研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


共催展

 黒田清輝の作品を鑑賞する機会を広げることを目的に1977年度から毎年行われてきた黒田清輝展は、今年度、神戸市立小磯記念美術館での開催となり、7月18日に開会式が行われ、翌日から一般公開されました(-8月31日まで)。重要文化財≪湖畔≫≪智・感・情≫を含む約160点の油彩画・素描が展示され、京阪地方では約30年ぶりの大規模な黒田清輝展となっています。神戸市立小磯記念美術館は東京美術学校で藤島武二に師事し、後に同校で教鞭を取った洋画家小磯良平を記念する美術館です。小磯は黒田らが基礎を築いた洋画のアカデミズムの継承を自らに課した画家でした。常設のギャラリーに展示されている小磯良平の作品とともに鑑賞することで、日本洋画のアカデミズムを振り返ることのできる貴重な機会となっています。

京都・湖西での旧職員に関する資料調査

 当所では1930年の美術研究所開設からの歴史を跡づける作業を継続して行い、2009年度の『東京文化財研究所七十五年史』刊行を目指しています。7月に旧職員で日本の絵巻研究者であった梅津次郎氏(1906-1988)遺族と黒田記念館の管理を担当された大給近清氏(1884-1944)遺族宅での資料調査を行いました。梅津氏の資料の一部はすでに当所に寄贈され、公開もされていますが、このたびはそれらを補う調書類の所在を確認しました。大給氏については、これまで当所の設立を遺言した洋画家黒田清輝の実妹純の夫であること、東京美術学校で洋画を学んだことなど収集できていた情報は限られていました。しかし、遺族宅には小品ながら大給近清氏の洋画作品数十点、黒田の実妹の肖像を含む写真類など、黒田ら外光派の作風に学んだ大給氏の画風や交友関係などを明らかにする貴重な資料が残されていることがわかりました。大給家は鶴岡藩の酒井家とも親戚関係にあるところから、明治期の酒井家酒井家十五代酒井忠篤夫妻の肖像画を描いており、現在、酒井家に所蔵されていることも明らかになりました。これらの成果は『東京文化財研究所七十五年史』に掲載する旧職員の略歴に反映し、これまであまり調査の進んでいない文化財関係の研究者たちの足跡をたどるための基礎資料となるよう、精度を高めていきたいと思います。

“オリジナル”研究通信(4)―加藤哲弘氏を囲んで

 企画情報部では今年12月に開催する国際シンポジウム「オリジナルの行方―文化財アーカイブ構築のために」に向けて準備を進めています。5月9日には、加藤哲弘氏(関西学院大学)をお招きして研究会を行いました。山梨絵美子の「美術研究所とサー・ロバート・ウィット・ライブラリー」と題する当所の成立と1920年代の西欧社会における美術史資料環境に関する発表、西洋美学の分野で「オリジナル」の問題がどのように語られてきたかについて加藤氏の「『オリジナル』であることをめぐって―美術研究に対するその意義」という発表の後、“オリジナル”をめぐってディスカッションがなされました。“オリジナル”であることが希求されるのは西洋でも19世紀以降であること、そうした時代を背景としながら19世紀末に活躍した美術史家アロイス・リーグルは必ずしも文化財の当初の姿のみに価値を見出さず経年的価値を認め、アーウィン・パノフスキーは複製が真正性(アウラ)を欠くことを指摘して文化財そのもの(オリジナル)と複製を区別したことなどが加藤氏によって指摘され、”オリジナル”の記録と記憶の質の違い、“オリジナル”を残す行為は何を伝えていくことか、などについて議論が交わされました。様々な角度から考え、議論を深めることにより、シンポジウムの充実を図るとともに、文化財に関する調査研究、資料の蓄積と公開という日常業務のあり方についても考える機会としたいと思います。

『東京文化財研究所七十五年史 資料編』刊行

『東京文化財研究所七十五年史 資料編』

 当研究所の前身である帝国美術院附属美術研究所が設立された1930年から2005年までの75年の足跡を資料で跡づける『東京文化財研究所七十五年史 資料編』が3月末に刊行されました。戦前期の美術品調査の目録、矢代幸雄収集西洋美術関係図版目録、和田新、尾高鮮之助らによるインド・西アジアの美術調査撮影写真目録など美術研究所時代に蓄積された資料の記録、戦後、保存科学や無形文化財の分野を含む文化財の総合的調査研究機関となった後の研究課題や研究会・講座の一覧、当研究所各部の定期刊行物である『美術研究』『保存科学』『芸能の科学』の総目次など、それぞれの分野での研究史を跡づけるために一助となる資料集となっています。本書は中央公論美術出版から同じ書名で市販もされる予定です。

東京文化財研究所七十五年史編纂のための聞き取り調査

 当研究所では『東京文化財研究所七十五年史 資料編』に続き、平成21年に沿革・調査研究の歴史を跡づける本編を刊行することを目指して編纂を進めています。本書には旧職員の略歴を掲載する予定で、その履歴や関連資料についての調査を行っています。3月には1930年代なかばから1942年まで美術研究所職員として東洋美術文献目録編纂にたずさわった豊岡益人氏のご遺族をお訪ねし、聞き取り調査を行いました。当研究所在職以外の履歴やご業績、同僚であられた旧職員についての情報が得られ、戦前の研究所の新たな一面が明らかになりました。文化財の調査研究に尽力した人々については、十分な調査がなされていないのが現状です。当研究所の七十五年史本編が文化財研究史の一端に寄与するものになるよう、今後とも努めていきたいと思います。

田中一松資料の寄贈

 1952年から65年まで当研究所所長をつとめた美術史家田中一松(1895-1983)氏の調書、収集写真等の資料が、ご遺族である田中一水氏および出光美術館さまから3月に寄贈されました。田中氏は戦前から多数の美術品を調査し、自らその記録画を付した丹念な調書を残されています。中には先の大戦中に失われた作品の調書もあり、大変貴重な資料です。これらの資料は田中氏逝去の後、ゆかりのあった出光美術館に保管されていましたが、このたび、より広い公開・活用のために、と当研究所にいただくことになりました。今後は、当研究所の所蔵資料と同様に整理・公開していく方針です。

久野健氏資料の寄贈受け入れ

 今年7月、87歳で逝去された当所名誉研究員の久野健氏のご遺族より、久野氏の調査による写真資料と調書をご寄贈くださるとのお話があり、11月7日に当所への輸送を行いました。久野氏は日本彫刻史を研究され、精力的に現地調査に赴かれ、その成果は京阪神のみならず東北や関東など各地域の仏像を編集した『仏像集成』(学生社)、『日本仏像彫刻史の研究』(吉川弘文館)など多数の著書によって公になっています。その背景となった写真はB4、4段ファイル6本分、調書は300冊を超えます。これらのリストを整え、公開すべく、整理を進めていく予定です。

特集陳列 黒田記念館―黒田清輝の作品Ⅱ

黒田記念館-黒田清輝の作品Ⅱ
特集陳列の様子

 今年4月に独立行政法人国立文化財機構に組織が改まったことを記念して、黒田記念館所蔵の作品を東京国立博物館平成館で展観する第二回目の特集陳列が、11月6日(火)から12月2日(日)まで行われました。今回は、黒田が留学中に好んで訪れたパリ近郊の農村グレー=シュル=ロアン(Grez=sur=Loing)滞在中の作品と、1891年10月号の「フィガロ・イリュストレ」(Figaro Illustre)に掲載されたピエール・ロティ(Pierre Loti 1850-1923)によるエッセイ「日本婦人」のための挿図原画「日本風俗絵」(Japanese Genre Scenes)4点を中心に、22点の作品を展示しました。「フィガロ・イリュストレ」1891年10月号と「日本風俗絵」を同時に展示されたのは初めてで、黒田がフランスにもたらした日本イメージを具体的に知る機会となりました。

国宝「彦根屏風」調査報告書編集

 彦根藩主井伊家に伝わったことから「彦根屏風」と称されてきた「風俗図」は、物語性を感じさせる構図、人物や調度に見られる精緻な描写など見どころの多い作品ですが、作者や制作背景には不明な点も多く、「屏風」と言われながら、各扇にあたる6枚が分離して伝存してきたことにも様々な解釈が寄せられてきました。平成18年度から2ヶ年の予定で、文化庁および滋賀県の補助事業としてこの作品の修理が行われるため、これを機会に彦根城博物館と当所ではこの作品の共同調査研究を行い、高精細デジタル画像、赤外線や可視域内励起蛍光画像を撮影するとともに、蛍光X線分析を行いました。現在、その成果をまとめた報告書を編集中で、9月28日から10月26日まで彦根城博物館で行われる「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展にあわせての刊行を目指しています。同展では高精細画像の展示やシンポジウムも行われ、修復後の作品とともに、修理の過程や調査によって明らかになった点が公開される予定です。

所蔵和雑誌情報の公開と、閲覧方法の改善

マイクロフィルム・エクスプローラー

 当研究所は美術雑誌を数多く所蔵しており、その目録を刊行物としては公にしておりましたが、 4月より「研究資料データベース検索システム」に所蔵和雑誌の情報を加えて、ウェブ上で公開し、検索に供しております。当所の蔵書は、明治から昭和前期にかけて刊行された美術雑誌が多数含まれる点を特色のひとつとしています。これらの雑誌は、用いられている紙、印刷技術などにも各時代の歴史的情報を読み込むことができる貴重な資料です。多くの文化財がそうであるように、こうした資料も、一方で保存を、他方で活用を考えていかなくてはなりません。当所では、これらの美術雑誌を保存するため、劣化の度合いと使用頻度等に鑑みて、資料のマイクロフィルム化・CD-ROM化を進め、一般的な利用に関しては、これら複製を皆様に提供し、原本は貴重書扱いとして特別な申請に対して対応しております。
 4月からの所蔵情報のウェブ上での公開にあわせて、より広くご利用いただけるよう、資料閲覧室ではマイクロフィルム・エクスプローラーを設置いたしました。この機器はパソコンのモニター上でマイクロフィルムが閲覧でき、プリントアウトも可能です。従来のマイクロフィルムリーダープリンターとあわせて、ご利用いただければ幸いです。

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