にみても特徴的です。
 研究では差し茅技術の特徴を調査・記録していくと共に、これをひとつの民俗技術と捉え、その文化的意義を明らかにしていきたいと考えています。

国際研究集会「染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―」の開催

会場の様子

 第35回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―」を東京国立博物館平成館において、9月3日から5日の3日間開催しました。このシンポジウムでは、国内外から染織品制作の技術者、染織品修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の各専門家を招き、有形である染織品を「つくる」「まもる」「つたえる」といった無形の側面よりアプローチすることで、今後の「染織技術」研究の道筋を示すことを目的としました。そして、主催者としては、今日における染織品の制作や修復の際に直面する原材料・道具の問題、技術を次世代へと伝えていくための後継者養成をめぐるシステム、多角的な染織技術研究のあり方などについて、この機会に情報の共有化を図り、議論を深めることも意図しました。
 冒頭に行われた2本の基調講演では染織技術が時代により変化して然るべきものであることや、それぞれに時代により失われた技術が多くあるという染織技術に関する根本のテーマについて参加者との共有を図ることができました。これに続いて、「染織技術をまもる」「染織品保存修復の現状」「染織技術へのまなざし」「染織技術をつたえる」の計4セッションを設け、最後に総合討議が行われました。各セッションでは、技術者の立場からの染織技術継承に向けての提言や、修復技術に関する国外・国内の歴史や現状、染織技術研究に向けての国内外の染織品や関連資料の検討方法や、後継者育成についてなどいずれも興味深い報告が続きました。討議の中では、変化しながら受け継がれてきた染織技術を、現在どのように保護していくことができるかという問題や染織品修復技術の技術者側の抱える問題、そして、国内外の近代染織品収蔵の考え方の相違など、さらに議論が必要である項目が取り上げられました。このような多様な論点に対して具体的な解決策を議論する時間が不足したことなどの反省点もありますが、参加者からは、現在、染織技術保護が抱えている課題を共有する機会として、また、新たなネットワーク構築に向けて大いに有益であったとの好意的評価をいただくことができました。
 本研究集会の詳細な記録は、来年度、報告書として刊行する予定です。

佐賀県立博物館新収資料花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」の調査

花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」背面

 佐賀県立博物館に寄贈された花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」の調査を、武蔵野音楽大学の薦田治子教授と一緒に行いました。これは、明国出身の武冨家に伝来したもので、大財聖堂を築いた武富廉齋(1638~1718)の父が清国の商人から購入し、廉齋が後水尾天皇の求めで御前演奏を行って「孝鳥弦」の名を下賜された、という伝えのある琵琶です。裏面に螺鈿の細工があり、徳川美術館の小池富雄氏が明時代の技法、と判定されましたが、従来知られていた明時代の琵琶よりは胴がふっくらした形態で、中国南部の南琵の系統を引く楽器と考えられます。日本で弾奏するために、中国琵琶特有の柱(ブリッジ)を表板からはずした可能性も考えられるので、今後、中国との比較研究を行って、さらに詳しく調査を行いたいと思います。

日韓無形文化遺産研究会の開催

ロビー展示「無形文化遺産の記録」展示を前に議論する日韓の研究員

 無形文化遺産部では、近年の世界的な無形文化遺産保護の気運の高まりに応じて、アジア地域を中心とした各国の関係機関との国際的な調査研究協力を積極的に進めています。その一環として、2008年には韓国国立文化財研究所無形文化財研究室との間に「無形文化遺産の保護に関する日韓研究交流」合意書を交わし、以後3年間にわたって国際研究交流を行なってきました。その研究交流の集大成として、8月9日、東京文化財研究所にて日韓無形文化遺産研究会が行なわれました。韓国から6名の研究者が来日して参加し、韓国側の発表者3名を含む6名が、無形文化遺産に関する研究発表を行ないました。また、研究会の後には今後の研究交流についての協議が行なわれ、2012年から五か年計画で、引き続き交流を行なうことが合意されました。

ヘレン・ケラー初来日時の音声資料

フィルモン音帯「トーキングブツク/ヘレンケラー」大阪芸術大学博物館所蔵

 無形文化遺産部は、早稲田大学演劇博物館(演劇映像学連携研究拠点)と共同で、フィルモン音帯(日本で開発されたエンドレステープ式の長時間レコード)の調査研究を実施しています。
 フィルモン音帯は、生産期間が1913年から1915年と短かったため、現存数は決して多くありません。1937年に初来日したヘレン・ケラーが録音を行っていたことは事実として知られていましたが、現物を確認できない音帯のひとつでした。調査の過程で、その音帯が大阪芸術大学博物館に現存することが明らかとなりました。この時の録音以外には、初来日当時の肉声は残されていないようです。歴史的にも貴重な資料であり、8月18日付『読売新聞』夕刊には紹介記事が掲載されました。
 フィルモン音帯の概要は『無形文化遺産研究報告』第5号(2011年3月刊)に報告しています。収録内容を含め、その詳細は今年度の報告書にまとめる予定です。

/

京観世の記録化

 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターでは5月から「京観世の記録化」という研究会を始めました。2月に大学創立百三十周年記念の公開講座「京観世の伝統―記録と記憶から聞こえるもの―」をおこないましたが、そこで講演をおこなったつながりで、高桑無形文化財研究室長が、この研究会に参加しています。京観世は、大正時代半ば頃まで残っていた京都独特の謡の伝承です。現在では途絶えてしまいましたが、無形文化遺産部では50年前に録音をおこない、30年前にその録音を中心にしたレコードの作成にも関わっていました。そのときどきの資料を扱いながら、京観世の伝承を甦らすべく、共同研究をおこなっています。

山口県下松市米川地区の莚織り技術調査

座談会形式で村の方々に昭和20年代の暮らしについてお聞きしました

 7月4日~5日の二日間、下松市米川地区(旧米川村)の西平谷にて莚(むしろ)織り技術の調査を行ないました。西平谷は西谷・平谷から成る谷筋の山間集落ですが、昭和30年以降、沿岸市街地への転出が一気に進み、現在では両村合わせて10戸に満たないほどに過疎化が進行しています。この地域で、地域おこしの一環として、地元有志を中心に莚織りの技術を復活させようとする活動が昨年度から行なわれてきました。莚は古くより日本の百姓の暮らしのなかでごく当たり前に見られた民具であり、その技術もすでに近世から日本列島でほぼ共通しています。しかし当たり前であるからこそ、その技術がきちんと記録されることはほとんどありませんでした。西平谷の莚は自家用に織り継がれてきたものであるために、最も単純な道具を用いた技術であり、莚織り技術のより古い形を保存していると考えられます。調査研究では地元有志をお手伝いする形で莚織り技術を復元し、記録・伝承するとともに、莚という民具の背景にある村の暮らしや環境を掘り起し、記録することを目指しています。

to page top