研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第9回東京文化財研究所無形文化遺産部公開学術講座

「海道下り」佐藤友彦師

 10月18日、第9回東京文化財研究所無形文化遺産部公開学術講座を東京国立博物館平成館で行いました。今回のテーマは「流行歌としての道行―「海道下り」を中心とした能・狂言歌謡の源流と広がり―」です。旅の道程を謡った道行は昔から人々の心を引き、流行歌としてブレイクしました。大阪工業大学の岡田三津子氏の講演をまじえ、その諸相を鎌倉時代に流行した早歌から能・狂言へとたどり、現在の伝承について考察しました。第三部では佐藤友彦(和泉流狂言師)朝倉俊樹(宝生流能楽師)両氏による謡や小舞の実演も披露し、参加者から満足度の高い評価を受けました。

山形・岩手県における神楽調査 ―韓国国立無形文化遺産院との研究交流―

東北の神楽についての成果発表を行う李明珍氏(左)

 無形文化遺産部と「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」を行っている韓国国立無形文化遺産院より、本年は調査研究記録課の李明珍氏が8月11日より30日間に渡って来日されました。今回、李氏は「東北地域の神楽伝承」をテーマとし、杉沢比山番楽〔すぎさわひやまばんがく〕(山形県遊佐町)および早池峰岳神楽〔はやちねたけかぐら〕・幸田〔こうだ〕神楽(岩手県花巻市)の共同調査を行い、9月8日に当研究所セミナー室で開催された成果発表会にて、その研究成果が報告されました。
 李氏は、まず東北地方の修験道の特色、神楽と修験道との関わりについて基礎的な把握をした上で、三つの神楽伝承を比較検討しました。特に伝承の維持・継承の具体的事例、保存会や行政の関与といった、無形文化遺産の保護に関した問題を詳細に考察し、韓国と比較して論じました。また民俗芸能としての東北地方の神楽伝承の特徴についても論及し、韓国における「クッ」や「仮面劇」との比較の可能性をも示唆しました。無形文化遺産について、文化財保護と民俗学双方の観点から現状と問題点が提示された、有意義な成果発表会となりました。

『大洋州島嶼国調査報告書』の刊行と南太平洋大学との研究交流

大洋州島嶼国調査報告書
南太平洋大学の研究所スタッフとともに

 昨年度実施された文化庁委託文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)の一環である大洋州島嶼国調査報告書が刊行されました。気候変動に伴う海水面上昇による影響が懸念されるキリバス共和国・ツバル両国の文化遺産や、それを取り巻く環境について写真を中心に構成された報告書です。
 また本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業を改めて実施することになり、相手国拠点であるフィジーの南太平洋大学を8月8日に訪問。同大学の環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター所長のエリザベス氏らと面会し、研究交流に関する覚書を締結するための協議を行いました。またキリバス共和国・ツバルの無形文化遺産を中心とした調査報告も行い、それに対するご意見も頂きました。
 無形文化遺産部では、本事業を通じて大洋州島嶼国の無形文化遺産の保護および記録のための技術移転・人材育成などを今後も進めてゆきます。

韓国国立無形遺産院との研究交流

膠の原材料(ニベの浮袋)

 無形文化遺産部では韓国国立無形遺産院と研究交流を行っています。本年度は菊池が8月18日より2週間、韓国の染織技術について伝承の現状を調査しました。
 染織技術の伝承には「材料や道具」の情報が不可欠です。出来上がりの見た目が似たものであっても、材料や道具が異なることで、やり方(技法)が変わり、技術にも影響があります。
 現在、日本では文化財保護法の重要無形文化財の各個認定(人間国宝)には指定要件が設けられていません。それは、どのような材料を選び、道具を用い制作していくのかの選択をできることが保持者にとって欠かせぬ要素であるとも考えられているためでしょう。一方、保持団体認定には指定要件の中で材料や道具を制限しているものもみられます。各個認定と団体認定の大きな違いがここにあると考えられます。材料や道具を制限することは制作活動において様々に作用します。生活環境の変化により、手に入りにくい材料や道具もあるからです。このような日本の現状を踏まえて、韓国では材料と道具に焦点をあてて聞き取りを行いました。
 今回調査したのは韓国で重要無形文化財として指定されている金箔、組紐、裁縫、木綿織、藍染の技術です。これらの技術は日本にも根付いていますが、材料や道具が異なります。たとえば金箔を比べてみると、日本では和紙に柿渋を塗り作られた型にフノリ、姫糊、もち糊等が使われてきたと考えられています。一方、韓国では木型とニベという魚の浮袋で作った膠を使用し接着する技術が伝承されています。現在では、ニベ膠を取り巻く環境は変化し、手に入りにくい材料となっているということでした。
 今回の調査を通じて、韓国でも日本同様、どのような材料を選び、道具を用い制作していくのか選択できることが保有者に欠かせぬ要素であると考えられていると感じました。両国とも材料や道具の供給の状況は日に日に変わっています。今まで用いていた材料や道具が選択肢として失われぬよう、技術を支える技術も伝承していくことは両国共通の課題であることが分かりました。

宮城県女川町の復活獅子振り調査

復活!獅子振り披露会に集まった女川の獅子

 宮城県女川町では、獅子舞を「獅子振り」と呼びます。女川町にはリアス式海岸の入り組んだ浦に点在する集落のほとんどに、その獅子振りが伝承されています。しかしその多くが東日本大震災によって壊滅的な被害を受け、道具類が数多く流失しました。それでも再開を望む声は高く、幸いにもいくつかの支援を受けて道具類の再建が叶いました。
 そうして昨夏、復活した獅子振りが一同に会して「復活!獅子振り披露会」が催されました。獅子は本来正月の行事ですが、震災前には7月末に「女川みなと祭り」の中で海上獅子舞がおこなわれていました。集落ごとの獅子が漁船に分乗して海上パレードをするこの行事は、歴史的には新しいものですが既に女川の人々の中に深く根付いています。本年は未だ港湾施設の復興が叶わず、小学校の校庭での披露会となりましたが、集まった大勢の女川町民は、いくつもの獅子が乱舞する様子に、盛んに声援を送っていました。無形文化遺産部では、震災後の女川の獅子振りを継続調査していますが、今年度は獅子振りを中心とした民俗誌の作成に取りかかっています。

染織技術に関わる道具の保存活用に関する調査 -熊谷染めを例として-

 無形文化遺産部では本年度より無形文化遺産を取り巻く道具の保護や活用についての調査研究を行っています。無形文化遺産である工芸技術や民俗技術には、それに関わる道具や工具が不可欠です。しかし、それらの保護体制は未だ整っているとはいえず、現在各地で、技術者の高齢化や後継者不足が原因となり廃業する工房・工場が相次いでいます。それに伴い、道具や工具も失われてしまう危機に瀕しています。いま、無形文化遺産の伝承に欠かせない道具や工具の保護と活用について、その現況を把握し、議論する必要があるのではないでしょうか。
 本年度は埼玉県熊谷市立熊谷図書館の協力を得て埼玉県伝統的手工芸品指定熊谷染(友禅・小紋)に関わる道具や工具についての調査を行っています。熊谷染関連工房には伝統的な工法だけでなく、スクリーン捺染(なっせん)等の近代以降の工法を取り入れているものも見られます。技術伝承を考える上では、伝統的な染織技術を発展させた近代的な染織技術についても情報を整理する必要があります。各工房に保管され、使われてきた道具は技(わざ)を理解するために欠かせぬ情報です。調査を進めていくと、工房により道具の種類、使用方法やメンテナンスが異なることがわかってきました。今後も道具をキーワードとして情報を整理しながら、無形文化遺産の新たな伝承方法について考えていきたいと思います。

震災被災地域における民俗誌活用の取り組み

ふるさとセンターでの講座風景

 無形文化遺産部で昨年度に作成した『ごいし民俗誌』は、東日本大震災で大きな津波被害を受けた岩手県大船渡市末崎町碁石地区の祭礼や暮らしの様子を綴った報告書です。この報告書を現地の方々と一緒に読み、活用する試みが始まりました。今回は末崎地区で活動を続ける霞が関ナレッジスクエアの「デジタル公民館」活動の中で、「まっさきに学ぶ!ふるさとの記憶をたどる…ごいし民俗誌から」と題して講座形式で開催。無形文化遺産部から久保田裕道が参加しました。末崎地区ふるさとセンターを会場に、参加者は約30名。レクチャー後には、様々な情報交換が行われました。今後も地域の方々が主体となってより身近な民俗誌を作ってゆき、またそれを子どもたちに伝えてゆくといった活動の方向性が見えてきました。地区の解散や高台移転によって地域アイデンティティの継承が問題とされる現在、こうした活動が一つのモデルケースとなり得るよう活動を継続してゆきたいと考えています。なお『ごいし民俗誌』は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版を公開中です。

南相馬市山田神社の祭礼調査

山田神社祭礼

 東日本大震災の被災地における無形文化遺産に関する状況調査の一環として、2014年4月23日に、福島県南相馬市の山田神社例祭を訪れました。海岸部にある同神社は、震災時の津波によって流失し、氏子地区にも多大な犠牲が出ています。宮司の森幸彦氏は福島県立博物館の学芸員をも勤められ、無形文化遺産部で開催した無形文化遺産情報ネットワークでも様々なご意見を頂戴しています。
 山田神社は、震災後に熊本県からのボランティア活動によって仮社殿が建てられ、また広く報道も為されたために、当日は氏子以外にも多くの参列者がありました。しかし、周辺では氏子組織が崩壊の危機に瀕している地域も多く、神社の維持・再建にはなお大きな課題が残されています。神社や寺院といった宗教施設は、政教分離の観点から文化財行政とは切り離して考えられる傾向にありました。しかしその一方で、そうした存在が無形文化遺産の継承と深く結びついていることも事実です。そのためには、今後も情報や課題を共有してゆく必要があると考えています。

大洋州島嶼国の文化遺産の現状調査

キリバスの伝統的集会所での調査
ツバルの伝統的集会所における舞踊

 文化庁委託文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)の一環として、文化遺産国際協力センターが受託した「気候変動により影響を被る可能性の高い文化遺産の現状調査」が2月18から3月5日までの日程で実施されました。調査地は、気候変動による海水面上昇等で被害が進行しつつある大洋州(オセアニア)のキリバス・ツバル・フィジー3ヶ国。
 キリバス・ツバルでは首都および離島を訪れ、伝統舞踊や民俗技術、伝統的建築、聖地など文化遺産の現状を調査し、海面上昇による被害を確認しました。また政府関係者や離島での首長との面談を行いました。両国とも海水面上昇によって文化遺産の破壊消失のみならず、国土自体の消滅を現実問題として抱えています。たとえ海外移住を迫られても、維持可能な無形文化遺産は、人々のアイデンティティ維持に役立つということが、両国の関係者でも意識されていました。例えば、両国とも集落ごとに大きな集会所があり、そこで社会的な集会から宗教儀礼や舞踊など様々な行事を行います。こうした集会所をめぐる文化は、無形のみならず建築やその技術、素材としての自然など様々な要素と密接に関わっており、そうした文化の存続が叫ばれています。フィジーの南太平洋大学では、こうした関連する分野の研究者との意見交換を行い、今後大洋州島嶼国の文化遺産を考えてゆく上で意義のある調査となりました。

無形文化遺産情報ネットワーク第2回協議会

第2回協議会

 無形文化遺産部で複数の協働団体とともに運営する「311復興支援・無形文化遺産情報ネットワーク」では、平成26年3月5日(水)に第2回協議会を地下会議室で開催しました。ネットワークの創設となった昨年3月の第1回協議会に続き、東日本大震災で被災した無形文化遺産の復興に関わる情報の共有と、意見交換とを行いました。
 参加者(37名)は研究者や行政関係者に加え、被災地で活動されている方々、支援団体、宗教関係者、メディア関係者といった幅広い層に及びました。後半はゲストスピーカーの田仲桂氏(TSUMUGUプロジェクト)、阿部武司氏(東北文化財映像研究所)からの報告を受け、被災地の無形文化遺産の記録に関わる問題点を中心に話が進みました。
 一口に記録と言っても、様々な側面があります。今回の協議では、①再開の契機としての記録②断絶せざるを得ない伝承の記録としての記録③子どもや若者に継承を促す記録④広く存在をアピールするための記録、といった目的が挙がりました。また記録作成を行うことで新たなネットワークを生むといった効果も期待できます。いずれにしても状況は被災地域毎に異なっており、それぞれのニーズをよく捉えた上で進めていくべきという方向性も確認されました。

馬場南遺跡出土鼓胴の調査

馬場南遺跡から出土した鼓胴(写真・京都府立埋蔵文化財センター蔵)

 2008年に京都府木津川市の馬場南遺跡で出土した須恵器製の鼓胴について、京都府埋蔵文化財調査研究センターにおいて発掘状況および、復元の過程について調査員と検討をおこなった。陶製の鼓胴は、日本ではこれまで正倉院の三彩鼓胴しかなく、馬場南遺跡での発掘は楽器史上、大きな意義を持つ。2010年の報告書と研究センター紀要の松尾氏論では、復元した結果が異なっていた。その経緯について松尾氏から話をうかがい、実際に計測等をおこなって、報告書や松尾氏論とも異なる復元法も可能であるとの知見を得た。さらに調査を進めて、古代陶製鼓胴についての論をまとめる予定である。

郷土芸能プロジェクト検討会への参加 ―無形文化遺産情報ネットワークの活動―

仮設住宅をまわる獅子舞(宮城県女川町小乗地区)

 無形文化遺産部では複数の協働団体と共に「311復興支援・無形文化遺産情報ネットワーク」を運営し、東日本大震災の被災地における無形文化遺産の情報収集やそれに関わる復興支援に携わっています。そうした活動の一環として、文化庁をはじめ芸術団体や企業等で組織される「文化芸術による復興推進コンソーシアム」とも連携を図っています。
 2014年1月29日に、このコンソーシアムによる「郷土芸能プロジェクト検討会」が仙台市において開催され、無形文化遺産部から久保田裕道が参加しました。この検討会は、文化芸術が復興に果たす役割の中で郷土芸能(民俗芸能)の占める割合が大きいことから、郷土芸能に関わる今後の活動を検討すべく開催されたものです。全日本郷土芸能協会や企業メセナ協議会、大槌町教育委員会など関係機関からの参加があり、各々の企画案をもとに協議が進められました。
 震災から3年を迎えようとしているこの時期、郷土芸能の復興を取り巻く状況も変わりつつあり、そうした現状を踏まえつつ、新たな試みを展開させる方向性が確認されました。

無形文化遺産の保護に関する第8回政府間委員会への参加

開催地バクーの風景
政府間委員会での審議の様子

 無形文化遺産の保護に関する第8回政府間委員会は、2013年12月2日から7日にアゼルバイジャンのバクーで開催されました。東京文化財研究所からは3名が参加してユネスコの無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産条約)に関する動向の調査を行いました。
 政府間委員会で特に各国の関心が高いのは、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」への記載に関する審議です。今回、委員会での審議を経て一覧表に記載された案件は25件で、うち「和食:日本人の伝統的な食文化―正月を例として」など5件が食文化に関するものでした。「和食」の記載は日本でも話題になりましたが、一覧表に記載されるのは食に関連したさまざまな文化的な行為や伝統で、料理ではないことはあまり知られていないかもしれません。
 また、政府間委員会で審議対象となる無形文化遺産の件数の上限は、これまで年60件でしたが、2年で100件に削減することが決まりました。日本は古くから無形文化財が法的保護の対象となっており、多くの記載候補があります。今年提案される「和紙」のように類似したものを一括して提案する工夫もされていますが、多くの案件を記載している国にはしばしば推薦の自粛が求められており、今後は日本の案件の記載数が大幅に増えることはないかもしれません。しかし、無形文化遺産条約の目的は、さまざまな案件の一覧表への記載を通じて、無形文化遺産の多様性を認識し、保護することです。そのためには、どこにどのような無形文化遺産があるのか、またその性質を正確に認識・記録することが必要ですが、そのような作業が進んでいる国ばかりではありません。そのため、日本の専門家が世界各国への支援を通じて無形文化遺産条約の理念の実現に貢献する余地は大きいといえるでしょう。

月ヶ瀬奈良晒保存会における調査

経糸を機にかけるところ
緯糸となるへそ糸を巻く道具

 無形文化遺産部では伝統的工芸技術について情報収集及び調査研究を行っています。今回、月ヶ瀬奈良晒保存会の活動について無形文化遺産部の菊池が調査を行いました。
 晒とは本来「漂白する」ことを表し、漂白した麻布や綿布も「晒」と呼ばれています。。
 奈良晒は麻を原材料とした織物で『和漢三才図会』(正徳2(1712)年)や『萬金産業袋』(享保17(1732)年)にも記された奈良の「名物」です。これらの記述には「麻の最上というは南都なり」と記され、当代全国的名声を博していた様子が窺えます。それと同時に他地域より原材料である麻を仕入れていると判断できる記述も見られ、当時の分業体制の一端を垣間見ることができます。
 その時代より脈々と受け継がれてきた技術は現在でも月ヶ瀬奈良晒保存会の会員により伝承されています。現在、奈良晒の原材料は群馬県岩島地域の大麻を使用して製作されています。他地域に原材料を求める構造は同じ麻織物である越後上布にも見られるものです。染織技術が一部の地域の技術で完結するのでなく、多くの人々に支えられていることは技術伝承と引き離して考えることはできません。技の伝承に不可欠な材料や道具の背景にも我々はもっと眼をむけるべきでしょう。
 本調査を通じて、伝統的な技術を存続していくためのコミュニティの重要性について改めて考えるきっかけとなりました。

第8回無形民俗文化財研究協議会の開催

総合討議の様子

 11月15日、第8回無形民俗文化財研究協議会が開催されました。今回の協議会では「わざを伝える―伝統とその活用―」として、2005年度から指定制度のはじまった民俗技術を中心的なテーマに据えました。
 1975年から指定制度が運用されている民俗芸能や風俗慣習の保護についてはこれまでにも議論の蓄積があるのに対し、民俗技術については、その概念や制度について認知すら十分になされていないのが現状です。加えて、芸能や祭礼が本質的に非日常に属するのに対し、民俗技術は基本的に日常に属するものが多く、それによって生活している人が少なくないことから、社会や環境の変化による影響をより受けやすいという特徴があります。
 こうした現状を踏まえ、民俗技術の保護の現場でいま何が課題とされているのか、またどのような保護が可能なのかといった点について報告・討議が行われました。会では国指定の民俗技術保護の現場から2名、また民俗技術の指定制度に先行して職人技術の保護に取り組んできた東京都内の現場から3名の方をお招きし、発表いただいた後、2名のコメンテーターを交えて討議を行いました。
 報告・討議では、技術(製品)の需要の低下、分業体制の崩壊、原材料の不足、後継者不足など様々な問題が提示されました。技術の継承に向けた特効薬はありませんが、様々な立場の関係者の間で課題や情報を共有すること、産地や縦割り行政を越えて連携することの重要性が確認されました。無形文化遺産部では、今後も各地の取り組みについて事例を収集していくことで、情報共有・発信の役割を担っていきたいと考えています。
 なお、協議会の内容は2014年3月に報告書として刊行する予定です。

第8回無形文化遺産部公開学術講座「昭和初期上方落語の口演記録」

第8回無形文化遺産部公開学術講座の案内

 無形文化遺産部では、昨年度に引き続き、所蔵資料を題材とした公開学術講座を開催しました。これまで研究目的で収集蓄積してきた資料の存在を、広く一般の方々にも知っていただくことを目的の一つとしています。
 今年はニットーの長時間レコードを取り上げました。ニットー(日東蓄音器株式会社)は大阪にあったレコード会社で、昭和初期(1920年代後半)に長時間レコードを発売していました。一般的なレコードとは異なる方式で録音されていたため、今日では容易に聴くことができません。
 ニットー長時間レコードには、戦前の上方を代表する落語家、初代桂春団治、二代目立花家花橘、二代目笑福亭枝鶴(五代目笑福亭松鶴)が吹き込みを行っていました。ニットー長時間レコードにしか収録されていない演目が含まれているばかりでなく、その出来栄えとしても非常に面白い口演が記録されていました。今回の学術講座では、可能な限り多くの時間を割いて、昭和初期の上方落語の名演を聴いていただきました。

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佐渡市・小木のたらい舟製作技術の調査

観光用のたらい舟には透明なFRPがまいてある
船外機をつけ、FRPをまいた現役のイソネギ用たらい舟

 9月10~11日にかけて、新潟県佐渡市の小木半島周辺に伝承されるたらい舟製作技術(2007年国指定無形民俗文化財)について調査を行いました。地元でハンギリとも呼ばれるたらい舟は、小回りがきき、安定性が高いことから岩礁の多い入り江で行われるイソネギ(磯漁)に盛んに用いられてきました。
 たらい舟はスギ板を張り合わせてマダケのタガで締めることによって作られます。いわゆる桶樽の製作技術を応用したもので、佐渡市ではこうした技術を伝承していくため、2009年にたらい舟職人養成講座を開くなど後継者育成に努めていますが、伝承者は数名にとどまるという厳しい状況が続いています。その背景のひとつには、そもそもたらい舟の需要が減少し、それによって生計を立てにくいこと、また技術練磨の機会が少ないことが挙げられます。たらい舟は小木半島の北面海岸のイソネギにおいて現役で使われていますが、イソネギ自体が以前ほど盛んでないことに加え、昭和60年代からたらい舟にFRP(繊維強化樹脂)加工を施すようになって耐久性が向上したため、新しいたらい舟の需要がなかなか見込めないのが現状です。
 たらい舟製作のような民俗技術は人々の暮らしとともにあり、生業や社会生活の変化、新技術の導入によって技術自体の需要が失われると、あっという間に衰退してしまいます。一方で、そうした社会環境の変化に伴って技術や用途を変容させていくことで、技術が伝承されていくのも、また事実です。小木では昭和40年代から民間業者によるたらい舟乗船が始まり、現在では佐渡観光の代名詞のひとつになるほど知られるようになっています。かつては能登半島や富山などでも伝承されていたたらい舟漁およびたらい舟の製作が佐渡にのみ濃厚に残ったのは、たらい舟の観光資源化による新しい需要の創出、また人々のたらい舟に対する意識の変化などがあったとも考えられます。
 ただし、そのたらい舟観光においても、10年ほど前に作り溜めしておいた舟にFRP加工を施して順次使っているのが現状ということで、たらい舟の製作技術伝承は更なる変化の局面に立たされていると言えます。

世阿弥自筆能本の調査

 奈良県生駒市の宝山寺には、現在では上演されなくなった作品を含めて世阿弥自筆の能のテキストが数点残されています。テキストの中には、部分的ですが歌詞の横にゴマ点を付した箇所があります。ゴマ点の向きで旋律を表しているのですが、ゴマについて詳細に調査を行い、世阿弥の作曲法について、手がかりを得ました。調査の結果は、今年度末に公開する予定です。

越中福岡の菅笠製作技術の調査

笠骨職人の木村昭二さん
笠縫いの作業はベテランでも1日2~3枚縫うのがやっと

 8月21~22日にかけて、富山県高岡市福岡町に伝承される菅笠製作技術(2009年国指定無形民俗文化財)の調査を行いました。
 菅笠はもともと日常生活で日よけや雨具として利用されてきた民具のひとつですが、現在では民俗芸能や時代劇で用いる小道具として、また民芸調の装飾品などとして重宝されています。越中福岡の菅笠は藩政時代から加賀笠と呼ばれ、上質な笠として広く流通してきましたが、現在でもその生産高は全国シェアの9割を占めており、屈指の産地となっています。
 菅笠製作は原料となるスゲの栽培、笠骨作り、スゲを笠骨に縫い付ける笠縫いなどの工程に分かれ、これまでは農閑期の副業として笠骨を男性が、笠縫いを女性が担ってきました。このうち、特に深刻な後継者不足に悩まされているのがスゲ栽培と笠骨作りです。例えばすべて手作業で行われるスゲ田の耕作者は年々減少し、越中福岡の菅笠製作技術保存会の調べによれば、市内の耕作面積は100アールを切るところまで縮小しています。また、最盛期に200人ほどいたという笠骨作りの職人も、現役では80代後半の木村昭二さんただひとりとなっており、後継者も十分に育っていないことから、せっかく注文があっても供給が追いつかないのが現状です。
 こうした状況を受け、保存会や高岡市福岡総合行政センターが中心となり、菅笠製作技術を伝承していくための総合的な対策に乗り出しています。これまでも、スゲ田の栽培面積の把握、スゲ田栽培関する記録(マニュアル)の作成、伝承者などとの意見交換や実演販売、技術講習会の実施、スゲを縫いつける縫い針の製作者発掘など、菅笠に関わる文化を伝承していくための多面的な活動が行われてきました。平成24年8月には「菅笠保全庁内連絡会議」、25年8月には「越中福岡スゲ生産組合」を設立し、地域振興課や経済振興課、福岡教育行政センター、文化財課、またスゲ栽培に深く関わる農業水産課などとの、垣根を越えた連携も行われています。
 平成17年から文化財指定がはじまった民俗技術の保護・活用については、これまで議論が尽くされてきたとは言えず、どのような課題や対応策、可能性があるのかについても十分な情報共有がなされてきませんでした。越中福岡の菅笠製作技術をめぐる様々な動きは、民俗技術の保護・活用を模索するひとつのモデルケースとして、今後も注視していく必要があると言えます。

粗苧製造技術の調査

剥いだ表皮を干しているところ(大分県日田市)

 無形文化遺産部では伝統的工芸技術を支える選定保存技術について情報収集及び調査研究を行っています。今回、重要無形文化財久留米絣を支える粗苧製造技術について無形文化遺産部の菊池が調査を行いました。
 久留米絣は大麻の茎の表皮である「粗苧(あらそう)」を用いて糸に防染を行います。現在、粗苧の材料である大麻は大分県日田市矢幡家で栽培されています。7月は粗苧製造の要である身丈より高くなった大麻を刈り取り、蒸す作業、皮を剥き干す作業行います。人手の必要なこれらの作業を一家族で担うのは簡単なことではありません。そのような中、一昨年度より久留米絣技術保持者会のメンバーも刈り取り等の作業を手伝う体制をとっているそうです。大麻取締法により入手が難しくなった粗苧は以前のように容易に手に入る材料ではなくなってしまいました。今後、このようなケースをどのように保護していくかを様々な立場から考えていく必要があるでしょう。

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