研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


寄附の受入

 山下昌子旧蔵資料 一式を、中村倫子様から10月13日付でご寄附いただきました。当研究所の事業にご理解を賜り研究上重要な資料の寄附をいただいたことは、当研究所にとって有意義であり、今後の研究所の事業に役立てたいと思っております。

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文化財情報資料部研究会の開催―「広島で地球を針治療する―ロベルト・ヴィリャヌエヴァ、キャリア最後の エコ・アート」

ロベルト・ヴィリャヌエヴァによる「聖域 Sacret Sanctuary (Acupuncture the Earth) 」の計画図(1994年)

 10月3日、文化財情報資料部研究会にて、「広島で地球を針治療する―ロベルト・ヴィリャヌエヴァ、キャリア最後の エコ・アート」と題し、本年7月から日本学術振興会外国人特別研究員として当研究所へ在籍されている山村みどり氏による発表が行われました。
 ロベルト・ヴィリャヌエヴァ(1947−1995)は、自然物を素材とし、地域住民の参加型アートを実施し、自身が「Ephemeral art」 (束の間の美術)と呼んだ形式で注目を集めたフィリピンのアーティストです。発表では、まず欧米における「Eco-Art History」(環境問題と美術を学際的に扱う歴史学)の定義が提示され、ヴィリャヌエヴァの1970年代以後の活動をバギオ大地震(1990年)やピナツボ火山噴火(1991年)などと絡めて振り返ったのちに、ヴィリャヌエヴァが考案し、その没後に有志によって「広島アート・ドキュメント’95」で実現した参加型アート「聖域」の経緯、概要が紹介されました。山村氏は「束の間の美術」を、植民地主義を含めた近代主義やフィリピンでの社会階級との関連で考察し、またアジアにおける「Eco-Art History」の文脈での把握をしたうえで、この作品と冷戦終結後の日本の文化状況との関連を提示し、さらには「アジア固有の芸術性」について検証するものでした。研究会には、コメンテータとして後小路雅弘氏(九州大学)、中村政人氏(アーティスト、東京芸術大学)にご参加いただき、活発な意見交換が行われました。
 なお、この発表の内容は、Cambridge Scholars Publishingから出版されるアンソロジー『Mountains and Rivers (without) End: An Anthology of Eco–Art History in Asia』へ発表する予定です。


第7回美術図書館の国際会議(7th International Conference of Art Libraries)への参加

3日の会場ストロッツィ宮殿の外観

 2016年10月27日から28日の3日間にわたって、イタリアのフィレンツェで美術図書館の国際会議が開かれました。この隔年で開催される国際会議は、欧米の美術図書館長らで構成される委員会(the Committee of Art Discovery Group Catalogue)が主催しているもので、世界の美術図書館の専門家100名近くが参加して行われました。
 発表や報告は、主催者が運営している美術分野に特化したさまざまな資源の一括検索システム「Art Discovery Group Catalogue」(http://artdiscovery.net/)に関するプロジェクトなどを中心に、各国の美術図書館が取り組んでいる最新の事業の紹介など多岐にわたり、非常に充実した内容でした。
 「Art Discovery Group Catalogue」は、15か国の美術図書館が参加して始まった美術書誌のプラットフォーム「artlibraries.net」が発展的に解消してできた検索システムです。アメリカ合衆国のNPOで世界各国の大学や研究機関で構成されたライブラリーサービス機関OCLC(Online Computer Library Center, Inc.) が運営するWorldcat (https://www.worldcat.org/) を活用して世界の主要美術図書館が参画する共同国際事業で、2014 年に立ち上げられました。
 東京文化財研究所は、本年度このOCLCに、日本で開催された展覧会の図録に掲載される論文情報を提供することになっており、来年度にはこうした当研究所のもつ情報が世界最大の図書館共同目録「WorldCat」や、OCLCをパートナーとする「Art Discovery Group Catalogue」で検索することができるようになります。
 今後も美術図書館や美術書誌情報をめぐる国際的な動向を注視しながら、当研究所が果たすべき役割を見定め、研究プロジェクトに活かせるよう努める所存です。

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第40回世界遺産委員会(再開審議)への参加

ユネスコ本部での審議の様子

 第40回世界遺産委員会は、2016年10月24日~26日にパリのユネスコ本部で実施されました。これは、クーデター未遂の影響で中断したイスタンブールでの審議が再開されたもので、当研究所からは3名が参加しました。
 委員会では、世界遺産一覧表に記載済の資産について軽微な変更の可否が審議され、日本が申請した「紀伊山地の霊場と参詣道」の2つの参詣道の計40.1kmの延長などが承認されました。また、各締約国が世界遺産一覧表への登録推薦を予定する資産を記した暫定一覧表について、日本からは「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」(奄美・琉球)の追加が確認されました。「奄美・琉球」は2018年の世界遺産一覧表記載を目指して準備が進められていますが、これにより推薦書の提出が正式に可能となりました。なお現在、日本の暫定一覧表記載資産には、今回の追加を含め10件が記載されています。
 委員会ではさらに、登録推薦や保全状況報告などの手順を定めた「世界遺産条約履行のための作業指針」が改訂されました。これまで、各締約国は1回の委員会に2件まで(うち1件は自然遺産もしくは文化的景観)登録推薦を行えましたが、2020年の第44回世界遺産委員会での審議対象からその数が1件となります。同時に、各回の委員会で審議する推薦の数も45件から35件に削減、推薦書の提出数が35件を超えた場合、世界遺産が少ない締約国などの推薦が優先されます。日本はすでに20件の世界遺産を持つため、推薦書を提出しても審議が延期となる可能性もあり、得られた審議の機会はいっそう貴重なものとなります。私たちは世界遺産に関する調査を通じ、諸外国での文化遺産保護の基盤強化への貢献や、国内関係者への推薦書の作成上有益な情報の提供に努めたいと思います。


レスキューされた文化財、その後――修復を終えた仙台、昭忠碑

10月13日、クレーンによるブロンズ製鵄の吊りこみの様子
修復を終えた昭忠碑(撮影:奥敬詩氏)

 この活動報告でもたびたびお伝えしたように、平成23(2011)年3月の東日本大震災で被害を受けた多くの文化財に対し、当研究所に事務局を置いていた東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会はレスキュー活動を各所で行ないました。仙台城(青葉城)本丸跡に建つ昭忠碑(宮城縣護國神社管理)もそのひとつで、明治35(1902)年、仙台にある第二師団関係の戦没者を弔慰する目的で建立された同碑は、震災により高さおよそ15mの石塔上部に設置されたブロンズ製の鵄(とび)が落下・破損する被害を蒙り、救援委員会による文化財レスキュー事業では、ブロンズ破片の回収や鵄本体の移設作業を実施しました。平成26(2014)年の同事業終了後は宮城県被災ミュージアム再興事業として引き継がれ、昨年度より破損した鵄の部分を東京、箱根ヶ崎にあるブロンズスタジオで接合する作業が進められていましたが、このほどその作業が完了し、10月11日から17日にかけて仙台にて設置工事が行なわれました。
 両翼を広げた雄々しい姿を約五年半ぶりに東京で蘇らせたブロンズの鵄(高さ4m44cm,巾5m68cm、ブロンズ総重量3.819t)は、10月12日に仙台へトレーラーで搬送され、翌13日に関係者や地元の報道陣、仙台城を訪れた観光客が見守るなか、クレーンで石塔下正面の設置場所へ据えられました。元来は塔の上にあったブロンズの鵄(平成24(2012)年1月の活動報告参照)ですが、旧状通りに戻した場合、大地震が発生した際には再び高所より落下する恐れがあるため、今回は安全性を考慮して塔の下に設置されました。このブロンズ部分は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)が依嘱を受けて同校内で制作・鋳造されたものです。本来の設置場所とは異なりますが、明治時代の美術学校が総力を挙げて制作した巨大な鵄の、迫力ある姿を間近で堪能できるようになりました。
 五年余におよぶ修復作業の間に、昭忠碑に関して、今まで知られていなかったことも色々と分かってきました。6月に行なわれた石塔のボーリング調査では、その内部に煉瓦壁で囲まれた大きな空洞があることが判明しています。また東日本大震災で被災する以前に、昭和11(1936)年11月3日の地震で鵄の片翼が落下していたことも、当時の新聞記事によって確認されました。
 ブロンズ像の修復に当たった方々のお話では、作業の過程で制作時に駆使された様々な技術が明らかになったといいます。なかでもブロンズの内側には、鵄と石塔をつなぐ鉄芯として入れられたレールを固定し、また鵄部分の重量のバランスを取るために鉛やコンクリートが充填されており、今回の修復ではこれを取り除いて像の軽量化を図りました。一方で修復された鵄の設置にあたり、径の異なる四つの鋼管を入れ子状につないだものをブロンズ内部の支柱として用いましたが、鋼管の接合に際してはその隙間に鉛を鋳込んで固定する手法が採用されました。これは修復で明らかになったブロンズの固定法を応用したものであり、先人の技術を修復に生かしながら、昭忠碑は被災から蘇ったといえるでしょう。修復作業の過程で得られた新知見もふまえ価値を再認識した上で、この明治期の貴重なモニュメントが末永く後世に伝えられていくことを切に願っています。

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第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 10月25日に開催した本年度第6回の文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部広領域研究室長・小林公治が物質文化史の立場から、「慶長期後半から寛永期前半にかけて流行した漆器文様・技法―絵画資料と伝世漆器との対話―」と題する発表を行いました。この発表では、まず川越市喜多院が所蔵する重要文化財職人尽絵屛風の「蒔絵師」図、そして喜多院本系職人尽絵であるサントリー美術館本・前川家本の同図の描画内容とを比較・検討の上、これら諸本の制作が17世紀前半であるというこれまでの見解を再確認し、さらに徳川美術館が所蔵する重要文化財の「歌舞伎図巻」と「邸内遊楽図(相応寺屛風)」などを対象に、これまでの諸論で指摘されていないいくつかの観点から、その景観年代を、前者は慶長期末から元和期初め(1610年代)にかけて、後者は寛永期前半頃(寛永7(1630)年前後)と見るのが妥当であること、またこれらの風俗画には当時の生活実態がかなり克明・正確に描写されていると認め得ることを指摘しました。
 その上で、これらの絵画には大ぶりの葡萄文や藤文を持つ漆器、銀蒔絵技法の漆器がたびたび描かれていることから、慶長期後半から寛永期前半にかけての17世紀前半にはこうした漆器文様・技法が流行していた可能性が高く、また大ぶり葡萄文や藤文を描く伝世の蒔絵漆器や南蛮漆器、また銀蒔絵漆器についても、この時期の作である蓋然性が高いという見方を提示しました。
 近世初期風俗画の描画内容・表現と歴史実態との関係については、これまでも美術史学者や歴史学者などによる様々な見解がある未解決の問題ですが、本研究発表後の討議でも特にこうした点が取り上げられ、参加者それぞれの立場からの活発な議論が行われました。


無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会III「現在に伝わる明治の超絶技巧」の開催

泉屋博古館分館での見学会の様子

 平成28(2016)年10月17・18日にかけて公益財団法人泉屋博古館との共催で無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会Ⅲ「現在に伝わる明治の超絶技巧」を開催しました。本研究会では、明治時代の工芸の中でも、特に陶芸分野の有田焼に焦点をあて、1日目は東京文化財研究所での講演とセッション、2日目は東京藝術大学大学美術館の「驚きの明治工芸」展及び泉屋博古館分館の「有田焼創業400年記念 明治有田 超絶の美 -万国博覧会の時代-」展の見学会を行いました。
 1日目は、「有田焼創業400年記念 明治有田 超絶の美 -万国博覧会の時代-」展に携わる先生方をお招きし、明治時代の有田焼が現在へどのように継承されてきたのかを再検証しました。その後、「明治工芸を現在に活かす」というテーマを掲げ、他の工芸分野の専門家も交えてセッションを行いました。
 近年、明治工芸の精緻な技術が注目され、多くの展覧会が開催されています。我々は現在に受け継がれてきた明治時代の工芸品を通じて、明治時代の「工芸技術」=「無形文化遺産」にアプローチすることができます。今後、有形と無形を分断せず、相互に補完しあいながら研究することが求められるのではないでしょうか。無形文化遺産部では、今後も今日の無形文化遺産保護への関心が高まるような議論の場を設けていきます。


被災したツチクジラ標本資料の構造調査

被災したツチクジラ標本資料のエックス線透過撮影による調査風景

 陸前高田市海と貝のミュージアムに展示されていたツチクジラ標本(愛称“つっちぃ”)は、昭和29年(1954年)に東京で開催された国際捕鯨委員会の際に、全長が約10mのツチクジラを剥製にしたものです。平成23年(2011年)3月11日に東北地方太平洋沖地震による津波で被災をした同資料は、同年5月28日に現地で実施された被災状況の一次調査を経て、安定化処理と修復を目的として6月30日に国立科学博物館筑波研究施設に搬入されました。現在も国立科学博物館が陸前高田市から依頼されている“つっちぃ”の修復事業が進められています。
 この修復事業において、“つっちぃ”内部の木組みの構造や腐食箇所を明らかにする必要があります。このような非破壊調査の依頼を国立科学博物館から受けて、平成28年(2016年)10月16日~18日、23日~25日の期間に、保存科学研究センターの犬塚将英と濱田翠がエックス線透過撮影による内部構造の調査を実施しました。今回の調査では、平成27年(2015年)に東京文化財研究所に導入したイメージングプレート現像装置を持ち込んで実施し、X線透過画像をその場で確認しながら調査を進めました。
 全長が約10mに及ぶ資料を縦方向と横方向から網羅的に調査を行ったため、合計で375枚ものエックス線透過画像データが得られました。これらの画像からは、“つっちぃ”内部の木組みの構造、使用されている釘の数や位置、それらの腐食状態に関する様々な情報も得られました。これらの調査結果は、エックス線透過撮影に引き続き実施される内視鏡を用いた調査や修復作業の際の参考資料として活用される予定です。


アルメニア・イラン相手国調査

エチミアジン大聖堂博物館に保管されている染織品

 9月26日から10月6日にかけて、文化遺産保護分野における協力のニーズを把握することを目的として、アルメニア共和国とイラン・イスラーム共和国を訪問しました。
 最初の訪問国であるアルメニアに関しては、文化省との協力合意書がすでに存在し、2011年から2014年にかけては、アルメニア歴史博物館をカウンター・パートに考古金属資料の調査研究および保存修復を共同で実施しました。今回の訪問では文化省やアルメニア歴史博物館、エチミアジン大聖堂博物館などを再訪し、これからのプロジェクトの展開に関して協議を行いました。アルメニアに対しては、今後、染織品の保存修復分野における技術移転に協力していくことを計画しています。
 続くイランでは、文化遺産手工芸観光庁や文化遺産観光研究所、イラン国立博物館などを訪問しました。イラン人専門家との協議の中でとくに話題にのぼったのが、大気汚染の問題でした。現在、首都テヘラン市では、大気汚染が深刻な社会問題になっています。そして、この大気汚染が、博物館の展示品・収蔵品にも影響を及ぼしている可能性があることが協議の場で指摘されました。今後、イランとは、展示・収蔵環境の改善を目指し、上記の問題についての共同研究を実施していくことを検討しています。


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