研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


バハレーンにおける歴史的なイスラーム墓碑の3次元計測(第2次)

アブ・アンバラ墓地での調査
再利用されるアブ・アンバラ墓地の墓碑

 東京文化財研究所は長年にわたり、バハレーンの古墳群の発掘調査や史跡整備に協力してきました。令和4(2022)年7月に現地を訪問してバハレーン国立博物館のサルマン・アル・マハリ館長と面談を行った際に、モスクや墓地に残されている歴史的なイスラーム墓碑の保護に協力してほしいとの要請がありました。現在、同国内には約150基の歴史的なイスラーム墓碑が残されていますが、塩害などにより劣化が進行しています。
 この要請に応えた協力活動として、令和5(2023)年には写真から3Dモデルを作成する技術であるSfM-MVS(Structure-from-Motion/Multi-View-Stereo)を用いた写真測量を行い、バハレーン国立博物館所蔵の20基、アル・ハミース・モスク所蔵の27基の3次元計測を完了しました。作成したモデルは、広く国内外からアクセスできるプラットフォームである「Sketchfab」に公開し、墓碑のデータベースとして活用されています。
 令和6(2024)年2月9日から15日にかけて、バハレーン国内の他の墓地にも対象を広げた3次元計測調査を再び行いました。同様に写真測量を行い、アブ・アンバラ墓地の47基、アル・マクシャ墓地の2基、ジェベラット・ハブシ墓地の11基、ジドハフ・アル・イマーム墓地の3基の計測を完了しました。これらの墓碑は、過年度と異なりイスラーム教徒の墓地内に位置しており、一部の墓碑は現代の墓に再利用されていました。
 墓碑の寸法、形状、碑文に関する情報が合わさった3Dモデルによる100基以上のデータベースはこれまで例がなく、墓碑の記録保存に加えて、本調査の成果がイスラーム墓碑研究にも役立つことが期待されます。

令和5(2023)年地震で被災した博物館・文化遺産救援に向けたトルコ現地調査

被災、倒壊し仮囲いが設置された歴史的建造物(ハタイ)
倒壊した城壁等の修復工事が進められているガズィアンテプ城
専門家会議の様子

 東京文化財研究所では、令和5(2023)年度緊急的文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)「トルコにおける文化遺産防災体制構築を見据えた被災文化遺産復興支援事業」を文化庁から受託している文化財防災センターとともに、本事業に参加しています。本事業は、令和5(2023)年2月6日に発生したトルコ・シリア地震により被災した博物館や文化遺産の救援支援を第一の目的とするものです。それに加え、日本における被災文化財救援の経験や文化財防災の蓄積をトルコと共有することで、トルコにおける文化遺産防災体制の構築、充実化に向けた支援にもつなげてゆくことを見据えています。
 2023年11月28日〜12月7日、当研究所と文化財防災センターとの合同チームがトルコを訪問し、被災地視察、両国の文化財防災に関する情報交換(専門家会議の開催)、今後の連携に向けた意見交換を行いました。
 被災地視察では、ハタイ、ガズィアンテプ、シャンルウルファの博物館、文化遺産等を巡り、被災後の対応及び現状、課題について各博物館職員らからの聞き取り、今後の支援のニーズ調査を行いました。現在、被災した博物館では応急的な対応が進められており、今後、被災した収蔵品や建物の本格的な修理等が進められる見込みということです。なお、シャンルウルファでは地震翌月の3月上旬に大雨による洪水が発生しており、同地の博物館では地震被害は比較的軽微だったものの、浸水による大きな被害が生じています。
 専門家会議は、アンカラのトルコ共和国文化観光省において同省との共催にて実施しました。日本側からは、日本国内における文化財防災の概要を紹介した上で、東日本大地震をはじめとした被災文化財救援の取り組みや博物館における災害予防の取り組みを報告しました。トルコ側からは、この度の地震による文化財被害や対応の概要、博物館における災害予防の取り組み等をご報告いただきました。今後、両国間での協議を重ね、具体的な支援内容を検討していくとともに、文化財防災にかかる共同研究を進めていく予定です。

バーレーン王国における文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ開催

写真測量による3Dモデル作成に取り組む受講者
写真測量による3Dモデル作成に取り組む受講者

 文化遺産国際協力センターでは、令和5(2023)年12月24~27日の4日間にわたって、バーレーン王国の文化遺産担当の専門職員らを対象に、3Dデジタル・ドキュメンテーションの技術移転とその後の活用方法の事例紹介・意見交換を目的としたワークショップを開催しました。バーレーン王国では、文化遺産の記録や保護と活用に関する様々な課題を解決していくための一つの方法として、3Dデジタル・ドキュメンテーションの導入を進めようとしています。本ワークショップは、そのための技術移転の要請を受け、令和5年度文化遺産国際協力拠点交流事業(文化庁)として実施しました。
 受講者は総勢15名で、それぞれ博物館学、保存科学、保存修復、考古学、建築学など様々な専門分野をもち、うち2名は近隣のアラブ首長国連邦とクウェートからの参加でした。
 3Dデジタル・ドキュメンテーションの各手法について講義を受けた後、受講者はそれぞれ博物館の展示品から1つを選び、写真測量により自分自身で1から3Dモデルを作成する課題に取り組みました。トライ&エラーを自ら経験することで、受講者はモデルを作成し、その後の活用を考えるまでの技術と知識を習得しました。最終日の討論では博物館の展示解説の充実度の向上や、保存修復過程の記録としての利用、デジタル博物館の構想や国内外へのプロモーションへの活用など、作成した3Dモデルを活かしていくための各自のアイデアが積極的に話し合われました。バーレーン王国に限らず、湾岸諸国では豊富な文化遺産が育まれている一方で、文化遺産を保護・活用する人材の不足が懸念されていますが、こうした効率的な手法を学ぶことで、それらの課題の一部が解決されることが望まれます。

「海外調査のための3次元計測実習 中・上級編」の開催

実習風景

 近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashapeやiPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。
 今回は、7月に実施した「海外調査のための3次元計測実習 初級編」に引き続き、3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、11月26日に「海外調査のための3次元計測実習 中・上級編」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが本実習の目的です。
 考古学や保存科学、建築の分野から18名の専門家の方々に参加いただきました。受講生は、Cloud Compareを用いて3次元モデルから展開図や断面図、等高線図、段彩図などを作成する方法を学びました。

バーレーン人専門家を対象にした「日本の博物館、史跡におけるAR、VR、デジタル・コンテンツの活用に関するスタディー・ツアー」の実施

一乗谷朝倉氏遺跡への訪問

 東京文化財研究所は、長年にわたり、中東バーレーンの文化遺産を保護するため、国際協力事業を行っています。
 今回、バーレーン側から、バーレーンの博物館や史跡において、今後、ARやVR、デジタル・コンテンツを充実させていきたいので、ぜひ、日本における活用事例を視察したいという要望が寄せられました。
 そのため、令和5(2023)年の10月10日~15日にかけて、バーレーン国立博物館のサルマン・アル=マハリ館長と、バーレーンの世界遺産登録を担当しているドイツ人専門家のメラニー・ミュンツナー博士を日本に招聘し、「日本の博物館、史跡におけるAR、VR、デジタル・コンテンツの活用に関するスタディー・ツアー」を実施しました。
 今回は、日本の各専門家にお願いし、文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションの概論や、日本の観光名所などにおけるARの活用事例などに関して講義を行っていただきました。また、東京国立博物館や一乗谷朝倉氏遺跡、奈良文化財研究所や平城宮いざない館、国立民族学博物館やNHK、NHKエンタープライズなどを訪問し、日本における最新のARやVRまた超高精細3DCGなどのデジタル・コンテンツの活用事例を見学していただきました。
 なお、今回のスタディー・ツアーは、「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として実施したもので、12月にはバーレーン国立博物館において現地の専門家を対象に「文化遺産の3Dデジタル・ドキュメンテーションとその活用に関するワークショップ」を行う予定です。

「海外調査のための3次元計測実習」の開催

3Dモデル作成のために写真撮影を行う受講生

 近年、文化遺産の世界では、Agisoft社のMetashape、iPhoneのScaniverseなどを用いた3次元計測が急速に普及しています。これらの技術の導入によって、作業時間が大幅に短縮されただけではなく、これまでと比べようのない高精度で文化遺産のドキュメンテーションが可能になってきています。 
 今回は、日本における3次元計測の第1人者である公立小松大学の野口淳氏を講師にお招きし、海外で文化遺産保護に携わる日本の専門家を対象に、令和5(2023)年7月15日~17日にかけて「海外調査のための3次元計測実習」を開催しました。まずは日本の専門家に3次元計測の手法を学んでいただき、各々のフィールドで海外の専門家に普及していただく、これが今回、実習を開催した目的です。 
 考古学や保存科学、建築の分野から25名もの専門家の方々にご参加いただきました。受講生は、3日間の実習において、Agisoft社のMetashapeを利用した3次元計測の技術を学び、iPhoneのScaniverseなども体験しました。 

バハレーンにおける歴史的なイスラーム墓碑の3次元計測

バハレーン国立博物館での調査

 東京文化財研究所は長年にわたり、バハレーンの古墳群の発掘調査や史跡整備に協力してきました。令和4(2022)年7月に現地を訪問してバハレーン国立博物館のサルマン・アル・マハリ館長と面談を行った際に、モスクや墓地に残されている歴史的なイスラーム墓碑の保護に協力してほしいとの要請がありました。現在、同国内には約150基の歴史的なイスラーム墓碑が残されていますが、塩害などにより劣化が進行しています。
 この要請に応えた新たな協力活動の第一歩として、令和5(2023)年2月11日から16日にかけて、バハレーン国立博物館とアル・ハミース・モスク(Al-Khamis Mosque)所蔵の墓碑を3次元計測しました。写真から3Dモデルを作成する技術であるSfM-MVS(Structure-from-Motion/Multi-View-Stereo)を用いた写真測量を行い、バハレーン国立博物館所蔵の20基、アル・ハミース・モスク所蔵の27基の計測を完了しました。石灰岩で作られた墓碑は写真測量との相性が良く、作成した3Dモデルからは写真や肉眼で見るよりもはるかに明瞭に墓碑に彫られた碑文を視認することができます。これらのモデルは、今後、広く国内外からアクセスできるプラットフォームに公開し、墓碑のデータベースとして活用していきます。
 来年度以降、さらにバハレーン国内の他の墓地にも対象を広げて3次元計測作業を進めていく予定です。

国際シンポジウム「考古学と国際貢献:バーレーンの文化遺産保護に対する日本の貢献」および「バーレーン考古学をめぐって」の開催

バーレーンに残るディルムンの古墳群
東京シンポジウムの講演者と参加者

 中東のバーレーンは、東京23区と川崎市をあわせた程度の小さな島国ですが、魅力ある文化遺産を数多く有しています。とくに今から4千年前頃には、バーレーンはディルムンと呼ばれ、メソポタミアとインダスを結ぶ海洋交易を独占して繁栄したことが知られています。この時代だけで7 万5 千基もの古墳が造られ、それらは19世紀末以来、多くの研究者を惹きつけてきました。この古墳群は、2019年にはユネスコの世界文化遺産にも登録されています。
 東京文化財研究所は長年にわたり、ディルムンの古墳群の史跡整備や発掘調査に協力してきました。そして、今年度からは新たに、バーレーンに残されている歴史的なイスラーム墓碑の保存にも協力を開始することとなりました。
 2022年は、日本とバーレーンの外交関係樹立50周年という記念の年にもあたります。そこでこのたび、本研究所は金沢大学古代文明・文化資源学研究所と共催で、国際シンポジウム「考古学と国際貢献:バーレーンの文化遺産保護に対する日本の貢献」(12月11日、会場:東京文化財研究所)と「バーレーン考古学をめぐって」(12月14日、会場:金沢大学)を開催しました。これらのシンポジウムでは、バーレーンの国立博物館館長のほか、バーレーンで発掘調査を行っているデンマーク隊、フランス隊、イギリス隊の隊長、日本の考古学や保存科学の専門家が一堂に会しました。
 東京のシンポジウムではバーレーンにおける各国による発掘調査の歴史や日本の専門家による発掘や保存修復活動が紹介され、金沢のシンポジウムでは各国隊による最新の発掘調査成果がおもに紹介されました。
 本研究所は、今後もバーレーンの文化遺産の保護に様々な形で協力していく予定です。

バハレーンにおける文化遺産保護協力に向けた調査

アブ・アンブラ墓地に残る初期イスラム時代の墓碑

 令和4(2022)年7月22日から25日にかけて、中東のバハレーンを訪問し、新たな協力事業の立上げに向けてバハレーン国立博物館との協議を行うとともに、協力事業の対象とする遺跡等の現状等に関する現地確認を行いました。具体的には、モスクや聖者廟、墓地に残されている歴史的な価値のある初期イスラム時代の石造墓碑について、保護方法の確立に向けた技術面での協力をしてほしいとの要請が同館のサルマン・アル・マハリ館長からありました。バハレーン最古のモスクであるアル・ハミース・モスクやその近傍にあるアブ・アンブラ墓地に残る墓碑の保存環境を確認し、まずはフォトグラメトリとLiDARスキャナーによる墓碑の3次元計測から協力を開始することにしました。
 一方、バハレーン文化古物局と東京文化財研究所に金沢大学古代文明・文化資源学研究所を加えた三者は、バハレーンを含む湾岸諸国の考古学研究および文化遺産保護を促進するため、バハレーン国立博物館内に研究センターを新設し、ここを拠点に国際協力活動を展開することを目指しています。このセンターの設立方針に関してもサルマン館長と協議を行うとともに、駐バハレーン日本大使にも進捗状況を報告し、引き続き緊密に情報共有を図っていくことを確認しました。

オンライン国際研修「3次元写真測量による文化遺産の記録」の実施

オンライン国際研修の様子

 文化遺産国際協力センターでは、ポストコロナ社会における文化遺産国際協力の一手法として、デジタルデータの活用を積極的に取り入れることを念頭におき、令和2(2020)年11月12日および25日に、NPO法人南アジア文化遺産センター(以下、JCSACH)との共催でオンライン国際研修「3次元写真測量による文化遺産の記録」を実施しました。3次元写真測量とは、対象物をデジタルカメラ等で様々な角度から撮影した写真から、対象物の正確な形状の3次元モデルをコンピューター上で作成する技術です。コンパクトデジタルカメラやスマートフォンなど、身近な機材で3次元モデルを作成できるため、文化遺産の現場で実用性の高い記録手法として普及し始めています。今回の研修では、当研究所が協力事業を行っているカンボジア、ネパール、イランの3か国に、JCSACHの協力国であるパキスタンを加えた計4か国を対象として、各国で文化遺産の保護を担う研究者や実務者を研修生に迎えました。
 考古学分野における3次元写真測量の第一人者であるJCSACHの野口淳事務局長が講師を務め、研修生は、第1回目の講義で、3次元写真測量の原理や撮影の方法、ソフトウェアの基礎的な操作を学び、その後、約1週間の自主練習期間中に各自で3次元モデルの作成に取り組みました。第2回目の講義では、研修生がそれぞれ作成したモデルを発表し、さらに、モデルから断面図を作成する方法など、より発展的な内容を学びました。
 ZOOM接続の問題によりイランからの研修生はオンライン参加が叶わず教材提供のみとなりましたが、カンボジア、ネパール、パキスタンの3か国から計24名の研修生が参加しました。3次元写真測量を初めて経験する研修生がほとんどでしたが、講師に熱心に質問する姿が見られ、終了後のアンケートでは、修復現場における遺構の記録あるいは博物館の展示に利用したいといった、それぞれの立場から3次元写真測量データの活用へのアイデアが寄せられました。
3次元写真測量が各国共通の記録手法として定着し、遠隔でも文化遺産の3次元情報を共有することが可能になれば、今後の国際協力事業にも新たな展開が見えてくるのではないかと考えています。

コロナ禍におけるアンコール・タネイ寺院遺跡保存整備のための技術協力の取り組み

東門の基礎構造の補強方法検討図
ICC事務局による東門修復工事の視察(APSARA提供)

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に対する技術協力を継続的に行っています。昨年からはAPSARAと共同で策定した保存整備計画に基づいて、同寺院東門の修復工事に取り組んでおり、APSARAが工事の予算確保や実施を担う一方、本研究所は工事前や工事中の建築調査および考古調査を担うとともに、修復の方法や工程に対する助言や提案を行っています。
 今年に入り、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大により諸外国との往来が困難になる中、3月末以降カンボジアへの渡航も事実上不可能になってしまいました。しかし、カンボジア国内では本格的蔓延に至っておらず、通常の業務が継続されている中、日本側の事情だけでAPSARAの事業計画を中断させるわけにもいきません。そこで4月からは、通常のメールによる連絡のみならず携帯端末のメッセージサービスを積極的に活用してリアルタイムな現場の状況把握に努めるとともに、必要に応じて適宜オンライン会議を開催するなど、手探りながらもICT(情報通信技術)を用いた技術協力の取り組みを進めています。
 令和2(2020)年4月21日、2月から3月にかけて現地で行った基礎構造の強度調査等の分析結果の共有と、これに基づく適切な修復方法や構造補強方針に関する意見交換を目的に、APSARAの修復担当チームとのオンライン会議を開催しました。会議には協力研究者である東京大学生産技術研究所の腰原幹雄教授(建築構造)および桑野玲子教授(地盤機能保全)の参加を得て、専門的見地を交えた踏み込んだ議論を行い、当初構法のオーセンティシティの保存と構造的安全性の両立に向けた修復と補強の基本的な方向性について合意を得ることができました。この基本合意のもと、5月と7月にも、それぞれ基礎構造と上部構造について検討するためのオンライン会議を開催し、現場の最新状況と計画図面等の情報を共有しながらの双方向での議論を経て、現段階で最も適切と考えられる具体的な修復・補強方法を決定しました。
 一方、例年6月にAPSARA本部において開催される、アンコール遺跡国際調整委員会(ICC)技術会合も今年は延期となり、ICC事務局による現場視察のみが行われました。この視察にあわせてAPSARAと本研究所は、上記の検討内容を含む事業計画進捗状況報告書を共同で作成、ICC事務局に提出しました。さらに、ICCの専門委員を務める京都大学大学院の増井正哉教授とのオンライン会議を開催し、目下の検討・計画内容について指導助言を得るとともに、アンコール遺跡の国際協力を取り巻く動向等に関する意見交換を行いました。
 このように、図らずも、ICTによる文化遺産の修復協力の可能性を実感できたことは大きな収穫ではあります。とはいえ、文化遺産の保存は、それぞれに独自の価値を有するもの自体が対象である以上、遠隔での情報の共有や対話だけでは自ずと限界があることも確かです。新型コロナウィルス感染症の流行が収束し、再び自由な往来ができる日が一刻も早く戻ることを願ってやみません。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査IX

基壇の解体
コアサンプリング

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業への技術協力を継続しており、令和元(2019)年9月より、同遺跡保存整備計画の一環として、東門の修復工事をAPSARAと共同で進めています。令和2(2020)年2月26日から3月18日にかけて、3次元レーザースキャナーを用いた東門基壇の記録および基礎構造の強度調査等を目的に、職員および外部専門家計4名の派遣を行いました。
 2月27日から28日まで、上部構造の解体により露出した基壇および発掘調査を行った基壇外側入隅部の状態を正確に記録するため、東京大学生産技術研究所(東大生研)の大石岳史准教授の協力のもと、3次元レーザースキャナーを用いた基壇の計測を行いました。こののち、基壇内部盛土層の平板載荷試験、およびラテライト下地材等の一軸圧縮試験を予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で外部専門家の派遣を中止せざるを得なくなり、現地では2019年12月に続く第2回目の簡易動的コーン貫入試験のみを実施しました。
 簡易動的コーン貫入試験は、基壇内部盛土層と基壇外縁部の基礎地業層を対象として計11カ所で実施したところ、基壇内部盛土については壁直下部の方が室内中央部(床下)より概して大きい数値を示しました。この要因としては、試験時の気候の違いが影響している可能性はあるものの、壁直下では長期的な建物の自重により版築が締め固められ、現状で上部荷重を支持するのに十分な強度を有していることが推測されます。併せて、最下層の基礎地業を含む断面構造確認のため、ハンドオーガーによるコアサンプリングも行いました。
 後日、3種類の試験体(既存のラテライト旧材、今回修復で劣化部の置換に使用するラテライト新材、据付調整用のライムモルタル)について、東大生研の桑野玲子教授、大坪正英助教の協力のもと、一軸圧縮試験等を行った結果、ラテライト旧材と新材とで顕著な強度差はないことなどが判りました。
 世界的な新型コロナウイルス感染拡大により、当研究所が実施する国際協力事業も未曾有の状況が続いていますが、オンライン会議やデジタルデータ等を積極的に活用しながら、ひきつづき綿密な協力体制を維持できるよう模索しています。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査VIII

ICCの様子
動的コーン貫入試験の様子

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。令和元(2019)年12月1日から21日にかけて、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)における同遺跡東門解体工事の経過報告と、同門基壇部や床面にみられる不同沈下の原因調査のため、職員および外部専門家計6名の派遣を行いました。
 12月10から11日にAPSARA本部で開催されたICCでは、同機構のセア・ソピアルン氏とともに報告を行い、4名の専門委員による現地調査結果も含めて、解体時の調査成果を活用しながら今後の修復工事を進めていくことが承認されました。また、APSARA機構担当者やカンボジア国内外の専門家と意見交換を行い、最新の情報を収集しました。
 不同沈下の原因調査では、旧地表面を検出した後、東門基底部の状態確認のため、南東入隅と北西入隅の2カ所を基礎下端まで掘り下げました。その結果、同門基礎は整形の粗い砂岩の外装とラテライトの下地、内部の盛土で構成されていることが確認できました。また、基礎全体が肌理の細かい砂による人工の土層の上に据えられていることが確認されました。この砂層は、建物の建設に伴う基礎安定化のための地業層と考えられ、他の寺院遺跡でも同様の事例が報告されています。
 また、床面の石材を部分的に取り外し、東京大学生産技術研究所・桑野玲子教授らの協力のもと、動的コーン貫入試験装置を用いた基礎盛土の耐力調査を行いました。その結果、外装下地のラテライトの脆弱性および基礎盛土の強度が場所によって異なることがわかり、それが不同沈下の原因の一つと推測されます。
 今回得られた調査成果を基に、東門の本格的な修復へ向けて、基礎構造の改善方法等を検討していきます。

博物館の環境管理に関するイラン人専門家研修III

東京文化財研究所における講義
国立民族学博物館における講義

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年3月にイラン文化遺産手工芸観光庁およびイラン文化遺産観光研究所と趣意書を取りかわし、5年間にわたって、同国の文化遺産を保護するためさまざまな学術分野において協力することを約束しました。
 平成28(2016)年10月に実施した相手国調査の際、イラン人専門家から、首都テヘラン市では大気汚染が深刻な問題となっており、その被害が文化財にもおよび、イラン国立博物館に展示・収蔵されている金属製品の腐食が進行していると相談されました。そこで、イランにおける博物館の展示・収蔵環境の改善を目指し、平成29(2017)年度より研修事業を実施してきました。
 令和元(2019)年度も、イラン文化遺産観光研究所から2名、イラン国立博物館から2名、計4名のイラン人専門家を日本に招聘し、11月25日から29日にかけて、研修事業を行いました。 
 まず、東京文化財研究所において、佐野保存科学研究センター長と呂俊民先生が中心となり、博物館環境に関する講義を行ったほか、昨年度、イラン国立博物館で実施した大気汚染調査の成果に関して報告を行いました。また、佐藤生物科学研究室長と小峰アソシエイトフェローが中心となり、文化財の生物被害防止に関して講義を実施しました。
 その後、京都国立博物館と国立民族学博物館などを訪問しました。京都国立博物館では降幡順子先生に防災対策について講義していただき、同館の防災システムを見学しました。国立民族学博物館では、日髙真吾、和髙智美、河村友佳子、橋本沙知の各先生方に、同館における環境管理や空調管理、生物被害対策などについて講義していただいたほか、展示室や収蔵庫を見学しました。ご協力いただいた各位および各機関に改めて御礼申し上げます。
 東京文化財研究所は、今後もイランの文化遺産を保護するための協力活動を行っていく予定です。

シリア人専門家研修「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」の実施

東京文化財研究所における座学の様子
熊本市新町・古町地区復興状況の見学

 中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結を見ぬまま既に8年の月日が経過しています。人的被害は言うまでもなく、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
 日本政府と国連開発計画(UNDP)は、平成29(2017)年から文化遺産分野におけるシリア支援を開始しました。平成30(2018)年2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れて考古学や保存修復分野において様々な研修を行っており、東京文化財研究所もこの事業に参加しています。
 昨年5月に「紙文化財の保存修復」研修を実施したのに続き、今年度はシリア人専門家2名を招聘して7月24日から8月6日まで約2週間にわたり、「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」をテーマとする研修を実施しました。
 シリア紛争下では、古都アレッポなど多くの歴史的都市が戦場となり、数多くの歴史的建造物が被災しました。研修の前半では、歴史的建造物の破損状況調査や応急処置、構造安全性診断の方法、ドキュメンテーションやデータベースの作成方法、さらには復興計画の策定方法や復興・保存体制の構築方法に関して、各分野の専門家7名を講師とする座学を行いました。これに続く後半では実地研修として、熊本城や新町・古町地区、熊本大学や重文江藤家住宅など、平成28(2016)年の熊本地震で被災した歴史的建造物および町並みの復興状況を見学するとともに、現場担当者のお話を伺いました。さらに、京都や奈良の伝統的建造物群保存地区も訪れ、日本の歴史的建造物の修理・活用事例等についても学んでもらいました。
 最後になりますが、今回研修にご協力いただいた専門家および関係機関・担当者各位に改めて御礼を申し上げます。
 東京文化財研究所は、今後もシリア文化財支援活動を継続していく予定です。

国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」の開催

講演者一同

 平成31(2019)年4月13日(土)に、東京文化財研究所文化遺産国際協力センターは、特定非営利活動法人メソポタミア考古学教育研究所(JIAEM)とともに、国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」を開催しました。
 これは、復興に向けて動き出したイラクにおいて、歴史教育や文化遺産保護の分野で、どのような支援が望まれているかを具体的に把握することを目的としたものです。
 当日のプログラムは、まずJIAEM代表の小泉龍人先生が、平成29(2017)年春にイラクに渡航して実見したメソポタミア文明の遺跡の現状について報告を行いました。続いて、東京文化財研究所の安倍は同研究所が長年実施してきたイラク人専門家研修に関して、国士舘大学の小口裕通先生は同大学が昭和44(1969)年から行ってきたイラク考古学調査に関して発表しました。京都造形芸術大学の増渕麻里耶先生とJIAEMの榊原智之先生も、それぞれ文化遺産保護分野での人材育成の重要性と考古学教育支援の在り方に関して講演を行いました。
 また、ゲストとして、メソポタミア文明発祥の地ナーシリーアにあるズィー・カール大学から教育学の専門家であるイマード・ダウード先生とナイーム・アルシュウェイリー先生をお迎えしました。イマード先生とナイーム先生からは、現地の学生や教員がメソポタミア文明の遺産をどのように認識し、どのような支援を日本に求めているか、に関して講演が行われました。
 最後に、お二人を交えた総合討論では、イラクでの文化遺産の保護や歴史教育また人材育成に対し、どのように日本が関わるべきなのか、活発に議論が行われました。今回のシンポジウムが戦後イラクの復興に対する国際協力の第一歩になることを願っています。

博物館の環境管理に関するイラン人専門家研修II

博物館の環境管理に関する講義
イラン国立博物館図書室における虫害調査

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年3月にイラン文化遺産手工芸観光庁およびイラン文化遺産観光研究所と趣意書を取りかわし、以後5年間にわたって、同国の文化遺産を保護するため様々な学術分野において協力することを約束しました。
 平成28(2016)年10月に相手国ニーズ確認のため実施した予備調査に際し、首都テヘラン市における深刻な大気汚染の状況を目のあたりにするとともに、その被害が文化財にも及び、イラン国立博物館に展示・収蔵されている金属製品の腐食が進行している可能性があるとイラン側から相談されました。そこで昨年度は、イランから専門家2名を日本に招聘し、博物館の環境管理に関する研修とスタディー・ツアーを実施しました。
 今年度は、現地での研修として、当該分野に詳しい佐野保存科学研究センター長と呂俊民先生を中心に、博物館の環境管理に関する講義をイラン国立博物館にて2日間にわたって行いました。講義では、環境汚染に関係する化学物質の測定方法や分析方法、室内空調に関して説明し、日本から持参した機材を用いて測定方法の実演なども行いました。また、現地専門家も、これまでイランで行われてきた大気汚染のモニタリングとその結果に関して発表を行いました。この講義には、周辺の博物館などから20名以上の現地専門家が参加し、好評を博しました。
 また、今回、同博物館の内外に環境計測機器を設置し、大気汚染の実態を調査しました。その結果、大気汚染が博物館の収蔵品・展示品に影響を与えているのはほぼ間違いないことがわかり、今後、具体的な対策方法と助言をまとめた報告書を作成して、博物館側に提出することになっています。
 一方、同博物館の図書室における虫害の相談も寄せられたことから、アソシエイト・フェローの小峰を中心に被害の実情を調査しました。イランでは、建物におけるシロアリの被害が深刻です。今回の調査では、図書室の壁に蟻道が確認されましたが、蟻道は古いもので現在進行中のものではありませんでした。シロアリ以外の害虫の生息についても調べるため、日本から持参した粘着トラップを設置し、モニタリングを継続してもらっているところです。
 イランの文化遺産保護のため、来年度もさまざまな分野で協力を継続していく予定です。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査IV

出土したテラス状遺構西翼部

 東京文化財研究所は、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力しています。平成30(2018)年8月20日~10月7日の間、昨年度から通算で第4次となる考古学的発掘調査を同遺跡において行いました。
 今回は、これまでに出土した東バライ貯水池土手上のテラス状構造物の継続調査、および同遺構と寺院東門との間に存在したと推測される参道の発掘調査の2点を主目的として、APSARA機構のスタッフと共同で実施しました。
 テラス状構造物は、調査区を西方へ拡張した結果、昨年度検出された東翼部分に加え、東西6m、南北2.5mの規模の西翼部分が出土しました。上面の石材が欠失していましたが、基礎は全周が存在し、これによって同遺構は東西に18mの規模であることが明らかとなりました。類例より、本来は南北にも同様の翼が付属した十字形を呈するものと推測され、今後さらなる解明が期待されます。
 参道に関しても、昨年度の調査区をさらに拡大することで、参道の幅員およびその両脇の様子を明らかにすることを試みました。その結果、路面の幅は約11mで、両側はこれより50cmほど高くなっており、そこには何らかの施設が存在していたと考えられます。
 今後は遺跡を訪れる観光客のための解説板の作成なども計画しており、学術調査と並行して、公開・活用のための整備も進めていく予定です。

シリア人専門家を対象とする紙文化財保存修復研修の実施および同国文化遺産関連資料の提供

紙文化財保存修復研修
シリア文化遺産関連資料の提供

 中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結をみないまま既に7年の月日が経過しています。人的被害のみならず、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
 日本政府とUNDP(国連開発計画)は、平成29(2017)年から文化遺産分野においてシリア支援を開始し、平成30(2018)年の2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れ、考古学や保存修復分野に関するさまざまな研修が始まっています。
 東京文化財研究所も、平成30(2018年)5月15日から30日までの2週間にわたり、シリア人専門家2名を日本に招聘して紙文化財の保存修復に関する研修を実施しました。国立国会図書館および国立公文書館の協力のもと行ったこの研修では、文書資料や書籍などの基本的な修復方法や保存方法を学んでもらいました。
 一方、平成30(2018)年1月には、シリア北西部にあるシロ・ヒッタイト時代の神殿址アイン・ダーラ遺跡が空爆され深刻な被害が生じたというニュースが報道されました。この遺跡では、平成6(1994)年から平成8(1996)年にかけて、東京文化財研究所が保存修復事業を行っていました。そこで、この事業を率いた西浦忠輝名誉研究員から当時の関係資料を提供いただき、今後の同遺跡の修復に役立ててもらうべく、上記研修に招聘したシリア人専門家を通じてシリア古物博物館総局に提供しました。また、併せて東京文化財研究所が所蔵する、和田新が昭和4(1929)年から翌年にかけてアレッポやダマスカス、パルミラなどを撮影した貴重な古写真のデータも提供しました。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査III

出土したテラス状構造物
測量調査の様子

 東京文化財研究所は、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成30(2018)年3月8日~22日の間、同遺跡において今年度3回目となる考古学調査および周辺の測量調査を実施しました。
 今回の発掘調査は、平成29(2017)年12月の第二次調査において出土した、東バライ貯水池土手上のテラス状構造物のさらなる解明を主目的として、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。
 調査の結果、この構造物は全体が十字形を呈するようにラテライトの切り石が敷かれており、東西13.8m、南北11.9mの規模を持つことが明らかとなりました。さらに、付近からは多くの瓦が出土し、石敷き上には柱穴と思われる多くの穴や窪みが確認されたことから、このテラス状構造物上にはかつて木造建造物が存在したと推測されます。テラス状構造物は寺院の東西軸上に位置していることから、今後は両者の関係を明らかにするべく調査を続けていく予定です。
 同時に、遺跡周辺において、トータルステーションを用いた測量調査も行いました。今回収集したデータを基に、詳細な地形図を目下作成中で、本遺跡の保存整備への有効な活用が期待されます。また、この測量調査に際しては、APSARA機構スタッフへの指導・技術移転も同時に行いました。学術的な調査とともに、このような技術的な支援も継続していきます。

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