研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査 II

検出されたテラス状構造物
支保工の現状調査

 東京文化財研究所は、カンボジアでアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成29(2017)年11月28日から12月8日にかけて、2回目の考古学調査と建造物の危険個所調査を同遺跡にて実施しました。
 今回の発掘調査は、7月の第一次調査で発見した寺院東正面の参道および東バライ貯水池土手上の構造物の遺構確認を主目的として、奈良文化財研究所の協力を得ながら、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。
 まず東門の東方約50mの位置に東西2m×南北5mのトレンチを設定して発掘を実施したところ、現地表下70cmで参道と思われる硬化面が確認されました。この硬化面は、コブシ大の砂岩礫を敷いた上に5mmほどの細かい砂岩礫を撒き、その上を黄色土で覆ったものでした。
 また、この参道の延長線上にあたる東バライ貯水池土手の上面に東西11m×南北1mのトレンチを設定して発掘を実施したところ、現地表下30cmでラテライトの石敷面が確認されました(図1)。周辺の地形や露出しているラテライトの分布などから、この遺構は東西20m×南北15m程度の規模を持つテラス状の構造物の一部と推定されました。
 一方、建造物の危険個所調査(risk mapping)に関しては、既存支保工の更新方法を検討しました。本遺跡では、中心祠堂、東祠堂、内回廊などの主要建造物において、崩壊のおそれなど安全上の懸念がある計16ヵ所に木製の支保工が施されています。しかし、これらの仮設物が遺跡の観賞を妨げており、また設置から20年程経過して木材の腐朽や接合部の緩みなどが進行して更新の時期を迎えています。そこで、支保工の現状を観察記録するとともに、より耐久性のある材質や微調整が可能な設計に変更するなど、改良案の検討を行いました。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査

図1 危険個所調査
図2 トレンチの発掘と確認された溝状遺構(SfMにより作成)

 東京文化財研究所では、アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成29(2017)年7月16‐30日にかけて、考古発掘調査および建造物の危険個所調査を同遺跡において実施しました(図1)。
 今回の発掘調査は寺院正面である東参道の遺構確認を主目的とし、奈良文化財研究所の協力を得ながら、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。事前に外周壁東門から東方の東バライ貯水池土手にかけての延長100m余の範囲で下草・灌木類を伐採したところ、同土手上面にラテライト造のテラス状構造物が存在することが初めて確認され、ここを起点に東門に至る参道の存在が強く推定されました。
 まず東門の東方約12mの位置に東西2m×南北10mのトレンチを設定し発掘を実施したところ(図2)、現地表下50cmで東西方向に走る溝状の遺構が確認されました。溝状遺構は幅2m程度で、溝内には無数の細かいラテライト粒(直径1cm~5mm)が充填されており、参道の可能性が考えられました。また、溝状遺構の両脇には、こぶし大ほどの砂岩礫が敷き詰められていました。
 また、この溝状遺構の続きを検出することと当初の地表面を確認することを目的に、東門に沿う形で東西2m、南北2.5mのトレンチを設定し掘り下げました。このトレンチでは、現地表下50cmのところで、砂岩礫が敷かれた面が全面に広がり、溝状遺構を確認することはできませんでした。
 東参道のさらに詳しい様相と新たに発見されたテラス状遺構の全容を把握するため、11月にも現地調査を再度行う予定です。
 一方、本遺跡はアンコールの他遺跡に比べて人手が加わっていない廃墟的景観が大きな魅力となっている一方で、これ以上の崩壊を防ぐことが来訪者の安全面からも求められています。このため、伽藍全体の構造学的リスク評価に基づいて支保工等を計画的に設置・更新することが急がれます。SfM1)写真測量技術による立面図の作成と危険個所のチェック作業を中軸線上の主要建物から順に実施することとし、手始めに2棟を対象にその作業手順の確立に努めました。この作業はAPSARA機構のスタッフが引き続き実施中です。
 周辺環境も含めた遺跡の良好な保存を図ると同時に、現地を訪れた人々がその意味と価値をより良く理解できるようにするため、学術的な解明と有効な保存整備の実現に向け、さらに協力を深めていきたいと思います。
註1 SfMとは「Structure from Motion」の略で、地形や遺跡、遺構などをデジタル・カメラで多方向から撮影し3Dモデルを作成する技術のことです。

ブータンの伝統的民家建造物に関する現地調査と研究協力協定書の締結

ティンプーでのMOU調印式
古民家調査の様子(プナカ県ツォサ村)

 東京文化財研究所では、平成23(2011)年度からブータンの版築造伝統的建造物に関する調査研究について、同国内務文化省文化局(DOC)と協力してきました。その契機は2009年と2011年に発生した地震によって伝統的工法で建てられた建物に大きな被害が生じたことで、公共民間を問わず建造物の耐震性能向上による安全性の確保と、現在も住宅建設等に広く用いられている伝統的工法の保護継承とをいかに両立させるかが喫緊の課題としてクローズアップされることとなりました。
 型枠内で土を突き固めて壁体を構築する版築造の建造物を対象に、その構造性能の把握分析と伝統的建築技法の解明という両分野で調査研究を継続してきましたが、民家を文化財として保存するための制度的枠組みも整いつつあることから、2016年度からは版築造の古民家建造物における基本的な形式分類と編年指標の確立を目的とした調査を科学研究費補助金(基盤研究B「ブータンの版築造建造物の類型と編年に関する研究」:研究代表者亀井伸雄所長)により実施しています。
 平成29(2017)年3月4日から16日にかけて行った共同現地調査では、ティンプー県及びプナカ県内で計16棟の古民家について実測調査等を行い、痕跡の観察や住民への聞き取り等とあわせて、当初形式や建築年代、過去の改造履歴等に関する考察のための情報収集に努めました。
 またこの間、本研究所とDOCとの協力関係をさらに強固にするため、両者代表による研究協力協定書への署名も行いました。有形無形の伝統文化を大切に守り続けていきたいというブータンの人々の思いに寄り添いつつ、歴史的建造物の文化的価値の明確化に寄与することができるよう、引き続き調査研究を続けていきたいと思います。

アンコール・タネイ遺跡保存管理整備計画策定ワークショップの開催

ワークショップの様子

 東京文化財研究所ではこれまで15年以上にわたり、アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)との間で、共同研究や人材育成研修の実施等、様々な協力活動を行ってきました。この間、一貫してそのフィールドとなってきたのがアンコール遺跡群のタネイ寺院遺跡です。平成29(2017)年1月26‐28日の3日間にわたり、同遺跡に関する保存管理整備計画作りを支援するため、現地ワークショップを開催しました。
 本ワークショップには、APSARA機構のRos Borath副総裁をはじめ、遺跡保存、観光、森林、水利の各課から計約20名のスタッフが参加しました。初日はAPSARA本部にて遺跡保存管理の基本的な考え方や計画策定の手順等に関するレクチャーを行い、2日目はタネイ遺跡および周辺における現況確認調査、3日目は再び室内に戻って計画の基本方針と保存整備事業の方向性に関する検討作業を行いました。
 タネイ遺跡は、観光客で賑わう世界遺産アンコールのコアゾーン内にある主要遺跡の一つでありながら、鬱蒼とした密林に囲まれた廃墟の様相を今日も色濃く留めています。ワークショップでの議論の結果、このような景観をできるだけ維持しながら安全に遺跡を見学できるようにすること、遺跡へのアクセスを本来の経路に復するとともに来訪者が周辺遺跡との関係性を体感的に理解できるようにすること、など大きな方針について合意し、今後も関係各課が連携しながら、考古発掘等の調査も含めた具体的な事業内容の検討を着実に進めていくことで一致しました。本事業はカンボジア側主体で行われる遺跡保存整備のパイロットモデルとしても位置付けられており、このような作業が適切かつ円滑に進められるよう、本研究所としても必要な技術的支援を継続していきます。

ネパールにおける文化遺産被災状況調査(その3)

カトマンズ・ハヌマンドカ王宮のアガムチェン寺
同シヴァ寺回収部材の整理格納作業

 文化庁委託・文化遺産保護国際貢献事業「ネパールにおける文化遺産被災状況調査」の一環として、2016年3月8日から26日にかけて、4名の建築保存専門家をカトマンズに派遣し、現地での調査や作業を行いました。
 今回は、主にハヌマンドカ王宮を対象に、以下の3項目を実施しました。
1) アガンチェン寺の詳細調査
2) 伝統的建築材料製作に関する調査
3) シヴァ寺からの回収部材の整理・格納および調査
 まず、同王宮のうちアガンチェン寺については、本体の三重塔が載る階下の三階建部分の詳細実測調査のほか、被災状況の確認や過去の改造変遷に関する検討などを行いました。
 次に、建築材料調査としては、伝統的な煉瓦の製作工場を訪問し、手作りによる作業の状況や品質などを確認しました。
 さらに、ハヌマンドカ王宮内の東側で倒壊した二重層塔シヴァ寺の部材については、前回11月調査に続いて調査分類、整理作業を行いました。今回は、軸部材や軒廻りなど長大な木製部材を中心に、分類・番付・記録を行い、仮設小屋に種別ごとに格納しました。これにより同建物の残存木材を全て確認しましたが、過去の改修状況等について重要な知見が得られたほか、全壊した割には各部材の損傷が軽微で、丁寧に使用部位の特定と復原検討を進めていけば、世界遺産の構成物件に相応しいオーセンティシティを保った形での修復が十分に可能であるとの認識に至りました。
 今後もこのような作業を通じて、日本の文化財修理における調査手法などの技術移転を図りつつ、現地に適した保存修復手法の検討を継続していく予定です。

「西スマトラ・パダン歴史地区の再生に関するワークショップ」開催

ワークショップの様子
リノベーション工事中の歴史的建造物

 東京文化財研究所では、2009年9月に発生したスマトラ島沖地震の直後に被災状況調査をユネスコ及びインドネシア政府の要請に基づいて実施して以来、パダン市の歴史的街区における復興を、都市計画や建築学、社会学といった各分野での学術的な調査や現地ワークショップの開催等を通じて、継続的に支援してきました。
 本年度は、8月26日に、西スマトラ州観光・創造経済局主催による「西スマトラ・パダン歴史地区の再生に関するワークショップ」をインドネシア政府文化教育省、パダン市政府、ブンハッタ大学他と共催しました。今回は、インドネシアと日本の専門家に加えて、マレーシアのペナン市ジョージタウンにおいて歴史的街区の世界遺産登録・保全運動を推進してきた地元建築家とNGO関係者にも参加してもらい、住民参加による文化遺産を活かしたまちづくりの進め方について考えることを主なテーマとしました。パダン市内のホテルで行われた本ワークショップには、国・州・市の各レベルの関係当局代表だけでなく、歴史地区内に居住する住民の代表も含めて50名以上が参加して会場に収まりきらないほどの盛況となり、質疑の中では制度的な枠組みや地元コミュニティの参画及び行政や大学との連携のあり方などに、特に高い関心が示されました。
 パダン市政府では、歴史地区再生の担当部局とまちづくり協議組織の立ち上げに向けて目下準備が進められています。今後もこのような地元主導による活動の推移を見守りつつ、必要な支援を行っていきたいと考えています。

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(2)

バガヤ僧院での研修風景

 第4回木造建造物保存研修の実施
 6月30日から7月11日まで、インワ・バガヤ僧院およびミャンマー考古・国立博物館局(DoA)マンダレー支局にて、第4回の木造建造物保存研修を実施しました。DoA職員10名と技術大学マンダレー校卒業生1名(オブザーバー)が参加した今回研修では、本堂の床組及び外壁周りの破損部位と取替材に関する調査に続いて、内陣周囲の高欄を対象として彫刻も含む総合的観察記録の演習などを行いました。従来と同様に数名ごとのグループで行う調査から、個人単位で行う作業の比重を徐々に高めていき、最終の発表も一人ずつに行ってもらいましたが、かなり高い水準の調査報告がなされるようになり、研修成果が着実に彼らの身についてきたことを実感させられました。

ユネスコ日本信託基金事業「バガン建築遺産保存のための技術支援」に係る保存状態調査

Phya-sa-shwe-gu寺院外観
内視鏡を用いた構造亀裂内部の調査
基礎構造確認のための発掘調査

 本事業は、ミャンマー・バガン遺跡群を構成する歴史的建造物の保存管理体制強化に資することを目的として、遺跡インベントリーの更新および構造物保存状態評価手法の確立に向けた支援を行うとともに、保存管理を担当する同国文化省考古・国立博物館局(DoA)の人材育成にも貢献しようとするもので、昨年からの2ヶ年事業として実施中です。
 東京文化財研究所では、ユネスコの委託により、主に構造物保存状態評価に関する事業項目に参加しています。ここまでは、遺跡内にあるバガン時代建立の建造物全てを対象として保存状態の概要を短期間で効率的に把握するための簡易状態評価シートの作成に注力してきましたが、次の作業段階として、この簡易評価を通じて構造的問題が認められた建造物を対象に行う詳細状態評価の方法論の検討に入ったところです。同じバガン遺跡といっても、個々の歴史的建造物は規模や構造形式だけでなく、立地環境や破損状態にも相当のバリエーションがあります。このため、詳細状態評価のプロセスは簡易状態評価のように標準化することは困難ですが、基本的な問題点や作業フローはある程度のパターン化が可能と考えられるため、なるべく一般的な規模と形式を持ち、本格的な修理の手が未だ加わっていない建造物として、Phya-sa-shwe-gu寺院(No.1249)を選定し、詳細状態評価のパイロット・ケーススタディを行うこととしました。
 6月11日~19日にかけての現地調査では、イタリア人構造専門家、ミャンマー人技術者およびDoAスタッフとともに、クラック分布の詳細記録、シュミットハンマーや超音波測定器による非破壊強度試験、微小削孔と内視鏡による壁体内部調査、基礎構造確認のための発掘調査等を実施しました。また最終日には、ヤンゴンの研究施設にて、上記寺院から採取した煉瓦試料の室内強度試験について協議しました。
 同寺院の建物は、構造的劣化がかなり進行しており、回廊側背面の外壁は特に危険な状態にあります。今回得られた情報やデータの分析を通じて、破損要因およびメカニズムを解明するとともに、適切な診断フローの提示に向けた検討を引き続き行っていく予定です。

研究会「ミャンマーの木造建築文化」の開催

パネルディスカッションの様子

 運営費交付金事業「東南アジア諸国等文化遺産保存修復協力」の一環として、2月13日に当研究所セミナー室で標記研究会を開催しました。
 当研究所では、平成25年度よりミャンマーの文化遺産保護に関する文化遺産国際協力拠点交流事業を文化庁から受託するなど、同国の文化財保存に関する調査研究や人材育成等に協力しています。対象分野の一つである歴史的木造建造物の保存については、調査手法に関する研修等を実施していますが、ミャンマーの木造建造物自体に関する調査研究の蓄積が国内外ともに乏しく、未だ十分な理解が進んでいないのが現状です。
 同分野における調査研究の先駆者である元ラングーン工科大学建築学部教授のレイモンド・ミョーミンセイン氏と、気鋭の若手研究者である技術大学マンダレー校建築学部准教授のザーチミン女史のお二方をお招きし、日本側からの発表とあわせて、同国の伝統的木造建造物に関するこれまでの研究成果を共有するとともに、ミャンマー人にとっての文化的意義や今後の研究課題等をめぐっても様々な意見が交わされました。
 なお、本研究会については、各発表者による論考とパネルディスカッションの内容を掲載した報告書が刊行されます。

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(1)

木材加工痕の擦拓による記録についての説明

 第3回木造建造物保存研修の実施
 1月13日から1月23日まで、インワ・バガヤ僧院およびミャンマー考古・国立博物館局(DoA)マンダレー支局にて、建物が当初建立されて以後の形式変遷や各部仕様に関する調査手法を主なテーマに、DoA職員10名と技術大学マンダレー校教員1名、同卒業生1名(オブザーバー)が参加して、標記研修を実施しました。グループで行った調査結果の発表ではCADで作成した図を用いたプレゼンテーションを行うチームもあり、展開図等のスケッチ作成も研修開始の頃に比べると相当の上達が見られるなど、研修生の自発的取り組みとともに継続的研修の効果が表れてきているのは嬉しい限りです。

ブータンにおける伝統的版築造建造物に関する調査

離村が進むテンチュカ集落における調査
職人による人体尺の説明

 文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」によるブータン王国内務文化省との協力も3年目となりました。この事業では、同国で一般的な版築造の民家等建造物の保存と安全性向上を目標に、建築史学と構造力学の観点から、伝統的工法の把握・解明と構造強度・耐震性能の分析などの調査研究を継続しています。同省文化局遺産保存課(DCHS)をカウンターパートとする第5回目の現地調査を9月18日から27日にかけて実施しました。
 今回はまず、所定の材料調合に従ってDCHSに事前に作成してもらった複数の試料からコアを採取して強度試験を行い、石灰を混合することによる版築壁の補強効果を確認しました。また、従来は職人の勘のみに頼ってきた材料土の粒度分布や最適含水比などを実験により数値化する作業手順等をDCHSスタッフに指導しました。さらに、構造班はティンプー市近郊の寺院本堂について挙動特性のシミュレーションを行うため、常時微動の計測を実施しました。
 一方、工法班はパロ県内の農村集落で古い様式を残すと思われる民家およびその廃墟を調査し、構造形式上の変遷やその壁体構築技法との関係などを探ることに努めました。併せて、版築工事の経験が豊富な職人や技術者に対する聞き取り調査を行い、彼らが持つ知識を教わるとともに、改良案の有効性などについて意見を交換しました。 雨の多い中での調査でしたが、昨年実測したばかりの建物が既に倒壊していたり、数日おいて再訪した建物に新たな破損が生じているのを発見したりと、十分な維持がされなくなった建物の脆さを実感させられる場面が多く、伝統的建造物保護の緊急性を改めて認識した次第です。

ミャンマーの文化遺産保護に関する現地研修及び調査

バガヤ僧院での研修風景
壁画修復材料の調製に関する実習風景
シュエナンドー僧院の仏壇に用いられたガラスモザイク技法と損傷

 ミャンマー文化省考古・国立博物館局(DoA)をカウンターパートとする、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として、6月上旬から中旬にかけて現地研修及び調査を以下の通り実施しました。

 1)歴史的木造建造物保存に関する第2回現地研修
 2日から13日まで、マンダレー市内のDoA支局での座学と近郊のバガヤ僧院での現場実習を行い、DoA本・支局から建築・考古分野の職員8名とTechnological University (Mandalay)の教員・学生4名が参加しました。調査の下図となる略平面図の作成、床面の不陸や柱傾斜の測定、破損状態記録の手法などを実習し、班毎の調査成果を発表して今回研修のまとめとしました。一方、ミャンマーの木造文化財に共通する問題であるシロアリの被害について、専門家による調査を実施し、初歩的な講習も行いました。バガヤ僧院での蟻害は建物の上部にまで及んでおり、有効な対策を検討するため、研修生の協力によるモニタリング調査を開始したところです。
 2)煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査及び研修
 11日から17日まで、昨年より継続しているバガン遺跡群内No.1205寺院の壁画の状態調査や堂内環境調査を行い、壁画の損傷図面を作成しました。壁画の状態は比較的堅牢ですが、雨漏りに伴う壁画の崩落や空洞化、シロアリの営巣など今後の対策が必要な損傷が明らかになりました。また、バガン考古博物館では壁画の保存修復や虫害対策に関する研修を行い、DoAバガン支局の保存専門職員6名が参加しました。接着剤や補填材など修復材料に関する実習や、虫害対策に関する講義・実習については研修生らの要望が高く、今後もより応用的な内容で研修を継続していく予定です。
 3)伝統的漆工芸技術に関する調査
 11日から19日まで、バガン及びマンダレーで調査を行いました。バガンでは、軽工業省傘下の漆芸技術大学及び漆芸博物館の協力のもと、虫害調査とともに同博物館に所蔵される漆工品の構造技法や損傷に関する調査を進めました。その結果、応急的なクリーニングや展示保存環境の改善が必要と分かりました。マンダレーでは、ミャンマー産の漆材料に関する聞き取り調査のほか、漆装飾と併用されるガラスモザイク技法に関する調査を材料店と僧院において行いました。さらに、同地のシュエナンドー僧院でも、虫害調査と併せて、建物内外に施された漆芸技法について目視による観察調査を行いました。同僧院は内外部の殆どに漆装飾が施されていますが、紫外線や雨水等によって漆装飾の損傷が著しく進行していることが分かりました。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

GIS研修における基準点の確認
植民地期建築実測図の一例
成果報告シンポジウム

 ベトナム・ハノイの世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象に、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となって2010年度から実施してきた本事業も、本年末をもって終了となります。ここでは昨年度後半以降の現地での活動内容をまとめてご紹介します。
1)GISに関する研修ワークショップ(2012年12月27-28日、2013年5月15-18日、9月10日)
 タンロン遺産保存センターの担当スタッフを対象に、遺跡管理のためのGIS(地理情報システム)構築に向けた実習等を日越双方の講師により行いました。文化遺産管理へのGIS活用の基礎から、遺跡内の測量基準点を用いたベースマップの補正、データベースの作成法等を扱い、スタッフが自ら基本的作業をこなせる段階まで到達することができました。
2)考古遺物に関する第2回ワークショップの開催(2013年1月23-24日)
 タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに開催しました。今回は本遺跡から出土した屋根瓦と日本古代の出土瓦の比較による瓦葺技法の検討を中心に、寺院遺跡の発掘現場や陶磁器窯跡の合同見学等も行い、日越の専門家が知識と意見を交換しました。
3)社会学ワークショップの開催(2013年3月4日)
 タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学ベトナム学開発科学院と共催で、タンロン遺跡の社会経済的価値評価をテーマとしました。アンケート調査の結果や関係者への聞き取りに基づく日越専門家の発表および討議を行い、本遺跡の今後の活用のあり方について活発な議論が交わされました。
4)植民地期建造物群の実測調査(2013年5月20-24日)
 本遺跡内に残るフランス植民地期の軍事関係建物を越側と共同で実測調査しました。遺産管理の基礎資料として、文化財的価値を有するこれらの建物の正確な現状記録を作成することを目的に、新規と補測を合わせて7棟を調査しました。既調査分10棟を含む作成図面を実測図集として刊行するほか、データ一式を越側に提供する予定です。
5)遺構保存に関する調査(2013年8月8-9日)
 遺構が存在する土中の水分移動を計測するため発掘区内に設置してきたセンサーからデータを回収するとともに、保存処理した煉瓦の暴露試験体も結果分析のため回収しました。また、事業終了後も同様の計測ができるよう、機材の扱い方やデータ分析の方法等について越側へのレクチャーを行いました。
6)成果報告シンポジウムの開催(2013年9月11-12日)
 本事業の各分野を担当した専門家と関係者が一堂に会し、これまでの成果を総括するとともに、今後に向けた課題等について意見を交換する場として、シンポジウムを開催しました。2日間にわたって9本の発表があり、日越両国とユネスコ・ハノイ事務所から約60名が参加しました。日越友好年の本年、その記念事業の一つにも位置づけられたこのシンポを通じて、様々な側面から見た本遺跡の重要性を再確認するとともに、適切な保存措置に関する研究や、遺産管理のための計画づくり、保存管理体制の整備に向けた技術移転・人材育成など、多岐にわたる本事業の成果を改めて実感することができました。目下、年末の最終報告書刊行に向けて、日越双方で作業を進めているところです。

ミャンマーの文化遺産保護に関する技術的調査:現地調査ミッションの派遣

木造僧院での実測調査
破損が進んだ寺院建築の一例
職人工房(鋳造)の視察
ヤンゴン国立図書館での調査

 東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、1月26日から2月3日にかけて、ミャンマー連邦共和国に専門家調査団を派遣しました。総勢17名からなる今回の調査団は建築・美術工芸・考古の各分野を調査対象とする3班で構成し、このうち建築と美術工芸を東京文化財研究所、考古を奈良文化財研究所がそれぞれ担当しました。この調査は、同国の文化遺産保護に関するわが国からの今後の協力の方向性を明確化することを目的として実施したもので、訪問先の各地ではミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員の方々に同行・対応をいただきながら、円滑に調査を進めることが出来ました。
 建築班では、バガンの煉瓦造遺跡群とマンダレーなどの木造僧院建築群の双方を対象に、破損状況や保存に影響を及ぼしている要因を確認するとともに、今後の保存修復に向けた課題を特定するため、現地機関関係者や職人への聞き取り調査等も行いました。これにより、本格的な建造物修理事業は久しく実施されておらず、保存状態に関する基本的な記録作成等も十分に行われていないことなどが判明しました。
 美術工芸班では、ヤンゴン、バガン、マンダレーの国立博物館・図書館、寺院、学校、職人工房を訪問し、壁画、金属文化財、漆工芸品、書籍経典を対象に、その修復状況、保存展示環境、保存修復に関わる人材育成について調査・聞き取りを行いました。海外研修等で得た知識をミャンマー国内で還元している様子が伺えましたが、機材資材の不足、体制の不備のために十分な保存修復措置が行われていないことが分かりました。
 このほか、首都ネピドーにおける文化省との協議等を通じて、同国の文化遺産保護体制に関する基本的情報の収集も行いました。いずれの分野においても文化遺産の保存修復に必要な技術・人材等の不足は明らかですが、現地側の向上意欲は高く、共同研究や研修等の事業を通じて技術移転や人材育成を行えば、その支援効果は大きいものと期待されます。

ミャンマー文化省関係者の招聘および研究会開催

東京文化財研究所での打合せ風景

 文化庁委託「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、ミャンマー連邦共和国文化省の関係者を12月10日から14日まで日本に招聘しました。今回の招聘では、同省考古・国立博物館・図書館局のテイン・ルウィン副局長をはじめ、考古学、保存修復、文化人類学、美術の各分野を専門とする同省職員5名が、東京と奈良に滞在し、東文研および奈文研での意見交換、博物館視察、考古発掘調査現場や文化財建造物修理工事現場の見学等を行いました。この間の11日には東文研セミナー室において、「ミャンマーにおける文化遺産保護の現状と課題」と題する研究会を開催し、来日した方々から考古調査や遺跡保存、博物館の歴史と現状等に関する発表をいただくとともに、会場との質疑も通じて情報共有を行いました。本招聘を通じて、同国の文化遺産保護に関する最新情報の収集を行うとともに、今後の協力に向けて相互理解の促進を図ることができました。本事業では今後、1月末から2月初旬にかけて、建築・美術工芸・考古学の3分野において、文化遺産保護に関するわが国からの協力の方向性を明確化するための現地調査を、奈文研の協力も得ながら実施することを予定しています。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

暴露試験台の設置
歴史ワークショップ風景
遺物整理室での意見交換
奈文研での樹脂含浸実験

 ベトナム・ハノイの都心に立地する世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象とする本事業は、日越専門家が協力しながら2010年度より実施しており、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となっています。今年度前半は、主に以下のような活動を実施しました。

1)遺構保存に関する現地調査
 8月7日から9日にかけて、新国会議事堂建設現場に隣接する発掘区における現地調査を実施しました。遺構が存在する土中の水分移動を計測するためのセンサーを交換・増設し、砂層埋め戻しによる蒸散抑止効果を観測するための試験区を新たに設置しました。また、出土した煉瓦に物性を合わせた試料を用いた保存処理効果の屋外暴露試験も開始しました。現場での気象自動計測も継続中で、取得したデータの分析を通じて、望ましい保存方法の提案につなげていきます。

2)歴史学ワークショップの開催
 8月21日に、タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学開発科学院と共催で、タンロン城中心区の構成および東アジア都城との比較研究をテーマに現地ワークショップを開催しました。文献資料の検討や近年の発掘成果に基づく日越専門家の発表、および討議を行い、依然未解明の部分が多いタンロン城の構造と変遷について、活発な議論が行われました。また、このワークショップにあわせ、日越でこれまでに発表されたタンロン城に関する主要論文を相互翻訳した研究論集も刊行しました。

3)考古遺物に関するワークショップの開催
 9月10日から12日にかけて、タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに、タンロン遺跡出土の考古遺物に関する第1回ワークショップをハノイで行いました。今回は陶磁器と屋根瓦を対象に、形式分類の方法や製作技法、製作地などをめぐって、日越専門家が双方の知見を共有するとともに、出土遺物を実際に観察しながら意見交換を行い、共同研究の重要性を再確認しました。

4)ベトナム人専門家の招聘
 9月10日から28日まで、ベトナム林業大学の木材専門家1名を招聘し、奈良文化財研究所において、出土木材遺物の保存手法に関する共同実験を行いました。タンロン遺跡出土木材と現在のベトナム産木材の試料を用いて、樹種の鑑定や樹脂含浸処理の効果などに関する各種の実験を実施しました。

タイ・アユタヤ遺跡群における洪水被害調査

なおも浸水箇所が残る寺院遺跡(壁に泥が付着した範囲が最大浸水位を示す)
完全に水没した発掘遺構展示
浸水によって下部が汚損した壁画の例

 平成23年11月28日~12月3日、および12月18日~23日の2次にわたり、文化庁委託事業によるアユタヤ遺跡群での洪水被害調査を実施しました。9月来の豪雨と長雨の影響によって、アユタヤやバンコクで大規模な洪水が発生したことは日本でも大きく報道されました。世界遺産リストに登録されているアユタヤ遺跡群も広範囲にわたって浸水し、その保存への影響を懸念したタイ政府の要請がユネスコバンコク事務所経由で伝えられたことから、緊急支援事業として専門家による実地調査が急遽決定されました。
 第1次調査では水害対策および文化財保存の2名、第2次調査では保存科学、壁画、建築、写真の各分野から6名の専門家を派遣し、タイ文化省芸術局および日本国文化庁の専門家たちとともに、主な遺跡の被害状況を実地において確認しました。
 その結果、浸水は相当な規模に及び、これによる一部壁画の汚損や局所的な塩類析出、煉瓦遺構への土の堆積や露出展示遺構の水没などが生じているものの、遺跡への直接的被害は限定的かつ比較的軽微なものが大半でした。しかし、煉瓦造の仏塔や祠堂などの経年による劣化や変形等は随所で認められ、中長期的な計画に基づく継続的なモニタリングや保存修復の実行が、被災状況の正確な記録作成とともに災害時の被害軽減にとっても重要であることが改めて認識されました。タイ当局によるこうした活動をいかに支援していくかが、今後の課題となります。

モンゴル・アマルバヤスガラント寺院における研修およびワークショップ

保存管理計画ワークショップ
建造物保存修復調査風景1
建造物保存修復調査風景2

 文化庁委託・拠点交流事業の一環としてモンゴル教育文化科学省と共同で行っているモンゴル・アマルバヤスガラント寺院での活動も3年目となります。本年は6月下旬および8月下旬の2度にわたり、協力ミッションを派遣しました。
 昨年度のワークショップで検討した内容に従って本年4月、文化遺産法に基づく保護区を設定する決定がモンゴル政府によって行われました。この保護区は、寺院本体だけでなく、周囲の景観や、寺院建設に関連する考古学的遺跡、さらには聖地や伝承地も含む広大なもので、そこでの開発規制等、具体的コントロールの内容を検討することが今年度の大きなテーマとなっています。地元のセレンゲ県が担当する保存管理計画策定作業の推進に向け、省・県・郡・寺院・住民の代表が参加するワークショップを各回とも開催しました。県側の作業体制立ち上げや基本情報収集等に遅れが目立つなど課題も少なくありませんが、計画に盛り込むべき基本的方針を県への提言としてまとめました。
 これと並行して8月ミッションでは、日本の木造文化財建造物修理技術者を講師に、建造物保存修復調査に関する研修もモンゴル人若手技術者を対象として実施しました。この研修も一昨年、昨年に続くもので、実際に破損が進行している仏堂の一つを実測しながら、破損状況の定量的把握から、修理工事の積算に必要な数量調書の作成に至る作業の流れを実習しました。伽藍内の歴史的建造物は劣化・破損が進み、修理の緊急性がさらに高まってきています。修理の技術的水準を確保するには、依然モンゴル単独では対応が難しい状況は変わらず、日本を含む海外からの技術支援を求める声はますます大きくなりつつあります。これに今後どのように対処していくか、モンゴル政府側との意見交換を継続していく必要があります。

文化財保存修復国際研修に関する研究会の開催

討議の様子

 文化遺産国際協力センターでは2月2日・3日の2日間にわたり、「海外の文化財保存修復専門家養成を目的とする国際研修等の実施に関する研究会」を、東京文化財研究所会議室にて開催しました。本研究会は、当センターが行っている「諸外国の文化財保護に係る人材育成」事業の一環として、国際研修のより効果的かつ実践的な実施に向け、国内外の研修実施機関との情報共有および意見交換の場として企画したものです。途上国を中心とする外国からの研修生を対象とした保存修復技術や能力開発の研修に焦点をあて、プログラムの具体的内容や教授方法、さらには研修成果の評価法や問題点などについて、海外4機関および東文研を含む国内3機関の担当者から報告を受けたのち、これらを踏まえて参加者による意見交換を行いました。
 研修実施事例の分析を通じて、いくつかの共通課題が浮き彫りとなりました。主なものとしては、研修事業自体のマネージメント、研修の継続性とプログラム同士の相互連携、研修情報の共有などが挙げられます。このようなテーマでの研究会は従来あまり行われてきませんでしたが、今後も様々な機会を通じて、研修方法の改善や多国間での相互連携の可能性などにつなげていきたいと考えています。

国際研究集会「「復興」と文化遺産」の開催

総合討議の様子

 第34回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「「復興」と文化遺産」を東京国立博物館平成館において、1月19日から21日の3日間開催しました。自然災害、そして紛争からの復興過程、さらには社会変化の渦中における社会と文化遺産の関わりをめぐり、それぞれの状況に対応する3セッションを設けて、海外から10件、国内から4件の講演と、議長・講演者によるディスカッションが行われました。
文化遺産の意味や価値付けが社会状況によって変化する中で人々にとって復興されるべき文化遺産とは何かなど、多様な課題をめぐって活発な議論が交わされました。
 本研究集会の詳細な内容については、来年度、報告書を刊行する予定です。

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