ユネスコ無形文化遺産の保護に関する政府間委員会の傍聴
標記の委員会が令和5(2023)年12月5日~8日、ボツワナ共和国のカサネで開催され、東京文化財研究所から無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美と文化財情報資料部文化財情報研究室長・二神葉子が傍聴しました。ボツワナ共和国は南アフリカ共和国の北に位置していて、カサネはチョベ国立公園の北部の玄関口として知られ、野生動物が多く暮らす自然豊かな小さな町です。
会場は、この会議のために設営されたパビリオンで、外でイボイノシシ親子が草を食むのどかさでした。この長閑さとリンクしたわけではないでしょうが、たびたびジョークで会場の雰囲気を和ませた議長H.E. Mr Mustaq Moorad 氏(ユネスコ代表部大使/ボツワナ共和国)のもとで、議事は穏やかに進行しました。今回の委員会では、緊急に保護する必要がある無形文化遺産一覧表に6件、人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)に45件の記載が決まり、4つのプログラムをグッドプラクティスに選定しました。これらの案件には、委員会に対して決議内容の勧告を行う評価機関も全て記載・選定を勧告しており、このことも会場の和やかな雰囲気作りに大いに貢献しました。詳細は令和6(2024)年3月
刊行予定の『無形文化遺産研究報告』18号で二神より報告予定ですが、ここでは委員会を通して感じたことを三つ挙げておきたいと思います。
まず、複数国による共同提案の多さです。日本にはまだ、他国と共同で一覧表への記載を提案した経験がありませんが、今回代表一覧表への記載が決まった45件のうち、12件が複数国による共同提案でした。この傾向はここ数年顕著で、今後も続きそうです。
二番目には、会場で流される映像に共通した傾向です。委員会で記載が決まると、多くの場合、会場前方スクリーンに当該無形文化遺産の短い映像が流れるのですが、それらの映像の多くに持続可能な開発目標(SDGs)が巧みに盛り込まれていたのが印象的でした。特に「ジェンダー」、「教育」、「海洋資源」または「陸上資源」は、多くの映像でストーリーとして繋がって映し出され、その無形文化がSDGsの取り組みの上に成り立っている、あるいはその無形文化の継承がSDGsの取り組みに直結しているということが強調されていると感じました。
三つ目に、サイドイベントの醍醐味を肌で感じました。会場に隣接していくつもの小さなパビリオンが仮設され、そこでは「ここぞ」とばかりに自国の文化発信や関連する文化保護の活動報告・ディスカッションが繰り広げられます。舞踊や音楽の公演、工芸技術の実演やワークショップ、関連NGO団体の活動成果発信も活発です。政府間委員会には、委員国だけでなく無形文化遺産に関心の高い文化財行政や研究機関、NGOの関係者が世界中から参加するのですから、こうした場を通じて自国の文化を発信し、彼らのアンテナに訴えるには、サイドイベントは非常に効果的です。
この政府間委員会は、無形文化遺産の国際的な協力・援助体制を確立するための重要な会議ですが、無形の文化遺産を各国がどのように捉えているのかを多角的に知る、恰好の情報収集の場でもあると感じました。
第17回無形文化遺産部公開学術講座「宮薗節の魅力を探る」の実施
令和5(2023)年11月22日、東京文化財研究所地下セミナー室・地下ロビーで第17回無形文化遺産部公開学術講座「宮薗節の魅力を探る」を開催しました。
まず前半では、無形文化遺産部無形文化財研究室長・前原恵美より趣旨説明を行い、その後、古川諒太氏(東京大学大学院博士後期課程)、半戸文氏(しょうけい館戦傷病者資料館)、無形文化遺産部特任研究員・飯島満、無形文化遺産部研究員・鎌田紗弓、前原より、音声・映像記録も用いながら発表を行いました。
後半は、座談会「宮薗千碌さん・千佳寿弥さんに聞く」と題し、 宮薗千碌氏と宮薗千佳寿弥 氏(以上、国の重要無形文化財「宮薗節」保持者[各個認定])に、宮薗節の特徴や習得のエピソード、周辺の邦楽ジャンルとの関係についてお話を伺ったほか、事前に提出された参加者からの質問にもお答えいただきました。その後、当研究所で継続的に実施している実演記録「宮薗節」より『夕霧』(抜粋)を上映しました。
また今回の講座では、宮薗三味線の体験や三味線製作者・竹内康雄氏によるミニ解説、一般財団法人古曲会や宮薗千碌氏・千佳寿弥氏に拝借した資料や楽器等に当研究所の関連資料を加えた展示、当研究所で取り組んでいる実演記録「宮薗節」のポスター展示等も行い、宮薗節をより立体的に知っていただく工夫を試みました。当日のアンケートでは、今回初めて当研究所を知った、宮薗節に初めて触れた、などの回答が複数寄せられ、本講座が伝統芸能との出会いの場になったという実感を得ることができました。
今後も無形文化遺産部では、無形文化財の魅力を、最新の研究成果とともにわかりやすく伝えられる取り組みを継続していきます。なお、本講座の様子を記録した映像は編集後に期間限定配信、報告書は各発表や資料紹介を充実させて次年度刊行・PDF公開予定です。
実演記録「宮薗節(みやぞのぶし)」第九回の実施
令和5(2023)年10月31日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室で、宮薗節の記録撮影(第九回)を行いました。
国の重要無形文化財・宮薗節は、江戸時代中期に上方で創始され、その後は江戸を中心に伝承されてきました。今日では、一中(いっちゅう)節・河東(かとう)節・荻江(おぎえ)節とともに「古曲」と総称され、演奏の機会もあまり多くはありません。無形文化遺産部では、平成30(2018)年より、実演記録「宮薗節」を継続的に行っており、伝承曲を省略せずに全曲演奏でアーカイブしています。
今回は、宮薗節のレパートリーの中でも「新曲」に分類される十段の中から、《薗生(そのお)の春》と《椀久(わんきゅう)》を収録しました。前者は、明治21(1888)年に宮薗節独立を記念して作られた作品で、宮薗節には珍しい華やかな三味線の替手(かえで)が入ります。後者はさらに新しく、昭和24(1949)年に作られた作品です。大坂新町の豪商・椀屋久兵衛(わんやきゅうべえ)(通称椀久)と新町の遊女・松山の悲恋の物語で、ここでは椀久の物狂いの様が描かれます。演奏はいずれも宮薗千碌(せんろく)(タテ語り、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千よし恵(ワキ語り)、宮薗千佳寿弥(せんかずや)(タテ三味線、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗千幸寿(せんこうじゅ)(ワキ三味線)の各氏です。
無形文化遺産部では、今後も宮薗節の古典曲および演奏機会の少ない新曲の実演記録を実施予定です。
伝統楽器をめぐる文化財保存技術と原材料の調査@韓国
このたび無形文化遺産部と保存科学研究センターでは、日本と同様、伝統的な管楽器に竹材を用いる韓国で、竹材確保の現状や、日本で内径調整のために伝統的に用いられている漆の確保、技術伝承について共同で調査を行いました。
今回の調査によれば、韓国では宅地や商業地開発に伴う竹伐採が盛んで、竹材は今のところ潤沢に供給されているとのことでした。ただし伝統的な管楽器・テグム(竹製の横笛)に用いるサンコル(双骨竹または凸骨。縦筋の入った竹)のように特殊な竹の供給は不安定なため、国楽院楽器研究所が竹を薄い板状にして圧着した材を開発し、特許を取得して技術公開しています。ただしこの素材もまだ楽器製作者やテグム演奏家に浸透するにはいたっていないとのことで、引き続きの課題も垣間見えました。
漆については、中国からの輸入が多い現状を打破し韓国国内での漆液の生産・需要量を上げようと、従事者への保護が手厚い点が印象的でした。漆芸品の修復に使用する用具・材料に関する問題は日本ほど生じていないようで、特に加飾材料として用いられる螺鈿貝の加工・販売会社は韓国国内に十数店舗以上あるとのことでした。
韓国では管楽器への漆の使用は一般的ではありませんが、かつてはテグムの管内に朱漆を塗っていたそうで、現在も装飾的な意味合いで朱漆を塗ることがあるとのこと。管内に漆を塗っていた本来の理由が気になるところです。
また、日本では管内に漆を塗り重ねながら内径を調整しますが、韓国ではより肉厚で繊維の密な竹の内径を削りながら内径を調整することがわかりました。漆を塗り重ねて内径を狭めながら調整する日本と、厚みのある竹の内側を削り広げながら内径を調整する韓国。両国で調整方法が対照的なのは興味深く思われました。
本調査に際しては、韓国の国立無形遺産院のご協力もいただきました。日本で生じている原材料確保や保存技術継承の課題を、原材料の共通する他国と比較し、それぞれの技術の特性を知り、課題解決のヒントを得られるような調査研究を続けたいと思います。
箏の構造調査を多角的に―邦楽器製作技術保存会、九州国立博物館と連携―
無形文化遺産部では、伝統芸能の「用具」である楽器の調査研究も行っています。このたび、国の選定保存技術「箏製作 三味線棹・胴製作」の保存団体である邦楽器製作技術保存会、東京文化財研究所と同じ国立文化財機構の九州国立博物館と連携して、江戸時代後期から大正期にかけて製作されたと考えられる箏(個人所蔵)の構造調査を開始しました。楽器製作によって演奏者と観客を繋いできた知見と視点、博物館科学の文化財内部を非破壊調査する技術と視点、無形文化財の楽器学や音楽史研究の視点を総合し、箏の構造を多角的に明らかにしようとしています。
8月29日に九州国立博物館で箏のX線CT撮影を行いましたが、撮影直後に画像を確認しているところから、さっそくこの連携ならではの気づきもいくつかありました。例えば、箏の内側の底に切り込みが見つかると、それがかつてその工程に使われていた鋸の刃が入りすぎた跡と推測されたり、その跡を一部だけ埋木で補っているように見える点について意見を交わしたり。
この調査はまだ始まったばかりですが、異なる立場からの見解を持ち寄ることで、箏の製作技術や意図、その集大成としての箏の構造について、新たな側面が見えてくるのではないかと期待が膨らみます。今後は、撮影した画像の詳細な検討を進めるとともに、この箏の出自を精査し、製作者が同じ可能性のある他機関所蔵の箏と比較することで、構造や製作技術の特徴を明らかにしたいと考えています。
北上川河口のヨシ再生調査―篳篥の蘆舌原材料
無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料調査の一環として、篳篥の蘆舌に使用されるヨシの調査を行っています。このたび、ヨシの産地である宮城県石巻市・北上川河口にて調査を実施しました。調査の目的は、第一に当地のヨシの特性を知り、篳篥の蘆舌に適しているかを調査すること。第二に、東日本大震災で被災した当地のヨシ再生のプロセスや現状を知り、篳篥の蘆舌に適するヨシの産地として知られる淀川河川敷での「ヨシ再生」に活かせることはないか調査すること。
調査では、ヨシ原保全活動に取り組む(有)熊谷産業を訪ね、ヨシ原の現状を聞き取るとともに、蘆舌の原材料となりそうな外径のヨシを提供していただきました。熊谷産業は、社寺建築や和風建築の伝統的な工法による屋根工事を手掛ける会社で、国指定重要文化財保存修理工事も行っています。いただいたヨシは、二名の方に篳篥蘆舌の試作を依頼しました。完成後は試奏による使用感を含め、調査結果をまとめる計画です。
また、北上川を管理する国土交通省東北地方整備局・北上川下流河川事務所や、震災前後のヨシ原調査やヨシ原への理解推進に取り組む東北工業大学教授の山田一裕氏を訪ねました。東日本大震災発生以前、河口には約183haのヨシ原が広がっていましたが、震災で50~60cmの地盤沈下が発生し、浸水によるヨシの枯死が進み、津波が運んだゴミで成長を妨げられ、一時は約87haに減少したと言います。その後、ヨシ原のゴミは地域の方々の協力のもと回収され、現在はヨシ原再生のための移植実験も行われています。震災による被害から自然環境が回復する過程で、地域の人々の理解や協力が自然の回復を後押したと言えるでしょう。
さらに、当地では、「水防法及び河川法の一部を改正する法律」(平成25(2013)年6月)で創設された「河川協力団体制度」により、北上川下流河川事務所と3つの協力団体が情報交換や報告を行って河川や周辺環境を保全する体制が取られています。こうした連携も、ヨシ原再生に効果を上げていると感じました。
無形文化遺産部では、無形文化財、民俗文化財、文化財防災を専門とする研究員が連携し、今後も無形の文化財継承に必要な人・技・モノの現状や課題、解決方法について、包括的な調査研究を実施していきます。
文化財活用センターと協働で実演記録「平家」第五回を実施
継承者がわずかとなり伝承が危ぶまれている「平家」(「平家琵琶」とも)について、無形文化遺産部では、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、記録撮影を進めています。第五回は、令和4(2023)年2月3日、東京文化財研究所 実演記録室で《那須与一》と《宇治川》の撮影を実施しました。
《那須与一》は、那須与一が扇の的を射落として源頼朝から功績を認められたエピソードが有名で、この場面は絵画にもしばしば描かれてきました。そこで今回は新たな試みとして、高精細複製による文化財の活用を推進している、独立行政法人 国立文化財機構 文化財活用センターとの協働で、「平家物語 一の谷・屋島合戦図屏風(高精細複製品)」を演奏者の後ろに設置して撮影しました。《宇治川》は、宇治川を前にして繰り広げられる佐々木高綱と梶原景季の勇壮な先陣争いがテーマです。今回の実演記録では、《那須与一》を菊央氏(前半)と日吉氏(後半)、《宇治川》を田中氏の演奏で記録撮影しました。
伝統芸能である「平家」にルーツを持ち、文学作品としての「平家物語」、さらに絵画などの題材へと展開する文化の広がりが伝わるような発信を、今後とも応用・工夫していきます。
【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム4「伝統芸能と新型コロナウイルス―これからの普及・継承―」の開催
無形文化遺産部では、令和4(2022)年11月25日、東京文化財研究所セミナー室にてフォーラム4「伝統芸能と新型コロナウイルス―これからの普及・継承―」を開催しました。
まず、当研究所無形文化遺産部・石村智、前原恵美、鎌田紗弓が、伝統芸能と教育に関する海外の事例、コロナ禍における伝統芸能の現状とこの一年の経過について報告しました。
続いて、それぞれ異なる立場や枠組みで伝統芸能の普及や継承に取り組んでいる事例について、櫻井弘氏(独立行政法人 日本芸術文化振興会)、布目藍人氏(公益社団法人 芸能実演家団体協議会)、江副淳一郎氏(凸版印刷株式会社、文化庁「邦楽普及拡大推進事業」事務局)、仲嶺幹氏(沖縄県三線製作事業協同組合)からご報告を頂きました。そして事例報告の間には、文化庁「邦楽普及拡大推進事業」採択校で邦楽指導に当たられている岡村慎太郎氏と岡村愛氏による地歌三弦『黒髪』『橋尽し』が演奏されました。
事例報告者と石村、前原による座談会では、伝統芸能の普及・継承に関わる様々な立場の取り組みにおいても、コロナ禍以前から内在していた需要拡大の問題がコロナ禍で顕在化したことを改めて共有しました。また、伝統芸能の普及の上にこそ継承が成り立つとの認識から、様々な立場、枠組みで多様な年代の伝統芸能のニーズに対応しつつ、その情報を共有することで全体として幅広い需要を的確につかみ、シームレスな伝統芸能の普及拡大に繋げる一歩となる、との意見で締め括りました。
なお、このフォーラムはコロナ対策のため、席数を半数に限定して開催しましたが、当研究所ウェブサイトで令和5(2022)年3月31日まで記録映像を無料公開しています(https://www.tobunken.go.jp/ich/vscovid19/forum_4/)。また、年度末に報告書を刊行し、当研究所ウェブサイトで公開する予定です。
第16回 東京文化財研究所 無形文化遺産部 公開学術講座「無形文化財と映像」を開催
令和4(2022)年10月28日(金)、第16回公開学術講座を開催しました。
午前は、講座に先立ち、公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団、独立行政法人日本芸術文化振興会、当研究所で制作した映像を上映しました。
午後の本講座では、まず開催趣旨を説明し(前原恵美無形文化財研究室長)、その後、無形の文化遺産と映像(石村智音声映像記録研究室長)、当研究所における無形文化財の映像記録(佐野真規アソシエイトフェロー)、古典芸能の保存技術(琵琶製作者・演奏家の石田克佳氏、前原)、工芸技術に関する映像記録(瀬藤貴史文化学園大学准教授、菊池理予主任研究員)についての報告を行いました。続いて座談会では、独立行政法人日本芸術文化振興会理事の櫻井弘氏および公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団学芸員の小泉優莉菜氏より、それぞれの機関での無形文化財の映像についてご紹介いただき、その後当研究所研究員を交えて、「無形文化財の映像」の目的や手法、公開について、それぞれの機関による特徴を整理、共通理解を得ました。また、こうした各機関の特徴を相互に理解した上で、無形文化財の多角的な映像記録がアーカイブされ、可能な範囲・方法で公開されていくことにより、無形文化財が俯瞰的に記録されるとの結論に至りました。
今後も無形文化遺産部では、無形の文化財の記録手法、活用について、さまざまな課題を共有し、議論できる場を設けていきます。なお、本講座の報告書は次年度刊行、PDF公開予定です。
無形文化財を支える用具・原材料の調査―篳篥の蘆舌と原材料
無形文化遺産部では、無形文化財を支える用具(付属品を含む楽器、装束等)やその原材料の調査・研究を進めています。
雅楽の管楽器・篳篥の蘆舌(リード)の原材料は、ヨシの中でも河岸や湖沼近くで育つ陸域ヨシで、特に大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧・鵜殿地区は篳篥の蘆舌に適していると言われてきました。ところが、生育状況等の様々な変化により、蘆舌に適した太いヨシが大きく減少しています。無形文化遺産部では、そもそも上牧・鵜殿地区のヨシの、どのような特性が篳篥蘆舌に適しているとされているのか、同じくヨシの産地として知られる西の湖(琵琶湖の内湖)や渡良瀬川遊水地のヨシとの比較調査を、保存科学研究センターと共同で行っています。令和4(2022)年10月13日、その一環として、篳篥奏者・中村仁美氏の協力を得て、上牧・鵜殿地区、西の湖、渡良瀬川遊水地のヨシで篳篥の蘆舌を試作し、その様子を記録撮影するとともに、聞き取り調査を行いました。すでに行ったヨシの外径、内径等の計測に加え、今後は詳細な断面観察等を行い、併せてそれぞれのヨシの特性と篳篥の蘆舌に求められる適性について研究を進める予定です。
なお、篳篥の蘆舌製作は、適した温度に熱したヒシギ鏝でヨシを挟んでゆっくり潰す「ひしぎ」の工程に特徴がありますが、質の良いヒシギ鏝の不足も伝えられており、雅楽を取り巻く用具(蘆舌)、原材料(ヨシ)だけでなく製作に必要な道具(ヒシギ鏝)の入手にも課題がありそうです。
無形文化遺産部では、引き続き、無形文化財の継承に必要な技やモノの現状や課題、解決方法について、包括的な調査研究を実施していきます。
肥後琵琶の伝承および関連資料の最終調査
無形文化遺産部では、肥後琵琶の継承に関わってきた肥後琵琶保存会やその後継者、琵琶を含む肥後琵琶関連資料について調査を開始し、このたび9月7~9日にかけて第三回の調査を実施しました。今回は、晴眼の肥後琵琶演奏者・永柗大悦氏が使用していた琵琶、天草栖本にルーツのある星沢流の継承者だった橋口桂介(星沢月若)氏が使用していた琵琶を、それぞれご遺族が保管されているということで、ご自宅に伺い、調査させていただきました。併せて、ご遺族から生前の永柗氏、橋口氏についてのお話を聞くこともでき、貴重な機会になりました。前者の琵琶は、関連する自筆詞章本や所蔵レコードとともに、同行した学芸員の方を通して玉名市立歴史博物館こころピアに寄贈される運びとなりましたので、今後広く公開され、研究が進むことが期待されます。
このほか、天草の新和歴史民俗資料館、天草市立本渡歴史民俗資料館所蔵琵琶の調査も行い、本調査は今回をもって一つの区切りとすることになりました。今後、若干の補足調査ののち、年度内に報告書を刊行予定です。
肥後琵琶については、毎年持ち回りで一面の肥後琵琶を管理しながら、新年に奉納演奏を続けている集落があることもわかっています。今回は調査が実現しませんでしたが、本調査が、肥後琵琶の伝承状況をつまびらかにする端緒となれば幸いです。
福島県の「会津桐」の調査
無形文化遺産部では、無形文化遺産を支える原材料の調査を継続して行っています。令和4年度からは三菱財団の人文科学研究助成(「無形文化遺産における木材の伝統的な利用技術および民俗知に関する調査研究」)を受け、特に原材料としての樹木の採取・加工の技術に着目し、失われつつあるこれらの技や民俗知を調査・記録し、再評価する研究を行なっています。その一環として7月14日に福島県三島町を訪ね、「会津桐」の生産実態や課題等についての調査を実施しました。
キリは軽くて狂いにくく、調湿性に優れ、さらに熱伝導率が低いという優れた材です。一般には箪笥や下駄の材として知られていますが、楽器の箏の材料としても古くから用いられてきたほか、美術工芸品などの保管に最適の容器として、桐箱なども重宝されてきました。しかし消費者の箪笥離れなどが影響して、国内でのキリ材需要はピーク時の昭和34(1959)年に比べて8分の1程度に縮小しています。さらには輸入材の流通により、ピーク時には供給量に占める国産材の割合が約95%であったのに対し、平成30(2018)年時点では3%程度まで落ち込んでいます(以上、三島町調べ)。会津桐と並び称された南部桐(岩手県)もすでに生産を止め、全国唯一であった秋田県湯沢市の「桐市場」も現在は休止するなど、キリの国産材は、会津桐や津南桐(新潟県)などを数少ない産地で生産しているにすぎません。
このうち会津地方はキリ栽培発祥の地と言われ、明治期に大規模なキリ苗栽培に成功して以来、農家の副業としてキリの原木出荷が盛んに行なわれてきました。こうした歴史を受け、三島町ではキリ材需要が下火になった昭和50年代終わり頃から、町と民間の共同出資による「会津桐タンス株式会社」を設立し、以降、職人の育成や商品開発、販路の開拓、そして近年では町に「桐専門員」を配置して桐苗栽培や植栽の管理、桐栽培マニュアルの作成など、様々な活動を行なってきました。
キリは成長が早く、約30年程度で出荷できる材に成長しますが、下草刈りや施肥、消毒など管理に非常に手がかかることから、かつては家の近くに植栽してこまめに手入れをしたものと言います。現在では約900本のキリが町によって植栽・管理されていますが、スギなどの植林に比べて樹間を大きくとらなければならないことや、病虫害やネズミの害が多いなど、通常の林業とは異なるノウハウが必要とされます。こうした原木の安定供給の試みに加え、現代生活に合った箪笥の提案や、椅子やバターケースなどまったく新しいキリ商品の開発努力も重ねられています。
キリに限らず、国産木材の市場は縮小傾向にあります。無形文化遺産というさらにニッチな用途に供される木材については、需要と供給の双方が著しく縮小しており、いざ材が必要になった時に適材が入手できない可能性が高まっています。研究所としては、栽培管理・加工に要する「手間ひま」を一般に広く知ってもらい、価格に見合った価値があることを理解してもらう取り組みや、産地と技術者・利用者を繋ぐための取り組み、また、原材料の質的な特長を科学的に裏付ける試みなどに、引き続き取り組んでいきたいと考えています。
肥後琵琶の伝承および関連資料の現状調査
わが国では、文化財保護法に基づき「音楽、舞踊、演劇その他の芸能およびこれらの成立、構成上重要な要素をなす技法のうち、我が国の芸能の変遷の過程を知る上に重要なもの」を「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(芸能関係)」に選択しています。令和3(2021)年3月時点で31件が対象となっていますが、そのうち24件は個人の持つ技法を選定しているため、当該者の逝去によって全ての技法が実質的に途絶えている状況です。一方、団体の持つ技法を選定している7件のうち、歌舞伎下座音楽の杵屋栄蔵社中は、リーダーであった三世杵屋栄蔵氏の逝去(1967)により求心力を失っているものの、ほかの6件(鷺流狂言、肥後琵琶、琉球古典箏曲3団体、和妻)は各団体が技法を継承しているとされます。
無形文化遺産部では、「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財(芸能関係)」のうち、肥後琵琶の継承に関わってきた肥後琵琶保存会やその後継者、琵琶を含む肥後琵琶関連資料について、昨年より情報収集をはじめ、今年に入って本格的な調査を開始しています。このたび6月22~24日にかけて第二回調査を実施しました。今回は、前回調査に引き続き、山鹿市立博物館に所蔵されている肥後琵琶奏者・山鹿良之氏(1901.3.20-1996.6.24)の遺品調査を行いました。資料は、山鹿氏が愛用した生活用品から写真、琵琶に至るまで多岐にわたり、その件数は84件(点数はさらに多い)に及びました。また、今回の調査最終日は、偶然にも山鹿氏の命日にあたったため、山鹿氏に師事した後藤昭子氏をはじめ、ごく近しい人たちの間で営まれた法要と琵琶の奉納演奏の場に同席させていただく機会を得ました。
なお、本調査については、三度目の調査を行ったのち、年度内に肥後琵琶の伝承および関連資料の現状調査に関する報告書を刊行予定です。
彫刻用刃物の撮影記録-美術工芸品の保存修理に使用する用具・原材料の記録・調査として-
文化財の修理を持続的に考える上で、修理に用いる原材料や用具の現状を把握することは非常に重要です。これらの原材料や用具を製作する現場では、人的要因(高齢化や後継者不足)および社会構造の変化による要因(経営の悪化や原料自体の入手困難)から生じた問題を多く抱えていることが、平成30年度より毎年文化庁から受託している「美術工芸品保存修理用具・原材料調査事業」で明らかとなりました。これを受けて保存科学研究センターでは令和3年度より、文化財を保存修理する上で必要となる用具・原材料の基礎的な物性データの収集や記録調査を目的とした事業を開始し、文化財情報資料部、無形文化遺産部と連携して調査研究を行なっています。本報告では、製造停止となる彫刻鑿(のみ)の記録調査について報告します。
木彫の文化財を修理する際、新材を補修材として加工することがあるため、彫刻鑿や彫刻刀、鋸が主な修理用具として挙げられます。株式会社小信(以下、小信)は、刃物鍛冶として一門を成していた滝口家が昭和初期に創業し、現在制作技術を継承する齊藤和芳氏に至るまで、彫刻鑿や彫刻刀の製作を続けてきた鍛冶屋です。木彫の修理や制作等に携わる多くの方に愛用されてきましたが、令和3(2021)年の10月に受注を停止し、近く廃業することが表明されました。その製造業務が停止する前に、東京文化財研究所では令和4(2022)年5月23日から27日にかけて、彫刻鑿の製作の全工程と使用した機器・鍛冶道具の映像・写真による記録および聞き取り調査を開始しました。この記録調査には公益財団法人美術院の門脇豊氏、文化庁にもご協力いただきました。
今後、小信の彫刻鑿の製作工程を肌で感じ、眼で見ることは非常に困難になってしまいましたが、彫刻鑿の再現を希望する次代の方に向けて、少しでも手がかりとなるように本調査の記録をまとめていく予定です。
パンフレット『日本の芸能を支える技Ⅷ 能装束 佐々木能衣装』の刊行
無形文化遺産部では、「日本の芸能を支える技」を取り上げたパンフレットのシリーズ8冊目として『能装束 佐々木能衣装』を刊行しました。
「能装束製作」は令和2年度に国の選定保存技術に選定され、佐々木能衣装の四代目・佐々木洋次氏が保持者に認定されました。能装束は、作品や登場人物、流儀の伝承を踏まえつつ、新たな創意を汲んで製作されます。パンフレットでは、「紋紙製作」、「糸の準備」、「織り」、「仕上げ」の工程を、順を追って端的に紹介しています。
なお、技術の調査概要は「楽器を中心とした文化財保存技術の調査報告 5」(前原恵美・橋本かおる、『無形文化遺産研究報告』15、東京文化財研究所、2022)に掲載されています。併せてご参照下さい(追って当研究所のホームページでPDF公開予定)。
また、このパンフレットシリーズは、営利目的でなければ希望者にゆうパック着払いで発送します(在庫切れの場合はご了承ください)。ご希望の場合は、mukei_tobunken@nich.go.jp(無形文化遺産部)宛、1.送付先氏名、2.郵便番号・住所、3.電話番号、4.ご希望のパンフレット(Ⅰ~Ⅶ)と希望冊数をお知らせください。
〈これまでに刊行した同パンフレットシリーズ〉
・『日本の芸能を支える技Ⅰ 琵琶 石田克佳』
・『日本の芸能を支える技Ⅱ 三味線象牙駒 大河内正信』
・『日本の芸能を支える技Ⅲ 太棹三味線 井坂重男』
・『日本の芸能を支える技Ⅳ 雅楽管楽器 山田全一』
・『日本の芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』
・『日本の芸能を支える技Ⅵ 三味線 東京和楽器』
・『日本の芸能を支える技Ⅶ 筝 国井久吉』
第15回公開学術講座「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」の映像記録公開
第15回公開学術講座は、「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」と題し、コロナ禍の状況を鑑みて、映像収録したものを編集し、期間限定で当研究所のホームページより配信しています(5月末まで配信予定)。また、令和4年度には報告書を刊行予定です。
「桜」は日本人に広く親しまれている花で、芸能などでも様々にモチーフとして用いられてきましたが、今回の講座では、「めでたり演じたりする桜」だけでなく、「木材や樹皮などを利用する桜」という観点から桜に着目しました。
まず、桜をはじめとした「様々な樹木利用の現状と課題」について、川尻秀樹氏(岐阜県立森林文化アカデミー)に講演をお願いし、続いて無形文化遺産部研究員から、「民俗世界における樹木利用 ― 桜を中心に ―」(今石みぎわ)と「無形文化財と桜 ―つかう桜、奏でる桜 ―」(前原恵美)の報告を行いました。
その後、胴材に桜の木材が使われている小鼓を取り上げ、藤舎呂英氏(藤舎流囃子方)へのインタビュー「小鼓という楽器の魅力」と小鼓組み立てのデモンストレーション、呂英氏の作曲による演奏『水』を収録しました。そして最後に、川尻氏、呂英氏、今石と前原による座談会で締めくくりました。座談会は登壇者のそれぞれの立場を反映し、桜を含む広葉樹の需要の変化や林業の現状と「多様な森」を守る必要性、楽器の材としての桜の魅力や「本物」の楽器による普及の大切さなど、話題が多岐にわたりました。
今後も無形文化遺産部では、無形の文化財やそれを取り巻く技術、材料について、さまざまな課題を共有し、議論できる場を設けていきたいと思います。
実演記録室(スタジオ)改修工事の竣工
東京文化財研究所では伝統芸能をはじめとする無形文化遺産の実演を、本研究所の施設である実演記録室で記録してきました。実演記録室には、主に映像を記録するのに用いられる「舞台」と、主に録音のために用いられる「スタジオ」の二つの部屋があります。このうち「舞台」では、これまで講談や落語といった演芸の記録を継続的に作成してきたのに加え、近年では宮薗節や常磐津、平家といった伝統音楽の収録も実施してきました。一方で「スタジオ」は老朽化のため近年ではほとんど使用されておらず、また録音のための音響機器も現在一般的となっているデジタル録音に十分対応できるものではありませんでした。そのため令和3年度にスタジオの大規模な改修工事を実施し、令和4(2022)年3月に工事が竣工しました。
改修されたスタジオの最も大きな特徴は、日本の伝統音楽の収録に特化した仕様となっていることです。まず床は檜張りとなっていますが、これは日本の伝統楽器の響きを生かすためのものです。また檜の床の下にはわずかな空間が設けられており、通気性を良くする工夫がなされています。これによってスタジオ内に湿度がこもって床材が曲がったりカビが生えたりするのを防ぐ効果が期待されます。
また壁面については、奥の壁面が緩い角度でジグザグに折れ曲がっていますが、これは日本の伝統音楽を演奏する際に背面に立てられる屏風を意識しています。屏風は見栄えを良くするだけではなく、音を反射させる役割も担っているのですが、このスタジオの奥の壁面もそうした効果をねらっています。加えて奥の壁面には引き戸のような仕掛けが上下三段にわたって設けられていますが、この仕掛けを開閉することで壁面からの音の反射の具合を調整することが出来ます。他にも、壁面には部分ごとに和紙(写真の白い部分)やクロス(写真の黒い部分)など異なる素材が用いられており、音の反射と吸収を調整しています。
そして天井には様々な角度を向いて取り付けられたパネルが取り付けられています。このうちあるものは音を反射させて演奏者に返す役割を持っていますが、あるものは音を吸収して反響を抑える役割を持っています。
現代的な音楽スタジオの多くは、壁面や天井に吸音材が張られ、音の反射が生じにくい作りとなっていますが、これは出来るだけ反響の少ない環境でクリアな音を録音することが求められているためです。しかし演奏者にとっては、反響の少ない環境で音を出すと、自分の出した音が自分に返ってこないので違和感を覚えるといいます。特に日本の伝統音楽はある程度の反響がある環境で演奏されることが多いので、実演を記録するという観点からは普段の演奏時に近い環境で収録することは重要です。しかし一方で、クリアな音を録音するためには反響が少ない環境の方が好ましいのも確かです。この二つの条件を両立させるのは難しいことですが、この新しいスタジオではそれを実現させるべく、演奏者に対して適度に音を返しつつ、可能な限りクリアな音を録音することができるように、巧みに計算された設計がなされています。
今回の改修では音響機器も一新され、今日一般的となっているデジタル録音に対応したものとなっています。この新しいスタジオを使った実演記録の作成は令和4年度から開始予定です。これまで以上の高品質で臨場感あふれる録音を行うことが出来ることを期待しています。
実演記録「平家」第四回、2年振りに再開
日本の伝統芸能である「平家」(「平家琵琶」とも)は、今日では継承者がわずかとなり、伝承が危ぶまれています。そこで無形文化遺産部では、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、記録撮影を進めています。昨年度はコロナ禍の影響で叶いませんでしたが、令和4(2022)年2月4日、2年振りに東京文化財研究所 実演記録室での収録を再開しました。
今回収録したのは、名古屋伝承曲《卒塔婆流》です。この曲で語られるのは、鬼界が島に流された平康頼入道が、千本の卒塔婆を作り、そこに都への望郷の想いを詠んだ二種の和歌を書き付けて海に流すと、そのうちの一本が厳島神社のある渚に打ち上げられ、人手を介して平清盛に渡り、その和歌に心を打たれるというくだりです。聴きどころは、終盤で万葉の歌人・柿本人丸と山部赤人の名を挙げて和歌の素晴らしさを述べる部分で、高音域で語ることが求められます。今回の実演記録では、この部分を菊央氏、田中氏、日吉氏の連吟で収録しています。
「平家語り研究会」は、「平家」の伝承曲の習得だけでなく、伝承の途絶えてしまった曲の復元に取り組んでいることが特徴なので、今後とも伝承曲および復元曲の記録をアーカイブしていく予定です。
無形文化財を支える原材料―上牧・鵜殿のヨシの調査開始
雅楽の管楽器・篳篥のリード(蘆舌)の原材料は、イネ科ヨシ属の多年草「ヨシ」です。特に、河川や湖沼のほど近くで生育する陸域ヨシは篳篥のリードに適していると言われています。この良質な陸域ヨシの産地として知られているのが、大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧・鵜殿地区です。ここでは、ヨシ原の保全、害草・害虫の駆除のために、ヨシを刈り取った後、2月に地元の鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合がヨシ原焼きを実施してきました。ところが、荒天とコロナ禍によりヨシ原焼きが2年続けて中止され、ヨシの生育環境が懸念されていたところ、令和3(2021)年9月頃より、この地域のヨシが壊滅状態に近いという情報が広まりました。
無形文化遺産部では、伝統芸能を支える保存技術や、そのために使われる道具、原材料についても調査を行っています。ヨシは、無形文化財である雅楽を支える原材料として欠かせないとの観点から、このたび、令和4(2022)年2月13日、2年振りに行われたヨシ原焼きの記録調査を実施しました。
今後は、鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合を中心に、ヨシに巻き付いて枯らしてしまうツルクサの除去を行うなどして、ヨシの生育環境を整えていくとのことです。無形文化遺産部としても、文化財の保存に欠くことのできない原材料を再生・確保するための重要な試みとして、引き続きこの動向を注視していく予定です。
【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」の開催
無形文化遺産部では、令和3(2021)年12月3日、東京文化財研究所セミナー室にてフォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」を開催しました。
午前は、当研究所無形文化遺産部・石村智、前原恵美、鎌田紗弓が、ユネスコの「Good Practice」の捉え方、コロナ禍における伝統芸能の現状とさまざまな支援について報告、新たに選定された国の選定保存技術や若手・中堅実演家の動向(蒼天、The Shakuhachi 5)を取り上げて話題を提供し、尺八演奏が披露されました。
午後は、企画・制作者(独立行政法人 日本芸術文化振興会、兵庫県立芸術文化センター)、実演家(能楽シテ方観世流、日本尺八演奏家ネットワーク(JSPN))、保存技術者(藤浪小道具株式会社(歌舞伎小道具製作技術保存会))および文化庁「邦楽普及拡大推進事業」事務局(凸版印刷株式会社)からの事例紹介が行われました。座談会では、コロナ禍の最中にあってもwithコロナを見据え、伝統芸能の現状や取り組みを客観視し、情報共有するとともに、こうした機会を継続的に持つこと自体も「Good Practice」であるとして、締め括りました。
なお、このフォーラムはコロナ対策のため、一部関係者のみの参加となりましたが、当研究所ウェブサイトで令和4(2022)年3月31日まで記録映像を無料公開しています。また、年度末に報告書を刊行し、当研究所ウェブサイトで公開する予定です。