研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


佛光寺所蔵『善信聖人親鸞伝絵』の調査・撮影

絵巻の高精細デジタル撮影

 京都・佛光寺には、親鸞(1173~1262)の出家から没後の廟堂建立までを描いた絵巻『善信聖人親鸞伝絵』(上下二巻)が伝えられています。これは先行して成立した三重・専修寺に伝えられた同題の絵巻を踏まえながら、それには認め難い絵相と詞書を含むことで知られています。また、詞書は後醍醐天皇の晨翰とも伝えられています。本絵巻は、これまで非公開を原則とし、大切に伝えられてきたため、折れ伏せなどの修理の痕跡が全く存在せず、かつ、黒色に変色しやすい銀泥も輝きを失っておらず、制作当初の鮮やかな色使いが今日まで伝えられている点で特筆されます。しかしながら、制作年代に関しては中世(14世紀)に遡るという見方と近世(18世紀以降)に下るとする見方が根強くあります。
 企画情報部の津田徹英、小林達朗、城野誠治は、この佛光寺本『善信聖人親鸞伝絵』について、同寺宗務所のご理解と協力を得て、2012年2月23、24日の両日に及んで同寺大広間において調査・撮影を行いました。目的とするところは、これまで調査の機会が極めて限られていたことをかんがみて、今後、本絵巻が文化財研究のために広く資するべく、絵伝そのものに即した基礎データづくりを目指し、撮影についても一紙ごとに高精細デジタル撮影を行いました。そして、その過程で得られた知見については、2月29日の企画情報部研究会において中間報告を兼ねて研究発表を行うとともに(津田徹英「佛光寺本『親鸞伝絵』をめぐって」)、本作の存在を広く知ってもらうために、最も絵相に独自性が打ち出されている上巻「六角堂夢告」の場面を、企画情報部フロアーの壁面パネルで公開いたしました。なお、本調査・研究は平成23年度メトロポリタン東洋美術研究センターの助成を得て実施したもので、東京文化財研究所企画情報部の研究プロジエクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の成果の一部です。


国際人類学・民族学連合 無形文化遺産委員会 メキシコ合衆国クエルナバカ市

会議の様子

 この委員会は、国際的な学会連合組織である国際人類学・民族学連合に新たに設けられたものです。2012年2月25日、26日にその第1回会合がメキシコのクエルナバカ市にあるCentro Regional de Investigaciones Multidisciplinariasで行われ、日本からは無形文化遺産部の宮田が委員メンバーとして招聘され参加しました。 会議では、専門家の知見を無形文化遺産保護に生かしていくため、どのような貢献ができるかといった観点から、各国参加者による発表及び討議が行われました。日本からは、東京文化財研究所で作成した『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』を紹介するとともに、専門家の立場から無形文化遺産保護のいろいろな事業等へのガイドライン作成での貢献を提言しました。無形文化遺産保護条約の運用面でも、専門家の貢献がますます求められつつある状況で、今後も政府機関とは別個のこうした専門家によるアプローチは重要となっていくことでしょう。無形文化遺産部では、こうした意見交換の場には積極的に参加し、日本の専門家としてその知見を発信していきたいと考えています。


講談『難波戦記』の記録作成

一龍斎貞水師による講談の実演

 講談の記録作成が東京文化財研究所で開始されたのは、2002年度のことです(当時の組織名は東京国立文化財研究所芸能部)。その第1回目から、一龍斎貞水師(現在は重要無形文化財「講談」保持者)には、長編の語り物2席(時代物と世話物)の口演をお願いしてきています。これまでに作成してきた貞水師による講談記録で完結しているのは、時代物の『天明七星談』(2006年6月11日より2005年12月26日まで12回)と『千石騒動』(2006年2月9日より2011年11月22日まで23回)、世話物の『緑林五漢禄』(2006年6月11日より2008年2月13日まで20回)です。2012年2月14日から、時代物としては3演目目となる『難波戦記』が始まりました。豊臣一族が徳川家康によって滅ぼされた大阪冬の陣と夏の陣を題材とする語り物です。
 来年度も引き続き、貞水師にご協力いただき、記録作成を実施する予定です(世話物は『文化白浪』が継続中)。

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第25回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「近代建築に使用されている油性塗料に関して」開催

明治村の修復事例発表
ドイツ技術博物館の化学部門修復者の発表

 保存修復科学センターでは、2月10日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室にて表記研究会を実施しました。近代の建築物には当時油性塗料が使用されており、近年近代建築物の修復を実施する際に、塗装された材料の特定が難しいことやたとえ特定出来たとしても入手が難しかったりという理由から他の素材が塗装されている事が多く有ります。そのような現状を踏まえて、現在文化財として近代建築物にどのような塗装がなされているのか、どのようにして特定しようとしているのかあるいは特定出来るのか、油性塗料が入手困難な理由はなぜなのか、それをどのようにすれば改善出来るのか等について、文化庁、博物館、塗装施工者、化学の研究者等を交えて、劣化してしまった塗膜片から材料を特定する手法やその難しさ、油性塗料の特性である乾きの遅さゆえに塗料として使われなくなって来た歴史等、発表が行われそれに関する質疑応答も活発に交わされました。当日は45名の参加者を迎え、発表者に対する活発な質疑応答も行われ、有意義な研究会となりました。


「文化財の保存環境を考慮した博物館の省エネ化」に関する研究会

研究会の様子
石崎副所長による開会挨拶

 平成23年夏には東京電力・東北電力管内では平成22年の最大実績(9~20時)に対してマイナス15%の節電要請がありました。重要な文化財を抱えて、各地の博物館美術館がどのように乗り切ったのか、その結果どのような問題があったのか、「博物館・美術館におけるエネルギー削減」をサブテーマに、博物館美術館の展示室・収蔵庫の温湿度設定について再考する研究会を保存修復科学センターで開催しました。(平成24年2月17日(金)東京文化財研究所 地下セミナー室、参加者66名)
 まずはじめに、平成23年12月から平成24年1月にかけて博物館美術館等保存担当学芸員研修修了生の協力を得ておこなった「美術館・博物館2011年夏の節電対策のアンケート」について佐野が結果をまとめて発表しました。収蔵庫はほとんどの館で維持管理状況を変更しないよう努力していました。展示室の温度変更をした館では、お客様が不快を訴えたり滞在時間が短くなるなどのサービスの低下のほか、虫・カビの増加、臭気の増加、金属の錆の生成などの例がありました。また、空調設定の変更により温度湿度が安定しなくなるとの注意も挙げられました。
 国立新美術館の福永治氏からは、美術館における温度湿度設定の考え方が紹介され、文化財は多種多様であると共に、貸し出す側の考え方の違い、地域の環境、建物の構造や仕様、また保存状態も様々であることから、展示環境について、統一した基準を設けることは困難であるが、コンセンサスを得るようによくコミュニケーションを取ることが重要であることが報告されました。また、長屋光枝氏から、平成23年夏に昼間のピークカット節電のために企画展示室を1室閉めた際の維持管理状況について報告があり、夜間空調で良い状態に保つことができた例が紹介されました。
 石崎から、文化財保存のための温度湿度設定に対する海外の現在の動きと方向性について報告があり、湿度変化が文化財を構成する部材に与える影響を知るために、モデル試料にたいして歪みがどのくらい生じるか実験した文献等の紹介がありました。よく調整された環境に対して短期的な変動幅が提示されるとともに、季節の変化に応じていくらかの変動幅を許容する考え方の導入(変温恒湿)についても検討事例が示されました。
 最後に、オフィスビルにおける最新省エネ技術の紹介が、清水建設株式会社技術研究所の松尾隆士氏によって提示されました。日除けが重要であること、隣接する区画をつないでエネルギーピークをカットする手法など、エネルギーを効率的に使うために比較的大規模な区画で試みられている新手法について紹介がありました。
 変温恒湿や変動幅を広げるのを許容するなど温度湿度の新しい制御方法は、本当に文化財に影響がないのか慎重に見定め、評価を関係者すべてで繰り返し討論し理解していくことが必要です。今回の研究会は、リスクマネージメントの手順でいうと、リスクアセスメントについて新情報が出てきている昨今、これを如何に評価検討し関係者間で情報共有していくか、リスクコミュニケーションの局面に入りつつあることが分かる重要な機会となりました。


アルメニア歴史博物館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップ開催

写真撮影実習の様子

 文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年1月下旬から2月上旬にかけて、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復ワークショップを開催しました。1月24日~2月3日までの8日間は、アルメニア歴史博物館のほかアルメニア国内の他機関所属の若手専門家合計10名に対し、ドキュメンテーションをテーマとした国内向け人材育成ワークショップを開催しました。労働安全衛生、博物館と保存修復、金属科学、文化財科学と分析技術に関する講義のほか、写真撮影、状態調査、顕微鏡による光学調査と可搬型蛍光X線分析計(XRF)を用いた元素分析などの実習を実施しました。適切な保存修復処置方法の選択のほか、国内専門家のネットワーク構築、青銅器の製作技術の研究などを行いました。
 また、2月7日~11日の5日間、国内向けワークショップ参加者10名のほか、グルジア、イラン、ルーマニアの3カ国から金属保存修復専門家各1名ずつをアルメニアに招聘し、さらにまた、アルメニアの考古金属資料の調査研究を行っているアルメニア人考古学者、科学者なども招き、国際ワークショップを開催しました。アルメニアの金属文化財に関する研究や、自国の博物館や保存修復の状況を発表しあうことで、情報交換と広域ネットワーク構築に貢献しました。
 次回のミッションでは、錆除去等の保存修復処置作業を行います。また、修復後に再度元素分析を実施し、製作技術の研究を深めていく予定です。


キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業

土器を実測する実習生

 文化遺産国際協力センターは、中央アジアの文化遺産保護を目的とする標記事業を文化庁より受託し、2011年から2014年までの4年間の予定で、キルギス共和国チュー河流域の都城址アク・ベシム遺跡を対象とした、ドキュメンテーション、発掘、保存修復、史跡整備に関する一連の人材育成ワークショップを開催しています。
 事業の初年度にあたる今年度は、文化遺産のドキュメンテーションに関するワークショップを実施しています。10月に行った第1回目のワークショップでは、おもに遺跡の測量に関する研修を実施しました。
 今回、2月4日から10日にかけて、第2回目のワークショップをキルギス共和国国立科学アカデミー歴史文化遺産研究所にて開催しました。今回のワークショップでは、キルギス人若手専門家8名を対象に、考古遺物の実測に関する研修を行ないました。土器や石器、土製品の実測のほか、拓本、遺物の写真撮影の実習、また伝統的な土器工房の見学なども行いました。
 研修生は意欲的に取り組んでおり、今回の研修を通じて得た技術を将来的に中央アジアの文化遺産保護に役立ててくれることが期待されます。


ミャンマーにおける文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

ミャンマー文化省とのインタビュー
バガン遺跡

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月22日から28日まで、ミャンマーを対象とする協力相手国調査を行いました。同国における文化遺産保護の現況と今後の国際協力の展開を探るため、現地を訪問し、ミャンマー側の協力要望事項等を明らかにすることが調査の主な目的です。代表的文化遺産であるバガン遺跡群やマンダレーの木造建造物、各地の博物館や図書館などを訪れ、担当者との面談も含めて、情報収集や意見交換を行いました。
 その結果、ミャンマーの文化遺産は全般に劣化が進んでおり、保護の体制も不十分で、危機的な状況にあることがわかりました。また、バガンでは観光客が昨年来急激に増加しており、現状の観光インフラでは既に受け入れが限界に達しつつあることも明らかになりました。遺跡保存とともに、市街地環境や所得格差の問題なども視野に入れた持続的開発のあり方が課題となります。他方、博物館に関しても、保存施設や研究機能の不備が深刻なことがわかりました。
 昨今のミャンマーをめぐる情勢変化に伴い、文化遺産保護分野のみならず、あらゆる分野で日本及び海外諸国からの支援の増大が見込まれ、今後はこうした支援事業間の調整も必要になると考えられます。文化遺産分野における今後の日本からの協力のあり方について、広く関係諸機関と協議しながら、検討していく予定です。

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