研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


スタンレー・アベ氏講演会

講演会の様子

 中国美術史の専門家スタンレー・アベ氏(米国デューク大学教授)を企画情報部来訪研究員としてお迎えしたのを機会に、6月5日(水)14時から17時30分まで、当所地階会議室において、「「中国彫刻」のイメージの形成」をテーマに講演会を開催しました。
 アベ氏の発表では、中国には19世紀まで西洋的な「彫刻」という概念がなく、立体造形物はそれに付随する文字が重視されたり、贈答品や骨董品として位置づけられたりと、多様な価値評価がなされていたことが指摘されました。そしてそれらが、近代以降、中国を訪れた西欧人、日本人の収集対象となって美術品という新たな価値を得ていく過程が跡づけられました。
 講演後、田中修二氏(大分大学教育福祉科学部准教授)、岡田健(当研究所保存修復科学センター長)をコメンテーターとして行われたディスカッションでは、西欧の「彫刻」概念と出会う以前の中国と日本では、立体造形物の位置づけと価値基準が違い、それらを制作した人々の社会的地位も異なっていたこと、中国では「彫刻」といえば近代以降の制作物という意味合いが強いことなどが明らかになりました。
 議論を通じて浮かび上がってきたのは、西洋文化の受容や造形の近代化のあり方の多様性、それを支える歴史的経済的背景などです。講演会には48名が参加し、盛会となりました。


第37回世界遺産委員会

日本から推薦した資産が「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として世界遺産リストへの記載が決まった瞬間

 第37回世界遺産委員会は6月16日~6月27日にカンボジアのプノンペン(27日の閉会式のみシエムリアップ)で開催されました。当研究所では、世界遺産リスト記載資産の保全状況や、リストへの記載の推薦に関する資料の分析を事前に行うとともに、筆者を含む5名が委員会に参加し、情報収集を行いました。
 今回の世界遺産委員会で新たにリストに記載されたのは19件の資産です。日本が推薦した富士山の審議では、日本以外の20の委員国のうち19の国が記載賛成の発言を行う一方、三保松原を除外する決議案に多くの委員国が反対しました。推薦書などの資料や日本側関係者の説明を通じ、各委員国が富士山や三保松原の価値を十分理解したことが、この結果につながったと考えます。
 また、パルミラ遺跡などシリアにある6件の資産が「シリアの世界遺産」として危機遺産リストに記載されました。国内情勢が不安定で保全管理が困難となったためですが、治安の問題で具体的な対応は難しく、効果を得るには時間がかかると思われます。
 このほか、リストへの記載について、審議する資産の件数削減、委員国の任期中の自国資産の審議自粛が検討されましたが、反対する委員国が多く、いずれも決定されませんでした。世界遺産委員会ではリストへの記載だけが審議されているのではなく、どの議題も世界遺産の保全には重要です。当研究所は全日程に参加し、関連情報の収集・分析・発信を行っていきます。


結城素明の草稿「芸文家墓所誌稿本」の受贈

結城素明「芸文家墓所誌稿本」

 日本画家の結城素明(1875~1957年)は、明治中期に自然主義に基づく作風を展開、大正期には平福百穂や鏑木清方らと金鈴社を結成して活躍するなど、近代日本画の革新に貢献した人物として知られています。そのいっぽうで素明は美術に関する著作の数々を残し、資料調査に基づいた実証的な内容は、今日でも価値のあるものとなっています。なかでも『東京美術家墓所考』(1931年)、『東京美術家墓所誌』(1936年)および『芸文家墓所誌』(1953年)は、美術家を主とする文芸家の墓所に関する情報を集成し、その来歴を知る手がかりとなる貴重な文献といえます。
 このたび明治美術学会会長で当研究所の客員研究員も務められた青木茂氏より、素明が著した一連の墓所誌の草稿を当研究所へご寄贈いただきました。草稿は刊本と同様、各作家ごとに歿した年月日や享年、経歴が記されていますが、刊行後も加筆を続け、情報を継ぎ足していったあとがうかがえます。集積された草稿の束は厚さ10センチをこえ、素明の墓所誌編纂に対する傾注ぶりがしのばれる資料といえるでしょう。本資料は、当研究所の資料閲覧室にて閲覧することが可能です。

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韓国における伝統技術の調査―韓国国立文化財研究所との第二次研究交流―

潭陽郡立 竹の博物館にて

 昨年度から始まった第二次「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」の一環として、無形文化遺産部の今石が6月12日から2週間の日程で韓国を訪問しました。現地では韓国の伝統的技術とその伝承・保護をテーマに、全羅南道潭陽地域における竹細工や、仁川市江華島の莞草細工の技術について調査しました。
 このうち潭陽は、かつて地域住民のほとんどが竹細工に関わっていたという竹製品の一大産地であり、彩箱(チェサン)作りや扇子作り、櫛作りなど5つの分野で国や市道の文化財指定を受けています。調査では文化財保有者(保持者)にお会いして伝統的な技術やその変遷について、また伝承の現状等について伺いました。さらに文化財を取り巻く状況として、潭陽郡が行う“竹文化”の観光資源化と地域活性化の動き――新しい竹製品の開発、郡独自の職人支援制度(郡の名人制度)、竹関連施設の運営等――についても知ることで、過去から現在、未来に向けて、文化財がどのように継承されていこうとしているのか、その一端を知ることができました。
 ところで、韓国の保護制度においては“無形の文化財”に当たるのは実質的に「無形文化財」のみであり、日本でいう民俗技術(無形民俗文化財)も工芸技術(無形文化財)もすべて「無形文化財」として、ひとつの制度で保護されています。従って、日本では「国民の生活の推移の理解のため欠くことのできないもの」という価値づけがされる民俗文化財に当たるものも、韓国では「無形文化財」すなわち「歴史的・芸術的又は学術的な価値が大きいもの」として認識されることとなります。こうした日韓の制度の違いが、保有者や一般社会の認識、技術そのものにもたらす様々な影響についても、今後の研究交流の中でしっかりと捉えていく必要があると感じました。


ドイツ及びポーランドの近代文化遺産の保存状態に関する現地調査について

露天掘りで石炭を採掘しながら掘り出した跡を埋めて行くための全長500mを超える長大な鉄構造物。(トランスポーターブリッジF60)
ドイツ軍により爆破されたガス室と焼却施設。爆破当時のままの状態で保存されている。(アウシュビッツ/国立オフィシエンチム博物館)

 近代文化遺産研究室は、5月24日(金)から6月4日(火)まで、ドイツ及びポーランドにおいて近代文化遺産に関係する7カ所の世界遺産及び世界遺産候補を含む地域、鉄道や産業遺産の保存・修復に関する現地調査を実施しました。ドイツでは、世界遺産に登録されているベルリンのモダニズム集合住宅群、登録抹消されたドレスデンとエルベ川渓谷、登録を目指すベルリン・エレクトロポリス(重電産業発祥地)やフライブルグ地方の炭坑と景観、また、長さが500mを超える長大なトランスポーターブリッジ「F60」(石炭の露天掘りに使用)、エルベ川を航行する蒸気外輪船や蒸気機関車を運行している保存鉄道等の調査を行いました。それぞれ特徴があり、工夫を凝らした手法を用いて保存活用されていました。ベルリンの集合住宅は、見た目は地味ですが、居住者と管理者が一体となって文化財である建物を守って行こうとしている事がよく分かりました。ポーランドでは世界遺産であるクラクフの旧市街及びアウシュビッツ強制収容所(国立オフィシエンチム博物館)を調査しました。アウシュビッツは、その歴史的特殊性から博物館として保存する事自体も議論の対象となったようですが、現在では多くの人々が訪れています。公開施設の中で、ドイツ軍が撤退時に爆破して逃げたガス室と焼却施設について、現状のまま保存されていますが、煉瓦造モルタル塗りであり保存手法が問題となっています。これは広島の原爆ドームも似たような状況であり、情報共有する事でお互いにとって有益ではないかと感じました。


アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

保存修復処置の様子
保存修復方針についての意見交換

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成25年6月11日から6月22日までの10日間、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復に関する人材育成ワークショップを開催しました。今事業は3年目に入り、国内ワークショップの開催は、4回目となります。
 今回は考古金属資料の保存修復上級者コースのため、これまで参加し続けたメンバーの中からアルメニア側が専門家を選抜し、アルメニア歴史博物館およびアルメニア国内の他機関から合計4名が参加しました。これまでの2年間で培ってきた知識と技術をもとに、アルメニア人専門家と日本人専門家が共同で保存修復作業を行いました。写真撮影、自然科学的調査を含む状態調査、展示・修復計画立案ののち、クリーニング等を行い、保存修復作業を完了しました。この作業を通し、アルメニア人専門家の知識と技術のさらなる向上に貢献しました。
 次回は、展示と保管のための予防保存をテーマとし、来年度のアルメニア歴史博物館内での展示に向けた準備を行う予定です。


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