研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


『無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書』の刊行

無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書

 無形文化遺産部では平成26(2014)年度より無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究プロジェクトを開始しました。本プロジェクトでは染色技術関連道具について先駆的な事業を行っていた埼玉県熊谷市と協定を結び、埼玉県熊谷市の染色工房へ共同調査を行いました。本報告書はその成果をまとめたものです。
 本報告書は、現地調査にご協力いただいた方々それぞれの立場から、染織技術を伝承する上での課題や提案についての報告が掲載されています。また、その内容を補完する資料として、共同調査での聞取調査、工房の平面図や立面図、そして調査時に撮影をさせていただいた映像資料も含まれる内容となっています。加えて、平成27(2015)年2月3日に開催した無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」での座談会「染織技術をささえる人と道具の現状」も掲載しています。
 今回の報告書は、東京文化財研究所における初の試みである付属映像資料にも無形文化遺産である「わざ」の情報が詰まっています。無形文化遺産部では、今後も文字・写真による記録保存だけでなく、映像等も含めた総合的な記録作成を推進していきます。『無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書』は、後日、当研究所ウェブサイトの無形文化遺産部のページで公開予定です。

北前船交易によって伝来したイナウ資料の調査

輪島市門前町に伝来するイナウ奉納額
青森県深浦町に伝来するイナウ3点

 今年度より、本州以南に現存するイナウ資料(アイヌ民族の祭具)の調査を行っています。北前船の寄港地として栄えた日本海側の港町には、北方交易によってもたらされたと考えられる近世から明治期にかけてのアイヌ関連資料が数多く伝来しています。このうち、石川県や青森県などでは神社仏閣に奉納されたイナウがあることがわかり、現在、石川県立歴史博物館の戸澗幹夫氏、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原次郎太氏と共に調査を進めています。
 これまでの調査で、石川県輪島市門前町では明治20~23年の銘のある4点のイナウ奉納額が、同県白山市では明治元年の銘のあるイナウ奉納額1点が見つかっています。これらの額には「奉納」「海上安全」などの銘文が墨書されており、北前船の船主が航海の安全を祈念して(あるいは感謝して)奉納したものと考えられます。また北前船の重要な風待ち港であった青森県深浦町には27点もの年代不詳のイナウが伝来しており、やはり海の信仰に関わって奉納されたものと推測されます。
 こうしたイナウは従来あまり知られていませんでしたが、国内に現存するものとしては、近藤重蔵が寛政10年(1798)に収集したとされるイナウ、東京国立博物館所蔵資料(明治8年)、北海道大学植物園所蔵資料(明治11年)に次いで古い、大変貴重な資料と位置づけられます。また本資料は、北前船の船主がアイヌの人々の祭具であるイナウを本州まで大切に持ち帰り、地域の寺社に奉納して今日まで守ってきたことを示すものであり、北方交易による和人とアイヌの交流の実態を映すものとしても、大変示唆に富んだ資料と言えます。日本海沿岸の地域には、こうした未発見のイナウ資料がまだ残されている可能性があり、今後も関係諸機関と連携しながら調査を続けていく予定です。

広島県北部地域における無形民俗文化財の保護活動調査―韓国国立無形遺産院との研究交流

壬生の花田植
三次の鵜飼

 無形文化遺産部では、2011年から韓国国立無形遺産院(前韓国国立文化財研究所)と第二次「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」を行っています。その一環として、6月1~22日の日程で無形遺産院の方劭蓮(バン・ソヨン)氏が来日し、共同調査を行いました。今回は無形の文化財の保存・活用について保存団体等がどのように活動しているのか、具体的な事例研究を行うことを目的に、広島県北広島町の壬生の花田植(国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産)や同県三次市の「三次の鵜飼」(県指定無形民俗文化財)を見学し、関係者に聞き取り調査を行いました。花田植も鵜飼いも、その伝承には観光という要素が不可分に結びついています。それだけに、伝承にあたっては伝承者だけでなく、行政や関連団体、地域の方々、研究者、観客など、多様なアクターが多様な関わりを持ち、地域経済とも関わりながらより柔軟に文化伝承がなされており、調査ではその実態の一端を知ることができました。
 韓国では、無形の文化財に関わる新しい法律が2016年3月に施行され、保護をめぐる環境が大きく変わろうとしています。折しも、この研究交流事業も本年度で一端終了し、来年度はまとめの年になります。今後は第二次研究交流の成果をまとめるとともに、韓国での法律改正後の動きも踏まえながら、再来年度以降の交流の在り方を両国で検討していく予定です。

『地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―』の刊行

第9回無形民俗文化財研究協議会報告書

 2014年12月6日に開催された第9回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年の協議会のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産」。人々の移住や移転に伴って民俗文化がどのように伝承され、どのような役割を果たしてきたのか、過去の具体的な事例を通して報告・議論いただきました。東日本大震災を機に、民俗文化が持つ人々のアイデンティティのよりどころとしての価値があらためて問い直されていますが、被災地域だけでなく、全国の過疎高齢化が進む地域における今後を考えていく上でも、有意義な議論になったのではないかと思います。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。

女川町竹浦地区祭礼調査

高台移転工事の進む集落を背景に港での獅子振り

 無形民俗文化財研究室では、東日本大震災によって移転・移住等を余儀なくされた地域の無形文化遺産を記録するために、民俗誌の作成を目的とした調査を進めています。現在の調査地の一つが、宮城県牡鹿郡女川町です。東北歴史博物館と共同で4月29日に調査に入りました。訪れた竹浦(たけのうら)地区は、震災直後に六十戸ほどの集落がまとまって秋田県仙北市に避難することができましたが、その後仮設住宅ができるようになると約三十か所に分散せざるを得ない状況になりました。ばらばらとなったコミュニティを結びつける数少ない機会が、正月の獅子振り(獅子舞)と、この祭礼です。神社から担ぎ出された神輿は、新たになった港の岸壁に渡御し、そこで獅子振りも行われました。高台移転工事が進む中、集落の景観も変わろうとしています。祭りや芸能など無形文化遺産を軸に、かつての暮らしの姿を記録してゆくことが、コミュニティの結束と復興に役立つことを願っています。

観世流・関根祥六師の謡録音

関根祥六師の録音風景

 3月13日、能楽シテ方観世流の重鎮関根祥六師の謡《卒都婆小町》の録音を行いました。《卒都婆小町》は能の作品のなかでも最奥の秘曲とされる老女物の一曲で、長年芸を積んだ役者にのみ許される曲です。零落し、百歳になろうという老女小野小町の心境を、通常とは少し異なる複雑な技巧で謡われました。4月以降も引き続き老女物の録音を行う予定です。

無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」の開催

会場風景

 無形文化遺産部では平成27年2月3日、文化学園服飾博物館と共催で無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」を開催しました。本研究会では、染織技術を伝承するうえで欠かすことのできない道具について、技術と道具の関わり、その現状についてパネルディスカッションを行いました。コメンテーターに京都市繊維試験場で勤務されていた藤井健三先生をお迎えし、パネラーには「時代と生きる」展の担当である文化学園服飾博物館の吉村紅花学芸員、展覧会映像撮影調査にご協力いただいた染織技術者の方々、当研究所保存修復科学センターの中山俊介近代文化遺産研究室長、そして無形文化遺産部からは菊池が登壇しました。
 技術者からは、作業効率を上げるために機械を導入するか、受け継いだ道具を使い続けるか等、常にいかなる道具を使うかの選択に迫られてきたことが報告されました。そして、近年では道具を作る技術そのものが失われつつあり、今まで簡単に入手できたものが手に入らないという報告もありました。受け継ぎたくても道具が入手できないというのが現状です。
 一方、残すべき技術は消費が伴うものでなければ残らないという意見もでました。現在、着物は特別な時に着用するものです。その生産量は着物が日常着であった時代とはくらべものにならないほど少ないものです。染織技術は無形文化遺産ですが、産業という枠組みの中にあります。作り手が生活をしていくためには生産したものが売買されなければなりません。つまり、消費者がどのような着物を求めるか。それにより、残されていく技術が変わるということができます。
 染織技術をささえる人は作り手だけではありません。それを購入し着る人、残したいと願う一人一人がささえる当事者です。本研究会では、そのことを多くの参加者に認識してもらえる有意義な研究会となりました。時間に限りがあり突き詰めた議論が行えなかったこと、テーマが広範囲であったこと等、多くの課題が残ります。参加者からの意見を反映させながら、今後も無形文化遺産部では様々な立場の方たちと染織技術の伝承について議論する場を設けていきます。

木積の藤箕製作技術の調査

採集したフジは春彼岸すぎまで土中に埋めておく
シノダケの加工作業

 1月24日、千葉県匝瑳市木積に伝承されている藤箕製作技術(国指定無形民俗文化財)の保存継承活動について調査を行いました。
 箕は運搬や穀物の選別など生業の現場に不可欠な道具であったと同時に、祭りや年中行事等に用いられる呪具としての側面も持っており、かつては暮らしに欠かせない道具のひとつでした。その箕作りの技術は、現在3件が国指定の無形民俗文化財(民俗技術)に指定されており、そのうち匝瑳市木積ではフジとシノダケを材料にした箕作りが続けられています。軽さと丈夫さを兼ね揃え、弾力性に富んだ木積の箕は関東一円で広く用いられ、最盛期であった大正期から昭和30年代にかけては木積とその周辺で年間8万枚もの生産があったとされていますが、社会環境の変化や中国製・プラスチック製の箕の普及などによって、現在では需要が激減しています。
 この製作技術を継承するため、木積では木積箕づくり保存会を組織し、平成22年からは伝承教室を開いて後継者育成に努めています。この伝承教室は毎月開催されるもので、地元の技術伝承者の方を先生に、素材採取から加工、製作、そして地域の祭りなどでの実演販売まで、精力的に行っています。教室の生徒さんの年齢層は様々で、定年退職後に始めたという方もいれば、竹細工などを専門あるいはセミプロ的に行うかたわら箕作りを学んでいるという方、また地元で有機農業などを行なっている方など、いずれも大変熱心に活動されているのが印象的でした。また地元木積の方はもちろん、横芝光町や鴨川市などから毎月通っている方もいます。1月24日は十数名が参加し、フジとシノダケを採取した後、その処理・加工まで行いました。
 多くの民俗技術は、社会環境の変化によって、あるいはより安価で量産が可能な素材や道具、技術の普及などによって需要が減少し、技術の継承が困難な状況が続いています。もはやその技術が社会に必須のものでなくなった時、どのように価値転換をして継承の意味や方法を見出すのか、それは多くの地域で直面している課題です。
 木積の場合は、地域の外からも関心のある人を取り込んで、個々人のライフワークとして、趣味として、あるいは芸術活動の一環として、箕作りを学んでいくことのできる場所作り、雰囲気作りを行っているという印象を受けました。そこには、かつてのように稼業として否応なく箕作りに携わるのではなく、自らの意志で選びとって箕作りに関わるという、新たな関係性の在り方が見て取れます。それは、伝統的な文化の見直しや自然に寄り添った暮らしへの回帰など、価値観が多様化した現在だからこそ可能な、新しい伝承の在り方のひとつのモデルともなるもののように感じられました。

無形民俗文化財研究協議会の開催

協議会での総合討議

 12月5日に第9回無形民俗文化財研究協議会が開催されました。今回のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―」です。東日本大震災を機に、民俗芸能をはじめとする無形文化遺産は、郷土の地域アイデンティティを維持する手段として再認識されるようになりました。震災による高台移転や移住を余儀なくされた時に、民俗芸能はどのような役割を果たすのでしょうか。それを考えるために、今回は全国の移住・移転に関する事例から4例を取り上げ、それぞれ詳細な発表をしていただきました。
 第一の事例は、北海道に開拓のために移住した人々が、出身地からもたらした民俗芸能の役割と現状について。第二に、東京で沖縄出身者の方々が各島や地区ごとに組織する「郷友会」の実情と、そこでの民俗芸能の役割について。第三は江戸時代に北陸から福島県に移民した、浄土真宗を信仰する人々の様相について。そして最後は、山梨県で過疎のために中断を余儀なくされていた民俗芸能が、市街地に移住した出身者によって再開された事例でした。その後の総合討議では、それらの事例をもとに問題を深めることができました。なお、本協議会の内容は2015年3月に報告書として刊行の予定です。

南太平洋大学との研究交流

所長表敬訪問での記念撮影,東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者
東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者

 本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として行っている大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業において、相手国拠点である南太平洋大学(フィジー)の「環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター」より3名の研究者を日本へ招聘しました。来日したのは同センター所属のジョエリ・ベイタヤキ氏、セミ・サラウカ・マシロマニ氏、ジョン・ラグレレイ・カイトゥ氏。12月15日に来日し、研究交流及び交流に関する覚書(MOU)を締結。また21日までの滞在で、さまざまな現地調査および研究交流を図りました。
 16日には所内にて「南太平洋の文化遺産に関する研究会」が開催され、南太平洋と日本の持続可能な開発に関わる文化遺産についての意見交換が行われました。その後、17日に東京都東村山市にて里山をめぐる景観・文化遺産の現地調査を、18日には千葉県立房総のむらにて、文化遺産の活用に関する調査をおこないました。さらに19~21日は沖縄を訪れ、海洋文化館や備瀬の文化的景観(国頭郡本部町)などに関する調査・見学を行いました。招聘者の一人は「日本は発展しているにも関わらず文化的にも損なわれていないという意味において、太平洋地域での発展モデルと位置づけることができると思う」と語っています。今後の更なる研究交流が期待されます。

無形文化遺産の保護に関する第9回政府間委員会への参加

「和紙」審議の様子
会場風景

 標記の委員会が2014年11月24日~28日にパリのユネスコ本部で開催され、当研究所からは4名が参加し、無形文化遺産条約実施の現状について情報収集を行いました。
 今回、34件の無形文化遺産が人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)に記載され、うち日本からは「和紙:日本の手漉和紙技術」が記載されました。この提案はすでに代表一覧表に記載されていた「石州半紙(せきしゅうばんし)」に「本美濃紙(ほんみのし)」と「細川紙(ほそかわし)」を加えるもので、記載済の無形文化遺産への同じ国による構成要素の追加は初めてです。審議の当日、会場には多くの日本の報道関係者が見られましたが、昨年の「和食」に続き「和」という言葉を含む提案だったことも、関心を高めた要因のひとつだったのかもしれません。
 一方で、代表一覧表への記載の提案や、代表一覧表記載済案件の保護状況の報告に関し、提案や報告を行った国に対して別の国が「自国の案件を含んでいる」と非難した例がありました。国と国との関係を反映したこのような衝突は避けられないのかもしれませんが、代表一覧表への記載は、その無形文化遺産が記載を提案した国だけのものであることを意味しませんし、他の類似の無形文化遺産と比較しての起源や独自性を認めたことにもなりません。このことは、国内外を問わず広く知られる必要があると思われます。
 ところで、各国から提出される代表一覧表記載などへの提案書について、そのほとんどに不備があり差し戻されたことが、ユネスコの事務局から報告されました。文書作りに不慣れなだけでなく、文書に記入すべき無形文化遺産保護の体制自体がまだ十分に整っていないこともその理由です。代表一覧表への記載が目的化されることは避けるべきですが、多様な無形文化遺産を認識し保護するために、提案書作成を最初の目標とした保護のしくみの構築に対する支援が必要であり、日本もそのような支援の一翼を担うことができると考えます。

第9回東京文化財研究所無形文化遺産部公開学術講座

「海道下り」佐藤友彦師

 10月18日、第9回東京文化財研究所無形文化遺産部公開学術講座を東京国立博物館平成館で行いました。今回のテーマは「流行歌としての道行―「海道下り」を中心とした能・狂言歌謡の源流と広がり―」です。旅の道程を謡った道行は昔から人々の心を引き、流行歌としてブレイクしました。大阪工業大学の岡田三津子氏の講演をまじえ、その諸相を鎌倉時代に流行した早歌から能・狂言へとたどり、現在の伝承について考察しました。第三部では佐藤友彦(和泉流狂言師)朝倉俊樹(宝生流能楽師)両氏による謡や小舞の実演も披露し、参加者から満足度の高い評価を受けました。

山形・岩手県における神楽調査 ―韓国国立無形文化遺産院との研究交流―

東北の神楽についての成果発表を行う李明珍氏(左)

 無形文化遺産部と「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」を行っている韓国国立無形文化遺産院より、本年は調査研究記録課の李明珍氏が8月11日より30日間に渡って来日されました。今回、李氏は「東北地域の神楽伝承」をテーマとし、杉沢比山番楽〔すぎさわひやまばんがく〕(山形県遊佐町)および早池峰岳神楽〔はやちねたけかぐら〕・幸田〔こうだ〕神楽(岩手県花巻市)の共同調査を行い、9月8日に当研究所セミナー室で開催された成果発表会にて、その研究成果が報告されました。
 李氏は、まず東北地方の修験道の特色、神楽と修験道との関わりについて基礎的な把握をした上で、三つの神楽伝承を比較検討しました。特に伝承の維持・継承の具体的事例、保存会や行政の関与といった、無形文化遺産の保護に関した問題を詳細に考察し、韓国と比較して論じました。また民俗芸能としての東北地方の神楽伝承の特徴についても論及し、韓国における「クッ」や「仮面劇」との比較の可能性をも示唆しました。無形文化遺産について、文化財保護と民俗学双方の観点から現状と問題点が提示された、有意義な成果発表会となりました。

『大洋州島嶼国調査報告書』の刊行と南太平洋大学との研究交流

大洋州島嶼国調査報告書
南太平洋大学の研究所スタッフとともに

 昨年度実施された文化庁委託文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)の一環である大洋州島嶼国調査報告書が刊行されました。気候変動に伴う海水面上昇による影響が懸念されるキリバス共和国・ツバル両国の文化遺産や、それを取り巻く環境について写真を中心に構成された報告書です。
 また本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業を改めて実施することになり、相手国拠点であるフィジーの南太平洋大学を8月8日に訪問。同大学の環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター所長のエリザベス氏らと面会し、研究交流に関する覚書を締結するための協議を行いました。またキリバス共和国・ツバルの無形文化遺産を中心とした調査報告も行い、それに対するご意見も頂きました。
 無形文化遺産部では、本事業を通じて大洋州島嶼国の無形文化遺産の保護および記録のための技術移転・人材育成などを今後も進めてゆきます。

韓国国立無形遺産院との研究交流

膠の原材料(ニベの浮袋)

 無形文化遺産部では韓国国立無形遺産院と研究交流を行っています。本年度は菊池が8月18日より2週間、韓国の染織技術について伝承の現状を調査しました。
 染織技術の伝承には「材料や道具」の情報が不可欠です。出来上がりの見た目が似たものであっても、材料や道具が異なることで、やり方(技法)が変わり、技術にも影響があります。
 現在、日本では文化財保護法の重要無形文化財の各個認定(人間国宝)には指定要件が設けられていません。それは、どのような材料を選び、道具を用い制作していくのかの選択をできることが保持者にとって欠かせぬ要素であるとも考えられているためでしょう。一方、保持団体認定には指定要件の中で材料や道具を制限しているものもみられます。各個認定と団体認定の大きな違いがここにあると考えられます。材料や道具を制限することは制作活動において様々に作用します。生活環境の変化により、手に入りにくい材料や道具もあるからです。このような日本の現状を踏まえて、韓国では材料と道具に焦点をあてて聞き取りを行いました。
 今回調査したのは韓国で重要無形文化財として指定されている金箔、組紐、裁縫、木綿織、藍染の技術です。これらの技術は日本にも根付いていますが、材料や道具が異なります。たとえば金箔を比べてみると、日本では和紙に柿渋を塗り作られた型にフノリ、姫糊、もち糊等が使われてきたと考えられています。一方、韓国では木型とニベという魚の浮袋で作った膠を使用し接着する技術が伝承されています。現在では、ニベ膠を取り巻く環境は変化し、手に入りにくい材料となっているということでした。
 今回の調査を通じて、韓国でも日本同様、どのような材料を選び、道具を用い制作していくのか選択できることが保有者に欠かせぬ要素であると考えられていると感じました。両国とも材料や道具の供給の状況は日に日に変わっています。今まで用いていた材料や道具が選択肢として失われぬよう、技術を支える技術も伝承していくことは両国共通の課題であることが分かりました。

宮城県女川町の復活獅子振り調査

復活!獅子振り披露会に集まった女川の獅子

 宮城県女川町では、獅子舞を「獅子振り」と呼びます。女川町にはリアス式海岸の入り組んだ浦に点在する集落のほとんどに、その獅子振りが伝承されています。しかしその多くが東日本大震災によって壊滅的な被害を受け、道具類が数多く流失しました。それでも再開を望む声は高く、幸いにもいくつかの支援を受けて道具類の再建が叶いました。
 そうして昨夏、復活した獅子振りが一同に会して「復活!獅子振り披露会」が催されました。獅子は本来正月の行事ですが、震災前には7月末に「女川みなと祭り」の中で海上獅子舞がおこなわれていました。集落ごとの獅子が漁船に分乗して海上パレードをするこの行事は、歴史的には新しいものですが既に女川の人々の中に深く根付いています。本年は未だ港湾施設の復興が叶わず、小学校の校庭での披露会となりましたが、集まった大勢の女川町民は、いくつもの獅子が乱舞する様子に、盛んに声援を送っていました。無形文化遺産部では、震災後の女川の獅子振りを継続調査していますが、今年度は獅子振りを中心とした民俗誌の作成に取りかかっています。

染織技術に関わる道具の保存活用に関する調査 -熊谷染めを例として-

 無形文化遺産部では本年度より無形文化遺産を取り巻く道具の保護や活用についての調査研究を行っています。無形文化遺産である工芸技術や民俗技術には、それに関わる道具や工具が不可欠です。しかし、それらの保護体制は未だ整っているとはいえず、現在各地で、技術者の高齢化や後継者不足が原因となり廃業する工房・工場が相次いでいます。それに伴い、道具や工具も失われてしまう危機に瀕しています。いま、無形文化遺産の伝承に欠かせない道具や工具の保護と活用について、その現況を把握し、議論する必要があるのではないでしょうか。
 本年度は埼玉県熊谷市立熊谷図書館の協力を得て埼玉県伝統的手工芸品指定熊谷染(友禅・小紋)に関わる道具や工具についての調査を行っています。熊谷染関連工房には伝統的な工法だけでなく、スクリーン捺染(なっせん)等の近代以降の工法を取り入れているものも見られます。技術伝承を考える上では、伝統的な染織技術を発展させた近代的な染織技術についても情報を整理する必要があります。各工房に保管され、使われてきた道具は技(わざ)を理解するために欠かせぬ情報です。調査を進めていくと、工房により道具の種類、使用方法やメンテナンスが異なることがわかってきました。今後も道具をキーワードとして情報を整理しながら、無形文化遺産の新たな伝承方法について考えていきたいと思います。

震災被災地域における民俗誌活用の取り組み

ふるさとセンターでの講座風景

 無形文化遺産部で昨年度に作成した『ごいし民俗誌』は、東日本大震災で大きな津波被害を受けた岩手県大船渡市末崎町碁石地区の祭礼や暮らしの様子を綴った報告書です。この報告書を現地の方々と一緒に読み、活用する試みが始まりました。今回は末崎地区で活動を続ける霞が関ナレッジスクエアの「デジタル公民館」活動の中で、「まっさきに学ぶ!ふるさとの記憶をたどる…ごいし民俗誌から」と題して講座形式で開催。無形文化遺産部から久保田裕道が参加しました。末崎地区ふるさとセンターを会場に、参加者は約30名。レクチャー後には、様々な情報交換が行われました。今後も地域の方々が主体となってより身近な民俗誌を作ってゆき、またそれを子どもたちに伝えてゆくといった活動の方向性が見えてきました。地区の解散や高台移転によって地域アイデンティティの継承が問題とされる現在、こうした活動が一つのモデルケースとなり得るよう活動を継続してゆきたいと考えています。なお『ごいし民俗誌』は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版を公開中です。

南相馬市山田神社の祭礼調査

山田神社祭礼

 東日本大震災の被災地における無形文化遺産に関する状況調査の一環として、2014年4月23日に、福島県南相馬市の山田神社例祭を訪れました。海岸部にある同神社は、震災時の津波によって流失し、氏子地区にも多大な犠牲が出ています。宮司の森幸彦氏は福島県立博物館の学芸員をも勤められ、無形文化遺産部で開催した無形文化遺産情報ネットワークでも様々なご意見を頂戴しています。
 山田神社は、震災後に熊本県からのボランティア活動によって仮社殿が建てられ、また広く報道も為されたために、当日は氏子以外にも多くの参列者がありました。しかし、周辺では氏子組織が崩壊の危機に瀕している地域も多く、神社の維持・再建にはなお大きな課題が残されています。神社や寺院といった宗教施設は、政教分離の観点から文化財行政とは切り離して考えられる傾向にありました。しかしその一方で、そうした存在が無形文化遺産の継承と深く結びついていることも事実です。そのためには、今後も情報や課題を共有してゆく必要があると考えています。

大洋州島嶼国の文化遺産の現状調査

キリバスの伝統的集会所での調査
ツバルの伝統的集会所における舞踊

 文化庁委託文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)の一環として、文化遺産国際協力センターが受託した「気候変動により影響を被る可能性の高い文化遺産の現状調査」が2月18から3月5日までの日程で実施されました。調査地は、気候変動による海水面上昇等で被害が進行しつつある大洋州(オセアニア)のキリバス・ツバル・フィジー3ヶ国。
 キリバス・ツバルでは首都および離島を訪れ、伝統舞踊や民俗技術、伝統的建築、聖地など文化遺産の現状を調査し、海面上昇による被害を確認しました。また政府関係者や離島での首長との面談を行いました。両国とも海水面上昇によって文化遺産の破壊消失のみならず、国土自体の消滅を現実問題として抱えています。たとえ海外移住を迫られても、維持可能な無形文化遺産は、人々のアイデンティティ維持に役立つということが、両国の関係者でも意識されていました。例えば、両国とも集落ごとに大きな集会所があり、そこで社会的な集会から宗教儀礼や舞踊など様々な行事を行います。こうした集会所をめぐる文化は、無形のみならず建築やその技術、素材としての自然など様々な要素と密接に関わっており、そうした文化の存続が叫ばれています。フィジーの南太平洋大学では、こうした関連する分野の研究者との意見交換を行い、今後大洋州島嶼国の文化遺産を考えてゆく上で意義のある調査となりました。

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