研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


11月施設見学

化学実験室での説明(11月1日)

 文化庁主催 文化財(美術工芸品)修理技術者講習会受講者 計29名
 11月1日、文化財の保存・修復の現場を見学するために来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復実験室、同化学実験室及び同電子顕微鏡室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。


東京国立博物館蔵国宝・千手観音像の調査・撮影

千手観音像の高精細画像撮影の様子

 企画情報部の研究プロジェクトのプロジェクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の一環として、11月1日、東京国立博物館に所蔵される国宝・千手観音像の高精細画像の撮影を行いました。東京国立博物館と当研究所との「共同調査」によるもので、昨年度の国宝・虚空蔵菩薩像の調査に続いての調査となります。今回は東京国立博物館の田沢裕賀氏・沖松健次郎氏のご助力をえて、当研究所の城野誠治が画像撮影を行い、小林達朗、江村知子が参加しました。千手観音像は平安仏画の代表的名品のひとつです。平安時代の仏画は日本絵画史の中でもきわだって微妙かつ細部にわたる繊細な美しさを実現しましたが、それゆえに細部の表現の観察は重要なものになります。今回の撮影画像は肉眼による観察を超えるものがあり、微細な部分に宿された平安仏画独特の美がうかがえるものとなると考えます。得られた情報については今後東京国立博物館の専門研究員を交えて共同で検討してまいります。


第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書の刊行

第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書

 11月末、第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書『染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―』が刊行されました。本研究集会は、2011年9月3日~5日の3日間にわたり、国内外の制作者、修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の専門家を招いて開催しました。報告書では、研究集会で議論された課題をより多くの人と共有し、さらなる議論の深化を図ることを目的に、すべての報告を収録しています。PDF版は無形文化遺産部のホームページでも公開の予定です。


在外日本古美術品保存修復協力事業における漆工品の保存と修復に関するケルン・ワークショップの開催

日本の伝統的な漆材料と技法の概説(workshop Ⅰ)
木箱を使った接合実習(workshop III)

 文化遺産国際センターでは、在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として、11月2日から11月16日にかけて、ドイツ・ケルン東洋美術館の協力で、漆工品の保存と修復に関するワークショップを同美術館で実施しました。
 このワークショップは学生、研究者、学芸員、保存科学者、修復技術者を対象とし、スウェーデン、ポルトガルやチェコなどのヨーロッパ諸国からだけでなく、アメリカやオーストラリアなど11か国から合計19名が参加しました。
 講義は漆工品の修復概念、材料学、損傷、調査手法や修復事例を取り上げ、実習では養生、クリーニング、漆塗膜の補強や剥落止めなどさまざまな修復技法にかかわる工程を実験的に行い、好評をいただきました。 また、期間中にはケルン東洋美術館シュロンブス館長のご発案により、ロッシュ副館長が館内の常設展示や特別展の見学ツアーを行うなど、美術館側も参加者との交流を深めました。
 漆工品は16世紀から輸出され、現在でも多くの博物館、美術館や宮殿に保管されています。このワークショップを通して習得した知識や保存修復技術によって漆工文化財がより安全に保管され、継承されていくことが期待されます。


第26回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「御料車の保存と修復」開催

図面を使っての発表

 「御料車(ごりょうしゃ)」とは、天皇を始めとする皇族方が乗車する専用の鉄道車両や自動車を指します。明治時代に我が国に鉄道が導入されて以来、多数の鉄道車両が御料車として製作され、その第1号は現在国の重要文化財に指定される等、文化財としての価値が認められているものの、一般にはなかなかその詳しい様子を知る事が出来ませんでした。そこで保存修復科学センターでは、11月30日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室において「御料車の保存と修復」と題する研究会を開催しました。
 「動く美術工芸の粋」とも、「明治時代の文化を凝縮した世界」とも言われる御料車は、皇族方の専用車両というその特殊な性格ゆえに、内装その他も製作された時代の先端をいく特別なものです。現在、展示公開されているものとしては、鉄道博物館に6両、博物館明治村に2両がありますが、いずれもガラス越しの鑑賞であり、内部の細かい装飾や造作までは直接見る事が出来ません。今回は、はじめに御料車の技術的な側面から、日本の鉄道の発展との関わりや技術的な特徴の解説があり、次いで御料車を保存展示している両博物館の担当者からそれぞれの御料車内部の特徴有る装飾や造作を紹介して頂くと共に、日々のメンテナンスや展示方法に関する苦労や工夫をお話し頂きました。また、鉄道博物館で展示されている御料車の修理に携わった2人の技術者からは実際に御料車の修復作業を実施したときの話を伺いました。更に、台湾に残されている日本統治時代に製作された御料車に関する話が台湾の専門家によって紹介された事も今回の特筆すべき内容でした。
 御料車に対して、鉄道車両の保存という技術的な捉え方だけではなく、美術史的・工芸史的な文化財としての価値をも意識した保存が必要だという事を気づかされた研究会でした。当日の参加者は53名を数え、最後に発表者との活発な質疑応答も行われました。


アルメニア・グルジアでの日本古美術作品調査

アルメニア歴史博物館・国立美術館
グルジア国立博物館での調査

 文化遺産国際協力センターでは、海外の美術館などで所蔵されている日本古美術作品を調査し、所蔵館に対して助言や関連する研究の情報提供を行うほか、緊急性・必要性の高い作品については保存修復協力事業を実施しています。日本から遠く離れた、気候・風土・民族・宗教などが大きく異なる国において、日本の美術作品が所蔵されている状況を目の当たりにすると、本来脆弱な材料を使用している文化財のもつ、生命力の強さを感じさせられます。2012年11月に、川野邊渉、加藤雅人、江村知子の3名でアルメニア共和国とグルジアにおける日本古美術作品調査を実施しました。両国ともかつてのソビエト連邦の構成国で、2012年は日本との外交関係樹立20周年にあたりますが、これまで当研究所から現地に赴いて日本美術に関する調査を実施したことがなく、今回が初めての調査となりました。
 アルメニア歴史博物館、国立美術館、エギシェ・チャレンツ記念館では日本古美術作品の調査を行い、これらの博物館には江戸時代後期の浮世絵版画や近世から近現代の工芸作品が所蔵されており、中には作品名や制作年代など作品の基本情報が不明のまま所蔵されている作品もあり、助言や情報提供を行いました。そのほかアルメニア国立公文書館マテナダラン、国立図書館などにおいて文化財の保存修復状況の調査を行いました。
 グルジアでは、国立博物館を中心に日本古美術作品の調査を行いました。同館には江戸時代の甲冑・刀剣などの武具のほか、浮世絵、陶磁器、染織品などの日本美術作品が所蔵されていました。肉筆画では、江戸時代後期の立原杏所(1786〜1840)による「鯉魚図」と、明治時代に活躍した高島北海(1850〜1931)による「富岳図」の絹本着色の掛幅2点が収蔵されていることが確認できました。両作品とも経年による損傷が著しく、本格的な修理が必要な状態ですが、まずは作品についての詳細な情報を集めた上で、今後の事業について所蔵館担当者と協議を進めていく予定です。


アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の保存修復ワークショップおよび国際セミナー開催

国内ワークショップの実習風景
国際ワークショップの実習風景
国際ワークショップ実習時の参加者同士の意見交換の様子

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年11月にアルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップを開催しました。11月6日~17日までの10日間はアルメニア国内専門家を対象とした第3回国内ワークショップを開催し、前回と同メンバーのうち8名が参加しました。前回に引き続き、考古金属資料の錆や付着物の除去といった表面クリーニングを行った後、金属表面の元素分析を可搬型蛍光X線分析計(XRF)を用いて行い、研究を深めました。また、防錆処理や表面コーティング、接着や欠損部の充填の実習を行い、保存や展示に向けた資料の処理方法を学びました。
 また、11月21日~28日の7日間、アルメニア国内専門家4名のほか、グルジア、イラク、カザフスタン、キルギズスタン、ロシアの5カ国から6名の金属資料保存に関する専門家をアルメニアに招聘し、さらにまた、アルメニアの考古金属資料の調査研究を行っているアルメニア人考古学者らを招き、国際ワークショップを開催しました。アルメニアの金属文化財に関する研究や、自国の博物館や保存修復の状況を発表しあうことで、情報交換と広域ネットワーク構築に貢献しました。
 次回はアドバンス・コースとして、これまでにワークショップで学んだ保存修復知識と技術を応用し実践を行うとともに、製作技術研究のまとめを行う予定です。


シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:タジキスタン共和国における専門家育成のためのワークショップ

測量実習風景

 文化遺産国際協力センターは、2012年9月に実施したカザフスタン共和国とキルギス共和国での人材育成ワークショップ(ユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」、2012年9月活動報告を参照)に引き続き、タジキスタン共和国において考古遺跡測量に関するワークショップを11月2日から7日にかけて実施しました。世界遺産登録を目指す中世都城址フルブック遺跡(9~12世紀)を対象にタジキスタン文化省及びフルブック博物館と共同で実施した今回のワークショップには、タジキスタン側から若手専門家を中心に10名が研修生として参加しました。測量に関する基礎的な講義を実施した後、ユネスコからタジキスタン側に供与されたトータル・ステーションを用いて、発掘区設定や地形図の測量に関する実習を行いました。今回の短期間の研修では、参加した研修生が測量を完璧にマスターするまでには至っていません。しかし、自前の機材に習熟しようとする研修生の意欲には並々ならぬものがありました。現地若手専門家の測量技術向上のため、文化遺産国際協力センターは来年度もタジキスタンでの支援事業を継続する予定です。


タジキスタン南部出土初期イスラームの壁画の保存修復

フルブック遺跡出土断片(部分) 左:処置前 右:表面クリーニングと小断片の接合後
裏打ち作業の様子

 11月6日から12月5日まで、タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復作業を現地にて実施しました。修復の対象である壁画断片は、タジキスタン南部に位置する初期イスラーム時代の都城址フルブック遺跡から1984年に出土しました。長い間適切な処置がなされないまま古代博物館の収蔵庫に保管されていましたが、2010年度より本格的な保存修復処置が開始されています。
 壁画断片は著しく脆弱化しており、彩色層は顔料が載っているのみの状態であったり、下塗りの石膏層は細かく断片化したりしていました。昨年度の彩色表面の強化処置に引き続き、細かく割れた小断片の接合や、新しく裏打ちをするなど、グループ化された各断片を安定化させるための処置をおこないました。また、昨年度に安定化させた断片については、欠損部の充填など、展示を目指した今後の処置を試験的におこないました。壁画断片は、接合や充填による安定化に加え、図像も見やすくなってきています。今後は、将来的な展示方法の検討をしていく予定です。
 なお、本修復事業は、住友財団による海外の文化財維持・修復事業助成を受けて実施しています。


ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

土色帳を用いた版築壁体の観察記録作業
ティンプー市内の版築造寺院における常時微動計測調査の様子

 文化庁より委託された文化遺産国際協力拠点交流事業の枠組みによるブータン王国における版築造建造物の保存に関する現地調査のため、今年度第二回目の専門家派遣を11月21日から12月2日まで行いました。事業のカウンターパートである同国内務文化省文化局遺産保存課と共同で、二班に分かれ、首都ティンプーとその近郊において、主に以下のような活動を行いました。
 工法調査班:版築工法による伝統的建築技術の実態を明らかにするため、複数の職人への聞き取り調査を行うとともに、版築造による民家や寺院およびその廃墟を対象に、補強技法等の目視観察および実測による調査を実施しました。
 構造調査班:版築造壁体の構造体としての性能を定量的に把握するため、ブータン側が事前に作製した供試体に対する圧縮強度試験を行いました。また、版築造の小規模な寺院建築2棟を対象に常時微動計測を実施し、その構造特性を分析するための基礎的データを取得しました。
これらの調査実施に加えて、過去の日本からの協力事業も含むこれまでの調査成果をブータン側と共有するとともに、日本における民家等保存の取り組みについて紹介することを目的に、ワークショップを開催しました。
 このような活動を通じて、伝統的建造物およびその建築技術の適切な保存継承と、地震時における安全性向上という課題の両立に向けた方向性を探るとともに、文化遺産保存を担当する現地人材への技術移転にも貢献することが本事業の目指すところです。ブータン側スタッフの意欲は高く、建築調査と構造解析に関する基礎的な手法のひとつひとつを伝えながら、引き続き協力関係を深めていきたいと思います。

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