研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


平等院鳳凰堂日想観図扉の光学調査

日想観図扉絵(2枚)の光学調査風景

 平等院鳳凰堂の本尊が安置されている裏側、尾廊との出入り口には2枚の開き扉があり、ここに、浄土を思い浮かべるための観法「日想観」をあらわした絵があります。右側の扉には山岳とその中の仏堂などの建築物、左扉には広々とした海と水平線に落ちかかろうとする太陽などを描いています。当然ながら経年劣化によって剥落も多く、いくらか後世の筆も入っていますが、創建当初の絵も、置かれてきた厳しい環境を考えればよく残っているといえるでしょう。平安時代中期の本格的な絵画の遺品は希少で、とても重要なものです。1012年9月、東京文化財研究所では、平等院からの依頼によって、絵の上から後世にとりつけられた落とし鍵の部材がはずされたのを機に、その下に残っている顔料を中心に光学調査を行ったところです。
 今回の調査は、それに続くもので、日想観図扉のうちこれまで本格的な光学調査がなされていなかった扉の押し縁(扉本体の四周に材を当てたもの)の部分を中心に行いました。押し縁には、部分的にではありますが、絵具によって当初のものかと思われる宝相華文の装飾が描かれています。2013年1月8~10日にかけ、日想観図本体、また鳳翔館で保存されている鳳凰堂の上品上生図扉断片や天井板の一部なども含め、企画情報部の城野誠治、小林達朗がカラー高精細画像、蛍光画像、赤外線画像を撮影し、保存修復科学センターの早川泰弘が蛍光X線分析による押し縁の絵具の材質調査を行いました。得られたデータについては検討の上、平等院に報告し、今後公表される予定です。
 日想観扉は今回の調査の前に、平等院内の環境が整った博物館施設「鳳翔館」に移されており、今後はここで保存公開されます。かわって鳳凰堂現地には日想観図の復元模写が施された新しい扉が設置される予定ですが、前回、今回の光学調査はその復元模写の作成にも大きく寄与することができるでしょう。


鹿児島県の来訪神行事「甑島のトシドン」の調査

子どもと問答するトシドン 座敷の奥は見物人
顔をのぞかせるトシドン

 鹿児島県薩摩川内市の下甑島で、大晦日に行なわれる来訪神行事、トシドンの調査を行ないました。「甑島のトシドン」は1977年に国の重要無形民俗文化財に指定されており、2009年にはユネスコの無形文化遺産の代表リストにも記載されました。
 トシドンは首切れ馬に乗って大晦日の晩に天からやってくるとされ、3~8歳の子どもが家の座敷で家族と共に出迎えます。「おるか、おるかー」という唸るような低い声、鉦の音とともに暗闇から現われ、座敷の端に顔を出して、子どもたちと問答します。子どもの一年間の悪いおこないを叱ったり脅したりする一方、良いおこないを褒め、また歌や踊り、九九など、子どもたちにそれぞれの得意技を披露させて、その出来を褒めます。最後には良い子になるように諭し、年餅と呼ばれる大きな餅を与えて去っていきます。
 小さな子どもにとっては心から恐ろしい体験であり、顔がひきつり泣き出す子どももいますが、問答を無事に終えるとひと仕事やり遂げたようなほっとした表情になります。また、見守る家族も子どもの成長を思ってか、涙ぐむ方がいるのが印象的でした。地元ではトシドンは子どもの教育のための行事と位置づけられていますが、そうした現代社会にとっても理解しやすい意味づけが語られ、共有されることによって、今日まで継承されてきた側面があると言ってよいでしょう。
 ただ、その継承には課題も多いのが現状です。最大の問題は少子化であり、指定された6つの保存団体のうち、今年行ったのは4つのみでした。また、私が随行させてもらった手打本町トシドン保存会でも、数年前までは10数軒の家をまわっていたものが、今年トシドンを受けたのは5軒のみで、そのうち2軒は祖父母の家に里帰りした子どもでした。
 観光との兼ね合いも大きな課題として挙げられます。本町保存会では2009年に無形文化遺産となって以降、研究者等の行事見学を積極的に受け入れるようになったとのことで、今回も私を含めて15人ほどの見物人がいました。トシドンが内外に広く知られ、多くの関心を集めることは地元にとって文化継承の大きなモチベーションとなり、観光資源ともなります。しかし一方、儀礼や神事としての意義や雰囲気をどのように保っていくのか、その両立も今後の大きな課題になるのではないかと感じました。


第6回伝統的修復材料及び合成樹脂に関する研究会

研究会での発表の様子
研究会での総合討議の様子

 保存修復科学センターでは、1月24日(木)に当研究所セミナー室において、各種伝統的な修復材料のうち「建築文化財における塗装彩色部材の劣化と修理」をテーマとして取り上げた研究会を開催しました。この研究会は、平成21年度に開催した第3 回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理 ―その現状と課題―」、平成23年度に開催した第5 回研究会の「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。建築文化財の外観などに塗装彩色された材料や部材は、日本の気候風土の中では材質劣化や生物劣化が起こる場合が多く、これらに対処する修理が繰り返し行われてきた歴史があります。
 今回の研究会では、これらに関する諸問題について、保存修復科学(塗装彩色材料および生物学)・建造物の修理現場・行政指導それぞれの立場から、最新の情報を提供していただきました。まず伝統技術研究室の北野が塗装彩色の材質劣化について述べ、次に生物科学研究室の木川りか室長が塗装彩色を含む部材の生物劣化として、主に日光社寺文化財の虫害と霧島神宮のカビ被害とその対処事例に関する話題提供を行いました。続いて実際の建造物修理担当者である京都府教育庁指導部文化財保護課の島田豊氏から石清水八幡宮の塗装彩色修理、平等院鳳凰堂の塗装修理に関する事例報告、厳島神社工務所の原島誠氏から厳島神社社殿建造物の塗装修理に関する事例報告をそれぞれしていただきました。最後に文化庁文化財部参事官(建造物担当)の豊城浩行氏から、現在文化庁が塗装彩色部材の修理を行う上での基本的な考え方に関する概要説明をしていただきました。研究会のテーマが塗装彩色の修理に直結した内容であることから関係者の関心が高く、盛会でした。


文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」によるアルメニア文化省副大臣招へいと研究会の開催

研究会での講演(写真左が副大臣)

 東京文化財研究所は、文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」の枠組みにおいて、平成25年1月10日から1月18日までの10日間、アルメニア共和国よりアレヴ・サミュエルヤン文化省副大臣を日本に招へいしました。
 サミュエルヤン副大臣は滞在期間の前半に、東京国立博物館や国立西洋美術館のバックヤードや展示、ならびに清水寺に代表される京都や奈良の歴史的建造物の保存修復現場などを精力的に視察し、専門家らと意見交換を行いました。1月16日には東文研にて開催された「アルメニア共和国における文化遺産保護および日本の協力事業」に関する研究会で、「アルメニア共和国における文化財保護の現状」について講演を行ないました。日本側からは「アルメニア共和国相手国調査報告(文化遺産国際協力コンソーシアム)」、「文化庁拠点交流事業「考古金属資料に関する保存修復人材育成・技術移転(文化遺産国際協力センター)」、「アルメニア建築の周辺諸国への伝播」、「アルメニア歴史博物館における染織品保存修復ワークショップ(国際交流基金)」の発表を行い、アルメニア文化遺産保護と日本の協力について広く一般に知っていただくとともに、アルメニアに関係する機関や研究者とのネットワーク構築のよい機会となりました。また、1月17日には近藤誠一文化庁長官を表敬訪問し、文化遺産保存に対する日本の協力に謝意を述べるとともに、今後の継続的な支援を求めました。
 本招へいは、現在の協力関係をより一層緊密にし、さらに、文化遺産保護だけにとどまらず日本とアルメニア共和国との様々な分野における協力・交流事業の促進する機会となりました。


ミャンマーの文化遺産保護に関する技術的調査:現地調査ミッションの派遣

木造僧院での実測調査
破損が進んだ寺院建築の一例
職人工房(鋳造)の視察
ヤンゴン国立図書館での調査

 東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、1月26日から2月3日にかけて、ミャンマー連邦共和国に専門家調査団を派遣しました。総勢17名からなる今回の調査団は建築・美術工芸・考古の各分野を調査対象とする3班で構成し、このうち建築と美術工芸を東京文化財研究所、考古を奈良文化財研究所がそれぞれ担当しました。この調査は、同国の文化遺産保護に関するわが国からの今後の協力の方向性を明確化することを目的として実施したもので、訪問先の各地ではミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員の方々に同行・対応をいただきながら、円滑に調査を進めることが出来ました。
 建築班では、バガンの煉瓦造遺跡群とマンダレーなどの木造僧院建築群の双方を対象に、破損状況や保存に影響を及ぼしている要因を確認するとともに、今後の保存修復に向けた課題を特定するため、現地機関関係者や職人への聞き取り調査等も行いました。これにより、本格的な建造物修理事業は久しく実施されておらず、保存状態に関する基本的な記録作成等も十分に行われていないことなどが判明しました。
 美術工芸班では、ヤンゴン、バガン、マンダレーの国立博物館・図書館、寺院、学校、職人工房を訪問し、壁画、金属文化財、漆工芸品、書籍経典を対象に、その修復状況、保存展示環境、保存修復に関わる人材育成について調査・聞き取りを行いました。海外研修等で得た知識をミャンマー国内で還元している様子が伺えましたが、機材資材の不足、体制の不備のために十分な保存修復措置が行われていないことが分かりました。
 このほか、首都ネピドーにおける文化省との協議等を通じて、同国の文化遺産保護体制に関する基本的情報の収集も行いました。いずれの分野においても文化遺産の保存修復に必要な技術・人材等の不足は明らかですが、現地側の向上意欲は高く、共同研究や研修等の事業を通じて技術移転や人材育成を行えば、その支援効果は大きいものと期待されます。


カンボジアにおける石造建造物の生物劣化に関する研究会開催および遺跡測量研修

アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会
タネイ遺跡における第2回測量研修

 東京文化財研究所は、2001年よりカンボジアのアンコール遺跡群・タネイ遺跡を主なフィールドとして、石造文化財の保存に関する調査研究をアンコール地域保存整備機構(APSARA機構)と共同で実施してきました。その成果を総括・共有するため、1月14日、APSARA機構本部において「アンコールにおける石造遺跡の保存に関する研究会」を開催しました。これまで調査に参加してきた日本・カンボジア・イタリア・韓国の専門家が参加した本研究会では、石材表面に繁茂する生物種の影響観察とその制御を目的としてこれまで継続してきた調査研究のまとめとして、地衣類の分類学的研究、石材の物性変化に関する定量的・定性的研究、環境と生物種との関連に関する研究等についての発表と、今後のより良い遺跡保存に向けた意見交換が行われました。
 一方、1月10日から18日までの間、第2回建築測量研修をタネイ遺跡にて行いました。APSARA機構からの新規参加者2名を含む計11名を研修生として、昨年7月の第1回研修で作成した図面のチェックとトータルステーションを用いた測量作業の続きを3班に分かれて行い、伽藍中核部の平面実測をほぼ終えたところです。
 今後は、これらの成果を遺跡保存にどのように活かしていくかをさらに検討しながら、研究協力と技術移転・人材育成を継続していく予定です。

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アメリカにおける動産文化財の保護についての調査

アメリカの文化財保護関係機関の資料
フリーア美術館

 文化遺産国際協力センターでは各国の文化財保護制度に関する調査・研究を行っています。現在、そのプロジェクトの一環として、アメリカにおける動産文化財の保護状況について調査しています。アメリカには多くの博物館・美術館があり、世界中の動産文化財が数多く所蔵されていますが、文化財の保護と管理を専門とする省庁は存在しません。動産文化財の管理は所有者に委ねられており、大規模な自然災害などの緊急時を除くと連邦レベルの管理・規制はあまり強くありません。アメリカでは動産文化財の管理・修復・展示に関しては、各博物館・美術館の運営方針や所有者の意向に沿って、個別に対応しているというのが実情です。
 日本とアメリカでは文化財の考え方も大きく異なりますが、一方で日本美術のコレクションを保有する美術館も数多く存在しています。また当研究所で平成3年から行っている在外日本古美術品保存修復協力事業では、全米で24館の美術館の250点を超える作品について修復を行っており、当研究所とアメリカの美術館とは浅からぬ関係があります。そこでアメリカの動産文化財の保護状況について体系的に把握するため、2013年1月26日~2月3日にかけて、江村知子と境野飛鳥の2名でワシントンD.C.にて調査を行いました。今回はアメリカ国土安全保障省の連邦緊急事態管理庁(FEMA)、内務省の国立公園局、アメリカ議会図書館、アメリカ文化財保存修復学会(AIC/FAIC)、アメリカ博物館協会(AAM)、NPO組織であるHeritage Preservation等、文化財保護のために包括的な活動を行っている主要な組織を中心に聞き取り調査を実施しました。また、博物館・美術館における所蔵品の管理状況についても調査しました。特に、1923年に開館したアメリカ最古の国立美術館で、日本をはじめ、東洋の美術品を多数所有するフリーア美術館では、同館の所蔵品管理規則や収蔵品の修復状況についてお話を伺いました。
 今回の調査を通じて、厳しい規制のない中でアメリカの動産文化財が適切に保護されている背景には、各組織や担当者の連携やボトムアップ式の意思決定が有効に機能していることが一因であることが窺えました。今後はアメリカの各地域で中核的な役割を果たしている博物館や、日本の美術品を所蔵する博物館を対象として、より実践的な調査研究を進めていく予定です。


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