研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


宮内庁蔵春日権現験記絵巻の光学調査

 春日権現験記絵巻(かすがごんげんげんきえまき)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(あずかり)(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作です。全巻が残されており、しかもその筆致はこの上なく緻密・華麗で、日本絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって2004年に開始された15カ年計画の全面的な解体修理が行われているところです。東京文化財研究所は宮内庁との共同研究として修理前の作品について、順次光学調査・記録を行っており、昨年度までで、20巻のうち計12巻分を調査してきました。
 本年度は、さらに巻第4と巻第15の2巻について、2012年12月3日から12月6日まで、東京文化財研究所から企画情報部の城野誠治、小林公治、小林達朗が参加して、可視光、蛍光、反射と透過の二様の赤外線による高精細デジタル撮影を行いました。続いて12月10日から20日にかけては、保存修復科学センターの早川泰弘が、同じ2巻について蛍光X線による絵具の分析データを収集しました。
 これまでに得られた膨大なデータについては、将来の保存修理の完了を期にその活用法を宮内庁とともに検討してまいります。


當麻曼荼羅図の光学調査

當麻曼荼羅図の調査撮影

 當麻曼荼羅(たいままんだら)図は、唐の善導の『観無量寿経疏(かんむりょうじゅきょうしょ)』に基づく阿弥陀浄土図を中心に浄土教のの説くところを図化した変相図(へんそうず)です。奈良・當麻寺(たいまでら)に伝えられたことから、この名があります。同じ図様の作品が後世にいたるまで非常に数多く描かれ、全国各地に残っていますが、その根本となった今回の調査対象である當麻曼荼羅図は、国宝に指定され、縦横ともに4メートルを超える大作です。8世紀の制作と考えられますが、制作地については、唐とも奈良とも言われます。この根本曼荼羅の大きな特徴は通常のように絵絹に描いた絵ではなく、綴織(つづれおり)という織りによって図様が表わされたものであったことです。しかし1000年を超える経年の劣化は否みようがなく、鎌倉時代と江戸時代に行われた大きな修理によってかろうじてその形をとどめ、その際に加えられた補筆によって図様は伺えますが、地の組織は傷みがはげしく、当初の綴れ織りがどの程度残っているか、またそれはどのようなものであったか、必ずしもはっきりしていませんでした。
 本年4月6日より奈良国立博物館において開催される特別展「當麻寺」で長年公開されることのなかった本曼荼羅が展示されるのを機に、これに先立つ2112年12月17日から21日まで、東京文化財研究所企画情報部は奈良国立博物館との共同研究として、奈良国立博物館においてこの曼荼羅の光学的調査を行い、企画情報部から城野誠治、小林公治、皿井舞、小林達朗が参加しました。今回はこの大幅の撮影のための専用レール台を制作し、この上に作品を置いて、高精細デジタルカメラによる撮影を行いました。きわめて緻密な曼荼羅の織りを観察できるよう、全面を150余りに分割して可視光の高精細デジタル画像を撮影したほか、蛍光、赤外による詳細な分割撮影を行い、さらに調査中に原本の綴織が残されていると見られた部分をマクロ撮影で記録しました。当初の綴織の織り目のみえる部分がごく少ないながら見出されたことは、今後の検討・研究の基礎となる成果であると同時に、奈良国立博物館における今回の展覧会に資することとなるでしょう。


無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会

無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会

 無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会は、去る12月3日から7日の5日間、パリのユネスコ本部において開催され、東京文化財研究所からは、無形文化遺産部の宮田繁幸、企画情報部の二神葉子の2名が参加しました。本来今回の委員会はグレナダがホスト国となる予定でしたが、財政事情等から8月にホスト返上となり、変則的にパリの本部での開催となりました。さらにユネスコ本体の財政逼迫の影響から、会議文書の限定配布や、第2会場でのビデオストリーミングがなされないなど、ロジスティックの面では少なからぬ不満の声も聞かれました。
 今回の会合では、緊急保護一覧表に4件、代表一覧表に27件の新たな無形文化遺産の記載が、また推奨保護計画として2件の登録が決定されました。日本から代表一覧表に推薦していた「那智の田楽」については、補助機関の事前審査では情報照会の勧告がなされていましたが、委員会で各国から記載基準を十分満たしているとの判断がなされ、無事記載という結論にいたりました。この日本のケースだけでなく、多くの案件が情報照会勧告にもかかわらず記載となったのは、各国1件のルールが実質的に定着し、全体審査件数が絞り込まれたため、比較的丁寧に各案件を委員国が吟味した結果であるとも考えられます。他の議題においても、参加国間で意見対立が目立った昨年の第6回政府間委員会及び6月の締約国総会と比べ、今回は委員国間に鋭い対立はあまりみられず、会議はおおむね協調的な雰囲気に終始しました。またいままであまり案件の提出がなされず、地域間格差の要因であったアフリカ諸国からの推薦も、今回はかなり増加し、条約の発効以来続けてきた同地域でのキャパシティビルディングの成果がようやく形となってきたと評価出来ます。なお日本は、2013年の代表一覧表候補の審査にあたる補助機関のメンバーに今回初めて選ばれました。この機会を捉え、無形文化遺産部としては専門的知見を生かし、補助機関の審査を通じて貢献したいと考えています。


第7回無形文化遺産部公開学術講座

第7回公開学術講座

 12月8日、山口鷺流保存会を招いて公開講座を平成館大講堂で行いました。タイトルは「山口鷺流狂言の伝承を考える―東京文化財研究所無形文化遺産部所蔵記録をめぐって―」です。サブタイトルにあるように、無形文化遺産部は昭和33年、芸能部時代に山口鷺流狂言の記録作成を行っています。歌い手はすでに鬼籍に入り、記録の中には現在では伝承されていない曲も多くあります。それらを視聴・分析をしながら、山口鷺流狂言の将来の伝承について考察し、現在伝承されている《宮城野》と《不毒》を鑑賞しました。鷺流は明治時代に中央では廃絶した流儀なので、東京で上演される機会はほとんどありません。参加者からは意義深かったとの感想が多く寄せられました。


“第36回文化財の保存および修復に関する国際研究集会 文化財の微生物劣化とその対策:屋外・屋内環境、および被災文化財の微生物劣化とその調査・対策に関する最近のトピック“ 開催報告

イタリアのピエロ・ティアノ博士による基調講演
ポスターセッションの様子

 微生物の繁殖は、屋外・屋内の環境を問わず、文化財にとっての大きな劣化要因となっています。東日本大震災における経験は私たちの記憶に新しいところですが、とくに地震・津波などによって被災した文化財については水濡れの影響から、微生物劣化が短期間のうちにおきやすく、その状況をみきわめるための調査と対策がきわめて重要となっています。そこで、保存修復科学センターでは、当研究所が各部門の持ち回りで毎年開催している“文化財の保存および修復に関する国際研究集会”の第36回目として、2012年12月5日(水)~12月7日(金)に、東京国立博物館・平成館・大講堂にて標記のシンポジウムを担当・実施しました。初日には外国専門家の基調講演に続き、被災文化財の生物劣化についてのセッション、2日目には屋外の石造文化財、木質文化財の生物劣化に関するセッション、そして最終日には屋内環境にある文化財の生物劣化の調査法や劣化の環境要因に関わるセッションを行いました。3日間を通じて合計15件の招待講演のほかに、国内外から23件のポスター発表があり、232名の参加者(のべ参加者数421名)を得て、活発な議論が行われました。今回は、イタリア、フランス、ドイツ、カナダ、中国、韓国など、海外からも多くの専門家が来日参加しました。今回のように、文化財の微生物劣化に特化したテーマでのシンポジウムは国際的にみてもほとんどなく、ヨーロッパ地域からも含めて自費で参加して下さった専門家が多かったものと思われ、まさに国際研究集会と呼ぶのにふさわしい、充実した情報交換ができました。終始、積極的にご協力いただいた発表者、参加者の方々に心より感謝致します。


「さまよえる文化遺産―文化財不法輸出入等禁止条約10年―」の開催

シンポジウム会場風景
パネルディスカッションの様子
イタリア カラビニエリ(国家治安警察隊)クアリアレッラ氏による講演

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは、毎年一般の方を対象にシンポジウムをおこなっています。今年度は12月1日(土)に、東京国立博物館平成館大講堂にて、「さまよえる文化遺産―文化財不法輸出入等禁止条約10年―」(主催:文化遺産国際協力コンソーシアム、文化庁)として開催しました。
 「文化財の不法な輸入・輸出及び所有権移転を禁止し及び防止する手段に関する条約」(「文化財不法輸出入等禁止条約」)を我が国が締結してから今年で10周年を迎えました。今回のシンポジウムでは、この条約のもとで我が国が進めている文化財を不法な輸出入から保護する取り組みや現状について紹介するとともに、海外での取り組みも紹介しました。
 まず、我が国の取り組みについて文化庁の塩川達大国際協力室長から、また地方自治体による取り組みとしては奈良県警察本部の文化財保安官である辻本忠正警視からそれぞれ報告していただきました。文化財流出の現状については美術商である欧亜美術店主の栗田功氏をお招きし、文化財が流出する国における流出文化財問題の根底にある部分をご紹介いただきました。また、外国の事例として、イタリアからお招きしたカラビニエリ(国家治安警察隊)のクアリアレッツラ文化材権利保護作戦班長から、カラビニエリによる文化遺産保護活動を、美術品変造や不法輸出摘発の実際の事例とともに報告いただきました。すべての報告後には、報告者に加えて財務省関税局監視課からも五十嵐一成課長補佐をパネリストに迎え、活発な議論が展開されました。
 日頃は話を聞く機会の少ない問題でありながら、実際には身近な問題を扱った今回のシンポジウムは、来場者である一般の方々からも高い評価を得ることができました。今後も文化遺産国際協力コンソーシアムでは、文化遺産に関わる問題を一般の方々にご理解いただける機会を設けることができればと考えています。


ミャンマー文化省関係者の招聘および研究会開催

東京文化財研究所での打合せ風景

 文化庁委託「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、ミャンマー連邦共和国文化省の関係者を12月10日から14日まで日本に招聘しました。今回の招聘では、同省考古・国立博物館・図書館局のテイン・ルウィン副局長をはじめ、考古学、保存修復、文化人類学、美術の各分野を専門とする同省職員5名が、東京と奈良に滞在し、東文研および奈文研での意見交換、博物館視察、考古発掘調査現場や文化財建造物修理工事現場の見学等を行いました。この間の11日には東文研セミナー室において、「ミャンマーにおける文化遺産保護の現状と課題」と題する研究会を開催し、来日した方々から考古調査や遺跡保存、博物館の歴史と現状等に関する発表をいただくとともに、会場との質疑も通じて情報共有を行いました。本招聘を通じて、同国の文化遺産保護に関する最新情報の収集を行うとともに、今後の協力に向けて相互理解の促進を図ることができました。本事業では今後、1月末から2月初旬にかけて、建築・美術工芸・考古学の3分野において、文化遺産保護に関するわが国からの協力の方向性を明確化するための現地調査を、奈文研の協力も得ながら実施することを予定しています。


第11回バーミヤーン遺跡保存専門家会議

アーヘン工科大学での講義

 東京文化財研究所と奈良文化財研究所は、UNESCO、そして国内外の研究機関と連携して、アフガニスタンにおける文化遺産の保護事業を長年牽引してきました。とくにバーミヤーン遺跡の保護活動は、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金「バーミヤーン遺跡保存事業」を核として、アフガニスタン、そして各国の研究機関が協力して実施されており、また東京文化財研究所の運営費交付金による「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」においても最も重点的な事業となっています。
 遺跡の保存と活用の方針を議論するための専門家会議が毎年開催されていますが、本年は、ユネスコとアーヘン工科大学との共催で、12月10日から11日にかけて、アーヘン(ドイツ)で開催されました。アフガニスタン、ドイツ、フランス、イタリアの各国、およびUNESCO、ICOMOS、ICCROM、UNOPS等国際機関から専門家が参加し、日本からは、東京文化財研究所、奈良文化財研究所、武庫川女子大学から専門家が参加しました。会議では、壁画の保存や大仏の破片の保護といった継続的な課題に加えて、谷全体に分布する遺跡の現状、道路や空港整備計画についても報告が行われました。さらに、東京文化財研究所と武庫川女子大学が研究協定を結び実施した博物館施設構想についても本会議で青写真を提示し、観光開発と長期的な遺跡保護の両立にむけて、実践的な議論へと進展しました。

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