研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


無形文化財を支える原材料-上牧・鵜殿のヨシ刈りに参加

篳篥の蘆舌に使われる太いヨシ
集めて束ねられたヨシ

 無形文化遺産部では、無形文化財を支える用具(付属品を含む楽器、小道具、装束等)やその原材料の調査・研究も行っています。
 大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧かんまき鵜殿うどの地区のヨシは、かねて雅楽の管楽器・篳篥ひちりきの蘆舌に適していると言われてきました。しかし荒天とコロナ禍でヨシ原焼きが2年続けて中止され、ツルクサが繁茂したため、令和3(2021)年9月頃よりこの地域のヨシが壊滅状態になりました。この状況を改善するため、鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合をはじめ、地域住民、高槻市、雅楽関係者等が協力して、ヨシ焼きやツルクサ除去を継続的に行っています。無形文化遺産部では、当該地のヨシの生育環境やその特性について調査を進めており、2月2日~3日に行われたヨシ刈りに参加し、ヨシの現状や利用について情報収集を行いました。このたびのヨシ刈りは、篳篥の蘆舌用ヨシなどが実行組合の方々によって刈り取られた後、蘆舌には適さない細いヨシをヨシ紙やヨシのタオル等に利用するために企画されています。今年のヨシは昨年より状態が良いものの、篳篥の蘆舌の需要に十分に応えるまでには至っていないようです。当日は、ヨシの需要拡大に取り組む企業や、ヨシ原の自然環境への理解を深めようという個人・団体の方が集まり、各日60名以上の参加となりました。地域の人々や企業のヨシへの理解が深まることと、雅楽関係者の篳篥の蘆舌原材料としてのヨシへの理解が深まることは、結果として雅楽継承の両輪となります。無形文化遺産部では、ヨシそのものの特性や篳篥蘆舌の原材料としての適性について調査を進めるとともに、原材料をはぐくむ地域の環境についても注視しています。

実演記録「平家」第六回の実施

日吉章吾氏
録音技術を担当したスタッフ

 無形文化遺産部では、継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)の実演記録を平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、実施しています。第五回は、令和6(2024)年2月8日、東京文化財研究所 実演記録室で《すずき》の撮影を実施しました。
 《鱸》は、平清盛の舟に鱸が飛び込んだエピソードを、熊野権現の守護を受けた平家一門の繁栄の前触れとして語ります。この詞章から、《鱸》は祝儀曲として好んで演奏されます。またこの曲は、短いながら基本的な旋律型を一通り含んでいるため、手ほどき(入門用の曲)としてもしばしば用いられます。今回の実演記録では、《鱸》を菊央氏、日吉氏、田中氏に分担して演奏してもらい、記録撮影しました。
 また、今回の記録撮影では、東京藝術大学教授亀川徹氏のもとでスタジオ録音を学ぶ学生の方々にも手伝っていただき、実演記録「平家」が、伝統芸能の記録撮影に欠かせない音響技術の実践の場ともなりました。
 今後とも無形文化遺産部では、伝統芸能の記録にかかる技術を、志をともにする方々と共に磨きながら、実演記録を重ねていきます。

実演記録「宮薗節」第一回~第九回の映像(冒頭部分)の公開

公開されている映像(左から、宮薗千よし恵氏、宮薗千碌氏、宮薗千佳寿弥氏、宮薗千幸寿氏)

 宮薗節は、国の重要無形文化財でありながら、今日では演奏の機会があまり多くはありません。そのため、無形文化遺産部では、平成30(2018)年より、実演記録「宮薗節」を継続的に行っています。このたび、第一回~第九回の映像について、冒頭部分を当研究所ウェブサイト上で公開しました(https://www.tobunken.go.jp/ich/video/から選択してください)。
 実演記録「宮薗節」では、宮薗千碌氏、宮薗千佳寿弥氏(いずれも国の重要無形文化財「宮園節」保持者[各個認定]いわゆる人間国宝)らによる演奏で、伝承曲を省略せずに全曲演奏でアーカイブしており、これらの貴重な映像は東京文化財研究所視聴ブースでご覧になれます。なお、視聴ブースには限りがありますので、事前に資料閲覧室にお問い合わせの上ご来所ください(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html)。
 無形文化遺産部では、実施した音声・映像記録について、今後も可能な範囲で公開していく予定です。

調査録音「あずまりゅうげんきん」第2回の実施

収録準備の様子
収録時の様子(左から九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏)

 令和6(2024)年2月16日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、あずまりゅうげんきんの調査録音(第2回)を行いました。
 東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。明治の初めごろに初代とうしゃせん(1830-1889)によって創始され、東京を中心に伝承されてきました。しかし今日では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施しています。
 第1回録音では初代蘆船作の6曲をとりあげましたが、伝承曲には、後の世代の作品も含まれます。第2回では、『岸の藤波』『つの花』『菊の寿』『花の雨』『松風の曲』『船遊び』の6曲を収録しました。1曲目は四代目蘆船(1869-1941)、2曲目は三代目蘆船(?-1931)作と伝わっています。また4曲目は初代蘆船作の歌詞へ、後の演奏家が旋律を補い、再び弾き継がれるようになったとのことです。前回よりも成立年代に幅のある収録曲からは、レパートリーにおける演奏技法や曲想の多様さが窺われました。いずれも東流二絃琴「あずまかい」の九代目藤舎蘆船氏、藤舎こう氏による演奏です。
 無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。

ユネスコ無形文化遺産の保護に関する政府間委員会の傍聴

会場の外にはイボイノシシ親子
会場で放映されたバングラデシュのリキシャの映像
サイドイベントの一環として振舞われたサウジアラビアの伝統食
サイドイベント(マレーシアの伝統的な劇場メク・ムルンの歌舞劇)

 標記の委員会が令和5(2023)年12月5日~8日、ボツワナ共和国のカサネで開催され、東京文化財研究所から無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美と文化財情報資料部文化財情報研究室長・二神葉子が傍聴しました。ボツワナ共和国は南アフリカ共和国の北に位置していて、カサネはチョベ国立公園の北部の玄関口として知られ、野生動物が多く暮らす自然豊かな小さな町です。
 会場は、この会議のために設営されたパビリオンで、外でイボイノシシ親子が草を食むのどかさでした。この長閑さとリンクしたわけではないでしょうが、たびたびジョークで会場の雰囲気を和ませた議長H.E. Mr Mustaq Moorad 氏(ユネスコ代表部大使/ボツワナ共和国)のもとで、議事は穏やかに進行しました。今回の委員会では、緊急に保護する必要がある無形文化遺産一覧表に6件、人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)に45件の記載が決まり、4つのプログラムをグッドプラクティスに選定しました。これらの案件には、委員会に対して決議内容の勧告を行う評価機関も全て記載・選定を勧告しており、このことも会場の和やかな雰囲気作りに大いに貢献しました。詳細は令和6(2024)年3月
刊行予定の『無形文化遺産研究報告』18号で二神より報告予定ですが、ここでは委員会を通して感じたことを三つ挙げておきたいと思います。
 まず、複数国による共同提案の多さです。日本にはまだ、他国と共同で一覧表への記載を提案した経験がありませんが、今回代表一覧表への記載が決まった45件のうち、12件が複数国による共同提案でした。この傾向はここ数年顕著で、今後も続きそうです。
 二番目には、会場で流される映像に共通した傾向です。委員会で記載が決まると、多くの場合、会場前方スクリーンに当該無形文化遺産の短い映像が流れるのですが、それらの映像の多くに持続可能な開発目標(SDGs)が巧みに盛り込まれていたのが印象的でした。特に「ジェンダー」、「教育」、「海洋資源」または「陸上資源」は、多くの映像でストーリーとして繋がって映し出され、その無形文化がSDGsの取り組みの上に成り立っている、あるいはその無形文化の継承がSDGsの取り組みに直結しているということが強調されていると感じました。
 三つ目に、サイドイベントの醍醐味を肌で感じました。会場に隣接していくつもの小さなパビリオンが仮設され、そこでは「ここぞ」とばかりに自国の文化発信や関連する文化保護の活動報告・ディスカッションが繰り広げられます。舞踊や音楽の公演、工芸技術の実演やワークショップ、関連NGO団体の活動成果発信も活発です。政府間委員会には、委員国だけでなく無形文化遺産に関心の高い文化財行政や研究機関、NGOの関係者が世界中から参加するのですから、こうした場を通じて自国の文化を発信し、彼らのアンテナに訴えるには、サイドイベントは非常に効果的です。
 この政府間委員会は、無形文化遺産の国際的な協力・援助体制を確立するための重要な会議ですが、無形の文化遺産を各国がどのように捉えているのかを多角的に知る、恰好の情報収集の場でもあると感じました。

第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」

 令和5(2023)年12月8日、東京文化財研究所にて第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」が開催されました。
 近年、日本全国で民具の再整理を迫られるケースが増え、問題となっています。本来、収集した資料は、その現物を適切に保管・継承していくことが最善であることは言うまでもありません。しかし、特に地域博物館・地方公共団体においては、収蔵スペースや人員、予算の削減などに伴って、廃棄を含む再整理を検討せざるを得ない切実な課題を抱えている場合も少なくありません。
 今回は予想を大きく超える200名以上の方に参加いただき、関心の高さがうかがわれました。事後アンケートなどを見ても、民具の整理が全国でいかに喫緊の課題・困りごとになっているのか、現場の方々がいかに孤軍奮闘しているかが痛感されました。今回の協議会ではこうした課題を共有・協議するため、4名の報告者が民具の収集や整理、除籍、活用等について事例報告を行い、その後、2名のコメンテーターを加えて登壇者全員で総合討議を行いました。
 今回の協議会ではどうしたらひとつでも多くの民具を守り、後世へ伝えていけるのかに力点を置いて討議が進められました。様々な視点、意見が提示されましたが、重要な前提として、そもそも文化財としての民具資料が、その他の文化財とは、その意味付けや特性の点で大きく異なることが示されました。
 例えば、民具は比較研究のため同型・同種の資料を複数収集する必要があること、資料の価値はコト情報(どの地域、いつの年代に、誰が使ったかなどの民俗誌的情報)と組み合わせることで、はじめて判断できることなどは、民具研究者にとっては当たり前の視点です。しかし、それが行政機関内部や一般社会では十分に理解・周知されていないことによって、昨今の民具をめぐる諸問題に繋がっていることが指摘されました。コメンテーターやフロアからは、一見ありふれたものに思える民具の中に重要な意味を持つものがあり、比較のためにできるだけ多くの資料を残すことが重要であるなど、「捨てない」ことの意義も改めて指摘されました。
 民具は先人たちが暮らしのなかで育んできた知恵や技の結晶であり、それらは、それぞれの地域の民衆の暮らしの在り方、歴史、文化、およびその変遷を知るために、きわめて重要で雄弁な資料になります。その貴重な資料が消失の瀬戸際にある危機感をあらためて共有し、民具を守るための新たな手立てが必要であることを認識・共有できたことは大きな成果でした。民具資料を守っていくため、無形文化遺産部では来年度検討会を立ち上げ、関係するみなさまと議論を継続していく予定です。
 なお協議会の全内容は、年度内に報告書にまとめ、PDF版を無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。ぜひご参照ください。

シダ籠の製作技術の調査

採取したシダをその場で切り揃える
籠の底部分を編む

 令和5(2023)年12月25日、広島県廿日市市大野でコシダ(Dicranopteris linearis)を使った籠の製作技術を調査しました。
 大野のシダ籠細工は明治30年代に静岡の職人を通して、新たな副業として当地に伝わったとされています(四国から伝わったとされる説もあり)。地形や気候がコシダの生育に適していた大野では良質な材料が豊富に入手できたことから、シダ籠は大正から昭和にかけて重要な産業に発達しました。昭和40年代以降、シダ籠づくりはプラスチック製品の台頭によって急速に衰退しますが、伝統的な技を残そうと平成9(1997)年から技術伝承の講習会が開かれ、現在まで技が繋がってきました。
 籠編みにはコシダの葉柄(軸)部分を利用します。10月~翌3月ころ、1メートル程度まで伸びた葉柄を根本部分から刈り、釜で2時間ほど煮て、煮あがったものをよく揉んだら、そのまま籠編みに使える素材となります。タケ類や多くのツル性植物のように割ったり裂いたりする必要がなく、そのまま使えること、水に強く丈夫であることなど、きわめて優秀な素材と言えます。籠のなかでも最も一般的なのは「茶碗めご」と呼ばれる籠で、2時間ほどで編みあがります。
 シダを用いた籠はかつて西日本を中心に各地で生産されていましたが、現在でも技が伝承されているのは、管見の限り、ここ大野と沖縄県今帰仁村のみです。日本には各地に籠のような編組品を作る技術が残っていますが、その素材には、地域の自然環境に合わせた多様な植物が選択され、巧みに利用されてきました。無形文化遺産部ではこうした自然利用の知恵と技を記録し、後世に引き継ぐために、引き続き、多様な素材による編組品の調査を進めていきます。

第17回無形文化遺産部公開学術講座「宮薗節の魅力を探る」の実施

宮薗千碌氏(座談会)
宮薗千佳寿弥氏(座談会)
竹内康雄氏による三味線ミニ解説
見台や三味線、資料の展示

 令和5(2023)年11月22日、東京文化財研究所地下セミナー室・地下ロビーで第17回無形文化遺産部公開学術講座「宮薗節の魅力を探る」を開催しました。
 まず前半では、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美より趣旨説明を行い、その後、古川諒太氏(東京大学大学院博士後期課程)、半戸文氏(しょうけい館戦傷病者資料館)、無形文化遺産部特任研究員・飯島満、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓、前原より、音声・映像記録も用いながら発表を行いました。  
 後半は、座談会「宮薗千碌さん・千佳寿弥さんに聞く」と題し、 宮薗千碌氏と宮薗千佳寿弥 氏(以上、国の重要無形文化財「宮薗節」保持者[各個認定])に、宮薗節の特徴や習得のエピソード、周辺の邦楽ジャンルとの関係についてお話を伺ったほか、事前に提出された参加者からの質問にもお答えいただきました。その後、当研究所で継続的に実施している実演記録「宮薗節」より『夕霧』(抜粋)を上映しました。
 また今回の講座では、宮薗三味線の体験や三味線製作者・竹内康雄氏によるミニ解説、一般財団法人古曲会や宮薗千碌氏・千佳寿弥氏に拝借した資料や楽器等に当研究所の関連資料を加えた展示、当研究所で取り組んでいる実演記録「宮薗節」のポスター展示等も行い、宮薗節をより立体的に知っていただく工夫を試みました。当日のアンケートでは、今回初めて当研究所を知った、宮薗節に初めて触れた、などの回答が複数寄せられ、本講座が伝統芸能との出会いの場になったという実感を得ることができました。
 今後も無形文化遺産部では、無形文化財の魅力を、最新の研究成果とともにわかりやすく伝えられる取り組みを継続していきます。なお、本講座の様子を記録した映像は編集後に期間限定配信、報告書は各発表や資料紹介を充実させて次年度刊行・PDF公開予定です。

公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団「伝統文化記録映画」の寄贈・資料閲覧室での視聴開始

資料閲覧室の視聴ブース
寄贈いただいた公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団「伝統文化記録映画」

このたび公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団より財団制作の「伝統文化記録映画」の寄贈を受け、令和5(2023)年12月より東京文化財研究所閲覧室で視聴ができるようになりました。ポーラ伝統文化振興財団では「伝統工芸の名匠」、「伝統芸能の粋」、「民俗芸能の心」の3つのシリーズの映画を制作しています
https://www.polaculture.or.jp/movie/index.html)。

本年度寄贈を受けた作品は以下の26点です。
1「-うるしを現代にいかす- 曲輪造・赤地友哉」
2「芭蕉布を織る女たち -連帯の手わざ-」
3「新野の雪祭り -神々と里人たちの宴-」
4「国東の修正鬼会 -鬼さまが訪れる夜-」
5「-筬打ちに生きる- 小川善三郎・献上博多織」
6「鍛金・関谷四郎 -あしたをはぐくむ-」
7「呉須三昧 -近藤悠三の世界-」
8「芹沢銈介の美の世界」
9「狂言師・三宅藤九郎」
10「-琵琶湖・長浜- 曳山まつり」
11「ふるさとからくり風土記 -八女福島の燈篭人形-」
12「月と大綱引き」
13「秩父の夜祭り -山波の音が聞こえる-」
14「重要無形文化財 輪島塗に生きる」
15「世阿弥の能」
16「飛騨 古川祭 -起し太鼓が響く夜-」
17「舞うがごとく 翔ぶがごとく -奥三河の花祭り-」
18「変幻自在 -田口善国・蒔絵の美-」
19「ねぶた祭り -津軽びとの夏-」
20「みちのくの鬼たち -鬼剣舞の里-」
21「木の生命よみがえる -川北良造の木工芸-」
22「志野に生きる 鈴木藏」
23「神と生きる -日本の祭りを支える頭屋制度-」
24「鬼来迎 鬼と仏が生きる里」
25「蒔絵 室瀬和美 -時を超える美ー」
26「野村万作から 萬斎、裕基へ」

 視聴をご希望の方は東京文化財研究所資料閲覧室(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html)の開室時間に受付にてお申し込みください。今後も視聴できる作品を増やしていく予定ですので、最新の情報はこちらのHPよりご確認ください(https://www.tobunken.go.jp/ich/video/ich-dvd/)。
 みなさまのご来室をお待ちしております。

調査録音「あずまりゅうげんきん」第1回の実施

収録時の様子(左から九代目藤舎蘆船氏、藤舎蘆高氏)

 令和5(2023)年11月29日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室(録音スタジオ)で、あずまりゅうげんきんの調査録音(第1回)を行いました。
 東流二絃琴は、細長い板に張った二本の絃を弾じつつ唄う楽器・二絃琴の流派の一つです。神事に使われる八雲やくもごとをもとに、明治の初めごろ、初代とうしゃせんが東京で創始しました。夏目漱石『吾輩は猫である』に三毛子の飼い主として二絃琴の師匠が登場するように、明治中期にはかなりの流行を見せたといいます。昭和48(1973)年3月には、藤舎すい(のちの六代目蘆船)・藤舎せつ(のちの七代目蘆船)が国の「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」に選択され、平成14(2002)年3月には八代目蘆船が台東区無形文化財に指定されました。しかし今では伝承者が極めて少なく、一般に参照できる視聴覚資料の曲目も限られていることから、調査録音を実施することとしました。
 第1回では、『窓の月』『ほととぎす』『初秋はつあき』『砧』『四季のえん』『隅田川』の6曲を収録しました。いずれも初代蘆船の作品で、明治18(1885)年刊『東流二絃琴唱歌集』に詞章が掲載されています。東流二絃琴「東会あずまかい」の九代目藤舎蘆船氏、藤舎こう氏による演奏です。
無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない芸能や、貴重な全曲演奏の記録作成を継続していく予定です。

スーダンのリビングヘリテージ保護への国際協力

カイロで開催されたユネスコの会議(2023年9月)

 東京文化財研究所では令和5(2022)年度より科学研究費「ポストコンフリクト国における文化遺産保護と平和構築」(挑戦的研究(萌芽))事業により、スーダン共和国の国立民族学博物館とリビングヘリテージの保護に関する研究交流を行っています(研究代表者:無形文化遺産部長・石村智、研究分担者:北海学園大学工学部准教授・清水信宏氏、研究協力者:京都市埋蔵文化財研究所調査研究技師・関広尚世氏)。スーダンでは長年にわたって内戦と独裁政権の支配による政治的混乱が続いてきましたが、平成31/令和元(2019)年に30年間続いた独裁政権が崩壊して暫定的な民主国家が樹立され、国の復興が進められてきました。そうした中、スーダンの歴史と文化的多様性を表現するものとしての文化遺産の重要性、とりわけ無形文化遺産をはじめとするリビングヘリテージへの注目が高まっています。令和5(2023)年5月には国立民族学博物館長Amani Noureldaim氏、副館長・Elnzeer Tirab氏を日本に招へいし、本研究所と共同研究の覚書を締結する予定でした。
 しかし令和5(2023)年4月15日、スーダン国軍と準軍事組織である即応支援部隊(RSF)との間で衝突が発生し、スーダン国内は武力紛争下に置かれてしまいました。そのため5月に予定していた招聘は直前で、いったん延期とすることにしました。
 このような困難な状況にあっても、スーダンの文化遺産関係者は文化遺産を守るための活動を続けるべく努力を重ねています。首都のハルツームにある国立民族学博物館やスーダン国立博物館等は閉鎖せざるを得ない状況となっていますが、国立文物博物館局(NCAM)の職員をはじめとする関係者は国外に退避したり、国内の安全な地域に避難したりしながら、活動を継続しています。例えば6月3日~5日と7月6日~10日には、主にエジプトのカイロに退避した関係者を中心に、文化財保存修復研究国際センター(ICCROM)の主導により対面とオンラインによる緊急ワークショップ・フォーラムが開催されました。本事業のメンバーもスーダン人専門家の招待を受けて、これらの会議の一部にオンラインで参加しました。
 こうした状況を受けて、本事業の目的も「紛争下での文化遺産保護」に軌道修正し、私たちも可能な限りこうした動きに呼応することにしました。8月にはイギリスの大英博物館を訪問し、長年にわたってスーダンの文化遺産保護に携わってきたJulie Anderson博士、Michael Mallinson氏、Helen Mallinson博士と意見交換を行いました。そして9月10日~13日にカイロの子供博物館で開催されたユネスコの会議「緊急事態下にあるスーダンのリビングヘリテージ保護のための専門家会議(Experts Meeting on Living Heritage and Emergencies: Planning the Response for Safeguarding Living Heritage in Sudan)」に参加し、国際的な専門家と協議を行いました。またあわせて、カイロに臨時オフィスを置いている在スーダン日本国大使館において、エジプトに退避しているスーダン人文化遺産関係者(NCAM局長・Ibrahim Musa氏をはじめとする9名)と駐スーダン特命全権大使・服部孝氏、JICAスーダン事務所長・久保英士氏をはじめとする大使館・JICAのスタッフを交えた会談を行い、情報交換を行うとともに日本からの文化遺産保護の国際協力の可能性について協議しました。
 現在、スーダン国内の治安状況はまだ安定していませんが、それでもスーダン国内に残った文化遺産関係者は地方の博物館等を拠点に、文化遺産を守るための活動に携わっています。私たちも彼らと連絡を取り合いながら、引き続き研究交流を行っていきたいと思います。
 また大英博物館のMichael Mallinson氏、Helen Mallinson博士を中心に、11月1日より「#OurHeritageOurSudan」と題した90日間のキャンペーンが行われています。これはスーダンのリビングヘリテージについて学び、それを共有することで、スーダンの復興やそのために奔走している人々を応援しようという趣旨のものです。本キャンペーンのウェブサイトでは、スーダンの豊かで多様な文化遺産の様子を写真や映像で見ることが出来ます。私たちも本キャンペーンの趣旨に賛同し、協力していますので、ぜひこちらのウェブサイトもご覧いただければ幸いです。
https://www.sslh.online/ [外部サイト]

実演記録「宮薗節(みやぞのぶし)」第九回の実施

実演記録収録準備の様子
実演記録撮影の様子(左から宮薗千よし恵氏、宮薗千碌氏、宮薗千佳寿弥氏、宮薗千幸寿氏)

 令和5(2023)年10月31日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室で、宮薗節の記録撮影(第九回)を行いました。
 国の重要無形文化財・宮薗節は、江戸時代中期に上方で創始され、その後は江戸を中心に伝承されてきました。今日では、一中(いっちゅう)節・河東(かとう)節・荻江(おぎえ)節とともに「古曲」と総称され、演奏の機会もあまり多くはありません。無形文化遺産部では、平成30(2018)年より、実演記録「宮薗節」を継続的に行っており、伝承曲を省略せずに全曲演奏でアーカイブしています。
今回は、宮薗節のレパートリーの中でも「新曲」に分類される十段の中から、《薗生(そのお)の春》と《椀久(わんきゅう)》を収録しました。前者は、明治21(1888)年に宮薗節独立を記念して作られた作品で、宮薗節には珍しい華やかな三味線の替手(かえで)が入ります。後者はさらに新しく、昭和24(1949)年に作られた作品です。大坂新町の豪商・椀屋久兵衛(わんやきゅうべえ)(通称椀久)と新町の遊女・松山の悲恋の物語で、ここでは椀久の物狂いの様が描かれます。演奏はいずれも宮薗千碌(せんろく)(タテ語り、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千よし恵(ワキ語り)、宮薗千佳寿弥(せんかずや)(タテ三味線、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千幸寿(せんこうじゅ)(ワキ三味線)の各氏です。
 無形文化遺産部では、今後も宮薗節の古典曲および演奏機会の少ない新曲の実演記録を実施予定です。

伝統楽器をめぐる文化財保存技術と原材料の調査@韓国

韓国の漆掻きの様子
朱漆が施されたテグム(部分)

 このたび無形文化遺産部と保存科学研究センターでは、日本と同様、伝統的な管楽器に竹材を用いる韓国で、竹材確保の現状や、日本で内径調整のために伝統的に用いられている漆の確保、技術伝承について共同で調査を行いました。
 今回の調査によれば、韓国では宅地や商業地開発に伴う竹伐採が盛んで、竹材は今のところ潤沢に供給されているとのことでした。ただし伝統的な管楽器・テグム(竹製の横笛)に用いるサンコル(双骨竹または凸骨。縦筋の入った竹)のように特殊な竹の供給は不安定なため、国楽院楽器研究所が竹を薄い板状にして圧着した材を開発し、特許を取得して技術公開しています。ただしこの素材もまだ楽器製作者やテグム演奏家に浸透するにはいたっていないとのことで、引き続きの課題も垣間見えました。
 漆については、中国からの輸入が多い現状を打破し韓国国内での漆液の生産・需要量を上げようと、従事者への保護が手厚い点が印象的でした。漆芸品の修復に使用する用具・材料に関する問題は日本ほど生じていないようで、特に加飾材料として用いられる螺鈿貝の加工・販売会社は韓国国内に十数店舗以上あるとのことでした。
 韓国では管楽器への漆の使用は一般的ではありませんが、かつてはテグムの管内に朱漆を塗っていたそうで、現在も装飾的な意味合いで朱漆を塗ることがあるとのこと。管内に漆を塗っていた本来の理由が気になるところです。
 また、日本では管内に漆を塗り重ねながら内径を調整しますが、韓国ではより肉厚で繊維の密な竹の内径を削りながら内径を調整することがわかりました。漆を塗り重ねて内径を狭めながら調整する日本と、厚みのある竹の内側を削り広げながら内径を調整する韓国。両国で調整方法が対照的なのは興味深く思われました。
 本調査に際しては、韓国の国立無形遺産院のご協力もいただきました。日本で生じている原材料確保や保存技術継承の課題を、原材料の共通する他国と比較し、それぞれの技術の特性を知り、課題解決のヒントを得られるような調査研究を続けたいと思います。

箏の構造調査を多角的に―邦楽器製作技術保存会、九州国立博物館と連携―

撮影したX線CT画像を確認する様子
170cm超の箏は設置も一苦労

 無形文化遺産部では、伝統芸能の「用具」である楽器の調査研究も行っています。このたび、国の選定保存技術「箏製作 三味線棹・胴製作」の保存団体である邦楽器製作技術保存会、東京文化財研究所と同じ国立文化財機構の九州国立博物館と連携して、江戸時代後期から大正期にかけて製作されたと考えられる箏(個人所蔵)の構造調査を開始しました。楽器製作によって演奏者と観客を繋いできた知見と視点、博物館科学の文化財内部を非破壊調査する技術と視点、無形文化財の楽器学や音楽史研究の視点を総合し、箏の構造を多角的に明らかにしようとしています。
 8月29日に九州国立博物館で箏のX線CT撮影を行いましたが、撮影直後に画像を確認しているところから、さっそくこの連携ならではの気づきもいくつかありました。例えば、箏の内側の底に切り込みが見つかると、それがかつてその工程に使われていた鋸の刃が入りすぎた跡と推測されたり、その跡を一部だけ埋木で補っているように見える点について意見を交わしたり。
 この調査はまだ始まったばかりですが、異なる立場からの見解を持ち寄ることで、箏の製作技術や意図、その集大成としての箏の構造について、新たな側面が見えてくるのではないかと期待が膨らみます。今後は、撮影した画像の詳細な検討を進めるとともに、この箏の出自を精査し、製作者が同じ可能性のある他機関所蔵の箏と比較することで、構造や製作技術の特徴を明らかにしたいと考えています。

シンポジウム「踊れ、魂よ!―風流踊の楽しみ方―」の開催

参加者が盆踊りを体験する様子
西馬内の盆踊りの実演

 令和5(2023)年6月24日に東京国立博物館平成館大講堂で、「踊れ、魂よ!―風流ふりゅうおどりの楽しみ方―」と題したシンポジウムが開催されました。主催は東京文化財研究所と公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団、特別協力として西馬音内(にしもない)盆踊保存会にもご出演いただきました。
 最初に風流踊の楽しみ方について、①歴史編を無形文化遺産部無形民俗文化財研究室長・久保田裕道が、次いで②音楽編を川崎瑞穂氏(聖心女子大学ほか非常勤講師)、③装い編を俵木悟氏(成城大学教授)、④関西地方の事例を森本仙介氏(奈良県文化財保護課)が、それぞれに講じました。その後4人揃っての登壇者クロストークとなり、風流踊の魅力をさまざまな面から語る場となりました。
 その後休憩を挟んで、ポーラ伝統文化振興財団が作成した記録映画「端縫いの夢~西馬音内盆踊り~」を上映。続いて西馬音内盆踊保存会から佐藤幾子氏・和賀靖子氏にご登壇いただき、踊りを解説。そして、保存会の皆さんによる西馬音内盆踊の実演となりました。実演の後半は、佐藤氏の指導で、参加者が踊りを体験。最後は多くの参加者が立ち上がって踊り、保存会の皆さんと一緒に盛り上がりました。
 なお、ポーラ伝統文化振興財団では、これまでに西馬音内を始めとする、さまざまな無形の文化財の映像記録作品を製作しています。今回、その多くの作品を東京文化財研究所にご寄贈頂きました。今後当研究所では、それらの閲覧ができるようにしていく予定です。

日韓無形文化遺産研究交流成果発表会の開催

成果発表会の参加者一同

 東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国国立無形遺産院と研究交流を続けています。その事業の一環として、令和5(2023)年5月24日に日韓無形文化遺産研究交流成果発表会を当研究所で開催しました。この発表会では、平成28(2016)年10月~令和5(2023)年3月にかけて実施された研究交流の成果が発表されました。
 国立無形遺産院からは4名(梁鎭潮氏・崔淑慶氏・姜敬惠氏・柳漢仙氏)のスタッフが来訪し、4本の報告を行いました。当研究所からは、無形文化遺産部・石村智、前原恵美、久保田裕道の3名が3本の報告を行いました。その後、文化財情報資料部・二神葉子をはじめとする参加者全員によるディスカッションが行われました。
 ディスカッションでは、無形文化遺産の保護をめぐる課題や展望についての意見交換が行われました。とりわけ近年注目されている生活文化に関連した無形文化遺産(例えば食文化)についての議論が活発に行われました。生活文化に関連した無形文化遺産の保護については、韓国の方が日本よりも早く取り組みを始めましたが、その課題には両国の間で共通するところと異なるところがあることが分かりました。議論は2時間にも及ぶ白熱したものとなりました。
 研究交流の事業は、新型コロナ禍のために一時中断していましたが、こうして再開することが出来たのは幸いでした。今年4月には当研究所と国立無形遺産院は新たな合意書を締結し、研究交流は2030年3月まで継続することとなりました。この研究交流を通じて、無形文化遺産の保護に関する両国の理解と協力が促進されることを願っています。

北上川河口のヨシ再生調査―篳篥の蘆舌原材料

「残したい日本の音風景百選」(環境庁、平成8(1996)年)に選ばれた北上川河口のヨシ原

 無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料調査の一環として、篳篥の蘆舌に使用されるヨシの調査を行っています。このたび、ヨシの産地である宮城県石巻市・北上川河口にて調査を実施しました。調査の目的は、第一に当地のヨシの特性を知り、篳篥の蘆舌に適しているかを調査すること。第二に、東日本大震災で被災した当地のヨシ再生のプロセスや現状を知り、篳篥の蘆舌に適するヨシの産地として知られる淀川河川敷での「ヨシ再生」に活かせることはないか調査すること。
 調査では、ヨシ原保全活動に取り組む(有)熊谷産業を訪ね、ヨシ原の現状を聞き取るとともに、蘆舌の原材料となりそうな外径のヨシを提供していただきました。熊谷産業は、社寺建築や和風建築の伝統的な工法による屋根工事を手掛ける会社で、国指定重要文化財保存修理工事も行っています。いただいたヨシは、二名の方に篳篥蘆舌の試作を依頼しました。完成後は試奏による使用感を含め、調査結果をまとめる計画です。
 また、北上川を管理する国土交通省東北地方整備局・北上川下流河川事務所や、震災前後のヨシ原調査やヨシ原への理解推進に取り組む東北工業大学教授の山田一裕氏を訪ねました。東日本大震災発生以前、河口には約183haのヨシ原が広がっていましたが、震災で50~60cmの地盤沈下が発生し、浸水によるヨシの枯死が進み、津波が運んだゴミで成長を妨げられ、一時は約87haに減少したと言います。その後、ヨシ原のゴミは地域の方々の協力のもと回収され、現在はヨシ原再生のための移植実験も行われています。震災による被害から自然環境が回復する過程で、地域の人々の理解や協力が自然の回復を後押したと言えるでしょう。
 さらに、当地では、「水防法及び河川法の一部を改正する法律」(平成25(2013)年6月)で創設された「河川協力団体制度」により、北上川下流河川事務所と3つの協力団体が情報交換や報告を行って河川や周辺環境を保全する体制が取られています。こうした連携も、ヨシ原再生に効果を上げていると感じました。
 無形文化遺産部では、無形文化財、民俗文化財、文化財防災を専門とする研究員が連携し、今後も無形の文化財継承に必要な人・技・モノの現状や課題、解決方法について、包括的な調査研究を実施していきます。

令和4年度文化財防災センターシンポジウム「無形文化遺産と防災-被災の経験から考える防災・減災-」の開催について

これまでの取り組みに関する報告
会場風景
総合討議の様子

 令和5(2023)年3月7日、令和4年度文化財防災センターシンポジウム「無形文化遺産と防災-被災の経験から考える防災・減災-」が、東京文化財研究所地下セミナー室にて開催されました。このシンポジウムは、文化財防災センターの事業に、東京文化財研究所が共催し実施したものです。

 平成23(2011)年3月11日に発生した東日本大震災を契機とし、無形文化遺産が復興過程で果たす役割や、またそれらを災害から守る意義に注目が集まったことは広く知られるところです。未曾有の大災害は、確かに無形文化遺産に大きな被害をもたらしました一方、それらが今日まで継承される意義や、地域社会のなかで果たす役割に注目が集まるきっかけともなりました。

 本シンポジウムは、国立文化財機構でのこれまでの取組を整理しつつ、災害による被害を受けた事例を参照し、全国各地で無形文化遺産に関わる皆さんとともに、その成果を発展させていく方策を議論するために企画されました。シンポジウム当日は、行政関係者や大学および専門機関の研究者、無形文化遺産の担い手の方等、87名の方に御参加いただきました。

 午前は、東京文化財研究所と文化財防災センターからそれぞれ、無形文化遺産の防災に関わるこれまでの取組や調査成果を紹介しました。午後は、近年の被災事例として、「等覚寺の松会」(福岡県京都郡苅田町)、「雄勝法印神楽」(宮城県石巻市)、「長浜曳山祭の曳山行事」(滋賀県長浜市)の3事例について、各地域の行政職員や担い手、研究者の方から、災害対応や再開のプロセスに注目した御報告がありました。最後の総合討議では、当日の報告や発表、議論を踏まえ、文化財防災センター事業内で、この課題について議論を重ねられてきた5名の有識者の先生方による総括がありました。

 フロアからも活発な御発言もいただき、今後の防災・減災の方法を具体的に考えるための手がかりが共有される機会となりました。引き続き、文化財防災センターと東京文化財研究所はシンポジウムでの議論を発展させ、両施設で連携を取りながら具体的な対策を提案できるよう取り組んで参ります。

第17回無形民俗文化財研究協議会「文化財としての食文化―無形民俗文化財の新たな広がり」の開催

総合討議の様子

 令和5(2023)年2月1日、第17回無形民俗文化財研究協議会「文化財としての食文化―無形民俗文化財の新たな広がり」が開催されました。新型コロナウイルスの影響が続くなか、行政担当者に対象を絞ったセミ・クローズドの会として、所内外から約90名の参加を得、様々な立場から食の保護の実践をされてきた方々から取り組みの報告や討議をいただきました。
 2013年にユネスコ無形文化遺産代表一覧表に「和食」が記載されて以降、食に対する社会の関心は年々高まっています。しかし「文化財としての食文化」については、令和3(2021)年の文化財保護法改正を契機に保護の取り組みが始まったばかりであり、その対象範囲をどう捉え、どのように保護(保存・活用)していくかについてはさらなる議論の蓄積が必要とされています。そこで今回の協議会では「文化財としての食文化」をめぐる様々な課題を共有し、その可能性を議論することを目的としました。
 食は誰もが実践者・当事者であることから、時代・地域・家ごとの著しい多様性・変容性がみられます。それは食の大きな魅力である一方で、文化財として保護していく上では典型や保護の主体を定めにくいといった難しさがあります。また販売することによって地域活性化につながるなど「活用」と相性のよい側面を持つ一方、商品化や流通によっておこる変化・変容をどう評価するのか等、活用と保護のバランスをとることが課題のひとつとなります。さらに、食文化振興については、農林水産省などの関連省庁や民間団体・企業など、すでに多様な関係者が多くの取り組みを実践しており、先行する取り組みとどう連携していくのか、またあえて文化財行政として食文化に関わる意義をどこに見出していくのか等も重要な課題です。
 総合討議ではこうした食文化特有の課題に対して、子どもたちへの食育の大切さや、作るだけでなく食べる行為や食材、道具なども併せて守っていかなければならないこと、商業としての食と家庭における食が両輪として機能してきたことなど、様々な意見・見解が示されました。また、文化財分野として新たに食文化の保護・振興に取り組む意義として、味がおいしい・見た目が美しいなどの「売れる」食、「える」食という観点からではなく、その地域の暮らしや歴史を反映している食文化を対象としうること、そしてその保護を図ることができるところに、大きな意義と、果たすべき役割があるのではないかという視点が示されました。
 無形文化遺産部では今後も、食文化関連の動向を注視していきたいと考えています。協議会の全内容は3月末に報告書にまとめ、無形文化遺産部のホームページでも公開しています。

文化財活用センターと協働で実演記録「平家」第五回を実施

 継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)について、無形文化遺産部では、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、記録撮影を進めています。第五回は、令和4(2023)年2月3日、東京文化財研究所 実演記録室で《那須与一》と《宇治川》の撮影を実施しました。
 《那須与一》は、那須与一が扇の的を射落として源頼朝から功績を認められたエピソードが有名で、この場面は絵画にもしばしば描かれてきました。そこで今回は新たな試みとして、高精細複製による文化財の活用を推進している、独立行政法人 国立文化財機構 文化財活用センターとの協働で、「平家物語 一の谷・屋島合戦図屏風(高精細複製品)」を演奏者の後ろに設置して撮影しました。《宇治川》は、宇治川を前にして繰り広げられる佐々木高綱と梶原景季の勇壮な先陣争いがテーマです。今回の実演記録では、《那須与一》を菊央氏(前半)と日吉氏(後半)、《宇治川》を田中氏の演奏で記録撮影しました。
 伝統芸能である「平家」にルーツを持ち、文学作品としての「平家物語」、さらに絵画などの題材へと展開する文化の広がりが伝わるような発信を、今後とも応用・工夫していきます。

「平家物語 一の谷・屋島合戦図屏風(高精細複製品)」の前で《那須与一》演奏する菊央雄司氏(左)、高精細複製品部分拡大図(右)
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