研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ワット・ラーチャプラディットの日本製扉部材と伏彩色螺鈿に関する研究会の開催

ワット・ラーチャプラディット拝殿の扉
研究会の様子

 平成30(2018)年7月30日、本研究所において標記の研究会を開催し、11名の専門家による10件の研究発表が行われました。
 タイ・バンコク所在のワット・ラーチャプラディットは、1864年にラーマ4世の発願により建立された王室第一級寺院です。同寺院の拝殿の窓と出入口の扉の室内側には、アワビなどの貝を薄く剥ぎ、基底材に接する側に彩色や線描、金属箔を施したものを用いる伏彩色螺鈿、及び漆絵により装飾された部材が使われています。この扉部材について、タイ文化省芸術局及び同寺院の依頼により、東京文化財研究所は平成24(2012)年からタイでの修理事業に対する技術支援を始めました。特に、平成25(2013)年~平成27(2015年)には2点の扉部材を日本に持ち込み、研究所内外の専門家と連携して詳細な科学的調査と試験的な修理を実施しています。
 本研究会では、扉部材の透過X線撮影、顔料等の蛍光X線分析、漆塗膜や下地等の有機分析といった上記の科学的調査のほか、現地で実施した光学的調査や、漆絵による文様の図像の解釈に関する成果が報告されました。それらの成果を通じ、扉部材の装飾に用いられた技法や材料が明らかになるとともに、扉部材が日本製である証拠が示されています。また、この扉部材や、日本及びタイに所在する日本製の伏彩色螺鈿製品を対象に、製作技法に関する検討や、時期的な変遷に関する考察を行った成果も報告されました。
 伏彩色螺鈿の技法が用いられたのは18世紀末~19世紀後半の比較的短期間に過ぎませんが、その系譜は明らかとは言えません。私たちは今後も、ワット・ラーチャプラディットの扉部材の修理事業への技術支援とともに、扉部材や伏彩色螺鈿に関する日タイ両国での調査研究を続けます。

セインズベリー日本藝術研究所との共同事業協定書の更新

調印式の様子

 当研究所では、平成25(2013)年7月にイギリス・ノーフォーク県の県庁所在地ノリッジ(Norwich)にあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)と5年間にわたる共同事業にかかる協定書を締結し、「日本芸術研究の基盤形成事業」を進めるとともに、文化財情報資料部から研究者を派遣し、SISJACにて日本美術に関する講演を毎年行って参りました。「日本芸術研究の基盤形成事業」は、当研究所が『日本美術年鑑』編纂のために収集してきた美術関係文献データによるデータベースを補完するものとして、SISJACが日本国外で発表された英文による日本芸術関係文献のデータを収集・入力し、共同でデータベースを構築するものです。平成30(2018)年6月半ばまでにお送りいただいた文化財関係文献2,584件、美術展覧会・映画祭開催情報(日本国外)1,631件、書籍情報(日本国外出版)460件、計4,675件のデータが、当研究所の総合検索システムに統合され、横断検索が可能となっています。
 これらの事業を継続すべく、平成30(2018)年7月13日、SISJACにて同研究所のサイモン・ケイナー(Simon Kaner)所長と当研究所副所長の山梨により更新された協定書への調印が行われました。事業の継続によって、さらなるデータベースの充実と研究交流に努めていく所存です。

国際シンポジウム「アート・歴史分野における国際的な標準語彙(ボキャブラリ)の活用 — Getty Vocabulary Programの活動と日本」への参加

パネルディスカッション(写真提供:国立歴史民俗博物館メタ資料学研究センター)
ワード氏を交えての関連機関担当者による協議

 国際シンポジウム「アート・歴史分野における国際的な標準語彙の活用 ―Getty Vocabulary Programの活動と日本」が平成30(2018)年6月16日に国立歴史民俗博物館で開催され、文化財情報資料部の橘川が参加、ゲッティ研究所ULAN(Union List of Artist Names)への日本美術家人名情報提供の経過報告を行いました。「標準語彙」というのは聞き慣れない言葉だと思いますが、これは人名・地名などの表記を標準化することで、その情報化・流通を支援するものです。後藤真氏(国立歴史民俗博物館准教授)の企画による今回のシンポジウムでは、ジョナサン・ワード氏(Getty Vocabulary Programシニアエディター)がGetty Vocabularyの構想・活用の現状を、またソフィ・チェン氏(台湾中央研究院歴史語言研究所助研究員)が語彙の多言語化について講演したのち、日本の関係機関者から人名情報のほか、企業分野情報、現代美術情報、Linked Open Data運用が報告されました。パネルディスカッションでは、Getty Vocabularyへの日本からの貢献などについて議論されました。また平成30(2018)年6月18日には、ワード氏を当研究所にお招きし、国立歴史民俗博物館、奈良文化財研究所、東京国立博物館の担当者と、日本における文化財関連の標準語彙のあり方について協議しました。これらを通じて、日本において標準語彙データベースを生成している機関による連携の可能性を共有する機会となりました。

文化財データベースにおけるWordPressの利用について―WordCamp Osaka 2018への参加

発表の様子

 東京文化財研究所では、平成26(2014)年にWebコンテンツの管理システムであるWordPressを利用し、文化財情報データベースを大幅にリニューアルいたしました。WordPressは、現在、世界中のWebサイトの約30%で利用されているオープンソースのシステムです。その公式のイベントであるWordCampは、昨年度だけで48の国と地域で128回開催されました。この度、平成30(2018)年6月2日に大阪で開催されたWordCamp Osaka 2018(https://2018.osaka.wordcamp.org/)にて「WordPressで作る文化財情報データベース」と題し、小山田智寛、二神葉子、三島大暉の三名による共同発表を行い、文化財情報データベースとしてWordPressを利用するためのカスタマイズや運用について報告いたしました。発表後、地方自治体や研究機関のシステムを手掛ける方々から、多くの質問をいただき、活発な情報交換を行いました。
 研究所の業務は一つ一つが他に類例のない特異なものです。そのため、その成果を蓄積し、発信する情報システムにも、独自性が求められます。今後は、研究成果だけでなく、情報システムの開発や運用で蓄積した知見についても積極的に公開して参ります。

近世土佐派の画法書を読む――文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子
土佐光起・光成筆「秋郊鳴鶉図」東京国立博物館 http://webarchives.tnm.jp/

 平成30(2018)年6月26日の文化財情報資料部月例の研究会では、“土佐光起著『本朝画法大伝』考―「画具製法并染法極秘伝」を端緒として―”と題し、下原美保氏(鹿児島大学)をコメンテーターにお招きして、小野真由美(文化財情報資料部)による発表が行われました。
 土佐光起(1634~54)は、ながく途絶えていた宮廷の絵所預に任ぜられたことから、「土佐家中興の祖」とされる絵師です。光起は、伝統的なやまと絵に、宋元画や写生画などを取り入れ、清新で優美な作品を多くのこしました。
 『本朝画法大伝』(東京藝術大学所蔵)は、光起が著した近世を代表する画法書のひとつです。今回、同著の彩色法について、狩野派の画法書『本朝画伝』(狩野永納著)や『画筌』(林守篤著)、狩野常信による写生図(東京国立博物館所蔵)との比較を行いました。たとえば、「うるみ」という色彩について光起は、「生臙脂ぬり、後に大青かくる」と伝えますが、狩野派の画法書では胡粉を混色する異なる方法を記しています。そこで、常信の写生図を参照すると、「山鳩図」「葛図」に「うるミ」と注記があり、ヤマバトの足やクズの花の実際の固有色が、光起の伝える彩色法に一致することがわかりました。こうした比較から、『本朝画法大伝』が他の画法書にくらべて、実践的かつ具体的な内容であることがみえてきました。
 研究会においては、土佐派、住吉派、狩野派、そして日本画研究など様々な立場から、ご意見をいただきました。今後は、そうした諸研究者のみなさまと、同著の更なる読解をすすめ、江戸時代の画法についての考察を深めていきたいと考えております。

三木多聞氏関係資料の受贈

三木多聞氏(平成5(1993)年撮影)
三木氏が美術雑誌『三彩』平成3(1991)年12月号に寄稿した「‘91彫刻界の動き」の原稿と、その掲載誌面

 平成30(2018)年4月に89歳で亡くなられた三木多聞氏は近現代美術、とくに彫刻の分野を中心に旺盛な執筆活動を行なった美術評論家です。東京国立近代美術館、文化庁文化財保護部での勤務を経て、国立国際美術館、徳島県立近代美術館、東京都写真美術館の館長を歴任されました。
 このたび当研究所では三木氏が遺した、美術に関する手稿類を主とする資料を、郡山市立美術館学芸員の中山恵理氏の仲介でご遺族よりご寄贈いただくことになりました。新聞雑誌に寄稿した美術記事の原稿をはじめ、海外での視察を詳細に記したノート類や画廊で開催された展覧会の印刷物をまとめたスクラップブックなど、三木氏の業績にとどまらず、戦後美術の動向を知る上で貴重な資料が含まれています。今後は整理作業を経て、研究資料として閲覧・活用できるよう努めて参りたいと思います。

/

展覧会「記録された日本美術史―相見香雨、田中一松、土居次義の調査ノート展―」の開催

展覧会のパンフレット表紙
実践女子大学香雪記念資料館での展示風景

 東京文化財研究所ではかつて当研究所に在籍していた研究職員の資料の収集し、研究アーカイブとして活用しています。このたび実践女子大学香雪記念資料館と京都工芸繊維大学美術工芸資料館の共同主催による展覧会「記録された日本美術史―相見香雨、田中一松、土居次義の調査ノート展―」において、当研究所所蔵の田中一松(1895〜1983)のノート、調書、写真など約70点の資料を初公開致しました。この展覧会では、相見香雨(1874〜1970)・田中一松・土居次義(1906〜91)という、明治から昭和にかけて日本美術史研究をリードした3人の研究者の調査ノート類を一堂に出陳しています。展示を通じて、先人の研究者がどのように作品を見て、記録していくかを追体験するという企画です。田中は幼少期から絵が巧みで、生涯にわたる作品のスケッチの見事さは筆舌に尽くし難く、現在のデジタル全盛の時代でも、手で記録を取ることの重要さを教えてくれます。東京の実践女子大学での展示は平成30(2018)年5月12日から6月16日の32日間に計953人の来場者にご高覧頂き、好評のうちに閉幕致しました。京都工芸繊維大学での展示は平成30年(2018)年6月25日から8月11日の日程で開催されます。

明治大正期書画家番付データベースの公開

「明治大正期書画家番付データベース」一覧ページ
「書画家人名データベース」の「黒田清輝」のページ。画面下部に関連画像が表示される。

 このたび、当研究所では明治大正期に刊行された書画家番付61点のデータベース(http://www.tobunken.go.jp/
materials/banduke)を公開いたしました。このデータベースは、美術史家、青木茂氏のコレクションを元に、特定研究江戸のモノづくり(計画研究A03「日本近代の造形分野における「もの」と「わざ」の分類の変遷に関する調査研究」)の成果として平成16(2004)年に作成された、専用アプリケーションのためのデータベースを再構成したものです。
 再構成にあたっては、特定のアプリケーションに依存しないよう、汎用的な技術を用い、さまざまな機器から利用できるよう注意しました。さらに、細部の判読性を考慮し、高解像度での再撮影を行いました。
 また、当初より人名と分類がデータ化されていることを活かし、人名を中心としたデータベース(http://www.tobunken.go.jp/
materials/banduke_name)を新たに作成し、当研究所所蔵の画像資料へリンクいたしました。番付は単体では人名のリストにすぎませんが、その周辺に多くの存在を予感させます。リンクされた画像資料からその一端を感じていただければ幸いです。
 最後になりますが、青木茂氏をはじめ当初のデータベース作成に関わられた方々、そして現在の本資料の所蔵館である神奈川県立近代美術館および同館学芸員の長門佐季氏に感謝申し上げます。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校におけるアーカイブズの収受・保存・提供をめぐって――文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子
ヨシダ・ヨシエ文庫ファインディングエイドの一部

 平成30(2018)年5月23日に開催された文化財情報資料研究会は、「カリフォルニア大学ロサンゼルス校におけるアーカイブズの収受・保存・提供―ヨシダ・ヨシエ文庫を例に 」と題して、橘川が発表を行いました。発表者は、本年2月、カリフォルニア大学ロサンゼルス校において日本人評論家であるヨシダ・ヨシエの文庫が開設したことを機に、同校のアーカイブズ収受・保存・提供に関わる部署の視察、各関係者との協議を行いました。この発表では、現地での視察・協議を踏まえ、UCLAやその図書館群の概要、アーカイブズの取り扱いを報告するとともに、アーカイブズをめぐる予算規模、人員配置に恵まれない国内機関における、より効果的な方法について検討するものでした。研究会には、所外からUCLAへの寄贈に携わった嶋田美子氏、ヨシダ・ヨシエと関わりの深い画家の美術館「原爆の図・丸木美術館」の岡村幸宣氏らにご参加いただき、発表後のディスカッションで専門の立場から意見が交わされました。戦後日本美術を牽引した作家や関係者が鬼籍に入りはじめた昨今、そのアーカイブズを散逸させず、永続的な機関でアクセスを担保することについて、当研究所がその役割の一端を担うことへの期待も、改めて寄せられました。

虚空蔵菩薩像・千手観音像(東京国立博物館)の共同研究調査

蛍光X線分析による彩色材料分析

 東京文化財研究所は東京国立博物館と共同で、同館所蔵の仏教絵画作品に関する光学的調査研究を行っています。この共同研究の一環として、平成30(2018)年5月22、23日に、虚空蔵菩薩像及び千手観音像を対象に、高精細カラー画像の分割撮影と蛍光X線分析による彩色材料調査を行いました。平安時代後期の代表的な仏画作品は、特に洗練された美意識と高度に発達した表現技法によって描かれており、その繊細優美な描写は重要な特徴と言えます。これまでの調査研究で、平安仏画の高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光画像などを取得しましたが、さらに今回の蛍光X線分析では、尊像の顔、身体、着衣、装飾品、持物、光背、天蓋、背景など主要な部分の彩色材料を網羅的に調査しました。今回得られた分析結果は、それぞれの作品を理解するために有益であるばかりか、日本美術史研究全体においても重要な指標となります。今後、さらなる調査の実施とその結果の検討を行い、平安仏画の研究資料として公開する準備を進める予定です。

武村耕靄と明治期の女性日本画家――文化財情報資料部研究会の開催

武村耕靄《幼稚保育図》明治23年、お茶の水女子大学蔵
武村耕靄《百合図》お茶の水女子大学蔵

 4月24日の文化財情報資料部月例の研究会では、「武村耕靄と明治期の女性日本画家について」と題し、田所泰(文化財情報資料部)による発表が行われました。
 武村耕靄(たけむら こうあい)は花鳥や山水を得意とした、明治期の女性日本画家です。現在、耕靄は美術教育者として位置づけられており、彼女の画家としての経歴や作品についてはほとんど解明されていません。今回の発表では、共立女子大学図書館が所蔵する耕靄の日記を手掛かりに、彼女の画家としての側面にスポットを当て、その画業を明らかにしたうえで、明治期における女性画家の活動の様相にまで視野を広げての考察が行われました。
 耕靄は本名を千佐、また貞といい、嘉永5(1852)年に仙台藩士の子として江戸に生まれました。幼いころより絵に興味を示し、狩野一信、山本琴谷、春木南溟、川上冬崖などに画を学びます。このように耕靄はさまざまな画派の絵画を学び、西洋画風の作品を残したりもしています。また英語の才にも恵まれ、明治9(1876)年には東京女子師範学校に英学教授手伝いとして着任、明治10年ごろからは画学教授として女子教育に努めました。明治22年には日本美術協会へ入会、翌年秋の同会へ出品した《幼稚保育図》は銅賞牌となり、同会総裁の有栖川宮熾仁親王買い上げとなります。明治31年4月には病気のため女子高等師範学校を退官しますが、そのわずか2か月後の第1回日本画会展へ出品した《渓間百合図》は優等中の優等として、同会名誉会員の下條正雄や荒木寛畝等に激賞されました。また明治43年の日英博覧会婦人部へは《百合図》を出品して銅賞を獲得。同作では輪郭線の強弱や彩色の濃淡、モチーフの配置などにより、画面に奥行きと空間的な広がりが表されています。
 耕靄はまた、自宅にて門下生の指導を行っていますが、その数は通算で150人にも及び、なかには華族の夫人や令嬢、外国人女性なども多く含まれました。
 こうした耕靄の活動を丹念に見ていくと、明治期の女性画家には、女性画家としての役割、需要があったことがわかります。こうした役割は、展覧会への出品といういわば画壇の表舞台での活動に対し、いうなれば舞台裏での活動でした。
 今後この時期における女性画家の活動や交流に関する研究がさらに進められることで、その実態や社会的な認識の様相、また大正期における女性画家隆盛への展開が明らかにされると期待されます。

/

日本絵画作品のデジタルコンテンツ所内公開

デジタルコンテンツ閲覧

 東京文化財研究所では、さまざまな手法で文化財の調査研究を行い、研究成果の公開を行っています。このたび徳川美術館所蔵「源氏物語絵巻」、サントリー美術館所蔵「四季花鳥図屏風」および「泰西王侯騎馬図屏風」のデジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開を開始致しました。専用端末にて、高精細カラー画像、X線画像、近赤外線画像などの各種画像や、蛍光X線分析による彩色材料調査の結果などをご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。現在、上記の3作品のほか、「十一面観音像」(奈良国立博物館)、「彦根屏風」(彦根城博物館)、「本多平八郎姿絵屏風」「歌舞伎図巻」「相応寺屏風」(徳川美術館)、尾形光琳筆「紅白梅図屏風」(MOA美術館)の全8作品のデジタルコンテンツを公開しています。今後もこうしたデジタルコンテンツを増やし、専門性の高い研究資料を提供していく予定です。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。閲覧室については、利用案内をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

今泉省彦旧蔵資料の受入

今泉省彦旧蔵資料の一部

 画家であり、「美学校」校長も勤めた今泉省彦(1931-2010)の旧蔵資料をご遺族から3月31日付でご寄贈いただきました。今泉は日本大学芸術学部美術科在学中より前衛的な美術運動に関わり、絵画制作のかたわら評論執筆をはじめ、1958年には雑誌『形象』の創刊に携わり、1969年創設の「美学校」の運営を通じて前衛美術家たちと幅広く最晩年まで交流、その活動を支えた人物です。今回ご寄贈いただいた資料群は、1950年代から2000年代に今泉が生成した日記、写真、書籍・雑誌類、書類、あるいは今泉に届けられた書簡からなり、書架延長6mほどの分量です。「美学校」で教鞭をとった松澤宥、中村宏、中西夏之、赤瀬川原平、菊畑茂久馬らに関するものも多く含まれ、また今泉が〈社会主義国におけるユニバーシアード〉といわれる世界青年学生平和友好祭において展覧会実行委員(1955年、1957年)を務めていたときのソ連側との連絡書簡等も遺されており、1950年代後半における非アメリカ、非西ヨーロッパとの関連を検証できる資料群でもあり、美術史にとどまらず、冷戦期の文化史、社会史研究の文脈においても重要な資料です。当研究所情報資料部では、これまで今泉旧宅を訪問し、その資料の調査を行ってまいりましたが、ご遺族の厚意でご寄贈いただくことになりました。これらの資料は、資料保全処置、資料検索のためのデータ整理を行ったのち、当研究所資料閲覧室にて研究資料として閲覧提供させていただく予定です。

公開研究会「美術雑誌の情報共有に向けて」の開催

公開研究会「美術雑誌の情報共有に向けて」ディスカッションの様子

 わたしたちが展覧会や美術館についての情報源として利用するメディアのひとつに、美術雑誌があります。今でこそテレビやインターネットを利用する機会が圧倒的に増えていますが、それらが普及する以前は、図版を多用しながら定期に刊行される美術雑誌が、美術関係者や愛好家にとって視覚的かつ即時的な情報発信/供給源でした。日本の近代美術を研究する上でも、当時の美術をめぐる動向をつぶさに伝える資料として、雑誌は重要な位置を占めています。当研究所ではそうした明治時代以降の美術雑誌を数多く架蔵していることもあり、3月16日に「美術雑誌の情報共有に向けて」と題した公開研究会を開催、その情報の整理・公開・共有にあり方について検討する機会を設けました。
この研究会では、日本近代美術を専門とする三名の研究者が下記のタイトルで発表を行ないました。

○塩谷純(東京文化財研究所)「東京文化財研究所の美術雑誌―その収集と公開の歩み」
○大谷省吾(東京国立近代美術館)「『日刊美術通信』から見えてくる、もうひとつの昭和10年代アートシーン」
○森仁史(金沢美術工芸大学)「「美術」雑誌とは何か―その難しさと価値をめぐって」

 塩谷は、当研究所の前身である美術研究所で昭和7(1932)年より開始された明治大正美術史編纂事業や、同11年創刊の『日本美術年鑑』刊行事業との関連から、当研究所での美術雑誌収集の歴史をひもときました。続く大谷氏の発表は、昭和10~18年に刊行された美術業界紙『日刊美術通信』(同16年より『美術文化新聞』と改題)について、帝国美術院改組や公募団体の内幕などに関する掲載記事を紹介しながら、その希少性と重要性を指摘する内容でした。そして森氏の発表では、近代の美術雑誌を総覧した上で、そこに西欧からもたらされた“美術”そして“雑誌”という概念と、近代以前の日本の芸術的領域との相克を見出そうとする俯瞰的な視点が掲げられました。
 研究発表の後、橘川英規(東京文化財研究所)の司会で発表者の3名が登壇し、聴講者から寄せられた発表内容に関する質問、美術雑誌の情報共有のあり方への希望を切り口として、活発なディスカッションが行なわれました。また橘川より、当研究所の取り組みとして、英国セインズベリー日本藝術研究所との共同事業による欧文雑誌中の日本美術関係文献のデータベース化、米国ゲッティ研究所が運営するGetty Research Portalへの明治期『みづゑ』メタデータ提供、国立情報学研究所JAIROへの『美術研究』『日本美術年鑑』搭載などが紹介され、美術雑誌の国際的な情報共有化も着実に進んでいることが示されました。
 研究会には、美術館や大学、出版社等でアーカイブの業務に携わる80名の方々がご参加下さり、貴重な情報交換の場となりました。また今回の森仁史氏の発表に関連して、明治期~昭和戦前期までの美術雑誌の情報を集成した、同氏監修による『日本美術雑誌総覧1867-1945(仮題)』が近く東京美術より刊行される予定です。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ヨシダ・ヨシエ文庫の視察

Conservation Centerで保全処置を済ませたヨシダ・ヨシエ文庫(左)とその請求ラベル
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 Charleds E. Young Research Library

 2月20日、アメリカ、カリフォルニア州にあるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて、同大学図書館が収受したヨシダ・ヨシエ文庫の開設記念シンポジウムが開催され、これにあわせて当研究所文化財情報資料部の橘川が同大学図書館群における特別資料(アーカイブズ)関連部署の視察を行いました。視察は日本研究司書であるTomoko Bialock氏にご同行いただき、East Asian Library (Charleds E. Young Research Library 2階)、Special Collections (同 Library 地下)、Conservation Center(Powell Library)、Southern Regional Library Facilityを巡り、資料保全処置、ファインディングエイド作成、個別アイテムのデジタル化、長期保存の各担当者から特別資料の選定・収受・利用者への提供及び保存について、ヨシダ・ヨシエ文庫を例としてご説明いただき、またそれぞれの担当者と日本における美術分野における特別資料の状況について情報交換・協議を行いました。アメリカを代表する大規模な総合大学で、政治家・歴史家・文学者など様々なジャンル、そして膨大な数の特別資料収受を持つ同校において、その高度化された収受方法、また分業体制のなかで発揮されるスタッフの専門性などを実見しました。日本における特別資料をめぐる予算規模・人員配置などを含めた構造的な違いを再認識する機会となりました。この視察については、5月開催の文化財情報資料部研究会にて報告し関係者と共有する予定です。

英国、セインズベリー日本藝術研究所での協議と講演

セインズベリー日本藝術研究所主催の講演会の様子

 英国、ノリッチにあるセインズベリー日本藝術研究所は、欧州における日本の芸術文化研究の拠点のひとつです。同研究所と東京文化財研究所は2013年より「日本藝術研究の基盤形成事業」を共同で進めており、その一環として毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れ、事業に関する協議および講演を行なっています。2017年度は塩谷純、安永拓世、小山田智寛の3名が2月13日から16日にかけてノリッチに滞在し、その任に当たりました。
 協議では、考古・文化遺産学センター長のサイモン・ケイナー博士をはじめ、スタッフの平野明氏、西岡恵子氏、林美和子氏と上記事業の発展に向け、今後の施策について話し合いました。具体的には当研究所で毎年刊行している『日本美術年鑑』の英訳や、データベース上での日本人作家名に関する基本的な情報提供の改善などが議題となりました。
 2月15日には塩谷を講師として、ノリッチ大聖堂のウェストン・ルームにて講演会が催されました。これはセインズベリー日本藝術研究所が毎月第三木曜日に開催する、一般の方向けの月例講演会として行なわれたもので、2014年からは東京文化財研究所のスタッフもその講師を年一回務めています。今回の塩谷の講演は「崇敬と好奇、そして禁忌のまなざし―明治天皇の視覚表現をめぐって Respect, Curiosity and Taboo-Differing Visual Expressions of the Meiji Emperor」の題で、上記のケイナー博士に通訳の労をとっていただきました。同講演では、塩谷が執筆代表者を務めた『天皇の美術史』第6巻(吉川弘文館)をふまえ、同書掲載の増野恵子氏による明治天皇の肖像論を紹介しながら、ジャーナリスト宮武外骨が犯したとされる不敬罪や、欧州での明治天皇のカリカチュアを例に、近代日本における天皇の視覚表現の展開と限界について論じました。今回は80名ほどの方が聴講され、現地の常連の参加者の他にロンドン芸術大学名誉教授でイースト・アングリア大学教授の渡辺俊夫氏や、ケンブリッジ大学准教授のバラク・クシュナー氏といった研究者の方々もお見えになりました。講演の後の質疑応答では参加者から多くの質問が寄せられ、日本文化に対する現地での関心の高さがうかがえました。

/

「東京文化財研究所美術文献目録」のOCLCへの提供

WorldCatで検索された展覧会カタログ所載文献の表示画面の例

 東京文化財研究所では美術に関する文献・資料の収集と活用に努めています。世界最大の図書館サービスであるOCLCを通じて国際的に情報発信を行うため、日本での代理店を務める株式会社紀伊國屋書店OCLCセンターと協議を重ねながら事業を推進し、このたび平成30(2018)年1月に世界最大の共同書誌目録データベースであるOCLCのセントラル・インデックスに「東京文化財研究所美術文献目録 (Tokyo National Research Institute for Cultural Properties, Art Bibliography in Japan)」として、展覧会カタログに掲載されている記事・論文等のデータ約5万件を提供しました。これによって、WorldCat.org(https://www.worldcat.org/)やArt Discovery Group Catalogue (https://artdiscovery.net/)などの検索サービスなどにおいて、美術に関する作家・作品など各種キーワードを入力すると、「東京文化財研究所美術文献目録」も検索対象となり、展覧会カタログ掲載論文に関する書誌データが検索結果として表示されるようになりました。
 書籍や雑誌として刊行されているものは、一般的な検索エンジンや図書館等のデータベースでも検索することができますが、展覧会カタログに収録されている記事・論文は、専門性が極めて高いものの、その存在が広く知られる機会は限られていました。今回提供した情報は、当研究所がその草創期から継続してきた『日本美術年鑑』編さん事業を通して、全国の美術館・博物館から寄贈された展覧会カタログ所載記事・論文のデータを再利用したものです。検索結果からそのままオンラインで全文にアクセスできるような機能はなく、今後の課題はありますが、世界中のインターネット・ユーザーに対して、資料発見の可能性を新たに提供した意義は大きいと考えられます。今回提供した情報は昭和5(1930)年から平成25(2013)年までのものですが、今後も継続的に新たな情報を追加するなど、さらなる情報発信強化を行ってまいりたいと思います。
なお、この成果は、平成28(2016)年より国立西洋美術館と実施している共同事業「美術工芸品を中心とする文化財情報の国内外への発信にかかる基盤形成事業」によるものです。

現代美術の保存・修復をめぐって――文化財情報資料部研究会の開催

研究会、小川絢子氏による発表の様子

 ひところは難解なイメージで敬遠されがちだった現代美術ですが、近年では日本でも親しみやすい現代“アート”として身近な存在となってきているようです。美術館でも現代美術の作品を展示し、収蔵するのが常となっていますが、その素材や技法が多種多様であるために、従来の保存修復のノウハウでは対処しきれない問題も生じているのが現状です。1月30日の文化財情報資料研究会では、そうした現代美術の保存・修復をめぐる状況について、小川絢子氏(国立国際美術館特定研究員)と平諭一郎氏(東京藝術大学Arts & Science LAB.特任准教授)よりご発表いただきました。
 「美術館における現代美術の保存と修復」と題した小川氏の発表は、美術館という現場で直面する課題に即した報告でした。小川氏の勤める国立国際美術館では、映像やインスタレーション、パフォーマンスなど、美術館の枠に収めるのが難しいとされるタイム・ベースド・メディア作品(表現形式に時間軸を伴う作品)を積極的に収集・展示しています。この研究会の直前に同館で始まった「トラベラー まだ見ぬ地を踏むために」展(2018年1月21日~5月6日)に出品の、ロバート・ラウシェンバーグの作品やアローラ&カルサディーラのパフォーマンス作品等を例に、それらの受け入れや展示に至るまでの取り組みが紹介されました。
 平氏の発表は「保存・修復の歴史において現代はそんなに特別か」と題した、日本古来の文化財と欧米由来の美術の保存修復のあり方に一石を投じるものでした。1960~80年代に制作された、ナムジュン・パイクに代表されるヴィデオ・アートの作品は、液晶ディスプレイが主流の今日ではほぼ代替不能なブラウン管テレビが使用されています。今日、その修復にあたり液晶ディスプレイを用いることで物質的な同一性が損なわれたとしても、作品の遺伝子ともいうべき核心的同一性は確かに伝えられるのではないか――伊勢神宮の式年遷宮等に見られる日本古来の文化財の伝承法をも見据えた、広い視野に立つ提言は、現代美術のみならず、修復対象によって補彩・補作や想定復元をめぐる考え方が異なる文化財修復のあり方にも再考を促すものとなりました。
 いつもは美術史的な発表内容の多い文化財情報資料部の研究会ですが、今回は保存・修復がテーマということもあり部外からの参加者も多く、発表後のディスカッションではさまざまな専門の立場から意見が交わされました。

/

研究会「キャスリーン・サロモン氏(ゲッティ研究所副所長)講演―日本美術資料の国際情報発信に向けて」の開催

講演風景

 東京文化財研究所は、2016年2月にゲッティ研究所と日本美術の共同研究推進に関する協定書を締結し、両機関における研究者の交流、日本美術に関するデジタル情報のゲッティ・リサーチ・ポータルへの公開などを協働して行なっています。文化財情報資料部では文化庁の受託研究「著名外国人招へいによる日本美術の発信をテーマとした調査研究事業」によってゲッティ研究所副所長のキャスリーン・サロモン氏を招へいし、ご講演頂いたほか、東京文化財研究所、東京国立博物館、東京国立近代美術館、国立西洋美術館、国立新美術館、京都の国際日本文化研究センターなどの美術アーカイブを視察し、協議を行いました。
 12月6日に東京国立博物館黒田記念館で開催した研究会では、サロモン氏にゲッティ研究所と同図書館のこれまでの歩みと現在の世界的な取り組みについてご紹介頂き、美術研究資料の情報発信における最新の国際動向についてご講演頂きました。そして川口雅子氏(国立西洋美術館)に講演についてのコメントを頂き、当研究所副所長の山梨絵美子の司会によって、日本における美術資料の国際情報発信に向けての課題と展望を考える場としてディスカッションを行いました。当日は美術館・博物館のアーカイブ担当者、大学や研究機関の図書館関係者、美術史研究者など、41名の方々にご参加頂きました。この研究会の報告書は、いずれ当研究所ホームページで公開する予定です。

黒田清輝を支えた人々、岸田劉生を育んだ名画――文化財情報資料部研究会の開催

黒田清輝(後列右端)とその親族。前列左が実父清兼、右が養父清綱。
明治37(1904)年、平河町の黒田自邸にて撮影。

 12月26日に文化財情報資料部月例の研究会が、下記の発表者とタイトルにより開催されました。
・近松鴻二氏(当部客員研究員)「黒田清輝関係文書書翰類の解読」
・田中淳氏(当部客員研究員)「岸田劉生における1913年から16年の「クラシツク」受容について」
 近松氏の発表は、当研究所が所蔵する洋画家黒田清輝(1866~1924年)宛の書簡類に関する調査報告です。研究会では、これまでも度々黒田宛書簡の調査報告を行なってきましたが、今回近松氏が対象としたのは清輝の実父清兼(1837~1914年)、養父清綱(1830~1917年)をはじめ、養姉の嫁ぎ先である橋口家や同家から養子をとった樺山家など、主に親族縁戚から寄せられた書簡類です。2016年8月の田中潤氏による研究会で報告された養母貞子からの書簡もそうでしたが、とくに清輝がフランス留学中に法律家から画家へ転進したことをめぐっては、親族のあいだで議論があった様子が今回報告された書簡からもうかがえました。
 田中氏は洋画家岸田劉生(1891~1916年)の東京、代々木在住期(1913~16年)の画業に焦点をあてた発表を行ないました。劉生は『劉生画集及芸術観』(1920年刊)のなかでデューラーやマンテーニャ、ファン・エイク等、西洋の巨匠の名を挙げ、「これ等のクラシツクの感化をうけた事は本当によき事であつたし、又至当な事である」と述べています。田中氏は、なかでもイタリアルネサンス期の画家アンドレア・マンテーニャに注目、劉生が眼にしたであろう洋書の画集をたよりにその受容のあとを辿りながら、代表作《道路と土手と塀(切通之写生)》(1915年作)等をはじめとする写実表現の形成過程について考察を深めました。

/

to page top