研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


雪舟研究の最前線-文化財情報資料部研究会の開催

雪舟筆《山水図》(部分)東京国立博物館所蔵(提供:東京国立博物館)

 雪舟等楊は、中国(明)に渡り水墨画を大成しました。この雪舟入明に関する史料に、呆夫良心『天開図画楼記』と雪舟筆「山水図」自賛(「破墨山水図」東京国立博物館蔵)があります。橋本雄氏(北海道大学)は、「雪舟入明再考」(『美術史論叢』33、2017年3月)において、日明関係史研究の立場から、雪舟の入明は積極的に試みられたものであるとする説を提示されました。また氏は、『天開図画楼記』の「向者、大明国北京礼部院、於中堂之壁、尚書姚公、命公令画之」の「之」は北京の礼部院に雪舟が描いた画題を指し、それは鍾馗像だったのではないかと仮定し、傍証として鍾馗と科挙、礼部院との関係を論じました。さらに、「山水図」自賛の「於茲長有声并李在二人得時名、相随伝設色之旨兼破墨之法兮」部分は、従来の解釈のような「雪舟が長有声や李在に師事した」ことを意味するのではなく、長有声・李在が相随(あいしたが)って伝統的筆法を学び取ってきたことを意味すると読み取りました。
 この論考をうけて、8月7日文化財情報資料部研究会にて綿田稔氏(文化庁)は、「橋本雄「雪舟入明再考」に寄せて」と題し、『天開図画楼記』および「山水図」自賛についての橋本説に厳しい検討を加えました。司会に島尾新氏(学習院大学)、コメンテーターに伊藤幸司氏(九州大学)、米谷均氏(早稲田大学)、須田牧子氏、岡本真氏(東京大学史料編纂所)をお招きし、美術史のみならず、歴史学、文献史学からの意見をふまえた研究会となりました。
 綿田氏は、かつて『漢画師 ―雪舟の仕事』(ブリュッケ、2013年)にて『天開図画楼記』の「命公令画之」を「之に画く」と読みましたが、従来の「之を画く」であるとしても「之」が直前の「墨鬼鍾馗」であるとする橋本説に疑問を呈しました。研究会の出席者からは、「之」が何を指すかは、文法による解釈だけでは断定できないとの意見が多く、画題を鍾馗像とすることについては再検討の余地があることが指摘されました。なお橋本氏が示した傍証などから、鍾馗像であった可能性も否定できないという意見もみられました。研究会では、解釈の可能性とともに礼部院にふさわしい画題の探求が今後の課題とされました。
 また綿田氏は、自賛に記された「相随伝」の主語は、「余曽入大宋国」以下の主語が「余」すなわち雪舟であるべきことから、従来どおり雪舟が相随伝えたと読む立場をとりましたが、研究会出席者からは、従来説では文章の構造上矛盾があるという見解が多く、橋本氏の解釈を支持する結論となりました。雪舟が「長有声」「李在」という二人の画家を例示した意図はわかりませんが、「数年而帰本邦地、熟知吾祖如拙周文両翁製作楷模」に着目すると「長有声并李在」と「如拙周文」が対をなすことから、雪舟の意図は「如拙周文」を際立たせることにあったといえそうです。綿田氏は「相随伝」したのを雪舟にしなければ、「至于洛求師」、すなわち雪舟が中国で師を求めたという記述に合わないことを指摘されました。司会の島尾氏からはテキストにおけるクリシェ(常套句)の峻別が示唆され、史料読解や解釈にとどまらない幅広い視野からの研究が必要であるという認識を共有する機会となりました。
 綿田氏からの問題提起によって、史料の解釈の可能性と振幅を改めて共有することができました。今後の雪舟研究の展開が期待されるでしょう。


IFLAヴロツワフ大会への参加

IFLA世界大会メイン会場となった百周年ホール
キャスリーン・サロモン氏による発表

 国際図書館連盟(IFLA:The International Federation of Library Associations and Institutions)第83回世界大会がポーランド西部の都市・ヴロツワフにおいて、8月19日~25日の日程で開催されました。IFLAは1927年にスコットランドのエディンバラで設立された図書館の国際組織で、ブルーシールド国際委員会の一部でもあります。本部はオランダのデン・ハーグに置かれ、約140か国・1400団体が加盟しており、毎年1回世界大会が開催されています。国立図書館、大学図書館、公共図書館など様々な種類の図書館やテーマによって、248件のセッション(会合・会議・研究会)が行われました。今回は初めて文化財情報資料部から江村知子が参加し、美術図書館など当所のアーカイブに関連の深い研究会や会議などに出席して、各国の参加者との情報交換、研究交流を行いました。
 8月22日にヴロツワフ建築博物館で開催された美術図書館分科会「美術・建築の探索:美術史研究のオープン・アクセス・ツール」では、オランダ、イタリア、アメリカ、ハンガリーから4人の発表が行われ、美術に関する文献・研究資料をより広く情報共有し、発展的な研究に広げていくための様々な取り組みが報告されました。ゲッティ研究所のキャスリーン・サロモン氏の「美術史のバーチャル図書館:ゲッティ・リサーチ・ポータル」では、今年5月から当研究所がゲッティ・リサーチ・ポータルの情報提供元となり、当研究所所蔵の明治期の雑誌や展覧会目録が搭載されたこと、英語以外の稀観書も広く利用できる仕組みとなっていることが紹介されました。今回の美術図書館分科会や常任委員会には日本やアジアからの参加者は他におられず、美術資料の国際的活動は欧米の関係者によって推進されている印象を受けましたが、世界各国で日本の美術作品や図書資料なども多く所蔵されている現状も知ることができました。あわせて当研究所のアーカイブ機能と国際的な情報発信を強化することによって、より広く研究支援や日本文化の理解促進に貢献できる可能性を認識致しました。専門性を十分に確保しながら、国際的な連携を推進することを今後の課題としたいと思います。


国宝孔雀明王像及び普賢菩薩像(東京国立博物館蔵)の蛍光X線分析の実施

国宝孔雀明王像の蛍光X線分析の様子(東京国立博物館)

 東京文化財研究所は東京国立博物館と共同で、同館所蔵の仏教美術作品に関する光学的調査研究を行っています。この共同研究の一環として、平成29(2017)年8月2日~3日の2日間、孔雀明王像及び普賢菩薩像を対象に、蛍光X線分析による彩色材料調査を行いました。両作品は平安時代(12世紀)に描かれた絹本の絵画で、いずれも国宝に指定されています。
 蛍光X線分析では、物質を構成する元素の種類と量を非破壊・非接触で知ることができます。特に近年は、高性能な可搬型機器が広く普及したことで、安全に精度の良い情報が得られるようになりました。今回のような絵画作品の調査では、顔料の種類や、金・銀などの金属組成を特定することができます。
 本共同研究ではこれまでに、今回の調査作品を含む平安時代の仏画5点の高精細カラー、蛍光、赤外画像を取得しています。今回の蛍光X線分析では、これらの画像を詳細に検討し、作品の中に使われている色や描写を網羅的に調査しました。
 孔雀明王像及び普賢菩薩像については、これまでに数多くの美術史的研究がなされていますが、今回の分析によりこれまで知られていなかった新たな事実が明らかになることが期待されます。また、本共同研究には、美術史、分析化学、画像形成など複数の分野の研究者が参画しており、分野横断的な調査研究を通じて、平安時代の仏画に対する新たな研究展開が図れる可能性があります。そこで、研究者間の連携を図りながら引き続き検討を行うとともに、他の平安時代の仏画についても調査を進めていきます。


8月施設見学

東文研正門前にて

 ミクロネシア連邦よりMarcelo K. Petersonポーンペイ州知事、Esmond B. Moses連邦議会議員の2名が、一般財団法人国際協力推進協会(APIC)の佐藤昭治常務理事(元駐ミクロネシア日本国特命全権大使)の案内で無形文化遺産部を訪問し、文化遺産・伝統文化の保護等に関する意見交換をおこないました。意見交換では片岡修氏(関西外国語大学国際文化研究所研究員)・益田兼房氏(立命館大学歴史都市防災研究所上席研究員)も同席し、2016年にユネスコ世界遺産に登録された同国のナンマトル(ナン・マドール)遺跡の保存と活用についても意見交換をおこないました。

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博物館・美術館等保存担当学芸員研修の開催

実習の様子

 本研修は、文化財保存施設において資料保存を担う学芸員に、そのための基本知識や技術を伝える目的で昭和59年以来行っているものです。今年度は、7月10日より2週間の日程で行い、全国から31名が参加しました。
 本研修のカリキュラムは、温湿度や空気環境、生物被害防止などの施設環境管理、および資料の種類ごとの劣化要因と様態、その防止の2本の大きな柱より成り立っており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しました。博物館の環境調査を現場で体験する「ケーススタディ」は埼玉県立歴史と民俗の博物館をお借りして行い、参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定したテーマに沿って調査し、後日その結果を発表しました。
 大規模改修を控えた施設も多く、またLED照明への転換など、資料保存に係る大きな動きが起こる中で、適切な管理について的確に伝えられるよう、今後もカリキュラムを精査していきたいと考えております。


台湾における鉄構造物の保存修復に関する現地調査

意見交換の様子

 保存科学研究センター近代文化遺産研究室では、平成29年8月19日から27日の9日間で台湾に現存する日本統治時代(1895-1945)に建造された鉄構造物の保存修復状況に関する調査を実施しました。今回の調査では、大空間を有する工場建築や橋梁など大規模建造物の調査が中心となりました。
 統治時代の建造物の保護は、1987年の戒厳令解除以降に本格的に始まり、指定・登録文化財のおよそ半数が統治時代の建造物です。
 今回の調査では、製糖工場を中心に調査しましたが、煙草や酒の製造工場は1990年代まで国の専売品として管理・製造されていたため、建物や製造機械類が操業停止時の状態で残されていました。こうした工場は、立地環境に大きく左右されますが、台北市などの大都市部に現存する工場の多くは、商業・文化施設へと活用され、まちづくりの拠点として新たな役割を担っていました。
 22日には、文化部文化資産局を訪問し、施國隆局長らと台湾での文化財保存の取り組みについてディスカッションを行いました。台湾では、2000年以降から生産・流通・加工などを含めた産業システムの保存に取り組まれるようになり、日本国内で取り組まれている産業遺産の保存について関心を寄せられ、活発な意見交換が行われました。


『科学的な材料とその使用方法の講習会』の開催

佐野センター長による有機溶媒についての安全講習
君島技師長による汚れ除去の実習風景

 装潢文化財(日本画・書跡等)の修理にあたっては、近年、自然科学的な知識が必要とされるようになってきています。特に近年の修理現場で一般的となってきた薬品等の取り扱い方法と修理への応用について修復現場からのニーズが高く、平成29年8月8日-9日に修復技術者を対象に基礎知識の講義から実習形式までを含めた講習会を国宝修理装潢師連盟と共催で開催しました。基本的な実験器具・薬品の取り扱い方法のほか、有機溶剤や酵素等の特質を正しく理解し、より適切で安全な修復に活かすことを念頭にカリキュラムを組み、受講者が講義の内容を修復現場で実践できるよう、実用的な知識の習得を目的としました。
 参加者は、国宝修理装潢師連盟に加盟している各社より各1名の計11名でした。
 佐野センター長より「有機溶媒等の安全講習」について、佐藤室長より「修理工房における文化財IPM」について、早川から「接着剤や汚れ等の除去」についてそれぞれ講義し、その上で、実際に各種の汚損物質で汚された紙資料を用意し、適切な溶媒や酵素を使用して除去する実習を行いました。また、水で移動しやすい色材の上を一時的な保護材料としてシクロドデカンで保護する方法などについても併せて実習で扱いました。実習には国宝修理装潢師連盟の君島技師長が講師として、実技的な指導を行いました。
 議論や質疑応答も活発にあり、このような形の講習を今後も引き続き開催していく予定です。


台北におけるワークショップ「染織品の保存と修復」の開催

モデルを用いた着物構造理解の為の実習
絹織物の補強実習

 平成26年締結の国立台湾師範大学との共同研究の一環として、平成29年8月9日(水)から18日(金)に、ワークショップ「染織品の保存と修復」を、同大学の文物保存維護研究発展センターにおいて共同で開催しました。海外の博物館等に所蔵する日本の染織品の保存活用を目的に、日本及び台湾から染織品に関する研究者や技術者を講師に迎えて、基礎編“Cultural Properties of Textile in Japan”と、応用編 “Conservation of Japanese Textile”とに分けて実施しました。両編で合せて、アメリカ合衆国、韓国、タイ、台湾、シンガポール、セルビア、フィリピン、ラオスから、染織品に関する修復技術者等が参加しました。
 基礎編は8月9 -11日に実施し、参加者10名とオブザーバー2名が受講しました。日本の文化財保護制度を紹介の上、繊維や糸などの材料、織りや染色技法の講義を経て、着物の構造理解の為の実習とその歴史的変遷に関する講義を行いました。応用編は8月14-18日に実施し、参加者6名とオブザーバー3名が受講しました。実習を主として、着物の展示方法や畳み方などの取り扱い、科学的な分析や実験と、劣化した絹織物への補強実習等を行いました。ディスカッションの時間も設け、受講者と各国の修復技術や文化に関する意見を交換しました。
 今後も同様の事業を通して、有形文化財としての染織品に加え、それを支える技法や修復技術等の無形文化財に対する理解促進し、在外の日本の染織品の保護に貢献したいと考えています。


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