研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


「諸先学の作品調書・画像資料類の保存と活用のための研究・開発—美術史家の眼を引継ぐ」科研中間報告会の開催

統合版データベースのデモ画面
京都府教育庁文化財保護課『平等院鳳凰堂建築彩色顔料調査報告—特に青色顔料について』(田中一松資料)、昭和30年(1955)8月10日に行われた平等院鳳凰堂修理委員会での資料。今回のデータベース試作段階において明らかになった資料で、「代用群青」という用語の初出例と見られる。

 12月20日に企画情報部研究会として、標題の科学研究費研究課題(代表者:田中淳)の中間報告会を開催しました。当研究所には、かつての業務で使用した資料や、元職員のご遺族などからご寄贈いただいた調書や写真などが数多く保管されており、研究資料として保存と活用を進めています。また従来の美術史研究では見過ごされてきた関連資料なども積極的に活用して、研究を推進しています。対象とする資料は、刊行物のように分類・管理が容易なものばかりでなく、肉筆のメモやスケッチ、会議や研究会の配付資料、35mmスライド、16mmフィルムなど、実に多種多様なものが含まれています。これらは整理が難しく、他の美術館・博物館や図書館、大学などの組織では敬遠されてきた資料とも言えますが、稀少性の高いものも少なくありません。標題の研究課題は2009年度から4カ年の計画で実施し、今年度は3年目にあたります。企画情報部員や客員研究員によって、数多くの資料を分担して、整理とデジタル化を進めています。今回の中間報告会では次のようなタイトルで、各資料の分担者が報告を行いました。
 江村知子「「昭和の古画備考」−田中一松資料を今後の研究に活用していくために」、皿井舞「久野健資料について」、三上豊(和光大学・当部客員研究員)「現代美術資料—画廊等のDM・目録等の整理と今後の課題」、中野照男(客員研究員)「柳澤孝資料について」、綿田稔「田中助一資料について」、田中淳「田中敏男資料について」
 また、資料ごとにデータベースが林立し、文化財アーカイブとしての全体像が見えにくいという問題を解決するために、当研究所で現在運用中の書籍・展覧会カタログ・美術文献・写真原板などのデータベースと、田中一松・久野健・梅津次郎の各資料の基礎データを統合させたデータベース(総数約635,000件)を試作してデモンストレーションを行いました。様々な形態で存在している研究資料を一括して検索できるばかりでなく、複合的に進行している研究動向を浮き彫りにすることができ、専門的アーカイブの新たな方向性として有効です。より精度の高い情報ツールとして運用していくためには多くの課題がありますが、さまざまな研究において活用できる文化財アーカイブの構築をめざしていきたいと思います。


横山大観《山路》(永青文庫蔵)、本紙裏面からの調査

横山大観《山路》(永青文庫蔵)、本紙裏面の撮影の様子

 昨年10月の活動報告でもお伝えしたように、企画情報部では研究プロジェクト「文化財の資料学的研究」の一環として、横山大観《山路》の調査研究を永青文庫と共同で進めています。同文庫が所蔵する大観の《山路》は、明治44年の第5回文部省美術展覧会に出品され、大胆な筆致により日本画の新たな表現を切り拓いた重要な作品です。昨秋の調査の後、同作品は九州国立博物館の文化財保存修復施設で修理をすることになりました。表具を解体、裏打ち紙を除去して、絵具ののった絹地(本紙)の裏面があらわになったのを機に、同博物館および修理を担当する国宝修理装こう師連盟のご高配・ご協力を得て12月9日に再調査を行いました。裏面から薄い絹地を透かして画面を見ることで、表からではわからない制作過程がうかがえます。とくに本作品で特徴的な、紅葉をあらわす茶褐色の顔料は一見、後から点じられた筆致のように見えますが、裏面からの調査によって、本画制作のかなり早い段階で塗られていることがわかりました。
 今回の調査は永青文庫の三宅秀和氏、《山路》が寄託されている熊本県立美術館の林田龍太氏、これまでの調査に参加されてきた東京藝術大学の荒井経氏・平諭一郎氏、そして当研究所の城野誠治と塩谷で行いました。城野が本紙裏面の高精細による撮影を行いましたが、こうした修理途中の作品の調査撮影は稀であり、解体しなければ見ることのできない本紙裏面の画像はきわめて貴重な資料となるはずです。

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アンコール遺跡群での現地調査と覚書の更新

石材上の生物の種類と環境条件に関する調査
覚書への調印

 平成23年12月、カンボジアのアンコール遺跡群での現地調査と、東文研・奈良文化財研究所(奈文研)およびアンコール地域遺跡整備機構(APSARA機構)との覚書の更新を実施しました。
 アンコール遺跡群での活動の目的は、石材の保存にとって適切な環境条件を解明することです。石材の生物による劣化はアンコール遺跡群における共通の課題であり、生物の種類によって石材に及ぼす影響は異なると考えられます。しかし、環境と生物の種類との関連について、分類学的な内容を含む調査研究を行っている団体は少ないのが現状です。東文研では、環境条件と石材表面に生育する地衣類、蘚苔類、藻類などの種類との関連を明らかにし、それらの生物が石材に及ぼす影響を定性的・定量的に評価するための調査研究を実施しています。今回、日本および韓国から地衣類の分類学的研究の専門家、イタリアから植物生態学および文化財の生物劣化の専門家にも参加していただき、これまで継続的に調査を行っているタ・ネイ遺跡をはじめ、タ・ケオ、タ・プローム、バイヨンなど、環境が異なる周辺のいくつかの遺跡で調査を行いました。現在は各研究者が現地調査で得られた情報の解析を行っています。また、タ・ネイ遺跡では、付近の採石場から切り出した石材試料を遺跡に長期間設置して表面状態の変化の観察を行ったり、過去の保存処理実験の経過観察を行ったりしています。
 現地調査に引き続き、アンコール遺跡群での共同研究に関するAPSARA機構との覚書を更新しました。従来、覚書は東文研と奈文研がAPSARA機構との間でそれぞれ取り交わしていました。今回から、同じ地域で活動する両文化財研究所の連携を深めるため、三者の間で締結することとなり、シエムリアップにあるAPSARA機構の本部で東文研の亀井所長、奈文研の井上副所長とAPSARA機構のブン・ナリット総裁による調印式を実施しました。今後は、修理事業が予定されている西トップ遺跡でも保存整備のための調査研究を行います。


越天楽今様の復原

 「越天楽」、といえば現在ではもっぱら結婚式場で流れる雅楽曲、あるいは民謡の「黒田節」として親しまれていますが、鎌倉時代にも寺院を中心に親しまれていました。雅楽は元来器楽ですが、越天楽のメロディは日本人の琴線にふれるところが多かったのでしょう。さまざまな歌詞をあてて歌われたのです。これを「越天楽今様」、と呼んでいます。
 能は、室町時代のはじめに世阿弥が大成した演劇ですが、能のなかには、他の芸能を取り込んで見せ場とする作品があります。たとえば、雅楽の楽人の妻を主人公とする「梅枝」では、妻が昔を偲んで舞を舞う前に「越天楽今様」の歌詞を挿入しています。現在では謡のメロディが変化して「越天楽」には聞こえませんが、桃山時代のメロディに直すと、「越天楽」のメロディが浮かび上がってきます。観世流の銕仙会では12月の公演で「梅枝」をとりあげましたが、無形文化遺産部の高桑が協力して「越天楽今様」の古いメロディを復原しました。能の古い演出を研究テーマのひとつとする高桑の研究成果を通して、雅楽と能、ジャンルを越えて音楽が交流していたことが実際の舞台で実証されました。


無形民俗文化財研究協議会「震災復興と無形文化」の開催

発表の様子
総合討議

 12月16日、第6回目を迎える無形民俗文化財研究協議会が「震災復興と無形文化――現地からの報告と提言」のテーマで開催されました。
 昨年3月の大震災以降、各地で被災地の文化を守り伝えるべく様々な活動がなされてきました。しかし震災後数か月が経っても、無形文化財とその復興については課題や情報が十分に共有されてきたとは言えない状況にありました。そこで無形文化遺産部では、震災後の無形の文化や文化財について継続的なテーマとして取りあげていくこととし、本年はその一年目として、現地で今何が起こっているのか、何が課題なのか、それを共有し、問題提起と情報発信の場にすることを目指しました。
 会では、震災以前から被災地域で活動してこられた先生方、積極的な後方支援活動や復興活動を展開している先生方5名にご発表をいただき、また、研究と行政の立場からそれぞれ一名ずつのコメンテーターをお願いしました。様々な立場の方々にお話をいただいたことで、多くの問題について、様々な角度から問題提起ができたのではないかと思います。印象深かったのは、テーマが「震災」だったにも関わらず、中心的に話し合われていたのが、実は震災以前からの課題であったことです。例えば民俗文化を保護するとはどういうことか、後継者不足や地域コミュニティの縮小とどう向き合うのか、無形の文化財行政の制度的問題、また、民俗芸能や宗教・信仰など無形の文化の持つ力や本質的意義についてなど。震災という巨大な非日常が、暴力的な形で日常の様々なひずみや、ものの本質を焙り出したといってよいかと思います。特に今回は、原発問題に揺れる福島からも発表者にお越しいただきました。同じ被災地という言葉で括られても、岩手・宮城県と福島県の状況は全く異なります。私たちはいまだに、フクシマの復興について語る言葉をほとんど持っていません。原発という、本来人間の力でコントロールできないものが、地域の文化からまったく切り離された形で抱え込まれていたという現実が、ここに改めて示されたといってよいでしょう。
 無形文化遺産部では、引き続き、震災復興と無形文化をテーマとして取り上げることで、情報発信と共有の役割を担っていきたいと考えています。なお本協議会の内容は、2012年3月に報告書として刊行する予定です。


タイ・アユタヤ遺跡群における洪水被害調査

なおも浸水箇所が残る寺院遺跡(壁に泥が付着した範囲が最大浸水位を示す)
完全に水没した発掘遺構展示
浸水によって下部が汚損した壁画の例

 平成23年11月28日~12月3日、および12月18日~23日の2次にわたり、文化庁委託事業によるアユタヤ遺跡群での洪水被害調査を実施しました。9月来の豪雨と長雨の影響によって、アユタヤやバンコクで大規模な洪水が発生したことは日本でも大きく報道されました。世界遺産リストに登録されているアユタヤ遺跡群も広範囲にわたって浸水し、その保存への影響を懸念したタイ政府の要請がユネスコバンコク事務所経由で伝えられたことから、緊急支援事業として専門家による実地調査が急遽決定されました。
 第1次調査では水害対策および文化財保存の2名、第2次調査では保存科学、壁画、建築、写真の各分野から6名の専門家を派遣し、タイ文化省芸術局および日本国文化庁の専門家たちとともに、主な遺跡の被害状況を実地において確認しました。
 その結果、浸水は相当な規模に及び、これによる一部壁画の汚損や局所的な塩類析出、煉瓦遺構への土の堆積や露出展示遺構の水没などが生じているものの、遺跡への直接的被害は限定的かつ比較的軽微なものが大半でした。しかし、煉瓦造の仏塔や祠堂などの経年による劣化や変形等は随所で認められ、中長期的な計画に基づく継続的なモニタリングや保存修復の実行が、被災状況の正確な記録作成とともに災害時の被害軽減にとっても重要であることが改めて認識されました。タイ当局によるこうした活動をいかに支援していくかが、今後の課題となります。


第10回バーミヤーン遺跡保存専門家会議

「バーミヤーン遺跡保存事業」専門家会議

 東京文化財研究所は、UNESCO、そして国内外の研究機関と連携して、アフガニスタンにおける文化遺産の保護事業を長年牽引してきました。とくにバーミヤーン遺跡の保護活動は、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金「バーミヤーン遺跡保存事業」を核として、アフガニスタン、そして各国の研究機関が協力して実施されています。あわせて、このバーミヤーン遺跡の保護活動に関し、各国の専門家間で成果を共有し、保存と活用の方針を議論するための専門家会議を毎年開催しております。本年は、東京文化財研究所とユネスコとの共催で、12月6日から8日にかけて、東京文化財研究所でこの専門家会議を開催しました。
 日本、アフガニスタン、ドイツ、フランス、イタリアの各国、およびUNESCO、ICOMOS、ICCROM等国際機関から専門家が参加しました。壁画の保存や大仏の破片の保護といった継続的な課題に加えて、谷全体に視野を広げ、広域に分布する考古遺跡の調査や景観の保護の問題、博物館や観光面でのインフラ整備に関しても議論しました。

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国際シンポジウム「大仏破壊から10年 世界遺産バーミヤーン遺跡の現状と未来」

シンポジウムにおける討論
シンポジウムにおける討論

 東京文化財研究所文化遺産国際協力センターは、文化遺産保護分野における日本の協力やその方向性を考えるために、アジアの各地域を対象として国際会議を実施しております。本年は、アフガニスタンにおけるバーミヤーン大仏の破壊から10年という節目を迎えることから、日本をはじめ、各国が協力して実施している「バーミヤーン遺跡保存事業」の成果を総括し、またその活動を広く一般に公表すべく、国際シンポジウムを開催しました。シンポジウムは、12月9日(奈良文化財研究所と共催、於東京国立博物館平成館大講堂)、および12月11日(奈良文化財研究所、龍谷大学アジア仏教文化センター・龍谷ミュージアムと共催、於龍谷大学アヴァンティ響都ホール)に開催されました。
  これまでは、破壊された大仏の再建問題や大崖の仏教石窟に関心が集中していましたが、近年の開発にともなう谷全体の遺跡の保護や景観保護についても問題を提起し、バーミヤーン遺跡保護における課題と今後の日本の国際協力について皆さんと考える有意義な機会となりました。

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文化庁「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」による、アフガニスタン情報文化大臣の招へい

東京藝術大学におけるバーミヤーン壁画片の保存修復成果見学

 東京文化財研究所は、文化庁による「外国人芸術家・文化財専門家招へい事業」の枠組みにおいて、アフガニスタン・イスラーム共和国より、サイイド・マフドゥム・ラヒーン情報文化大臣を、12月4日~8日にかけて招へいしました。
 ラヒーン大臣は、12月5日、中川正春文部科学大臣を表敬訪問し、これまでの文化遺産保存に対する日本の協力に感謝の意を述べるとともに、今後の継続的な日本の支援を求めました。6日には、「バーミヤーン遺跡保存事業専門家会議」に参加し、日本および各国が実施するアフガニスタンの文化遺産保護活動の最新の成果に関して意見交換を行ったほか、東京藝術大学が実施したバーミヤーン仏教石窟壁画片の保存修復成果を見学しました。さらに、日本を代表する木造建築遺産である日光東照宮において、日光社寺文化財保存会の協力を得て修理現場を見学しました。
 以上の活動を通じて、ラヒーン大臣から日本が行う文化遺産保存修復協力に対して、きわめて高い評価と賛辞を得ることができました。同大臣の招へいは、未だに内戦が続くアフガニスタンにおける今後の文化面での復興にむけて、日本との協力関係をさらに緊密にする機会となりました。

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バハレーンにおける文化遺産国際協力コンソーシアム協力相手国調査

バハレーン文化省とのインタビュー
バハレーン砦と付属博物館
古墳群

 文化遺産国際協力コンソーシアムでは12月16日から23日まで、バハレーンの文化遺産を対象として協力相手国調査を行いました。バハレーンに対する文化遺産国際協力の現況と今後の展開を探るため、現地を訪問し、バハレーン側が求める具体的協力要請項目について検討することが調査の主な目的です。現地では、紀元前2200年頃から作られた古墳群等を中心とする考古遺跡、世界遺産バハレーン砦、バハレーン国立博物館、ムラハク歴史保存地区を訪れ、担当者と面談を行うとともに、情報収集や意見交換を行いました。
 その結果、考古遺跡に関しては発掘後の整備や世界遺産登録後の保護管理のための共同研究、保存科学分野における長期的な技術協力、建造物の保護と修復のための人材育成等が必要であると感じました。今後の日本からの協力の在り方を探るため、関係諸機関と協議しながら、どのような支援ができるのか検討していく予定です。

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