研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第38回世界遺産委員会への参加

日本から推薦した資産「富岡製糸場と絹産業遺産群」に関する審議の様子
会場となったカタール国立会議場のロビー

 第38回世界遺産委員会は6月15日~6月25日、カタールの首都ドーハで開催されました。当研究所では委員会開催前から、世界遺産リスト記載資産の保全状況や、リスト記載への推薦に関する資料の分析を行うとともに、委員会の場では、世界遺産に関わる動向の情報収集を行いました。
 今回の世界遺産委員会では新たに26件の資産がリストに記載され、合計1,007件となりました。アフリカから唯一の記載勧告を受けた推薦だったこともあり、オカバンゴ・デルタ(ボツワナ)が審議順を変更し記念すべき1,000件目として記載されました。日本が推薦し記載された「富岡製糸場と絹産業遺産群」の審議では、日本以外の20の委員国のうち18の国が記載賛成の発言を行い、近代の産業遺産で、技術の交流・融合の証拠であることに多くの国が言及しました。
 また、危機遺産リストについて、3件の資産が記載、1件が除外されました。記載されたうち1件はパレスチナの「パレスチナ:オリーブとブドウの地 エルサレムの南部バティールの文化的景観」で、緊急の登録推薦資産のため自動的に危機遺産リストに記載されています。
 なお、今回の世界遺産委員会では諮問機関から記載延期勧告を受けた13件のうち8件、緊急の登録推薦で不記載勧告を受けた1件、及び情報照会勧告の2件全てが記載されています。専門家集団の諮問機関の勧告を覆しての記載決議の乱発は、委員会の信頼性や透明性にかかわります。東京文化財研究所は委員国の構成やその年によって変化する世界遺産委員会の動向に着目し、調査を継続します。


染織技術に関わる道具の保存活用に関する調査 -熊谷染めを例として-

 無形文化遺産部では本年度より無形文化遺産を取り巻く道具の保護や活用についての調査研究を行っています。無形文化遺産である工芸技術や民俗技術には、それに関わる道具や工具が不可欠です。しかし、それらの保護体制は未だ整っているとはいえず、現在各地で、技術者の高齢化や後継者不足が原因となり廃業する工房・工場が相次いでいます。それに伴い、道具や工具も失われてしまう危機に瀕しています。いま、無形文化遺産の伝承に欠かせない道具や工具の保護と活用について、その現況を把握し、議論する必要があるのではないでしょうか。
 本年度は埼玉県熊谷市立熊谷図書館の協力を得て埼玉県伝統的手工芸品指定熊谷染(友禅・小紋)に関わる道具や工具についての調査を行っています。熊谷染関連工房には伝統的な工法だけでなく、スクリーン捺染(なっせん)等の近代以降の工法を取り入れているものも見られます。技術伝承を考える上では、伝統的な染織技術を発展させた近代的な染織技術についても情報を整理する必要があります。各工房に保管され、使われてきた道具は技(わざ)を理解するために欠かせぬ情報です。調査を進めていくと、工房により道具の種類、使用方法やメンテナンスが異なることがわかってきました。今後も道具をキーワードとして情報を整理しながら、無形文化遺産の新たな伝承方法について考えていきたいと思います。


ミャンマーの文化遺産保護に関する現地研修及び調査

バガヤ僧院での研修風景
壁画修復材料の調製に関する実習風景
シュエナンドー僧院の仏壇に用いられたガラスモザイク技法と損傷

 ミャンマー文化省考古・国立博物館局(DoA)をカウンターパートとする、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として、6月上旬から中旬にかけて現地研修及び調査を以下の通り実施しました。

 1)歴史的木造建造物保存に関する第2回現地研修
 2日から13日まで、マンダレー市内のDoA支局での座学と近郊のバガヤ僧院での現場実習を行い、DoA本・支局から建築・考古分野の職員8名とTechnological University (Mandalay)の教員・学生4名が参加しました。調査の下図となる略平面図の作成、床面の不陸や柱傾斜の測定、破損状態記録の手法などを実習し、班毎の調査成果を発表して今回研修のまとめとしました。一方、ミャンマーの木造文化財に共通する問題であるシロアリの被害について、専門家による調査を実施し、初歩的な講習も行いました。バガヤ僧院での蟻害は建物の上部にまで及んでおり、有効な対策を検討するため、研修生の協力によるモニタリング調査を開始したところです。
 2)煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査及び研修
 11日から17日まで、昨年より継続しているバガン遺跡群内No.1205寺院の壁画の状態調査や堂内環境調査を行い、壁画の損傷図面を作成しました。壁画の状態は比較的堅牢ですが、雨漏りに伴う壁画の崩落や空洞化、シロアリの営巣など今後の対策が必要な損傷が明らかになりました。また、バガン考古博物館では壁画の保存修復や虫害対策に関する研修を行い、DoAバガン支局の保存専門職員6名が参加しました。接着剤や補填材など修復材料に関する実習や、虫害対策に関する講義・実習については研修生らの要望が高く、今後もより応用的な内容で研修を継続していく予定です。
 3)伝統的漆工芸技術に関する調査
 11日から19日まで、バガン及びマンダレーで調査を行いました。バガンでは、軽工業省傘下の漆芸技術大学及び漆芸博物館の協力のもと、虫害調査とともに同博物館に所蔵される漆工品の構造技法や損傷に関する調査を進めました。その結果、応急的なクリーニングや展示保存環境の改善が必要と分かりました。マンダレーでは、ミャンマー産の漆材料に関する聞き取り調査のほか、漆装飾と併用されるガラスモザイク技法に関する調査を材料店と僧院において行いました。さらに、同地のシュエナンドー僧院でも、虫害調査と併せて、建物内外に施された漆芸技法について目視による観察調査を行いました。同僧院は内外部の殆どに漆装飾が施されていますが、紫外線や雨水等によって漆装飾の損傷が著しく進行していることが分かりました。


シンポジウム:シリア文化遺産の保護へ向けて

パネルディスカッションの様子

 2011年4月シリアにおいて大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では、事実上の内戦状態となっています。シリア国内での死者はすでに14万人を超え、400万人以上が難民となって国外へ逃れています。
 内戦が繰り広げられる中、文化遺産の破壊も、また大きなニュースとして国際的に報道されています。アレッポやクラック・デ・シャバリエなど、シリアを代表する世界遺産が戦場となり、また多くの遺跡が盗掘にあい、博物館が略奪され、シリア国内からの文化財の不法輸出が国際的な問題となっています。このような中、ユネスコは、新たにシリアの文化遺産保護に向けた活動を開始しました。
 6月23日、東京文化財研究所は、シンポジウム「シリア文化遺産の保護へ向けて」を主催し、ユネスコが5月26日から28日にかけて行った専門家会議「シリアの文化遺産を保護するための国際社会への呼びかけ」に関する報告を行い、また、シリア文化遺産保護に向けた国内、海外のさまざまな取り組みを報告しました。


第15回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「文化遺産管理における住民参加」の開催

講演の様子

 文化遺産国際協力コンソーシアムは、6月26日、27日の2日間にわたり、国立民族学博物館との共催で東京文化財研究所セミナー室、大阪国際交流センター小ホールにて標記研究会を実施いたしました。
 近年文化遺産と観光開発の共存を推進する上で、住民参加型の文化遺産管理を主張する動きが地域、国家、国際レベルで見られますが、実践としてなかなかうまく機能しないことが問題視されています。このような現状に鑑み、改めて文化遺産管理における地域住民の役割や可能性について議論するため、今回「文化遺産における住民参加」というテーマを取り上げました。
 講演では当コンソーシアムの関雄二副会長・中南米分科会長による趣旨説明、問題提起の後、北海道大学観光学高等研究センター長の西山徳明氏(ペルー)、同センター特任准教授の八百板季穂氏(フィジー、ペルー)、公益財団法人文化財建造物保存技術協会の益田兼房氏(ミクロネシア)およびイーストアングリア大学日本美術・文化遺産准教授の松田陽氏(イタリア、英国)の4名の専門家から、それぞれ地域住民を巻き込む形での文化遺産のマネジメントの実態について事例報告いただきました。
 講演後のパネルディスカッションでは、講演で取り上げた事例と会場からの質問内容をふまえ、住民参加の理念の問題、実践における課題や国際協力の観点からの可能性について等、活発に議論が行なわれました。2日間で約130名の方にご参加いただき、文化遺産管理に携わるあらゆる立場から質問や意見が寄せられ、本テーマに対する関心の高さを窺い知ることができました。


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