研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」

 令和5(2023)年12月8日、東京文化財研究所にて第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」が開催されました。
 近年、日本全国で民具の再整理を迫られるケースが増え、問題となっています。本来、収集した資料は、その現物を適切に保管・継承していくことが最善であることは言うまでもありません。しかし、特に地域博物館・地方公共団体においては、収蔵スペースや人員、予算の削減などに伴って、廃棄を含む再整理を検討せざるを得ない切実な課題を抱えている場合も少なくありません。
 今回は予想を大きく超える200名以上の方に参加いただき、関心の高さがうかがわれました。事後アンケートなどを見ても、民具の整理が全国でいかに喫緊の課題・困りごとになっているのか、現場の方々がいかに孤軍奮闘しているかが痛感されました。今回の協議会ではこうした課題を共有・協議するため、4名の報告者が民具の収集や整理、除籍、活用等について事例報告を行い、その後、2名のコメンテーターを加えて登壇者全員で総合討議を行いました。
 今回の協議会ではどうしたらひとつでも多くの民具を守り、後世へ伝えていけるのかに力点を置いて討議が進められました。様々な視点、意見が提示されましたが、重要な前提として、そもそも文化財としての民具資料が、その他の文化財とは、その意味付けや特性の点で大きく異なることが示されました。
 例えば、民具は比較研究のため同型・同種の資料を複数収集する必要があること、資料の価値はコト情報(どの地域、いつの年代に、誰が使ったかなどの民俗誌的情報)と組み合わせることで、はじめて判断できることなどは、民具研究者にとっては当たり前の視点です。しかし、それが行政機関内部や一般社会では十分に理解・周知されていないことによって、昨今の民具をめぐる諸問題に繋がっていることが指摘されました。コメンテーターやフロアからは、一見ありふれたものに思える民具の中に重要な意味を持つものがあり、比較のためにできるだけ多くの資料を残すことが重要であるなど、「捨てない」ことの意義も改めて指摘されました。
 民具は先人たちが暮らしのなかで育んできた知恵や技の結晶であり、それらは、それぞれの地域の民衆の暮らしの在り方、歴史、文化、およびその変遷を知るために、きわめて重要で雄弁な資料になります。その貴重な資料が消失の瀬戸際にある危機感をあらためて共有し、民具を守るための新たな手立てが必要であることを認識・共有できたことは大きな成果でした。民具資料を守っていくため、無形文化遺産部では来年度検討会を立ち上げ、関係するみなさまと議論を継続していく予定です。
 なお協議会の全内容は、年度内に報告書にまとめ、PDF版を無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。ぜひご参照ください。

シダ籠の製作技術の調査

採取したシダをその場で切り揃える
籠の底部分を編む

 令和5(2023)年12月25日、広島県廿日市市大野でコシダ(Dicranopteris linearis)を使った籠の製作技術を調査しました。
 大野のシダ籠細工は明治30年代に静岡の職人を通して、新たな副業として当地に伝わったとされています(四国から伝わったとされる説もあり)。地形や気候がコシダの生育に適していた大野では良質な材料が豊富に入手できたことから、シダ籠は大正から昭和にかけて重要な産業に発達しました。昭和40年代以降、シダ籠づくりはプラスチック製品の台頭によって急速に衰退しますが、伝統的な技を残そうと平成9(1997)年から技術伝承の講習会が開かれ、現在まで技が繋がってきました。
 籠編みにはコシダの葉柄(軸)部分を利用します。10月~翌3月ころ、1メートル程度まで伸びた葉柄を根本部分から刈り、釜で2時間ほど煮て、煮あがったものをよく揉んだら、そのまま籠編みに使える素材となります。タケ類や多くのツル性植物のように割ったり裂いたりする必要がなく、そのまま使えること、水に強く丈夫であることなど、きわめて優秀な素材と言えます。籠のなかでも最も一般的なのは「茶碗めご」と呼ばれる籠で、2時間ほどで編みあがります。
 シダを用いた籠はかつて西日本を中心に各地で生産されていましたが、現在でも技が伝承されているのは、管見の限り、ここ大野と沖縄県今帰仁村のみです。日本には各地に籠のような編組品を作る技術が残っていますが、その素材には、地域の自然環境に合わせた多様な植物が選択され、巧みに利用されてきました。無形文化遺産部ではこうした自然利用の知恵と技を記録し、後世に引き継ぐために、引き続き、多様な素材による編組品の調査を進めていきます。

公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団「伝統文化記録映画」の寄贈・資料閲覧室での視聴開始

資料閲覧室の視聴ブース
寄贈いただいた公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団「伝統文化記録映画」

このたび公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団より財団制作の「伝統文化記録映画」の寄贈を受け、令和5(2023)年12月より東京文化財研究所閲覧室で視聴ができるようになりました。ポーラ伝統文化振興財団では「伝統工芸の名匠」、「伝統芸能の粋」、「民俗芸能の心」の3つのシリーズの映画を制作しています
https://www.polaculture.or.jp/movie/index.html)。

本年度寄贈を受けた作品は以下の26点です。
1「-うるしを現代にいかす- 曲輪造・赤地友哉」
2「芭蕉布を織る女たち -連帯の手わざ-」
3「新野の雪祭り -神々と里人たちの宴-」
4「国東の修正鬼会 -鬼さまが訪れる夜-」
5「-筬打ちに生きる- 小川善三郎・献上博多織」
6「鍛金・関谷四郎 -あしたをはぐくむ-」
7「呉須三昧 -近藤悠三の世界-」
8「芹沢銈介の美の世界」
9「狂言師・三宅藤九郎」
10「-琵琶湖・長浜- 曳山まつり」
11「ふるさとからくり風土記 -八女福島の燈篭人形-」
12「月と大綱引き」
13「秩父の夜祭り -山波の音が聞こえる-」
14「重要無形文化財 輪島塗に生きる」
15「世阿弥の能」
16「飛騨 古川祭 -起し太鼓が響く夜-」
17「舞うがごとく 翔ぶがごとく -奥三河の花祭り-」
18「変幻自在 -田口善国・蒔絵の美-」
19「ねぶた祭り -津軽びとの夏-」
20「みちのくの鬼たち -鬼剣舞の里-」
21「木の生命よみがえる -川北良造の木工芸-」
22「志野に生きる 鈴木藏」
23「神と生きる -日本の祭りを支える頭屋制度-」
24「鬼来迎 鬼と仏が生きる里」
25「蒔絵 室瀬和美 -時を超える美ー」
26「野村万作から 萬斎、裕基へ」

 視聴をご希望の方は東京文化財研究所資料閲覧室(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/library.html)の開室時間に受付にてお申し込みください。今後も視聴できる作品を増やしていく予定ですので、最新の情報はこちらのHPよりご確認ください(https://www.tobunken.go.jp/ich/video/ich-dvd/)。
 みなさまのご来室をお待ちしております。

第17回無形民俗文化財研究協議会「文化財としての食文化―無形民俗文化財の新たな広がり」の開催

総合討議の様子

 令和5(2023)年2月1日、第17回無形民俗文化財研究協議会「文化財としての食文化―無形民俗文化財の新たな広がり」が開催されました。新型コロナウイルスの影響が続くなか、行政担当者に対象を絞ったセミ・クローズドの会として、所内外から約90名の参加を得、様々な立場から食の保護の実践をされてきた方々から取り組みの報告や討議をいただきました。
 2013年にユネスコ無形文化遺産代表一覧表に「和食」が記載されて以降、食に対する社会の関心は年々高まっています。しかし「文化財としての食文化」については、令和3(2021)年の文化財保護法改正を契機に保護の取り組みが始まったばかりであり、その対象範囲をどう捉え、どのように保護(保存・活用)していくかについてはさらなる議論の蓄積が必要とされています。そこで今回の協議会では「文化財としての食文化」をめぐる様々な課題を共有し、その可能性を議論することを目的としました。
 食は誰もが実践者・当事者であることから、時代・地域・家ごとの著しい多様性・変容性がみられます。それは食の大きな魅力である一方で、文化財として保護していく上では典型や保護の主体を定めにくいといった難しさがあります。また販売することによって地域活性化につながるなど「活用」と相性のよい側面を持つ一方、商品化や流通によっておこる変化・変容をどう評価するのか等、活用と保護のバランスをとることが課題のひとつとなります。さらに、食文化振興については、農林水産省などの関連省庁や民間団体・企業など、すでに多様な関係者が多くの取り組みを実践しており、先行する取り組みとどう連携していくのか、またあえて文化財行政として食文化に関わる意義をどこに見出していくのか等も重要な課題です。
 総合討議ではこうした食文化特有の課題に対して、子どもたちへの食育の大切さや、作るだけでなく食べる行為や食材、道具なども併せて守っていかなければならないこと、商業としての食と家庭における食が両輪として機能してきたことなど、様々な意見・見解が示されました。また、文化財分野として新たに食文化の保護・振興に取り組む意義として、味がおいしい・見た目が美しいなどの「売れる」食、「える」食という観点からではなく、その地域の暮らしや歴史を反映している食文化を対象としうること、そしてその保護を図ることができるところに、大きな意義と、果たすべき役割があるのではないかという視点が示されました。
 無形文化遺産部では今後も、食文化関連の動向を注視していきたいと考えています。協議会の全内容は3月末に報告書にまとめ、無形文化遺産部のホームページでも公開しています。

福島県の「会津桐」の調査

製材後、3~5年程度雨風に晒してシブを抜く(「会津桐タンス株式会社」)
2016年に町で植栽したキリ

 無形文化遺産部では、無形文化遺産を支える原材料の調査を継続して行っています。令和4年度からは三菱財団の人文科学研究助成(「無形文化遺産における木材の伝統的な利用技術および民俗知に関する調査研究」)を受け、特に原材料としての樹木の採取・加工の技術に着目し、失われつつあるこれらの技や民俗知を調査・記録し、再評価する研究を行なっています。その一環として7月14日に福島県三島町を訪ね、「会津桐」の生産実態や課題等についての調査を実施しました。
 キリは軽くて狂いにくく、調湿性に優れ、さらに熱伝導率が低いという優れた材です。一般には箪笥や下駄の材として知られていますが、楽器の箏の材料としても古くから用いられてきたほか、美術工芸品などの保管に最適の容器として、桐箱なども重宝されてきました。しかし消費者の箪笥離れなどが影響して、国内でのキリ材需要はピーク時の昭和34(1959)年に比べて8分の1程度に縮小しています。さらには輸入材の流通により、ピーク時には供給量に占める国産材の割合が約95%であったのに対し、平成30(2018)年時点では3%程度まで落ち込んでいます(以上、三島町調べ)。会津桐と並び称された南部桐(岩手県)もすでに生産を止め、全国唯一であった秋田県湯沢市の「桐市場」も現在は休止するなど、キリの国産材は、会津桐や津南桐(新潟県)などを数少ない産地で生産しているにすぎません。
 このうち会津地方はキリ栽培発祥の地と言われ、明治期に大規模なキリ苗栽培に成功して以来、農家の副業としてキリの原木出荷が盛んに行なわれてきました。こうした歴史を受け、三島町ではキリ材需要が下火になった昭和50年代終わり頃から、町と民間の共同出資による「会津桐タンス株式会社」を設立し、以降、職人の育成や商品開発、販路の開拓、そして近年では町に「桐専門員」を配置して桐苗栽培や植栽の管理、桐栽培マニュアルの作成など、様々な活動を行なってきました。
 キリは成長が早く、約30年程度で出荷できる材に成長しますが、下草刈りや施肥、消毒など管理に非常に手がかかることから、かつては家の近くに植栽してこまめに手入れをしたものと言います。現在では約900本のキリが町によって植栽・管理されていますが、スギなどの植林に比べて樹間を大きくとらなければならないことや、病虫害やネズミの害が多いなど、通常の林業とは異なるノウハウが必要とされます。こうした原木の安定供給の試みに加え、現代生活に合った箪笥の提案や、椅子やバターケースなどまったく新しいキリ商品の開発努力も重ねられています。
 キリに限らず、国産木材の市場は縮小傾向にあります。無形文化遺産というさらにニッチな用途に供される木材については、需要と供給の双方が著しく縮小しており、いざ材が必要になった時に適材が入手できない可能性が高まっています。研究所としては、栽培管理・加工に要する「手間ひま」を一般に広く知ってもらい、価格に見合った価値があることを理解してもらう取り組みや、産地と技術者・利用者を繋ぐための取り組み、また、原材料の質的な特長を科学的に裏付ける試みなどに、引き続き取り組んでいきたいと考えています。

第15回公開学術講座「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」の映像記録公開

「小鼓組み立て」のデモンストレーション収録
演奏『水』(左から藤舎英心(太鼓)、藤舎雪丸(大鼓)、藤舎呂英・藤舎呂近 (以上小鼓)、福原寛瑞(笛))
座談会の様子

 第15回公開学術講座は、「樹木利用の文化―桜をつかう、桜で奏でる―」と題し、コロナ禍の状況を鑑みて、映像収録したものを編集し、期間限定で当研究所のホームページより配信しています(5月末まで配信予定)。また、令和4年度には報告書を刊行予定です。
 「桜」は日本人に広く親しまれている花で、芸能などでも様々にモチーフとして用いられてきましたが、今回の講座では、「めでたり演じたりする桜」だけでなく、「木材や樹皮などを利用する桜」という観点から桜に着目しました。
 まず、桜をはじめとした「様々な樹木利用の現状と課題」について、川尻秀樹氏(岐阜県立森林文化アカデミー)に講演をお願いし、続いて無形文化遺産部研究員から、「民俗世界における樹木利用 ― 桜を中心に ―」(今石みぎわ)と「無形文化財と桜 ―つかう桜、奏でる桜 ―」(前原恵美)の報告を行いました。
 その後、胴材に桜の木材が使われている小鼓を取り上げ、藤舎呂英氏(藤舎流囃子方)へのインタビュー「小鼓という楽器の魅力」と小鼓組み立てのデモンストレーション、呂英氏の作曲による演奏『水』を収録しました。そして最後に、川尻氏、呂英氏、今石と前原による座談会で締めくくりました。座談会は登壇者のそれぞれの立場を反映し、桜を含む広葉樹の需要の変化や林業の現状と「多様な森」を守る必要性、楽器の材としての桜の魅力や「本物」の楽器による普及の大切さなど、話題が多岐にわたりました。
 今後も無形文化遺産部では、無形の文化財やそれを取り巻く技術、材料について、さまざまな課題を共有し、議論できる場を設けていきたいと思います。

「斎藤たま 民俗調査カード集成」の公開

 無形文化遺産部では、2月1日より「斎藤たま 民俗調査カード集成」の公開をはじめました。本データベースは、民俗学者 斎藤たま氏(1936~2017)が作成した調査カードをアーカイブしたものです。https://www.tobunken.go.jp/materials/saito-tama
 たま氏は1970年代から日本全国の野辺歩きをはじめ、現在わかっているだけでも北海道から沖縄まで2500を超える地域を訪ねて民俗調査を行ってきました。その調査対象は植物、動物、まじない、遊び、言葉、年中行事、人生儀礼など多ジャンルに及び、聞き取り内容を整理した調査カードは総数およそ4万7千枚に及びます。いずれも暮らしに身近で、ややもすると見逃しがちな民俗を対象にしているのが特徴であり、現在では失われてしまった民俗事例も数多くあります。
 これらのカードは、たま氏の書籍を数多く刊行している論創社に預けられていたもので、たま氏の研究をされてきた民俗学者・岩城こよみ氏の仲介により、2017年に東京文化財研究所でお預かりすることになりました(詳しい経緯については 狩野萌2018「〔資料紹介〕斎藤たまの調査カード」『無形文化遺産研究報告12』を参照)。
 無形文化遺産部ではこの貴重な仕事を後世の私たちが十全に活用できるようにするため、カード画像の閲覧や、キーワードや分類、地名による検索ができるシステム作りを進めてきましたが、このたび、ご遺族のご厚意により、その成果の一部を公開することが叶いました。カードの整理作業は現在も続けており、毎月15日頃を目途に順次、内容を追加・更新していく予定です。
 調査カードに記されたひとつひとつの情報は些細で小さなものにすぎません。しかし、それが集積された時に見えてくる世界はきわめて豊かです。このアーカイブの公開により、たま氏の功績にふたたび光があたるとともに、豊かな民俗世界の実態について、さらなる理解が深まることを期待したいと思います。

「箕のかたち―自然と生きる日本のわざ」展の開催

展示の様子
西宮神社の十日えびすの福箕(兵庫県)

 無形文化遺産部では、2020(令和2)年12月2日から2021(令和3)年1月28日まで、「箕(み)のかたち―自然と生きる日本のわざ」展を、共同通信社本社ビル汐留メディアタワー3Fのギャラリーウオークにて開催しています(共催:千葉大学工学研究院、公益財団法人元興寺文化財研究所/監修:箕の研究会)。
 箕は脱穀した穀類の殻やごみだけを風で飛ばし、実を取りだす作業に使われる道具です。米などの食べ物を口にするために不可欠な基本の道具であると同時に、手近な容器としても日々の暮らしのなかで当たり前に用いられてきました。高度経済成長期以降、その使い手・作り手ともに減少の一途をたどっていますが、国では3件の箕づくり技術を重要無形民俗文化財(民俗技術)に指定するなど、保護をはかってきました。
 箕は樹木や竹などの自然素材を使って作られます。同じ編み組み細工であるカゴなどが、通常1~2種類の自然素材で作られるのに対し、箕は4~5種類の異なる素材を編み組んで作るのが一般的です。このため、箕づくりの技術は編み組み技術の集大成と言われるほど複雑・高度であるとともに、地域ごとの植生を反映した多様なかたちが生み出されてきました。
 本展では、箕というかたちに凝縮されてきた自然利用の高度なわざ・知恵に焦点をあて、14枚のパネルでその素材や製作技術を紹介しています。また、企画展に合わせ、ウェブページ「箕のかたち 資料集成」も公開しており、箕の製作技術の記録映像を多数公開しています(https://www.tobunken.go.jp/ich/mi)。このウェブページは会期終了後も引き続き公開しておりますので、ぜひご覧ください。
 (入場無料、平日9~19時、土日祝10~18時、12/20のみ臨時休館)

第14回無形民俗文化財研究協議会の開催

総合討議の様子

 令和元(2019)年12月20日に第14回無形民俗文化財研究協議会が「無形文化遺産の新たな活用を求めて」をテーマに開催され、行政担当者、研究者、保護団体関係者など、約170名の参加を得ました。
 文化財保護法の改正により、昨今、文化財の活用が広く叫ばれるようになりました。また令和2(2020)年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、無形文化遺産を活用した様々な文化プログラムも実施・計画されています。しかしながら、無形文化遺産をどのように活用するのか、そもそも活用すべきなのかの議論は、十分に行われていません。一方で、多くの無形文化遺産が消滅の危機にあり、継承に資するための新たな活用の途が模索されています。
 そこで今回は様々な地域、立場の4名の発表者にお越しいただき、ふるさと納税制度や伝統文化親子教室事業などの既存の制度を活かした活用の在り方、地域を越えたネットワーク構築による活用の在り方、映像等によって一般社会へ魅力を伝えていくための活用方法などについて、具体的な事例を交えて報告をいただきました。その後、2名のコメンテータとともに総合討議を行い、活発な議論が交わされました。
 協議会のすべての内容は令和2(2020)年3月に報告書として刊行し、後日、無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。

第四回「箕の研究会」の開催

箕振りの様子

 2019年9月26日、東京文化財研究所において、有志の研究会である「箕の研究会」の第四回目が開催されました。
 箕の研究会は、穀物の脱穀調整や運搬等に用いる民具である「箕」に関わる技術、文化を研究し、その継承を考える会です。平成29(2017)年に東京文化財研究所で開催された「箕サミットー編み組み細工を語る」を発端に、箕に関心を持つ有志によって結成されました。メンバーは民俗学、考古学、デザイン工学、植物学などの専門家や、箕をはじめとする手仕事品の作り手、売り手、使い手などで、これまで年2回程度の研究会によって、研究の成果や課題を共有する活動を続けてきました。
 第四回研究会においては研究報告に加え、異なる産地の箕による箕振り実験も行われました。使用したのは面岸箕(岩手)、太平箕(秋田)、木積の箕(千葉)、論田・熊無の箕(富山)、阿波箕(徳島)、日置箕(鹿児島)、中国の柳箕、韓国の網代箕、マレーシアの箕で、麦、米、エゴマの選別を実験しました(うち太平、木積、論田・熊無はその製作技術が国の無形民俗文化財に指定)。こうして実際に箕を使い比べてみることで、箕の機能に対する理解を深めることができ、各箕の造形的意味や素材選択の意味、地域による使い勝手(機能)の違いを検証するための基礎情報を得ることができました。
 研究会では引き続き、各地の箕について研究を深めていくとともに、その製作技術、使用文化の継承についても、作り手、売り手とともに考えていきます。

オヒョウとシナノキの樹皮採取の調査

樹皮を剥がす(シナノキ)
樹皮の外皮と内皮を剥ぎ分ける(オヒョウ)

 無形文化遺産部では樹木素材を用いた民俗技術の調査研究を進めています。その一環として、樹皮布を作るための樹皮採取の現地調査を令和元(2019)年6月に行いました。
 ここでいう「樹皮布」とは、樹皮の内皮から繊維を取り出し、糸に加工して布に織りあげたもので、日本ではオヒョウ、シナノキ、フジ、コウゾ、クズなどがその原料として知られています。今回は6月15日に北海道道央地域でオヒョウの樹皮採取に、6月30日に山形県鶴岡市関川でシナノキの樹皮採取に同行し、その様子を調査記録しました。
 オヒョウから作られるアイヌの伝統的織物「アットゥシ」と、シナノキから作られる「しな織」はいずれも国の伝統的工芸品に指定されており(「二風谷アットゥシ」「羽越しな布」)、オヒョウの樹皮採取は二風谷民芸組合が、シナノキの樹皮採取は関川しな織協同組合が中心となって行いました。
 樹皮採取は、木が水を吸い上げる成長期にあたる6~7月初旬に行なわれ、この時期でなければうまく皮を剥がすことができません。オヒョウの場合は基本的には立木から、シナノキの場合は伐採した木から樹皮を剥ぎ取り、これを手や簡単な道具のみで外皮と内皮に剥ぎ分けます。剥がされた内皮は、これからさらに長い時間と手間をかけて加工され、水に強く、丈夫な糸に仕立てられていきます。
 自然素材を効率的・持続的に利用するために、人は長い時間をかけて自然に対する理解を深め、経験値を増やし、自然利用の知恵や技術を培ってきました。自然素材を相手にする民俗技術からは、人々がどのように自然と向き合ってきたのか、その関係性の一端を読み取ることができると言えます。

「箕サミット―編み組み細工を語る」の開催

箕製作技術の実演とそれに見入る参加者
オイダラ箕
木積の箕
論田・熊無の箕

 11月13日に東京文化財研究所で「箕サミット―編み組み細工を語る」が開催され、全国から80名以上の関係者が参加しました。
 箕は穀物の選別や運搬に使われる農具です。高度経済成長期以前には生業の現場に欠かせない必需品でしたが、生活の現代化によって需要は激減し、その製作技術も継承の危機にあります。そこで技術の継承を考えるために、国指定重要無形民俗文化財(民俗技術)に指定された箕づくり技術のうち、秋田県秋田市の太平(おいだら)箕、千葉県匝瑳市の木積の箕、富山県氷見市の論田・熊無の箕の伝承者のみなさんをお招きし、実演とパネルディスカッションを行いました。
 今回のサミットは、箕の作り手同士はもちろん、売り手、使い手、愛好家、研究者など箕に関わるさまざまな分野の方々がお互いの現状を知ること、またその交流を促すことが目的でした。民俗技術の継承には、調査・記録などの研究的アプローチももちろん重要ですが、そうした研究が実際の技術継承に貢献できることはごくわずかです。技術を人から人へ伝えていくためには時代の需要が不可欠であり、そのためには、技術をより柔軟に、現代にあったかたちに変えていくことが必要だからです。その模索には、箕に関わるできるだけ多くの関係者の知恵を結集させて取り組む必要があります。
 パネルディスカッションでは技術継承の厳しい現状を知るとともに、売り手がどのような工夫をし、課題を抱えているのか、使い手が箕の何に魅力を感じているのかなどについても、多くの方に発言をいただきました。このサミットをきっかけに新しく築かれた関係者間のネットワークを大切に温め育てながら、今後も箕づくり技術の継承について考え、実践していきたいと考えています。
 (サミットの内容は年度末に報告書として刊行し、ホームページ上でも公開する予定です。)

無形文化遺産アーカイブスの公開

無形文化遺産アーカイブス地図画面
無形文化遺産アーカイブス個別画面

 「文化財防災ネットワーク推進事業」(文化庁委託事業)の一環として無形文化遺産部・文化財情報資料部では「地方指定等文化財情報に関する収集・整理・共有化事業」に取り組んでいます。その一環として、無形文化遺産部では全国の無形文化遺産の情報を収集し、データベース化および関連データのアーカイブ化を進めています。
 今回そのパイロット版として、和歌山県を対象とした「無形文化遺産アーカイブス」(http://mukeinet.tobunken.go.jp/group.php?gid=10027)の公開を開始しました。本アーカイブスは、地図や分類、公開月、キーワードなどから検索し、各無形文化遺産の名称・公開場所・概要・写真・動画などを閲覧できます。今回は和歌山県教育委員会に全面的にご協力いただき収集した、県内所在の無形の文化財に関する情報および画像を公開しています。
 今後、同様のデータ収集と公開を全国に拡大するとともに、関連する記録類についてもできる限り蓄積・公開していく予定です。

「鵜飼船プロジェクト」の終了と進水式

完成した船とプロジェクトメンバー
進水式では船を3度ひっくり返して航行の安全を祈願する「舟かぶせ」の儀礼も行われた

 5月22日から岐阜県立森林文化アカデミーで行なわれていた「鵜飼船プロジェクト」が無事に終了し、完成した全長約13メートルの鵜飼舟が7月22日の進水式で披露されました。
 このプロジェクトは、アメリカ人船大工のダグラス・ブルックス氏らが実際に鵜飼船をつくりながら造船技術を記録・継承することを目指したもので、岐阜県美濃市の船大工・那須清一氏(86歳)の指導のもとに行われました(5月の活動報告も参照)。作業にはアメリカ人船舶デザイナーのマーク・バウアー氏や、森林文化アカデミーで木工を専攻する古山智史氏も加わり、アカデミーに設置された仮設の船小屋において一般公開で行われました。東京文化財研究所は調査・記録担当としてプロジェクトに参画し、ほぼすべての工程を映像記録に収めました。今後は技術習得に役立つ記録とは何かを検証しながら、記録の編集・作成作業を進め、来年度末にはダグラス氏との共著となる報告書や、映像記録を刊行する予定です。
 プロジェクトはこれで一旦終了しましたが、鵜飼舟やその造船技術の活用・継承・普及事業は今後も各方面で続けられます。今回完成した鵜飼船は、長良川で川舟の体験観光事業を行っている団体「結の舟」が購入し、川舟文化を広く一般に紹介しながら、活用をはかっていくことになります。また、森林文化アカデミーでは、このたび学んだ伝統的な造船技術を用いて、より小さく扱いやすい船を造ることができないか、検討をはじめています。技術は時代の需要がなければ継承されないことから、現代にあった船のかたちを柔軟に模索していくのです。
 生きた技術を継承していくためには、単に学術的な記録を作成するだけでなく、現代的な活用や一般への認知・普及をあわせて図っていく必要があります。東京文化財研究所では今後も様々な専門分野の機関・個人と連携しながら、よりよい技術継承のかたちを探っていきたいと考えています。

鵜飼舟造船の記録作成

ダグラス・ブルックス氏(左)と那須清一氏(右)
建造途中の鵜飼舟

 岐阜県の長良川で行われている鵜飼は、今では岐阜県を代表する観光資源のひとつとして有名ですが、宮内庁の御料場で行われる「御料鵜飼」では獲れた鮎を皇室に献上する重要な役割を持っており、さらにはその技術が国の重要無形民俗文化財に指定されるなど、歴史的・文化的にも重要な意味を持っています。その鵜飼い技術を支える重要な要素のひとつに、鵜匠が乗る「鵜飼舟」がありますが、現在、この船をつくることのできる船大工は2人しかおらず、技術伝承があやぶまれています。
 そうした中、アメリカ人の和船研究者・船大工で、これまで佐渡のたらい舟や沖縄のサバニなどを製作した経験を持つダグラス・ブルックス氏が、船大工の一人である那須清一氏(85歳)に弟子入りし、一艘の鵜飼舟を製作するというプロジェクトが立ち上がりました。このプロジェクトに、製作場所を提供する岐阜県立森林文化アカデミーと共に、本研究所も参加し、映像による記録作成を担当することとなりました。
 鵜飼舟の製作は5月22日より始まり、2ヶ月ほどかけて製作される予定です。鵜飼舟は他の一般的な木造船に比べても、とりわけ軽快さと優美さが要求され、そのための造船技術も高度な技が求められるといいます。その技をくまなく記録し、後世への技術伝承に役立てようというのが今回のプロジェクトの大きな目標です。
 存続の危機に瀕する日本の伝統的な技術を、外国人が学んで習得するというのは、ある意味で逆説的な状況といえます。しかしながらこうした機会を活用し、無形の技の記録をおこなうこともまた、文化財の保護を使命とした本研究所の果たすべき役割のひとつと考えています。

『無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート』の刊行

無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート

 2016年12月9日に開催された第11回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年のテーマは「無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート」です。近年多発する災害から無形文化遺産を守るためにどのような備えが有効なのか、また被災後にどのようなサポートができるのかについて、課題や取り組みを共有し、協議を行ないました。
 無形文化遺産は、たとえ災害がなくとも常に消滅の危機に晒されています。こうした防災への取り組みが、少子高齢化や過疎化、生活の現代化などによる日常的な消滅・衰退のリスクに備えることにも繋がるのではないかと期待されます。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。

『木積の箕をつくる―千葉県匝瑳市木積』の報告書とDVDの刊行

報告書とDVD

 2015年9月から調査を続けてきた千葉県匝瑳市木積の藤箕製作技術の報告書と映像記録が、3月末に刊行されました。
 この事業は、災害等により技術が失われた場合に復元を可能にする技術記録とは何かを検討するため、文化財防災ネットワーク推進事業の一環として行われました。伝承者の方々に協力をいただきながら、原材料の採集・加工から箕づくりまでの一連の工程を、7時間弱におよぶ映像と、文字・図版による報告書に記録しました。
 今後は映像や報告書の検証を行い、よりよい技術記録の可能性を探っていきたいと考えています。なお、報告書のPDF版およびDVDの映像は、東京文化財研究所無形文化遺産部のホームページにて2017年6月中旬頃に公開予定です。

第11回無形民俗文化財研究協議会の開催

 12月9日に第11回無形民俗文化財研究協議会が開催され、「無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート」をテーマに、4名の発表者と2名のコメンテーターによる報告・討議が行われました。
 2011年の東日本大震災をはじめ、近年多発する自然災害により多くの無形文化遺産が被災し、消滅の危機に晒されています。地震や津波、異常気象による豪雨、土砂災害など、大きな災害はいまや全国どこでも起こり得ます。文化財に対する防災意識が高まりつつも、無形文化遺産に関してはほとんど取り上げられていないのが現状です。そこで本協議会では、災害から無形文化遺産を守るためにどのような備えが必要になるのか、また、被災してしまった後にどのようなサポートができるのかについて、課題や取り組みを共有し、協議を行いました。
 第一の事例として岩手から東日本大震災における無形文化遺産の被災状況と復興過程について、第二の事例として愛媛から南海トラフ地震に関する地域災害史の調査や防災・減災体制のためのネットワークの構築についての発表がありました。続いて具体的な事例として、和歌山から仏像の盗難対策として行われた文化財の複製について、最後の事例には祭礼具の補修・復元のために必要な記録の取り方についての報告がありました。その後の総合討議では、阪神淡路大震災を経験した関西地域での取り組みについて、また海外の事例なども踏まえコメントがあり、それらをもとに、ネットワーク形成の必要性やリスクマネジメントに携わる行政的課題について議論されました。
 なお、本協議会の内容は2017年3月に報告書として刊行し、刊行後は無形文化遺産部のwebサイトでも公開する予定です。

「無形文化遺産の防災」連絡協議会の開催

協議会の様子

 8月22日・23日、東日本の文化財担当者を対象とした「無形文化遺産の防災」連絡協議会が東京文化財研究所で開催されました。
 国立文化財機構では、平成26(2014)年7月より文化庁の委託を受け、「文化財防災ネットワーク推進事業」に取り組んでいます。このうち東京文化財研究所無形文化遺産部では、特に遅れている無形文化遺産の防災について検討・推進するため、文化財情報資料部と連携して防災の基礎情報となる文化財の所在情報の収集・共有や、関係者間のネットワーク構築を目指して活動してきました。今回の連絡協議会もその一環であり、東日本の各都道府県の文化財担当者を招いて情報収集の呼びかけを行ったほか、各地域の実情や、防災に関わる取り組み、課題について情報交換しました。22日は共催となった東日本民俗担当学芸員研究会からも11名の参加者を得、両日あわせて40名近くの関係者が参加しました。
 無形文化遺産部では、晩秋に西日本を対象とした連絡協議会を、また12月には防災をテーマとした無形民俗文化財研究協議会を開催する予定で、引き続き、「無形文化遺産の防災」の検討・推進に取り組んでいきます。

第10回無形民俗文化財研究協議会の開催

総合討議の様子

 12月4日(金)に第10回無形民俗文化財研究協議会が開催され、「ひらかれる無形文化遺産―魅力の発信と外からの力」をテーマに、4名の発表者と2名のコメンテーターによる報告・討議が行われました。
 東日本大震災以降の復興の過程においては、被災して甚大なダメージを受けた地域が「外の力」を取り込んでいくことで、結果的に文化継承が図られたという例が数多く報告されています。I・Uターン者や観光客、あるいはコミュニティの中でそれまで伝承に関わってこなかった層が新たに伝承を担うようになったり(伝承者の拡大)、新たな観客や支援者層に対して伝承を発信していったり(享受者の拡大)、様々なかたちで無形文化遺産を外に向かって「ひらく」際に、どのような仕組みや方法が必要になるのか、またそこにどのような課題や展望があるのか。今回は被災地域に限らず、過疎高齢化や都市化によって疲弊する全国各地に対象を広げ、「外からの力」と文化継承について議論を交わしました。
 青森、山形、広島、沖縄の四つの地域からの報告やその後の討議を通して、魅力を発信する方法や仕組みづくりといった具体的な話から、“伝統”と変容をどう捉えるか、文化を伝承していくということが地域にとってどのような意味を持っているのかといった話まで、多岐に及ぶテーマが出されました。その中で、四つの地域いずれも、最初から外の力に頼って伝承を繋げていこうとするのではなく、まずは伝承者やそれを取り巻く地域の方々が伝承の在り方についてきちんと議論し、葛藤する中で進むべき道を選択してきたという姿が印象的でした。今回の協議会は例年より多くの方にご参加いただき、なおかつ、保存団体の方など実際に伝承を担っている方の参加が目立ちました。無形文化遺産を「ひらく」ということへの問題関心の高さが浮き彫りになったと同時に、伝承の問題が当事者の方々にとっていかに切実なものになっているかということについても、認識を新たにさせられました。
 協議会の内容は2016年3月に報告書として刊行し、後日無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。

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